目次
4 コメッティーノの来訪
コメッティーノがポートに到着したと連絡が入り、ニナは慌てて歓迎の列に加わった。それまでの連絡事項は下のエリアの異変を告げるものばかりだったので、クアレスマを怯えさせないように伝えなかったが、さすがにこの重要連絡は伝えた。
待ちに待ったこの時だったが、不思議と不安も高揚感もなかった。リンが声をかけてくれたせいもある。リンが行ったすぐ後に花(はな)と名乗る女性が身辺警護を申し出た。他にもクアレスマを見張る者、リンたちのシップを守る者、そして艦隊を率いてやってくるゼクト将軍のために空間で作業する者、一人ぼっちの戦いを続けてきたニナにとっては皆、心強い仲間に思えた。
ポートからコメッティーノが姿を現した。くしゃくしゃの髪の毛を引っ詰めたいつも通りのスタイルだった。市民たちから歓声が上がったが、すぐに驚愕の声へと変わった。コメッティーノは一人きりだった。
ニナは急いで前に進み出た。
「コメッティーノ議長、ようこそおいで下さいました。市長は庁舎でお待ち申し上げております」
「あんた名前は?」
コメッティーノは前を向いたまま、表情を崩さずに尋ねた。
「あ、はい。ニナ……ニナ・コンスタンツェ・フォルストです」
「『サロンの華』と同じ苗字じゃねえか――じゃあ行こうか」
動く歩道に乗る間、コメッティーノは正面を見つめたまま何も語らなかった。動く歩道の両脇では歓喜した市民たちが花を投げた。ニナは多少不安を覚えながらアミューズ・エリア奥の転移装置へと案内した。
「ここから上のアドミ・エリアに行けるようになっております」
「ほお、エテルの傑作がエリア間の移動に使われてるって訳かい。他に並んだ装置は?」
「はい、真ん中のがレジデンス行き、左のがメルカト行きです」
「ジャンク行きのはねえんだな?」とニナにしか聞こえないような小声で言った。
「あ、あのぉ……」
「冗談だよ。おれの友達が世話になったらしいから、どんな場所かと思っただけさ」
「はい。では装置に」
最初にコメッティーノが転送され、次にニナが転送された。
「ここがアドミ・エリアかい。整然としたもんだが、警護が多すぎやしねえか」
「ご存知でしょうが、下のエリアで色々と」
「すぐにこのエリアもそうなる。あんた、安全な場所に退避しといた方がいい」
「いえ、そんな訳には」
「仇討ちだか何だか詳しい事情は知らねえけど、荒っぽいのはおれたちに任せときなよ。リンだって悲しむぜ」
「でも」
「さあて、クアレスマの所に乗り込むか。案内してくれよ」
物々しい警備の中を市庁舎に入ると廊下には真紅の絨毯が敷き詰められ、警護の人間が両脇一メートルくらいずつの距離を取って立っていた。
コメッティーノは口笛を一つ吹き、ニナの後を付いてふかふかの絨毯の上を歩いた。ニナは重々しいダブルドアの前で立ち止まり、ドアをノックした。
「コメッティーノ議長をお連れしました」
ニナは振り返り、「どうぞ」と目で合図してからドアノブに手をかけた。ドアが開くとまぶしい光に包まれた室内が目に飛び込んできた。クアレスマがわざとらしい笑顔を浮かべながらコメッティーノに近付いた。
「申し訳ありませんな。何、小虫がうるさくて」と言って、クアレスマは握手を求めた。
「いや、心中お察ししますよ。為政者ならではの悩みですね」とコメッティーノも出された手を握り返し、さらに熱い抱擁を交わした。
「では私はお茶を」
二人がソファに座ったのを確認してから、ニナは部屋を後にした。
ニナはどきどきする胸を押さえながらキャンティーンに飛び込んだ。お茶を注ぎ、そこに薬をたらそうと呼吸を整えていると背後から声がかかった。
