6.7. Story 2 精霊の故郷

2 《精霊のコロニー》

 リチャードと別れた連邦シップは《精霊のコロニー》を目指した。
「まずいな」と操縦席に立っているゼクトが舌打ちをした。「帝国艦隊がこちらに迫ってくる」
 ゼクトが言い終わらないうちにスクランブルのヴィジョンが入った。空間に映ったのはまだ若い帝国軍人だった。
「私は帝国将軍スクナ、貴船は帝国支配地内に無断で侵入している。このまま連邦領内に戻ればよし。さもなくば攻撃を加える」
「おい、スクナって誰だ?」
「帝国の若手だ。ホルクロフトたちがいなくなったんで将軍に格上げされたが、なかなか有能な奴らしいぞ」とゼクトが言った。
「まさか、こっちのシップにすごいのが乗り合わせてるとは思わねえだろうな」と言って、コメッティーノはにやりと笑った。「おい、水牙、ジェニー、リン、ランドスライド、操縦席に並べよ。一つ驚かせてやろうぜ」

 操縦席に六人がずらりと並び、一斉に推力を放出した。シップは一瞬そのパワーを受け止めた後、火がついたように疾走した。みるみる間に帝国艦隊の影が小さくなり、ついには見えなくなった。
「ははは、今頃びっくりしてるぜ。あんな速いシップは見た事ねえってな」
 コメッティーノは大笑いをした。
「恥をかかせてしまったから、いずれは正々堂々と決着をつけてあげないとな」とゼクトが言った。
「おめえは堅物だなあ」
「何とでも言うがいい……だがコロニーには予定より早く着けそうだ」

 
 《精霊のコロニー》と呼ばれる星団が見えた。
「さてとランドスライド。おれたちゃどこに向かえばいいんだ?」
「そうですね。とりあえず土のコロニーに向かいましょう。父もいると思いますし」
「よっしゃ」

 
 土のコロニーは見渡す限り、でこぼこの岩地が続いていた。
「こんな所歩いてたら足が痛くなりそうだな」
 コメッティーノがシップの窓から外を見て言った。
「土の属性の精霊には全然苦ではないんです」とランドスライドが笑って答えた。「ああ、あそこに見えるのがコロニーです。あの近くで降りましょう」
 リンたちはコロニーに向かって歩いた。
「あれ、おかしいな。誰もいないなんて……誰か、誰かいないかあ」
 ランドスライドは叫びながらコロニーの奥まで行って姿が見えなくなった。やがて戻ったが、その顔には不安の表情が浮かんでいた。
「どうしたんでしょう。誰もいない」
「お前ら、ヴィジョンみてえな通信手段はねえのかい?」
「ぼくたち精霊は持ってないんです。PNを使っているのはいますけど」
「じゃあそいつに急いで連絡するぞ」
 コメッティーノはそう言って、自らの腕を差し出した。
 ランドスライドは緊張した面持ちでヴィジョンを開き、別ネットワークの仲間の精霊を呼び出した。
「ああ、ぼくだけど……何だって、父が捕まった。それで皆は……わかった。水のコロニーだね。すぐに行くよ」
 ランドスライドはヴィジョンを閉じ、コメッティーノを見た。
「ここが急襲されて、父が捕まり、皆は水のコロニーに避難しています。ぼくたちも行きましょう」

 
 リンたちは再びシップに乗り、水のコロニーに向かった。今度の星は霧の立ち込める湿地だった。
「……あそこがコロニーです」
 そう言ったランドスライドは心なし元気がなかった。

 シップを降りてコロニー内部に入ると精霊たちがランドスライドの下に走ってきた。
「ランドスライド、候が」と年老いて見える一人の精霊が言った。「そちらの方たちは……おお、銀河の英雄たちですな。よくぞここまでおいで下さいました」
「まあ、安心してな――」と言ったコメッティーノの言葉は途中でかき消された。
「遅かったじゃない」
 精霊たちの背後からオンディヌとシルフィが現れた。
「《巨大な星》以来ね。星は奪回したんだでしょ」
「へっ、それだけじゃねえよ。《エテルの都》も落としたし、三界とも和解した」
「相変わらずの自信家ね。その調子でコロニーも救ってもらえるとうれしいんだけど」

