目次
2 嫉妬
ランドスライドが来てから二日後、リン、水牙、リチャードが復帰してきた。
「よぉ、水牙。また戦ってる最中に腹がぱっくりだなんて困るぜ」
早速コメッティーノが茶化すと水牙はばつの悪そうな顔をした。
「言わんでくれ。あの時はああするしかないと思ったのだ」
「まあ、ジェニーの気持ちもわかったんだし、めでたしめでたしか」
「コメッティーノ、いい加減にしないと撃つわよ」と言って、ジェニーはふざけて銃を構えた。
「ところで《精霊のコロニー》から来た客人は?」とリチャードが尋ねた。
「ああ、でっけえカメは王先生と昼寝中、子供の方はゼクトと海岸にいるんじゃねえかな」
「海岸に?」
「おう、ランドスライド少年は連邦ソルジャーになりたいんだそうだ。で、ゼクトが適性を見た。結果は合格だったが、おれたちと一緒に戦うにはあまりにも、な。本人も要求の高さを感じ取ったのか落ち込んじまって、ゼクトが慰めてるよ」
「心もとない……か」
「でも僕だって実戦、実戦で強くなったんだよ。最初からうまくやれる人なんていないよ」
リンが口をとがらせて言った。
「ほら、リンはそう言うでしょ」とジェニーが勝ち誇ったように言った。「あたしもリンと同意見よ。なのにコメッティーノとゼクトったら渋い顔しちゃってさ」
「いいんじゃないか。連れていっても」とリチャードが言った。「皆でカバーしてあげればどうにかなる」
「いや、おれが気にしてるのはそんな事じゃねえよ」
「じゃあ何だ?」
「お前ら、おれたちが世間でどう言われてるか知ってるか。七聖の再来って呼ばれてんだぞ。おれ、リチャード、リン、ゼクト、水牙、ジェニーと六人いて、後の一人が揃えば『銀河の叡智』が復活するって噂で持ち切りだ」
「お前、本気か?」
水牙があきれたように言った。
「ああ、本気も本気だ。おれは大真面目で残りの一人を探したいんだよ」
「それがランドスライドとどう関係があるんだ?」
「いやな、一緒に来たカメが『おれたちが探している最後のピース』みてえな言い方しやがったから大いに期待しちまったんだ。ところがどう見てもそのレベルには達してねえ。だからどう扱っていいのか困ってんだよ」
「それこそリンが言ったみたいに大化けするかもしれないぞ」とリチャードが言った。
「逆に化けねえかもしれねえ。はるか彼方のコロニーまで行ってハズレだったらどうすんだよ」
「それはつまり、まだ最後の一人に出会っていないという事だ。出会いを待つしかない」
「まあな。けど別の考え方もある。もうすでに出会ってるって事さ」
「もう出会ってる?」
「色々考えたんだ。なあ、水牙。おれたち六人の属性はどうなってんだい?」
「驚いたな。お前の口から属性などという言葉が出てくるとは思わなかった」
「二日前に精霊の話を聞いてちょっと気になったんだよ」
「なるほどな、精霊の属性と五元、似たようなものかもしれん」
「で、どうなんだよ?」
「長老のような見立てはできないから間違っているかもしれんぞ。まず某はもちろん水だ。ジェニーは火、ゼクトは風だ」
「おれもそうじゃねえかと思ってる。あとの三人は?」
「これは長老から直接聞いたので間違いない。五元の属性ではないようだ。敢えて言うならコメッティーノは速さ、リチャードは力、リンは……聖なる力かな」
「ふーん、まあそんな所だよな。とすると足りない属性は何だ?」
「土」
「だよな。土の技の使い手と言えば?」
「……GMM……或いは……」
リチャードがその名前を出すとコメッティーノは即座に反応した。
「そうだよ、GMMだ」
「だがGMMは病を患っている」
「……ああ、それももう長くねえ。くそったれめ」
「どうしてそうと言い切れる?」
「GMMがここに来てる。マザーと話をしてたんだが顔を見たら何も言えなかった」
「……悲しいな……だがコメッティーノ、ランドスライドも名前からして土の属性だろ?」
「ああ、その通りだ。あの坊やの技は名前と同じ『ランドスライド』、つまり地崩れを起こす事、土の属性なもんだから話がややこしいんだよ」
「何もややこしくないじゃないか。ランドスライドを連れていけばいいだけだ」
「だがよ、ジェニーもあの技を見たろ。率直にどう思った?」
「あたしも自分で手一杯だから偉そうな事言えないけど――ちょっとパンチに欠けるかな」
「だろ?おれはGMMの『グランドマスターメテオ』を知ってるから余計にそう感じるんだよ」
「コメッティーノ、お前……悩んでるんだな」
リチャードがしみじみと言った。
