6.6. Story 3 復活

2 それぞれの闘い

 

ジェニーの場合

 珊瑚は全神経を集中させ、呪文を唱えた。しばらくすると地面がぐらりと揺れ、大地が空中に浮かび上がった。
「……さあ、水牙、ムルリ。この大地を駆り、《七聖の座》に乗り込もうぞ。立ちはだかる者は全て蹴散らすのだ!」
「御意」
 ムルリとその背後に控えるエビやカニの姿の水に棲む者たちはひれ伏した。
「……」
 水牙は無言で前を見つめた。

 
 珊瑚に操られた大地はゆっくりと前方に動き出した。
「ふぅ、少し疲れた。ムルリ、警護を頼むぞ。水牙、敵が現れたら構わず斬り捨てるがよい」
 珊瑚は玉座に腰かけ、代わりに水牙が立ち上がり、浮遊する大地の突端に向かった。
 大地の突端ではムルリとその部下のエビのような水に棲む者の兵士が前方を見張っていた。

 水牙の姿が近づくのを認めたエビ男がムルリに言った。
「ムルリ様、水牙を信じていいんですか?あいつ、連邦の将軍ですよ」
「仕方あるまい。珊瑚姫様とわしの眠りを覚ましたのはあの男じゃ。それに姫様の術が深くかかっておるからそう簡単には覚めん」
「ならいいすけど、連邦には他にもすごい奴が控えてますよ。鉄の男リチャード、コメッティーノ、ゼクト将軍、そしてリン文月……いくら水牙将軍でも一人で全員は相手できないでしょ」
「ああ、だがどうやら、空を翔る者、地に潜る者も活動を開始したらしい。つまりは連邦の力も分散される。三つ巴ならぬ四つ巴になると踏んでおる」
「本当ですか。何でそんな事になったんです?」
「さあ、わしは眠っておったのでわからんがそういう時代なのだ。そして今回こそは決着をつけねばならん。水に棲む者こそが銀河の覇者にふさわしい事を示す必要があるのだ」

 
「あ、あれ、何でしょう」
 エビ男が突然に叫んだ。
「どうやら敵のようだがシップ一隻か。蹴散らしてやろうぞ」
 ムルリが部下に指令を出し、攻撃の用意が終わった所に水牙が現れた。
「おお、水牙殿。貴殿の手を煩わせるまでもない。わしらで排除いたしますぞ」
 水牙は前方のシップを一瞥した後、何も言わずにその場であぐらをかいて座り込んだ。

 ムルリの命令に従い、数艇のシップが大地を飛び立った。水に棲む者のシップは前方のシップに近づいた。すると前方のシップから炎の帯が湧き上がり、シップはあっという間に業火に呑まれて姿が見えなくなった。
「何者だ、あやつは」
 ムルリが驚愕の表情を浮かべる横で、水牙は静かに立ち上がった。
「某が行こう」

 
 水牙が近づくと相手のシップから人が降りてきた。
「水牙、やっと見つけた。さあ、帰ろう」
 ジェニーはほっとした表情を見せて言った。
「……」
「どうしたの?」
「お前は誰だ?」
「何言ってるの。あたしよ、ジェニーよ」
「……知らんな」
「どうしちゃったの。水牙でしょ?」
「何故、某の名前を知っている?」
「……記憶喪失、ううん、操られてるのね。水牙ともあろう者が」
「そこをどけ」
「困ったな。あたしもあなたを《武の星》に送り届けないといけないのよ。『いやだ』と言ったら?」
「……」
 水牙は無言で凍土の怒りを抜いた。

 
 二人は宇宙空間でにらみ合った。水牙が背後を振り返ると移動大陸がゆっくりと上を通り過ぎようとしていた。
 ジェニーは水牙が目を離した隙を見逃さずにフェニックスを撃った。フェニックスは空中で分裂し、四方から水牙に向かって襲いかかった。
 水牙は右手から来る炎は剣を一振りして凍りつかせ、左手の炎を水壁で無力化した。そのまま剣をジェニーに向かって振ると、数本の氷の柱がジェニーを襲った。
 ジェニーはフェニックスを撃ちまくって氷柱を消した。そうやって宇宙空間は炎と氷のせめぎ合いの場と化した。
 移動大陸が二人の真上にきた。水牙が「氷柱乱舞」と言いながら幾本もの氷柱を撃てば、ジェニーは「火の鳥の群行」で何羽もの炎の鳥を出し、これに対した。

