ジウランの日記 (11)

20XX.7.19 蒲田の推理

「さてと、昨日の話の続きだけど」
 今日の蒲田さんは白いポロシャツ姿だった。PCを起動してからぼくに質問をした。
「ジウラン君はそういう外見しているし、英語は問題ないよね?」
 どう答えていいか迷っていると蒲田さんは構わず言葉を続けた
「これから聞かせるのは、ジョナサン・ジャズ……どこかで聞いた名前だろ。そう、リンと一緒に宇宙へ出かけたアーヴァイン・ジャズの息子さんとの会話さ。ジョナサンはコネチカット州で自動車の整備工場を経営している。亡くなったお父さんの話を聞かせてほしいと頼むと、ずいぶんと怪訝な顔をされたよ。じゃあいいかな」

(蒲田)ではまずお名前から
(JJ)ジョナサン・ジャズ
(蒲田)ジョナサン、君のお父さんはニューヨークのテレビ局で働いてたね。生前、彼は宇宙旅行に関して何か言ってなかったかい?
(JJ)こいつは驚いた。何でそんな話知ってるんだい。家族は皆、お迎えが近くなってとうとうイカレちまったとばかり思ってたんだ
(蒲田)……という事は?
(JJ)ああ、言ってたさ。「自分は地球で初の太陽系外の星に行った人間だ」ってね
(蒲田)なるほど。誰かの名前に言及しなかった?
(JJ)そう言えば言ってたな。「リンはすごい奴なんだ」……なあ、リンって誰だ?
(蒲田)ジョナサン、大変参考になったよ。ありがとう

「と、こんな具合さ」と言って、蒲田さんはPCのあるデスクからソファまで歩いた。「まずはランチを食べよう。このホテルの中華、すごくうまいんだよ」

 
 レストランで蒲田さんは麻婆豆腐を、ぼくは酢豚を注文した。蒲田さんは料理が出てくるまでの間、何か考え事をしていたが、料理が来ると途端に饒舌になった。
「これこれ、こういう普通の料理が美味しい中華料理屋ってなかなかないんだよ。酢豚も美味しいだろ?」
 久々のごちそうを前にして無言で頷いた。
「じゃあ僕の推理とやらを話そうか――その前にインタビューをしてわかった事からだな。食べながらでいいから聞いてほしい」
 スープを一口飲んで蒲田さんの言葉を待った。

「君がくれた資料に出てくる人々には三種類ある。あまり関係のない人、比較的近い人、当事者だ。ぼくがインタビューした未知さんやアーヴァインの息子さんは『あまり関係のない人』に属する。このグループの特徴としては、君が言うところの『事実の世界』の記憶が部分的にせよ残っている場合が多い。次に『比較的近い人』、おそらく西浦さんや僕はここに属するんだろう。このグループの特徴は『事実の世界』の記憶が欠落している場合が多い。そして最後に『当事者』、リン、源蔵、須良大都、この辺に関してはその存在自体がなかった事になっている。これはものすごく不自然だとは思わないかい?」
 先日美夜とした話をした。これは誰かの仕組んだゲームでそのプレイヤーがぼくなんだという事を。
 蒲田さんは感心したような顔でぼくを見つめた。
「なるほど、第四のグループがあったね。『プレイヤー』であるジウラン・ピアナ、オセロのようにこの世界を引っくり返せるか、ってところだね。でもそうなると君の対手って誰だろうね?」
 これまでの出来事を総合すると蒲田さんの追っている人物と同じ――
「うんうん、何だか楽しくなってきたね。では僕の推理をお話ししよう。ここでは何だから部屋に戻ろう」

 
「さて、僕の推理だけど、君は先日元麻布で以前軽井沢にいた男に会ったと言ったね。彼はおそらく君を定期的にチェックしている。そして今回、君と直接話をして君が成長しているのを知った。そのペースが速いか遅いかはわからないけどね。もし僕が彼の立場だったら、次なる餌を用意する。言ってる意味はわかるかな?」
 あまりよくわかりません――
「つまりね、近々、あるいはもうすでに元麻布以降に始まっているのかもしれないけど、君に接触を試みる人間がいるはずだ。そしてその人間自身か、或いはその人間の周りの人間は絶対にあの元麻布の男につながっているはずなんだ」
 なるほど、今のところ変化ないですねえ、あ、すいません、蒲田さんの口癖が移っちゃいました――
「君は何も知らない振りをしてその誘いに乗った方がいいと思う。そうやって乗ったふりをしていれば、君を観察している相手の正体に近づけるんじゃないかな」
 ふーん――
「相手は君を良く知ってるのに君はちっとも相手を知らない。こんな不公平なゲームってないじゃないか。相手も君を物足りないと思っているからこそ、軽井沢の一件みたいに餌を撒いてくるんだぜ。そんなの屈辱的だろ」
 そう言われると無性に腹が立ちます――
「だから、ここいらで鼻を明かしてやろうよ。幸いにして僕はしばらくこのホテルに滞在している。だから君は身の周りに起こった変化、どんな些細な事でもいいから、それを僕に報告するんだ、いいね」

 Oホテルを出た。夏の日差しがまぶしかった。
 いよいよこちらの逆襲が始まるんだ。ほとんど蒲田さんの入れ知恵だけど、ぎゃふんと言わせてやる。
 携帯が鳴った。ナカナからだ。出ようかどうしようか迷っている間に着信音が途切れた。

 

登場人物:ジウランの日記

 

 
Name

Family Name
解説
Description
ジウランピアナ大学生。行方不明になった祖父のメッセージに従い、『クロニクル』という文書を読み進む
デズモンドピアナジウランの祖父
一年前から消息不明
能太郎ピアナジウランの父
ジウランが幼い頃に交通事故で死亡
定身中原文京区M町にある佐倉家の屋敷の執事
美夜神代ジウランをサポートする女性
都立H図書館に勤務
菜花名
(ナカナ)
立川ジウランのガールフレンド
西浦元警視庁勤務
美夜と関係があるらしい
大吾蒲田元警視庁勤務
現在は著名な犯罪評論家
シゲ
(二郎)
重森伊豆の老人ホームにひっそりと暮らす

 

 Chapter 6 三界の挑戦

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