 シルフィは軽口を叩いた後にある事に気付いた。
「あら、リチャードは?」
「ああ、奴ならすぐに合流する。心配ねえよ。それよりお前らこそ何でランドスライドの味方をして戦ってんだ?」
「……それは乗りかかった船ってやつよ。『開拓候』、フロストヒーブには良くしてもらったし」
「ふーん、自分たちの秘密を探るとか言ってたけど、そっちは順調かい?」
「ええ、それは……まあ、おいおい話すわよ。今はどうにかして化け物をやっつけなきゃでしょ」

「どんな奴なんだよ。たった二人っていうじゃねえかよ」
「この間、土のコロニーに攻めてきたストーンサイクロンは巨人だったわ。フローズンファイアはよくわからないわ」
「『錬金塔』と同じように特殊な防御で守られているみたいで術が効かないのよ」とオンディヌが口を挟んだ。
「また錬金かよ。始末に負えねえなあ。ランドスライドのお守りのカメが言うには錬金候が人工的に作ったっていう話じゃねえかよ。相手にはそいつもいるのかい?」
「それはわからないわ」とオンディヌがぽつりと言った。
「ねえ、お願いがあるんだけど、もしも錬金候に遭遇したなら、必ず生きたままここに連れてきてちょうだい。聞きたい事が山のようにあるのよ」
「ああ、わかったよ……そうだ、お前ら、ジェニーに会うのは始めてだったよな。銀河一のガンナー、炎のジェニーだ」

 
 コメッティーノはジェニーを紹介してから、ゼクトと水牙とランドスライドと一緒にコロニーを見学しに行った。
 ジェニーと話していたオンディヌは一人でぼーっと立っているリンに近づいた。
「相変わらずぼーっとしてるのね。安心したわ」
「そんな言い方しないでよ」
「《七聖の座》の恒星を復活させたんだって。すごいじゃないの。一年前にシップに運ばれてきた時にはこんなになるとは思ってもいなかった」
「もうそんなに経つんだね。自分でも訳がわからないよ」
「ふふふ、リンらしいわ。でもリチャードの目に狂いはなかった――ね、リチャードは《茜の星》でしょ?」
「えっ、さ、さあ、どうなんだろうね」
「嘘がつけないわね。長い付き合いで彼の行動パターンはよくわかってるわ」
「うん」

「ねえ、リン。あなたにだけは言っておく」
「何を?」
「もうこれ以上、リチャードは私たちの秘密も自分の秘密も探らない方がいいんじゃないかって事。うまく言えないけど、そこにはひどく悲しい結末しか待っていないような気がするのよ」
「……実は僕もそう思ってたんだ。あ、リチャードの事だけなんだけどね。この間、話をした時に妙な事を言ってた」

「それはどんな?」
 背後でシルフィとジェニーの笑い声がした。
「リチャードはロック、ロックはリチャードだって言うんだ。確かにロックを倒してからのリチャードは何かこう……人間くさくなったっていうの、冗談も言うようになったしさあ。オンディヌはもっと前からリチャードを知ってるんでしょ。どういう人だったの?」
「私が知っているリチャードは、『全能の王』の再来をひたすら目指す、よく言えば完全無欠、悪く言えば面白味のない男だったかもね。でも私は彼が変わったのはあなたと出会ったからだと思ってたわ」

「考え過ぎかなのかなあ……オンディヌたちの事も心配になってきた」
「私もシルフィも過去の記憶が全然ないのを知ってるでしょ。気が付いたら《巨大な星》のアンフィテアトルにいたの。あそこは自由な場所でどうにか生きていけるのよ。すぐに劇場の座席案内の仕事に就けたわ。過去の記憶はどうしても戻らないから将来を考えるようにしたの。自分の人を癒す力を生かせないか、そうして組織に属さないホスピタル・シップをやろうって思ったの」
「シルフィとはいつ出会ったの?」
「急に雨が降り出した夕方だったわ――

 