 ジェニーは決着をつけるべく、巨大なフェニックスを撃ち出し、それにひらりとまたがると突進した。
 水牙は剣を構えたまま突進を受け止め、猛烈な冷気で跳ね返し、ジェニーはそのまま後方の空間に弾き飛ばされた。
 水牙はすかさず接近し、ジェニーの体を乗ってきたシップに叩きつけ、剣を喉元に押し当てた。
 勝利を確信し、水牙が一息ついた所にジェニーが炎の一撃を浴びせた。炎は顔面を直撃し、水牙は慌てて炎を冷気で打ち消した。
 水牙は大きく目を見開いた。再び剣を構え直し、今度は躊躇せずにジェニーを一刀の下に斬り捨て、ジェニーはシップの上で静かに倒れた。
 ジェニーが倒れたのを見届け、水牙は移動大陸に戻った。

 
 水牙を乗せた移動大陸は《七聖の座》を目指し、去っていった。
 シップの上で倒れていたジェニーはしばらくして息を吹き返した。
「……く、うぅ」
 ジェニーはシップの上で仰向けにひっくり返り、泣き出した。
「えぐっ、どうして、えぐっ……水牙、こんなに好きなのに!」

 

リチャードの場合

 リチャードはメルカトに居座り、包帯の男を探した。クアレスマの残党狩りをしていた『草の者』たちも動員したが、手がかりは得られなかった。
 リチャードが途方に暮れているとヴィジョンが入った。
「リチャード様、花です。都の防衛システムが不審な飛行物の接近を捉えたようです」
「……動き出したか。私は外出するが引き続き包帯の男の捜索に当たってくれ」
 リチャードはヴィジョンを切り、マップを表示した。
「《七聖の座》に向かう中間点……この小惑星で迎え撃つか」
 リチャードはメルカトの出入口からシップで外に出た。

 
 リチャードが無人の小惑星で待っているとミラナル・リアルが近づいてくるのが見えた。リチャードは空に飛び上がってミラナル・リアルの前に立ちはだかった。
「リチャードさん、やっぱりやるんですね」
 併走するシップからミーダの声が響いた。
「もう言うな。行くぞ」
 リチャードは剣を抜かずに両手で盾を構えた。
「わかりやした」

 
 ミーダの言葉を合図にミラナル・リアルが突進してきた。
 リチャードはそれをひらりと避け、すれ違いざまに『竜鱗の盾』でミラナル・リアルの背中を力任せに叩いた。ミラナル・リアルはバランスを崩し小惑星に激突したが、すぐに何もなかったかのように体勢を立て直した。
 続いて空中からミラナル・リアルの頭上を目がけて盾の一撃を見舞った。地面にめり込むような強烈な一撃だったがミラナル・リアルはけろっとしていた。
 その後もリチャードはスピードを生かしてあらゆる箇所に打撃を加えたが、一向に効いた様子がなかった。

 呼吸を整えていると、ミラナル・リアルの左手の指先からレーザーのようなものが発射された。不意をつかれたリチャードは寸前で空中に逃れた。ミラナル・リアルはそこを逃さずリチャードの足を捕まえ、そのまま地面に何度も叩きつけた。
 リチャードは装甲レベルマックスで全身を守っていたが、足をつかまれて振り回され、叩きつけられる内に意識を失いそうになった。
 何度目かの叩きつけの時にリチャードは自らの拳で地面に穴を開け、そのまま地中に潜り、相手の腕を地中に引きずり込んだ。力が一瞬弱まった隙に腕を振り払い、別の場所から地上に戻った。
 リチャードは腕を地中から出そうともがくミラナル・リアルのつるりとした顔面に強烈な盾の一撃をお見舞いした。ミラナル・リアルはバランスを崩して仰向けに倒れたが、その拍子に腕が地中から抜けた。

 休む間もなく、足の裏、膝の裏といった感覚器を備えていて装甲が薄くなっていそうな部分を徹底的に攻撃した。
 ミラナル・リアルが平然と立ち上がったのを見て、リチャードは何のダメージも与えていないのを痛感した。装甲の薄い僅かな個所に何度も衝撃を与えないと倒すのは無理だ。まるで水滴が岩に穴を穿つような気の遠くなる作業に思えた。
 しかしやり続けなければならない。リチャードは再びミラナル・リアルに突っ込んだ。

 

