6.6. Story 1 前兆

2 地底の王

 リチャードのジルベスター号が《地底の星》に到着した。星はジェニーの暮らしていた辺境のさらに先にあった。薄明りに照らされた巨大な地底の王宮が見え、シップは巡回中のシップに止められた。
「誰だ?ただちに立ち去れ」
 シップから警告が発せられた。
「リチャード・センテニア。《鉄の星》の皇子だ」
「……付いて来られるがよい」

 リチャードが薄暗いポートにシップを止め、地上に降りると見覚えのある男が姿を現した。
「やっぱり約束を守ってくれやしたね」
「ミーダ。約束があってもなくても来なければならなかった」
「まあ、そんなに堅苦しく考えないで。我が王も銀河の英雄に会うのを楽しみにしてますから、あっしに付いてきて下さい」
 リチャードはミーダの持つランプの灯りを頼りに暗い道を歩いた。
「ミーダ。何故こんなに暗いんだ?《鉄の星》も恒星を持たないが、如何にして明るくするかだけを考えているぞ」
「地に潜る者の住む星に来たら、そこのルールに従ってもらわなきゃ。ほら、言うでしょ。何だっけ?」
「わかったよ。この暗さこそが快適なのだな」
「さあ、着きましたぜ。ここがかの有名な地底の王宮でさあ」

 
 空から見た時にはわからなかったが、地底の王宮は土を固めて作られていた。門をくぐると両脇にかすかな灯りの灯った地底に降りる道が延々と続いていた。

「まるで地獄巡りだな」
「はっはっは。そりゃあいいや。でも、ほとんどの奴らはそう思ってるんでしょうね。地に潜る者は暗闇に住んで、人を殺して暮らしてるって」
「……」
「いいんですよ。そんなのには慣れっこでさあ。でもリチャードさんにはわかっててもらいたいんでさ。あっしらにだって文明があり、文化的な生活を送ってるって事を」
「わかっている」
 リチャードはそう言い、すれ違う人々を見た。皆、出会えばにこりとほほ笑み、会釈をした。

「こっからが地底の王宮の中心部、王宮はさらにこの先です」
「……地底の王宮とは街だったのか?」
 薄明りの広場では人々が忙しそうに笑い合いながら行き交っていた。
「こうして見ると私たちの街と何ら変わりないな」
「わかってくれりゃいいんですよ。持たざる者にだって何の能力も持たない普通の人間がいるでしょ。あっしらも同じで、普通の人間が普通に暮らしてるだけだ。だけどあんたたちの中でやっていくには能力がないと認めてもらえねえ。そんなごく限られた人間が地に潜る者の全てだって思われちまってる」
「ミーダ、お前、賢いな」
「止してくださいよ。お世辞は――さあ、王宮に着きました」

 
「よく来てくれた。余がネアナリスだ。貴殿の話は聞いておる。ミーダが大変世話になったそうだな」
 王の間に通されると玉座の人物が歩み寄ってリチャードの手を固く握った。ネアナリス王は能面のような白い顔に、鋭い目、薄い唇、その全てが冷酷さを意味しているような、年齢不詳の人物だった。
「これはネアナリス王。どうか玉座にお戻り下さい」とリチャードは恭しく言った。
「長旅で疲れているであろう。積もる話は食事の時にしようではないか。ミーダ、センテニア殿に部屋の用意を。では後程会いましょう」
 ネアナリスはそう言ってからミーダに二言、三言耳打ちして奥へと引っ込んだ。
「リチャードさん、じゃあ部屋に案内しますんで」
 声をかけられてリチャードは王の間を後にした。

 
 食事の準備ができたとミーダが迎えにきた。食堂にはネアナリス以外には給仕の者しかいなかった。リチャードはてっきり大臣やら王族やらの冷たい視線に晒されると思っていたので少し拍子抜けした。
「持たざる者、しかもデルギウス王の末裔の訪問を快く思わない者がいるのは事実だ」とネアナリスはリチャードの心を見透かしたように言った。「余と貴殿だけでじっくりと話そうではないか」

 リチャードは心尽くしのもてなしを受けた。
「貴殿はミーダに会った時に地に潜る者の特性を熟知していたそうだが、如何なる理由からか?」
「帝国特殊部隊にいた頃、バフという部下がおりました。その者と長く接している内に色々と学びました」
「……貴殿は良いリーダーだな。外に出た者が皆、貴殿のような人間に出会えれば良いのだが――例えば『ホールロイの悲劇』を知っておられるか」
「話だけは。《蠱惑の星》のホールロイ鉱山で起こった落盤事故でしたね?」
「死者は三千人、そのほとんどは劣悪な環境で働かされていた地に潜る者たちだった。いくら地に潜る者とは言え、巨大な岩盤が崩落したのではひとたまりもなかっただろう。我らが置かれた劣悪な状況はその頃と何も変わっていないのだ」
「目先の利益に目が眩んだ愚か者がやった事とは言え、他人事ではありません」

「ところでデルギウスの末裔である貴殿に質問がある」
「はい」
「教えてほしい。何故デルギウスは持たざる者のためだけの繁栄と平和を追及したのだろうな?」
「私にはわかりかねますが――」
「そうであろうな。では質問を変えよう。貴殿やコメッティーノ議長たちは新しき連邦の担い手としてこの点をどう捉えているか――答えてほしい」
「私は三界も精霊も龍もあってのパックス・ギャラクシアであるべきと考えております。それはコメッティーノや水牙、ゼクトやリンも同じはずです」
「ほお、新しい連邦の下では三界も持たざる者と同等の生活が送れると申すか」
「はい。そうしなければならないと」
「……その言葉を聞けて良かった。多くの持たざる者は我らを低級な存在としか思っていない。積年の恨みはもはや限界に達しているのだ」
「ネアナリス王。単刀直入に申し上げます。ミラナリウムを使っての覇権奪還計画、どうかお考え直し頂けないでしょうか」
「センテニア殿。もう少し早くから貴殿らが連邦統治に携わっていれば良かったのだが、それは言っても詮無き事――貴殿の想いは確かに受け取った」
「侵攻を中止して下さいますか?」
「それは無理だ。だが最小限の被害に食い止める事を約束しよう」
「そうなった場合――残念ですが、私も全力でそれを止めねばなりません」
「そうであろうな。悲しい事だ。持たざる者は我らをないがしろにし過ぎた。その報いを受ける時が来たのだ」

 
 食事が終わり、あてがわれた部屋に戻る間にミーダが話しかけた。
「リチャードさん、あんたとは戦いたくねえんだ。ここにずっといりゃあ戦わないで済む。なあ、そうしねえか」
「ミーダ。そうはいかない。地に潜る者の想いはわかるが、私にも守るべき者がいる――それにもし、地に潜る者が覇権を確立させたとして、三界、持たざる者、精霊、龍は共存できるのか。今度は地に潜る者のためだけの繁栄が追及されるのなら、それがまた新たな戦いを生む。そんな世の中は絶対に避けなければならない」
「あんたは立派だ。確かに今のおれたちは私怨で動いてるだけかもしんねえ――やっぱ、あんたとは戦いたくねえなあ」

 

先頭に戻る