【オンディヌの回想:アンフィテアトル】

 ――雨が降り出したな。オンディヌ、表の看板が濡れないように少し中に動かしておいてくれないか」
「はい」

 私は劇場の外に出て、看板をしまった。その時、雨の中を傘も差さずにずぶ濡れになって歩く女性を見つけたの。何故かその女性が気になって、半分はいたずら心もあったんだけど、彼女に降り注いでいた雨を全部粉雪に変えたの。
 彼女はびっくりした顔をして、周りをきょろきょろ見回した。私と目が合うとつかつかと劇場の軒先まできて、いきなり自分の体を一つ揺すったの。すると雨や私が降らせた粉雪がダイアモンドダストになってあたり一面に降り注いだ。

 私はその時、初めてじっくりと彼女の顔を見つめたの。向こうも同じだったみたい。
 お互いに言葉が出なかった。だって二人は髪や目の色は違っていたけれど、そっくりだったから。
「……あなた誰?」
「あなたこそ誰よ。私はこの劇場で働いているオンディヌよ」
「オンディヌ。私はこの先の警備会社のシルフィ」

 そんな目と鼻の先にいたなんて全然気が付かなかった。でもその一件がきっかけですぐに友達になったわ。
 私たちはお互いの事を話した。話せば話すほど二人が似ているのがはっきりしたの。過去の記憶がない事、彼女は風、私は水の術が使える事。

 
「ねえ、オンディヌ。あなた、ホスピタル・シップを運営するんでしょ」
「そういうシルフィは何かしたい事ないの?」
「私はソルジャーになりたい」
「帝国の?」
「そう」
「ふーん、じゃあ、あなたが怪我したら私が癒して、あなたは私のシップを守る、そういう事ね」

 
 そしてついに決定的な事が判明したの。その日も私たちは劇場の階段の下でお茶を飲みながら話していた。
「ねえ、オンディヌ。あなた、記憶がないのにどうやって自分の名前を知ったの?」
「それはね、これよ」
 私はそう言って自分の首にかかっているペンダントを見せた。表には何かの紋章みたいな模様が刻まれていて、裏に名前が彫ってあった。
 シルフィの驚いた顔といったらなかったわ。「私も同じもの持ってる」と言って彼女も首から同じ模様のペンダントを出したの。

「……私たち、姉妹なんじゃない?」
「うん、しかも双子のような気がするわ」
「じゃあ、オンディヌ。お姉さんになってよ。しっかりしてるし」
「いいわ」

 
 それからは順調だった。だってもう一人じゃなかったんだもの。私はシップの出資者を見つけ、シルフィは帝国ソルジャーになった。
 だけど記憶は戻らなかった。ペンダントの紋章を手掛かりに色々と探したけど何もわからなかった。
「私たちは誰?」
「どこから来たの?」
 ずっとそう心の中で問いかけながら生きてきた。

 

 ――という話よ」

「うーん」
 リンは唸ったきり、黙り込んだ。
「何もあなたが悩む事ないじゃない」
「《茜の星》で何かわかったんでしょ?」
「えっ、どうしてそんな事言うの?」
「そうじゃなきゃ、リチャードが行ってるって言った時にあんな不安気な顔しないよ。リチャードも何かにたどり着くと思ったからなんでしょ?」
「……なかなかの洞察力ね。私たちはあそこでペンダントと同じ紋章を見つけたのよ」
「えっ」
「ごめんね。これ以上は話せないわ。でも私たちが錬金候にこだわる理由がわかったでしょ」

 
 やがてコメッティーノたちが戻った。
「ここにいても埒が明かねえ。先制攻撃といこうぜ。おい、ランドスライド、敵はどこにいる?」
「多分、ストーンサイクロンは風のコロニー、フローズンファイアは火のコロニーじゃないかと思います」
「よっしゃ、まずは正体のわかってるでかぶつをやっつけに行くぜ。オンディヌ、シルフィ、リチャードが来たら風のコロニーまで連れてきてくれ」

「了解よ――」とシルフィが言いかけた時にリチャードが到着した。
 リチャードはどこかぎこちない微笑を浮かべて、オンディヌとシルフィに目線を送ってから、コメッティーノに向かい合った。
「遅くなってすまなかった」
「ちょうど今から出発しようと思ってたところだ。目的地は風のコロニーだ」
「よし、一暴れするか。全てはその後だ」
 リチャードはまるでオンディヌとシルフィに言い聞かせるように気合を入れた。

 

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