目次
2 ラボ
アッパーレジデンス
リチャードが泣き出しそうな顔をしたミーダを担いで最上階、転移装置の部屋に姿を現した。リチャードが床に降ろしてあげるとミーダは気まずそうに地面に潜り込んだ。
「ここにも二基の装置か」
リチャードが二つ並んだ装置を見ながら言った。片側の装置の周りにはクアレスマに殺されたのだろう、何人もの人が折り重なるようにして息絶えていた。
「……これはクアレスマに取り入っていたアッパーレジデンスの実力者たちだわ」とニナがかすれ声で言った。
「クアレスマにとっては時間稼ぎの捨て駒でしかなかったか。だが彼らは私たちにヒントを残してくれたな。見ろ、皆、こちらの装置に殺到した場所で殺されている」
リチャードの言う通り、一方の装置の周りにだけ人が倒れていた。
「という事はこちらが正解?」とジェニーが尋ねた。
「何を持って正解とするかはわからんが、誰も外に出ようとは思わんだろう」
「じゃあ早速、僕が」
リンは言い終わらないうちに装置に足を踏み入れ、スイッチを入れた。
姿が消えておよそ十秒後、ヴィジョンが入った。
「こっちで正解。攻撃もないみたいだから早くおいでよ」
ヴィジョンが消え、リチャードたちも次々に装置に吸い込まれた。
水牙:屋上
水牙は屋上の中心部に向かって歩いた。警報が鳴り、床が反転し砲撃が行われる中を、冷気で凍りつかせながら一歩一歩慎重に進んだ。
ようやく半分ほど進んだ所で立ち止まった。対角線上のゼクトも同じように中心部を目指しているのだろう、破壊された砲台の煙が近づいた。
ラボ
リンたち全員がラボの転移装置の周りに集合した。
「ここがラボか」
「物音一つしないわね」
ジェニーが銃を構えたままで言った。
「油断するなよ――さて、この先は廊下が二手に分かれて伸びている。右から行くか、左から行くか」
「めんどくさいし、両方から行かない?こんな狭い廊下で襲われたら動きが取れなくなっちゃうよ。どっかで合流できるでしょ?」とリンが言った。
「リンらしいな。よし、そうするか、左の廊下をリン、ジェニー、ニナで進んでくれ」
「あれ、リチャード一人でいいの?」
「ああ、ミーダもいる。ミーダよ。もう一働きしてもらおうか」
リン:ラボ
リンが自然を発動しながらその後ろをジェニー、最後尾をニナが進んだ。気配を消したままのリンが突き当りのドアを開けると、そこは研究室に続く小さな部屋で、直径一メートルほどのカニのような形をした機械が何体も動き回っていた。人の気配を察知して自動的に攻撃を仕掛けるタイプのようだった。
(わっ、うっとうしいなあ。こういうの)
リンはゆっくりと背後から一台の機械に近づき、至近距離から天然拳を放ち、機械を消滅させた。そうして二台、三台と音を立てずに機械を消滅させていると、背後からジェニーが顔を覗かせた。
「様子はどう、リン――」
次の瞬間、カニの前面に取り付けられたセンサーが赤く光り、一斉にレーザーが発射された。ジェニーは寸前で物陰に隠れ、リンは気配を消したままで天井に張り付いた。
(あー、びっくりした)
天井で呼吸を整えていると機械たちは気配のあったドア方向に移動した。すると物陰の向こうからジェニーの放ったフェニックスが直角に曲がってきて機械を根こそぎ破壊した。
リンは慎重に廊下に降り、残った機械がないか確認した。ジェニーが再び顔を覗かせ尋ねた。
「……どう?」
「うん、全部ぶっ飛ばしたみたい」
リンは気配を戻して言った。
「あなたもぶっ放しなさいよ。そうじゃなきゃ装置まで辿り着けないわよ」
ニナを連れたジェニーは言った。
「わかったよ。あっちも苦戦してるかな」とリンは言って次の部屋のドアを開けた。白い廊下がまっすぐに続き、いくつものドアが左右に見えた。
「廊下には何もいないみたいね。注意していこう」とジェニーが銃を構えたままで言った。「ねえ、ニナ。この辺はどこだろう?」
「エリア全体が一つの大きな建物で中心部には限られた人間以外は入れない一画があるらしいわ」
「そこであの殺人機械を作ってるのね」
「多分ね。今いるのはまだ端の方……多分、事務棟ね。リチャードが向かったのは試験棟だと思う。どちらからもこんな廊下を何本も曲がって中心部に着くんじゃないかしら?」
「めんどくさいね。壁に穴を開ければ近道できるんじゃない?」
「だめよ。あたしたちは都を破壊しにきた訳じゃないんだから。ちゃんと道なりに行きましょう」
ジェニーは子供を諭すように言った。
リチャード:ラボ
その頃、リチャードも入口を警戒していた機械を破壊し終わった。
「おい、ミーダ。先はどうなってる?」
リチャードは誰もいない空間に向かって話しかけた。
「へい。まっすぐに廊下が続いてて部屋がいくつも並んでやす。一つ、部屋に入りやしたけど、どうやら検査場ですね」
「……お前はどうする。私と一緒に廊下を歩いていくか、それともお得意の二次元移動で建物の構造を無視して勝手に進むか」
「そんな恩を仇で返すような真似はしやせんよ。一緒に進みましょうや」
「ほお、待望のエリアに来れたのに殊勝だな。じゃあお前と協力してこの路をいくとしようか」
