6.7. Story 1 助けを乞う者

3 命の灯

 リンたちが海岸に出ると岸辺に二つ並んだ影が見えた。
「よぉ、ランドスライド。お待ちかねの人が来たぜ」
 コメッティーノが背後から声をかけると、小さな影はゼンマイ仕掛けの人形のようにぴょんと立ち上がり、振り向いた。
「あ、リン文月、それにリチャード、水牙」
「名前を知って頂いていて光栄だな。リチャードだ、よろしくな」
「公孫水牙だ」
「リンだよ」
「ああ、憧れの人たちに会えるなんて夢みたいです」
 ランドスライドは頬を紅潮させて言った。

 
「なあ、ランドスライド。二日前の事を覚えているか。あの時おめえ、コロニーに来たお姉さんたちの話をしかけたろ。あの話をもう一度しちゃくれねえかい?」とコメッティーノが言った。
「はい。お姉さんたちは《茜の星》に寄ってからコロニーに来たって言ってました。その前にどこにいたかは知りません」
「お姉さんたち――ランドスライド、一人は青い髪、もう一人は緑の髪の姉妹じゃなかったか?」とリチャードが尋ねた。
「何でわかるんですか?」
「古い知り合いだ。《火山の星》に行った、とまでは聞いていたが」
「きっと『火山候』に言われたんだと思います。だって《茜の星》は『錬金候』の住んでいた星ですから」
「『錬金候』……どこかで聞いた名前だな」
「会った事ないですけどジュヒョウって名前です。名前の通り、錬金学の研究者らしいです」
「一つ言っておくが」と水牙が口を挟んだ。「錬金学というのは一般的に言われる錬金術とは異なる。元々は金の属性を持つ者を人為的に作り出そうという研究だったが、やがて《享楽の星》のネクロマンシーなどと結びついて独自の発展を遂げた、あの塔の錬金建築もその一つの形だと言われている」
「水牙、妙に詳しいじゃねえか」
「ああ、色々と勉強してな」
「これからは戦いの前に予習してくれよ。そうすりゃ苦戦しねえで済む」
 コメッティーノは一つ高笑いをした後でランドスライドに話を続けるように促した。

 
「話を続けます。お姉さんたちはずいぶんと思いつめたような顔をしてコロニーにきました。来てからはずっと父と話し込んでいました。この間言った『自分たちが精霊なんじゃないか』っていう話は、父がある朝、何気なく漏らしたんです」
「あの二人が精霊だって……ありえない」とリチャードが言った。
「はい。父もそう言ってました。『様々な気が混じり合う今の世界では単一属性の精霊が出現する事はない』と」

 
「なあ、リチャード。そもそもお前、あの二人とはいつ知り合ったんだ?」とコメッティーノが尋ねた。
「《鉄の星》が陥落して大帝から特殊部隊を指揮するように言われた。そして《森の星》の『磁力の森』で特殊部隊のメンバーと一緒に訓練を積んでいた時に――

 

【リチャードの回想:シルフィと出会い】

 ――おい、隊長。見かけねえ顔が来てるぜ」
「ガイン、本当か。一般人だったら危険だ。ここから離れるように言ってくれ」
「それがそうじゃないみたいなんだ。『リチャード・センテニアはいるか』って言ってる」
 ガインに連れられて一人の女性がやってきた。
「あなた、リチャード・センテニアでしょ。私はシルフィ。今日から仲間よ。よろしくね」

 ――それから私はシルフィと共に訓練を積んだ。結局、二人で部隊を分ける事にして、私の部隊は諜報、潜入、攪乱、シルフィの部隊は籠絡、内通の担当となった。

 

「オンディヌは何者だ?」
「最初の任務は《虚栄の星》での諜報活動だった。任地に向かっている時に突然、シルフィが『姉を紹介する』と言い出したんだ。何をしている人だと尋ねたら『独立系のホスピタルシップを運営している』という答えだった。それがオンディヌとの最初の出会いだな」

「ふーん、その時にはもうおめえとシルフィはいい仲だったんだな?」
「……確かに仲は良かったが、そんな関係ではなかった――なあ、ランドスライド、一つ聞きたいんだが、その、精霊と人間のハーフというのは精霊が男の場合には、その、想像がつくんだが、精霊が女性の場合、子供はどうなるんだ?」
 リチャードはしどろもどろになって質問をした。
「どういう意味ですか……ああ、わかった。精霊が女の人の場合にも子供は女性の腹から生まれるらしいですよ」
「そうか――とにかくこれが全てだ。シルフィもオンディヌも以前の記憶がないと言っていたし、しつこく尋ねる事もなかった」