「今頃わかったのかよ。最後の一人はランドスライドなのかもしれねえ。それは認める。でもあのグランドマスターメテオ並みの大技使いであってほしいんだよ」
「ない物ねだりだって。あきらめなさいよ」とジェニーが言った。
「僕たちがここで色々言ってても始まらないよ。直接ランドスライドに会って話してみようよ」とリンが言った。
「そうだな。ランドスライドも憧れのリンに会えば元気になるかもしんねえしな」
海岸に向かう途中でリンがリチャードに小声で話しかけた。
「リチャード、さっきGMMの名前を出した時、他の名前も言いかけたでしょ。例の包帯の男の人?」
「……ああ、私を救ってくれた包帯の男、正確にはエスティリ・ブライトピアの事を考えた」
「えっ、ブライトピアって?」
「そう、ロックの兄だ」
「生きてたんだね?」
「そう決まった訳ではないが『流星の斧』を使いこなせる男は他にいない」
「だったらさっき言えばよかったのに」
「……その通りだ。なぜ素直に言えなかったかな。私の心にやましい部分があったからだと思う」
「やましい?」
「リン、聞いてくれ。私は幼い頃からデルギウスの再来となるべく徹底した英才教育を受けた。そんな私を何故かブライトピアの人間は嫌った。ロックだけではない、長兄のエスティリもだ。唯一ノーラだけは優しくしてくれたが、ナジール王、スハネイヴァ王妃までもが、あまり私と接しないように努めているのが子供の私でも手に取るようにわかった」
「それはリチャードが完璧すぎたから恐れ多かったんじゃないの?」
「いや、そうではない。エスティリ・ブライトピアは抜群に優れていた。剣技にしても学問にしても、全てにおいてだ。私にとってエスティリはまぶしい存在だった。幼い私はいつでも彼の後をコバンザメのようについて回ったが、相手にしてくれなかった。そしてある日、彼の口からこんな言葉が発せられた――
【リチャードの回想:エスティリ】
――ねえ、エスティリ。何で遊んでくれないの?」
「おれはお前が嫌いだ」
「……どうして。何かわるいことした?」
「……いいか、リチャード、よく聞け。おれは弟のロック、あの悪魔が大っ嫌いだが、お前も同じくらい大っ嫌いだ。どうしてかわかるか。それはな、お前とロックがそっくりだからだよ」
――ショックだった。私はすでにロックに会っていたが、物心ついた時からディーティウスヴィルの塔の一室に仮面をつけられて幽閉されていたロックと私がそっくりだというんだからな」
「そう言えばロックの顔、見てないや」
「異空間でロックにとどめを刺した後に気を失ったからな。実は私はあの後、ロックの仮面をはずした」
「……どうだったの?」
「似ているようでもあり、似ていないようでもあった。育った環境が顔形を変えたのだろう」
「親戚なんだから似ててもおかしくないでしょ?」
「ああ、だがあの時、異次元でロックはいまわの際にこう言った――
お前は何もわかっちゃいない。おれを殺すという事はお前自身を滅ぼすという事だ。おれはお前、お前はおれ、お前一人では何一つ成し遂げられは……しない。
――その時に確信した。私とロックの間には生まれた時から続く深い因縁がある。そして、それこそがエスティリが私を嫌悪する最大の理由なのだと」
「ええ、考え過ぎなんじゃない……とも言えないか」
「私とロックの間の真相を知るエスティリが生きているのがわかったのは非常に幸運だった。ましてや従兄の無事だからこれほど嬉しい事はない――だがさっきコメッティーノが七聖の再来の話をした時に私はエスティリの名前を出せなかった。何故だかわかるか?」
「ううん、わからないよ」
「エスティリが七聖の再来の一人であれば彼こそが『全能の王』デルギウスの後継者にふさわしい。いや、更に言えば、私には七聖の再来を名乗る資格すらないのではないかと思ったからだ――器の小さな人間だと軽蔑したろう?」
「――ううん、全然。むしろ逆だよ。出会ったばかりの頃のリチャードはそれこそ完璧な人間だった。完璧すぎて恐い時もあった。でもロックを倒した後からちょっとずつ変わっていった。今みたいな人間くさい話が出るなんて思ってなかったもん。僕は今のリチャードの方が好きだよ」
「……お前の天真爛漫さにはいつも救われるよ」
「そうじゃないよ。自分にプレッシャーかけ過ぎなんだよ。デルギウスはデルギウス、リチャードはリチャード」
「ありがとう。私はエスティリと必ずもう一度会う。そして自分とロックの間に横たわる秘密を尋ねるつもりだ」