「離れる時にはちゃんと言いますから」
「気にするな」
リン:ラボ
リンたちは長い廊下を歩いた。時折、左右のドアが開いて敵が飛び出してきたが、それらを難なく片付けながらようやく突端にたどり着いた。廊下はそこで右に折れ、しばらくすると再び右に折れた。今来た方向にもう一度戻る形で中心部に近づいた。
「ほら、やっぱり横に進んだ方が早かったよ」とリンがぼやいた。
「まあ、そう言わないの。でもリチャードの方はあの地底人がそうしてるかもね」とジェニーが言った。
「僕らも急がなきゃ」
「遊び相手が来たわよ」
廊下の向こうからセンサーの付いた機械を先頭に重装備の男たちがやってくるのが見えた。
「先手必勝……ニナ、ここにいて」と言って、リンとジェニーは走り出した。
相手の顔が判別できる距離まで近づくと左右に別れ、リンが左の壁、ジェニーが右の壁に足をつけて走った。横向きの姿勢のままで天然拳とフェニックスを撃ちまくり、敵はあっという間に動かなくなった。
「ニナ。もう大丈夫だよ」
リンは壁をぽんと蹴り、地上に降り立った。
ゼクトと水牙:屋上
リンたちが二手に分かれてラボを進んでいる頃、ガーディアンにいるゼクトと水牙は互いの姿がかすかに確認できるほどの距離に近づいていた。二人の目の前、ガーディアンの中心部は金属製の大きな円盤の形をしていた。
ゼクトと水牙が一歩中心に向かって歩を進めると、発着場の金属板の中央に穴が開き、機械音が響いた。やがて中から一体の大型の人型の機械が現れた。大きさはダレンを襲撃したものと同じくらいだったが、外観はリンを襲ったものに似ていた。
「結局はこいつと戦わなければならないのか」
水牙はやれやれと肩をすくめて『凍土の怒り』を抜いた。再び姿が見えなくなったが対面のゼクトも構えを取っているはずだ。
「ゼクト。いくぞ」
水牙は姿を現した大型の人型機械に向かっていった。
ラボ
何度か廊下を行きつ戻りつしてリンたちが少し開けた場所に出ると、そこではリチャードが待っていた。その周りには機械の残骸が無造作に転がっていた。
「ああ、リチャード。早いね」とリンが言った。
「いや、私もついさっき着いた」と言って、寛いでいたリチャードは立ち上がった。
「ミーダは?」
「今」と言ってこんこんと床をつま先で蹴った。「捜索に行っている。間もなく帰ってくる」
リンが周りを見回すとドアは二か所にあった。
「クアレスマには会わなかったよ」
「うむ。おそらくこの上のエリア――」
「コントロールの事?でもそのエリアは都の完成と同時に閉鎖されて、転移装置でも行けないって聞いたけど」とニナが言った。
「クアレスマがそうしたか、あるいはそういう噂を流したのだろう。コントロールの建築に携わったのはクアレスマらしいじゃないか。奴はコントロールの出入り口を閉鎖する事もできただろうし、秘密の入口を作る事も可能だったはずだ」
「もう一つ上かあ――」
リンが言いかけた時、床に小さなふくらみが出現した。
「こりゃ、皆さんご無事で。屋上は大変な事になってるみたいですぜ」
「ん、水牙とゼクトか?」
「ええ、こっちの扉の奥にでっかいモニターがあるんですけどね、そこで研究者たちが集まって騒いでましたよ。『行け、ミラナル・ファイナル』とか何とか言ってました」
「――で、上に行く装置は?」
「それはこっちの扉の奥にありやしたよ」
地上に姿を現したミーダはもう一つの扉を示した。
「リチャード、どうすんの。どっちに行くの?」とリンが尋ねた。
「とりあえずラボは放置だ。早く上のコントロールに向かった方が良さそうだ」
リンたちはミーダの言った転移装置のある側のドアの前に立った。厳重にロックされて、開きそうにない扉をリチャードは力任せにこじ開けた。ミーダの言った通り、その先の小部屋には二基の装置が静かに佇んでいた。
「よし、行くぞ――」とリチャードが言いかけるとミーダが口を挟んだ。
「あっしはこれで失礼させていただきやす」
「ミーダ」とリチャードは振り向いて言った。「何を見つけたかは尋ねんが、お前とはまた会うだろう――どんな形の対面かはわからないがな」
「本当に止して下さいよ。あっしは皆さん方と争うつもりはねえんですから」
「今はな」
「……かなわねえなあ。じゃあリチャードさん、こうしましょう。この戦いが終わったら《地底の星》まで来てくれませんかねえ」
「――ネアナリス王か?」
「そういうこってす。どうですか?」
「いいだろう。最後にもう一つだけ頼みがあるんだが」
「何でも言って下さいよ」
「お前が望みのものを手に入れた後、ラボの中心部の天井だけを爆破してほしい――言っている意味がわかるな?」
「……お安い御用で。機を見てやれって事ですね。じゃあ、あっしはこれで」
ミーダと別れたリンたちは転移装置の前に立った。
「じゃあ、また僕が先に行くよ」
リンはためらう事なく左側の装置に飛び込んだ。
しばらくするとヴィジョンが入り、リンの「失敗したー、屋上に出ちゃった!」という声が響き渡った。
エテルの都全体図 (別のウインドウが開きます)