 
「さて、どうするかなあ、リチャード?」とコメッティーノが尋ねた。
「……お前らは直接、コロニーに向かってくれ。私は《茜の星》に寄ってみる」
「わかった。ランドスライドを心配させたくねえし、直行するか。お前も急いで合流してくれよ」
「ああ」

 
 リンたちが海岸から戻ろうとしていると、JBに肩を借りながらGMMがやってきた。
「お前たち、出発するんだろ?」
 GMMが声をかけた。
「そのつもりだぜ」
「ちょっとだけ時間をくれないか」と言って、GMMはランドスライドの前に立った。「ランドスライドだな。GMMだ」
「こんにちは」
「年はいくつだ?」
「十六です」
「若いな。私は百五十くらいだ」
「……」
「お前の技を見せてみろ」
「えっ……」
「お前の技を私に見せてみろ、と言ったんだ。急げ」
「は、はい」

 
 ランドスライドは皆から離れた場所に立って「ランドスライド!」と叫んだ。ランドスライドの目の前の砂浜が真っ二つに裂け、砂がざざーっと裂け目に吸い込まれた。
「……下が砂だから、あんまり効果がなくって」
 ランドスライドが照れ笑いをした。
「そんなものか」とGMMはゆっくりとランドスライドに近付きながら言った。「そんな程度で連邦ソルジャーになって、リンたちと一緒に戦えると思っているのか?」
「……」
「今のお前では皆の足を引っ張るだけだ」
「はい。ぼくもそう思います」
「五十年若ければ私が行く所だが、それはできない相談でな。どうしてかわかるか。私はもうすぐ死ぬからだ」
「……」
「自分の力で『銀河の叡智』の再現を成し遂げる事ができない、何と不運なのだと思っていた」
「……」
「だが……お前を見て決心した」
「えっ?」
「私のグランドマスターメテオをお前に授ける」
「で、でも」
「受け取ってくれ。これは私の命そのもの。私は死ぬがグランドマスターメテオはお前と共に生きる」
「ど、どうやって?」

 
 GMMはランドスライドを両手でぐいと引き寄せ、強く抱きしめた。
「さあ、私の最後の命の灯。ランドスライドよ、後は頼んだぞ!」
 GMMはしばらくそのままの姿勢でランドスライドを抱きしめたが、やがて両手が力なく垂れ、ランドスライドに寄り掛かる姿勢になった。ランドスライドはGMMの体重を支えきれずにそのまま仰向けに倒れて気を失った。

 一連の出来事に動きを止めていたリンたちはようやく我に返った。
 JBが真っ先に走り出し、リンたちも後に続いた。GMMの体を二人がかりで持ち上げ、ランドスライドの体を引きずり起こした。
 GMMを持ち上げたJBが何も言わずに首を横に振った。ランドスライドを起こしたゼクトを始め、全員が横たわるGMMの前に整列した。
「ヌエヴァポルトはプララトスの顔役、GMMに敬礼!」
 JBの号令に従い、全員がGMMの亡骸を前に敬礼をした。

 
「後はおれがやるから、お前らは出航の準備をしろよ」とJBが言った。
「わかった。JB、頼む」
 コメッティーノが答え、JBは自分よりはるかに大きなGMMの亡骸を背負って歩き出した。
「……バカヤロウ、結局一人で帰る事になったじゃねえか……バカヤロウ……幸せそうな顔しやがって」

 
 リンたちはランドスライドの周りに集まった。ランドスライドは放心した表情で少しふらふらしてゼクトに支えられていた。
「おい、ランドスライド、大丈夫か?」と言い、コメッティーノがランドスライドの頬を軽く二、三回張った。
「……あ、はい。何が起こったのかよく覚えて――いえ、声が聞こえます。わかります。GMMさんの命がぼくの中に入ってる」
「そうかい。『メテオ』やグランドマスターメテオも使えそうかい?」
「……はい、やれるはずです」
「じゃあ行こうか。お前の故郷へ……GMM、ランドスライドをよろしく頼むぜ」

 

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 Story 2 精霊の故郷

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