コメッティーノの場合

 コメッティーノは猛スピードで《鳥の星》に向かった。アナスタシアの言っていたザモーラ台地にシップを乗り付け、シップを降りて走り出した。祭壇にいた数人の黒き翼の者を見つけて声をかけた。
「よぉ、ダチが世話になってるみてえなんだが」
「何だ、貴様は?」
「コメッティーノっていうケチな男さ」
「少し遅かったな。見ろよ、あっちの空を」
 一人の男が指さす先には灰色の空の下で翼を広げる巨大な鳥の影が見えた。
「何だありゃあ」
「空を翔る者の神、シャイアンが蘇った。もう貴様らの好きにはさせねえぜ」
「ふーん、まあ、あいつはひとまず置いといて、ダチの救出が先だ」
 コメッティーノは目にも止まらぬ速さで黒き翼の者一人を残して打ち倒した。
「さあ、案内しろや」

 
 岩の牢獄に行くとそこにはゼクトとパパーヌが囚われていた。
「助けに来たぜ」
 コメッティーノは黒き翼の者に牢を開けさせながら言った。
「シャイアンは、シャイアンは復活してしまったか?」
 パパーヌが牢から出て尋ねた。
「ああ、あのでっかい鳥な。いたぜ。でも安心しろよ。こちとら《巨大な星》で何体も邪神と戦ってんだよ」
「レプリカと一緒にしてはいけない。シャイアンは本物だ」
「神さんに本物も偽物もあんのかよ」
「リーバルンは《古の世界》を自らの手で消滅させようと考えた。そしてシャイアンを現実の世界に呼び寄せたが、結局、すぐに封印したのだ。そのリーバルンが残した正当な手続きによりシャイアンは復活した、つまりは本物だ」
「ふーん、難しい話はわかんねえ。どうせ奴は《七聖の座》を目指してんだろ。まだそんな遠くには行ってねえはずだからおれが相手するよ」
 コメッティーノはあっという間に走り去った。
「あ、待て。コメッティーノ――ゼクト、我々も急ごう」

 

リンの場合

 リンたちのシップが《七聖の座》に近づいた。恒星がその熱と輝きを失ってからどれくらい経つのか、暗く冷え冷えとした恒星の周りを回る住む人のいなくなった星々が見えた。
「ええと、待ち合わせ場所は主星デルギウス、真ん中の軌道を回る惑星ね――それにしても、この物々しさは何?」
 ジュネが外を見ながら言った。
「うん、どうしたんだろう。オサーリオの艦隊が並んでるね。演習かな?」
 リンはそう言いながらポータバインドを起動し、ヴィジョンの着信を見ながら驚きの声を上げた。
「大変だ」
「どうしたのよ?」
「ジェニーが水牙と交戦して敗北、リチャードがミラナル・リアルと交戦中、コメッティーノが《鳥の星》からシャイアンを追走中――何だ、これ?」
「よくわからないけど一大事は確かね。早くマザーの所に行こうよ」

 
 住む人のない主星デルギウスの瀟洒な宮殿の脇に野戦本部ができていた。忙しそうに動き回るソルジャーの一人を捕まえてマザーの居場所を尋ねると、ソルジャーは憧れのリンに声をかけられて興奮のあまり声が裏返った。
「あっちみたいだ」
 リンは笑顔でソルジャーの肩をぽんと一つ叩いた。

 
 真っ暗なデルギウスの地上にパンプ・コンストラクション工法で建てられた仮設本部、その中にマザーがいた。アダン、ミミィ、葵も一緒だった。
「来たね」
 マザーは椅子に座ったままで言った。
「何だか大変そうね?」とジュネが尋ねた。
「まずは自己紹介だね。初対面は――ああ、ニナ以外はヴィジョンで話してるね」
「ニナです。よろしく」
「よろしく。アダンだよ」
 アダンに続いてミミィと葵も挨拶をした。
「さてと」と言って、マザーはリンを見た。「リン、こっから先はあんたには関係ないんだ。それよりもあんたはこの《七聖の座》を守らないとね」
「うん、そうじゃないかと思った。じゃあオサーリオの所に行ってくるよ」
 リンはテントを出ていった。

「あんたらを」
 マザーはリンの後ろ姿を見送ってから口を開いた。
「呼んだのには理由があるんだよ――しかし錚々たる面子だね。大帝の娘、連邦の名家、《オアシスの星》の貴族、異世界から来た娘、《起源の星》の末裔、それにサロンの華の忘れ形見かい」

 

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 Story 4 《七聖の座》

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