6.7. Story 2 精霊の故郷

3 秘密

 風のコロニーに巻き上がる砂嵐は止む事がなかった。
「これから七人での最初の戦いだからな――それにしても目も開けてらんねえな」
「この先に『干上がった川』と呼ばれる場所があります。ストーンサイクロンはそこにいるはずです」
 七人はシップを降りて川に向かったが、どこにも水は流れていなかった。

「確かに川だ。おそらくは地下を水が流れている」と水牙が地面に触れながら呟いた。「なあ、ランドスライド。この川を蘇らせてもいいか?」
「はい、もちろんです。でもどうしてですか?」
「少しでもこの砂嵐を抑えておいた方がいいと思ってな」

 水牙は地面に掌を当てながら言葉を呟いた。すると水牙の触れた地面からじわじわと水が沸き起こり、やがて豊かに吹き出す水の柱となった。乾いた地面は湿り気を帯び、滔々たる川の流れへと変わっていった。
 そしてリンたちがいる場所の付近では地面が濡れて、砂嵐がぴたりと止んだ。
「へえ、すげえじゃねえか。水牙」
「気をつけろ。来るぞ」

 
 水牙が川を蘇らせたのに気付いて近づいてくる巨人の姿が浮かび上がった。巨人は川をはさんでリンたち七人と向かい合った。
「誰だ?」
 巨人がリンたちを見下ろした。
「ストーンサイクロンだな。おめえを叩きのめしに来たぜ」
「面白いな、やってみるか」

 
 コメッティーノを先頭にリチャード、水牙が後に続いた。リンとジェニーが左右に展開し、ゼクトとランドスライドは後方に留まったままの陣形を取った。
 コメッティーノがその場から消えたかのような速さで川を渡り、ストーンサイクロンの目に突きを入れた。次に川を渡ったリチャードが目を押さえるストーンサイクロンの足元に強烈なタックルをかまし、巨人を仰向けに倒した。水牙が冷気で倒れた巨人をそのまま氷漬けにした所に、左右からリンの天然拳、ジェニーのフェニックス、中央からゼクトの真空剣が直撃した。
 ストーンサイクロンはうめき声を上げた。すでに手足の自由を奪われ、起き上がる事もできなくなっていたが、必死に体を起こそうとした。

「よおし、ランドスライド。おめえの出番だ。聞きたい事があんだろ?」
 コメッティーノが凍りついた川の対岸で呆然とするランドスライドに向かって叫んだ。
 ランドスライドは我に返り、川を飛び越えた。

 
「『開拓候』はどこにいる?」
 うめき声を上げていたストーンサイクロンはランドスライドを睨みつけた。
「てめえ、助っ人を頼みやがったな」
「父はどこだ?」
「……火のコロニーにいるはずだ」
「よし、もうこいつに用はねえ――」
 コメッティーノははるか先の砂塵の中に小さな人影を発見した。
「――あいつは?」
「きっと錬金候です」
 ランドスライドは言い終わる前に走り出した。コメッティーノとリチャードがいち早く反応し、その後を追った。

 
 砂嵐の中の人影は陽炎のようにゆらめいた。
「錬金候……いや、ここに実体はねえな」とコメッティーノが言った。
「……さすがは七聖の再来だ。私の作品が手も足も出ないとはな」
 人影はくぐもった声で答えた。
「もう一つの傑作もすぐにこうしてやるよ」
「……勘違いするな。傑作などとは言っていない。傑作は、ほら、別にいるではないか……ふふふ、ははは」
「何がおかしいんだ。負け惜しみは止めろよ」
「ははは……いや、何もわかっておらんな。せいぜい楽しませてもらおう。では失礼する」
 陽炎は徐々に小さくなり、やがて消えた。

 
「何だあの野郎、いい加減な事、言いやがって」
「早く火のコロニーに向かいましょう」とランドスライドが言った。
「おお、そうだな……どうした、リチャード。考え込んで……あいつの言った事気にしてんのか。あんなのハッタリだよ。何とかファイア以外に敵はいねえって」
「……ん、ああ、そうだな」

