6.6. Story 4 《七聖の座》

3 蘇る恒星

 ジェニーがよろめきながら主星デルギウスの仮設テントに入ってきた。
「ジェニー、大丈夫?」
 リンがジェニーの姿を見て大きな声を出した。
「……あたしは大丈夫。それよりも、水牙が、水牙が」
「水牙がどうしたの?」
「水牙が大きな島と一緒に攻めてくるわ。あたしには止められなかった……」
「大きな島?」
「そうよ。『水に棲む者』は大きな島をそのまま《七聖の座》の恒星に激突させるつもりなの。水牙は操られているわ」
「わかったよ。どうにかする」
「どうにかするって?」
「水牙を助けるし、恒星だって破壊させはしない」
「……リン、あたしもやるわ」

 リンがジェニーと話しているとコメッティーノからヴィジョンが入った。
「――わかった。どうにかするよ」

「リン、コメッティーノも?」
「うん、『空を翔る者』の神が《七聖の座》に激突するから止めてくれって」と言って、リンは肩をすくめた。
「何よそれ……リチャードはどうしたの?まさかリチャードも」
「連絡が取れないんだ。無事だといいけど」

 
 オサーリオがテントに入ってきた。
「リン、状況を伝えるぞ。最初にここに到着するのは空を翔る者の神シャイアン。それから約十分後に水に棲む者の移動大陸。大陸の上には水牙らしき人物が乗っている。以上だ」
「『地に潜る者』は?」
「小惑星上で破壊されたミラナルを発見し、リチャードを収容した。リチャードは重傷だが命に別状はない。ネアナリス王の行方は不明だ」
「ああ良かった。リチャードは無事だったんだね。後は僕がどうにかすればいいんだ」
「その件に関してマザーからお達しが来ている。『一発で全て仕留める事』――そんな事が可能か?」
「わかんない」
「頼む。移動大陸もシャイアンも我々では止められない。移動大陸に攻撃をしたが例の錬金建築と似たような結界が張り巡らされていた。シャイアンについてはあのスピードと羽ばたきについていけない。お前だけが頼りだ」

 
 リンとジェニーはテントの外に出た。
「リン、大丈夫なの?移動大陸とシャイアンの両方を相手にするなんて。しかも水牙もいるのよ」
「うん……まずは移動大陸に行ってみようか?」
「ええ、多分、水牙が先導していると思うから先にそっちね」

 《七聖の座》の最も外の軌道を周回する惑星ノカーノにリンとジェニーは移動した。
「リン、そろそろ見えてくるわよ。移動大陸が」
「……ねえ、ジェニー。さっきから不思議に思ってたんだけど水牙に負けたんでしょ?」
「ええ、ばさっと斬られたわ」
「なのにジェニーは今ここにいる。何でだろうね?」
「どういう意味?」
「別に。リチャードは重傷を負った――でもジェニーはピンピンしてる」
「……水牙が手心を加えたって事?」
「わかんない。確認してみなきゃ」

 
 移動大陸がその姿を現した。
「わっ、あんなもんが激突したら小さな星は吹き飛んじゃうね」
「来るわよ」
 まだ米粒のようにしか見えない移動大陸から先兵の水牙がノカーノに降り立った。水牙とリン、ジェニーは廃墟の町の広場で向かい合った。
「ねえ、水牙。もう止めようよ」とリンが言った。
「……」
「術はかかってないんでしょ。だってジェニーが――」
「――常々、武人としてお前と手合せしたいと考えていた。今、その願いが叶う」

 水牙は『凍土の怒り』を抜き、リンとの間合いを取り始めた。
「……しょうがないなあ」
 リンも『鎮山の剣』を抜いた。
 ジェニーは呆気にとられてその場に立ちすくんだ。
「ちょっと、そんな事してる場合じゃないでしょ。もう少ししたら移動大陸もシャイアンもここに来ちゃうよ」

 
「いくぞ」
 水牙が剣を振りかざして踏み込んだ。
 リンも剣で受け止め、すぐに体を離し、再び間合いを取った。水牙は間合いを詰め、再び剣を突き出し、リンがそれを受け、体を離した。
 水牙の攻撃が止み、今度はリンが仕掛けた。地上すれすれから剣を跳ね上げ、水牙がトンボ返りをして避けた。リンの鋭い剣先を水牙は信じ難い体の動きにより寸前で避けた。

「剣技は互角――やはりこうしないとだめか」
 水牙の体から冷気が立ち昇るのが見て取れた。
「氷柱乱舞!」
 水牙の剣先から何本もの太い氷柱が飛び出してリンを襲った。
「天然拳!」
 リンは天然拳を発動して氷柱を消滅させた。

 
 ジェニーは戦いを見守りながらも時間を気にしていた。
「せっかくのタイマン勝負だけど、ごめん!」
 ジェニーが銃を構え、二人に向かってフェニックスを放とうとした時、目の前の水牙の膝が突然がくんと落ちた。

