6.6. Story 2 胎動

4 Fiancees

 リンは中野にあるシゲのアパートに向かった。
「あらあら、リンちゃん。どうしたの?忙しいんでしょ?」
「うん、そんなに。シゲさん、今ヒマ?」
「お店、開けるのは夜だし、だいじょぶよ。上がりなさいよ」
 こぎれいに整頓された部屋に通され、コーヒーを振る舞われた。
「どう、香りが違うでしょ」とシゲが座って言った。「マンデリンに変えてみたのよ、うふ」
 リンは何が「うふ」なんだろうと思いつつ、話を始めた。

 
「又、優羅さんに会ったよ」
「ふーん。ずいぶんとリンちゃんをお気に入りなのね」
「母さんに会いに行かないかって誘われた」
「行ってくれば?」
「うん、でもまだその時期じゃない気がしてさ」
「そうね。落ち着いてからの方がいいかもね」

「又《巨大な星》に行くんだけどいつになれば戦いが終わるんだろうね?」
「ああ、この間、連邦の放送で見たわ。すごく大きな星で、SFの本にあった未来都市みたいなのもあったし、素敵よねえ」
「観光で行く訳じゃないけどね。でも羨ましいでしょ」

「あらあ、いよいよ来年くらいには《花の星》ツアーが開始されるって話よ。《巨大な星》だってすぐに観光地よ」
「本当?」
「地球人は貪欲よ。せっかく連邦に加盟できると思ったのにお預け食らって、あの便利なバインドだって審査に受かった人間しか使えないんだから」
「僕のアピールが足りないから加盟できないと思ってるだろうね」
「大丈夫、大丈夫。あんたの彼女が上手くやってるし、その辺は心配ないわ。あの娘、すごいのよ。《花の星》、《再生の星》、《商人の星》、《歌の星》、《牧童の星》、《武の星》、たった一人で出かけてって、プロモーションヴィデオ作っちゃったのよ」
「えっ、そんなの知らなかった」

「あんたは戦いに専念してればいいの。周りの人間がちゃんとフォローするから。あたしもようやく来月、インプリント受けられそうなの。そしたら色々やれるわよ」
「やったね、シゲさん。審査受かったんだ?」
「半分以上は静江ママのコネ。純粋な能力だけで審査に受かる人間なんてほとんどいないわよ」
「ふーん、狭き門だね」

「そう。ちょっと心配なの。バインド持ってる人間と持ってない人間の間に格差が生まれるんじゃないかって」
「そんな事心配してる内に連邦加盟できるよ」
「ならいいけど。頭の悪い超大国が連邦の方針に従わないでいる限り、状況は変わらないわ」
「そうだね。コメッティーノも原始的破壊兵器の撤廃だけは譲らないみたいだし」
「あたし、この星はいつになっても連邦加盟できないんじゃないかって気がするのよ」

「そんな事ないって。『ネオ』とも上手くやってるみたいだし」
「それも問題よ。来年には『ネオ』の方が先に連邦加盟するし、あたしの心配してる格差の誕生はもうすぐそこに迫ってるわよ」
「あっちを見て、こっちの指導者も考えを改めてくれればいいけど」
「そんな単純に物事は運ばないわ。この星の全ての人間の成熟度が上がったとしても、その一方ではよくない事を企む輩も力を付けるんだもの」
「まあまあ、シゲさん。そんなに悲観的にならないで。もっと楽しい点に着目していこうよ」
「そうね、年取るとどうも物事を悲観的に捉えちゃう」

 
 翌日、リンは東京湾上空に浮かぶ銀河連邦の移民局に向かった。いよいよ沙耶香、ジュネ、ニナが出発する日だった。
「気をつけて行ってきてよ」
 リンは三人に声をかけた。
「任せといてよ。《巨大な星》じゃなくって《七聖の座》っていうのが少し残念だけど」とジュネが言った。
「何で《七聖の座》なんかに集合するんだろ。何もない場所でしょ?」
「さあ、マザーが気を利かせて中間地点を指定してくれたんじゃないの」
「きっとそうだね」

「ところでリン様」と沙耶香が尋ねた。「中原さんとのお話はどうでしたの?」
「あ、バタバタしてたから言ってなかったね――中原さんがね、沙耶香のお母さんの手紙を見せてくれた」
「お母様の?」
「うん、そこにね。僕の母親に関する情報が書いてあったんだ」
「えっ、リンのママ!」と話を聞いたジュネが叫んだ。「会いたい、会ってみたい」
「まだ僕も会ってないんだから。せっかちだなあ」
 リンは苦笑いをした。

「リンがのんびりし過ぎなのよ。大体、あんた、これからどうすんの。連邦のソルジャーでしょ?」
「あ、うん。コメッティーノやリチャードが何か言ってこない限り僕は仕事しなくてもいいんだ。あんまり働くとマザーが怒るんだ」
「何それ、そんな怠惰なソルジャー聞いた事ないわ」
「すみません」

「そうだわ」
 沙耶香が何事か思いついたようだった。
「特に大きな事件も起こっていないようですし、私たちと一緒に《七聖の座》に参りませんか?」
「そりゃいいわ」
 ジュネもニナも頷いた。
「……そうだね。行った事ないし、行こうかな」
「はいはい、そうと決まれば気が変わらないうちに出発しましょう」

 
「そう言えば、もう一つ。ほら、昨日のお坊様」
 沙耶香が思い出したようにジュネとニナに言った。
「えっ、何?」
「昨日、お坊様が訪ねてこられて、不在だとお答えすると、お名前も告げずにそのまま帰っていかれました」
「そうそう。『今はまだその時ではない』とか言ってね――でもあの坊さん、かなりの使い手だったよ」とジュネが言った。
「あたしもそう思ったわ。リンに何かを伝えたかったみたいだったけど」とニナも言った。
「えっ、名前もわからないし、どこのお寺くらいは言わなかった?」
「ごめんなさい。よく覚えてないんですが、帰り際に『和歌山の――』って言われていたかもしれません」
「和歌山だけじゃわからないよ」
「まあ、あの坊さんならきっとまた会うよ。大丈夫」
 ジュネがウインクをした。

 

別ウインドウが開きます

 Story 3 復活

先頭に戻る