 リチャードたちが川辺に戻ると、そこにストーンサイクロンの姿はなかった。
「あいつ、どうなった?」
「自然に還ったとでも言うのか」と水牙が言った。「ご覧の通り、跡形もない」
「よし、このまま火のコロニーに行くぜ――リチャードとリンは念のためここに残って開拓候を探してくれ」

 
 火のコロニーに向かうシップを見送った後、リンはオンディヌから聞いた話をリチャードに伝えた。
「……これ以上調べても良い事はないという訳か」
「うん」
「お前の察しの通り、私は《茜の星》でジュヒョウの日記を発見した」
「やっぱり」
「そこには驚愕の内容が書かれていた。こんな内容だ――

 

【ジュヒョウの日記】
 ……偉大なるドノス王は余の申し出にいたく心を動かした。早速《巨大な星》のマンスールの下に赴き、事の仔細を話し合う。その後現地にて説得を試みるも、その場に居合わせし学者、激高し、猛然と反対する…… ……  ……まさしくこの時のためにカザハナを手元に置いていた。さあ、計画は秘密裏に実行に移さねばなるまい。急いで向かうのだ!…… …… ……その婦人は王家にふさわしい気品を兼ね備えた女性だったが、その生まれる子に悪魔の所業を施さなければならないとは。だが余にしてみればこの機会を生かさぬ手はなし…… ……  ……いよいよその時は来た。片側に婦人、もう一方ではカザハナが眠っている。婦人の陣痛が始まり、ケーブルで繋がれたカザハナも反応を始めたようだ…… ……  ……急激に電圧が低くなり、又、元に戻る。あふれ出したまばゆい光が夫人の体を包むと赤子の産声が聞こえた…… ……  ……その場の皆が感慨に耐えない表情をする横で、余はカザハナに起こった異変に気付いた。もはや生まれた双子などどうでもよい…… ……  ……何という事だ。カザハナはただの触媒として作用するはずだったのに。生まれてきた双子と同じように二つに分かれてしまうとは…… ……  ……余は急ぎ、《巨大な星》に戻り、カザハナを復活させる。かつてカザハナだった二人は、一人は緑の髪、もう一人は水色の髪をしている。これは失敗か、否、余にとっては新たな研究の地平の始まりであろう…… ……  ……もはや何の関心もなかったが、あちらの件はうまくいったらしい。余は《巨大な星》の隠れ家でこちらの二人の成長を観察し、驚愕する。かつて風と水の属性の精霊であったカザハナは今や風の属性を持つ精霊と人間のハーフと水の属性を持つ精霊と人間のハーフに完全に分離した。しかも一切の過去の記憶を失っている…… ……  ……観察は終わった。余は究極の目標、反属性の精霊を作るために《享楽の星》に赴く。記憶を失った二人は置いていこう。《巨大な星》であれば生きていける。オンディヌとシルフィという名前だけを付けてアンフィテアトルの街角に放り出した……

 

 ――これが日記の内容だ」
「じゃあシルフィたちもその日記を読んで……」
「間違いない。古城の書斎に日記が開きっぱなしになっていたからな」
「その城の紋章が『凍れる獅子』、ペンダントの紋章と一緒だったんだね」
「リン。そこまで聞いていたのか」
「うん……でもオンディヌは自分の正体がわかったのにどうして嬉しそうじゃなかったんだろう。一体、どこで何の計画が実行されたのかな?」
「……お前、本気で言っているのか。私とお前の付き合いもずいぶんになるが何も心当たりがないか?」
「……ないよ。そんなの僕は信じないし、信じたくもない」
「リン」
「リチャード。もう止めようよ。オンディヌの言った通りだよ。真実がわかったとしても誰も幸せにならない」
 リチャードはまだ何かを言いたげだったが、踵を返して付近の捜索を開始した。

 

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