「……水牙」
 リンは剣を納めて水牙に近づこうとした。
「来るな!」
 水牙は冷気をまとったままで叫んだ。
「まだ負けを認めてはいない」
「もう終わりだよ」とリンは言った。
 水牙はゆっくりと仰向けに倒れていき、地面に落ちる寸前でジェニーに支えられた。

「水牙!」
 ジェニーは水牙の腹部から血が滲み出しているのに気付いて叫んだ。
「……ジェニーか。君から顔面に攻撃を食らった時に術から覚めたが……今更、どんな顔して連邦に戻れる。こうでもしないと許されないと思い、腹を……だが最後に一度だけリンと立ち会ってみたくてな……どこまでも自分勝手で最低の人間だ」
「水牙。しゃべらないで」
 ジェニーは大きくなっていく腹部の赤い染みを手で撫でた。
「だめよ。死んじゃあ」
「大丈夫、水牙は死なない。だって雷牙の分まで生きるって誓ったんだから」
 リンが少し離れた場所に立ったまま言った。
「……そうだったかな?」
「……そうよ、水牙。あたしをまた一人ぼっちにする気。これからもあなたは生きて……あたしを幸せにしなくちゃいけないのよ!」
「……ジェニー」

「さあ、僕はそろそろ行かなきゃ」
 リンは頭上に迫った移動大陸を見て踵を返した。
 そこにコメッティーノが飛んできた。
「リン、シャイアンが来る。準備はできてんのか?」
「うん、とにかくやってみる」

 
 リンは《七聖の座》の恒星と向き合った。連邦のシップはすでに退避して辺りには誰もいなかった。
 恒星に話しかけた。
「何だかめんどくさい事になってるんだ。鳥の神様や移動大陸がこっちを目がけて向かってきてる。僕は君を守らなくちゃいけないんだけど『一発』で両方を片付けるように言われて困ってる――」

 
 デルギウスの上ではマザーとリンの六人のフィアンセが集っていた。マザーが目の前の空間を両手で軽くつまむような動作をすると、そこに映し出されたのは恒星に話しかけるリンの姿だった。
「空間を繋げたよ。こっちからならあの子に触る事だってできる」
「マザー、これから何を?」とアダンが尋ねた。
「まずはあんたたちが選んだ男の力をとくと見るんだね。これから起こす奇跡をその目に焼き付けるがいいさ。でも見てるだけじゃだめだよ。あたしが合図したらあの子をこっち側の空間に引っ張り上げるんだ。いいね。あんたたちが心を一つにすればできない事はないからね」

 
 リンは恒星に話し続けた。
「さあ、そろそろ鳥の神が来る。僕が君を助けられるのはこのやり方しかないんだ」
 リンは鎮山の剣を恒星に突き立てた。
「僕の命と引き換えに――蘇れ、恒星!」
 輝きを失っていた恒星は、初め青く光り、やがて白色へと色を変えていった。そして中心部から赤くなり始め、熱が戻っていった。

 
 マザーは空間を見つめていた。
「まだだよ。もう少しさ……今だ!」
 マザーは自らの両手を空間に差し伸べ、体をがっしりと掴んだ。
「さあ、皆で引っ張り上げるんだよ。いち・にの・さん!」
 剣を握ったままのリンの体がこちらの空間に引っ張られた。どさっと地面に放り出されたリンは満足そうな表情で目を閉じていたが呼吸をしていなかった。

 
 ノカーノ上では水牙が連邦の救命隊によって運び出されようとしていた。横たわったままの水牙が首を起こした。
「どうしたの?」とジェニーが尋ねた。
「……熱が」
 水牙はそれだけ言って目を閉じた。
「……熱……」
 コメッティーノは恒星の方を見た。
「やりやがったな。恒星を蘇らせるとは……」

 
 鳥の神シャイアンは恒星まであと僅かの距離に迫ったが突然、目の前の恒星が白く輝き出し、赤い炎を噴き上げた。
 青銅色の翼が炎に包まれた。シャイアンは叫び声を上げる間もなく、灰に変わった。

 
「……どうやらわらわの負けじゃ」
 珊瑚姫は移動大陸から離れた場所で輝きを取り戻した恒星をじっと見つめた。
「姫、早くしないと移動大陸が」
 ムルリが熱に浮かされたように恒星を見つめる珊瑚に声をかけた。
「そうじゃな。移動停止……《海の星》に帰るぞ」
 珊瑚姫の指令通り、移動大陸は恒星の手前で前進を停止し、来た方向にゆっくりと戻り出した。
「姫、かくなる上はどうなされますか?」とムルリが再び尋ねた。
「せっかくの機会じゃ。『持たざる者』、銀河の英雄とやらに会っていこうではないか」

 
 デルギウスの上ではミミィがリンを膝の上に乗せて介抱していた。
「どうなったい?」とマザーが尋ねた。
「息を吹き返しました」
 ミミィが答え、マザーは大きくため息をついた。
「これが最後の蘇生じゃなくてよかったよ。今、そんな事になったら銀河の最期の日になる所だった……この子の最後の蘇生は色々片付いてからにしてほしいもんだね」

 

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 Chapter 7 精霊

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