「ニナ。あなたの役目は終わり。後は私たちに任せて安全な場所に」
「あ、花。ううん、そうはいかないわ。最後までやり遂げないと」
「……仕方ないわね。廊下を覗いてごらんなさい」
花に言われてニナはキャンティーンのドアを少し開けて廊下の様子を覗いた。
廊下には白い煙が立ち込めていて、等間隔で立っていた男たちがあらかた倒れていた。
「あたしの仲間の菌(きん)が天井裏から睡眠ガスを撒いたのよ。本当はこの隙に脱出して欲しいんだけど作戦変更。ここで待機しましょう」
「待機?」
「ええ、リン様たちが到着するまで待機よ」
「ああ、良かった。リンは無事なのね?」
「ファームを解放して、インダストリアも解放したそうよ。もうすぐメルカトを抜けてアミューズに向かうそうだから」
「じゃあ私、ここで待ちます」
クアレスマの部屋では二人が談笑していた。
「下のエリアで暴れているのが本当にうるさい小虫でしてな」とクアレスマがにやにやしながら言った。「もしかするとコメッティーノ議長もご存じ、いや議長の飼われている虫かもしれませんな。いゃっはっは、これは失礼」
「そうそう」とコメッティーノも笑いながら言葉を返した。「先日、連邦のダレンと《青の星》にもとんでもない物が飛来したんですよ。何だったと思います?」
「何でしょうな、わかりませんなあ」
「それがね、市長。がらくたなんですよ。ぽんこつで使い物にならないようながらくた。すぐに処分しましたがね」
二人の間に気まずい沈黙が訪れた。が、コメッティーノが沈黙を破り、さらに攻勢をかけた。
「ところで市長はその昔、海賊だったそうじゃないですか――実はね、ここだけの話、私も海賊だった時期があったんですよ。まあ、ここは一つ、元海賊同士、腹を割って話し合いましょうよ」
「はて、何を言われているのか。私は確かに若い頃、貧しくて苦労しましたが、海賊だなどと――」
「いえいえ、隠されてもわかりますよ」と言ってから、突然コメッティーノの口調が変わった。「血の匂いがぷんぷんすらあ」
コメッティーノは立ち上がり、クアレスマの仕立てのいいシャツの襟元をつかんで立ち上がらせた。
「海賊ってのはなあ、金持ちの金品は盗むが民間人には手は出さねえだろ。てめえみてえのはただの盗人の人殺しって言うんだよ」
「……」
急に首ねっこを掴まれたクアレスマは助けを呼ぼうとしたが声が出なかった。
「声が出ねえだろ。さっき抱擁した時に、てめえの声帯の筋肉をマヒさせといたんだよ」
コメッティーノはクアレスマの体を引きずって壁に押し付けた。
「おい、この都はエテルが全身全霊を傾けて作った最後の傑作だ。てめえみてえな小悪党にここを仕切る資格はねえんだよ」
「……た、助けて」
ようやくクアレスマは蚊の鳴くような声を出した。
「助けなんか来ねえさ。それよりもこの部屋に上のエリアに行く転移装置があんだろ。それでエテルの所に案内しろ」
「こ、これです」
クアレスマは本棚を指さした。本の奥にはスイッチがあり、それを押すと本棚が移動してドアが現れた。
「古典的な仕掛けで、がっかりするな。まあ、てめえじゃあこの辺が限界か」
コメッティーノは文句を言いながらクアレスマを先に立たせてドアの向こうへと進んだ。そこには一台の転移装置が置いてあった。
「これだな」とコメッティーノが言うと、クアレスマは大きく頷いた。
「転移装置ってのは一人ずつしか入れねえんだよな――まあ、いいや。てめえが先に行け。おれはすぐに後から行く。騙してたらその場で口聞けねえようにしてやるから、そのつもりでな」
コメッティーノはクアレスマを転移装置に押し込み、足元のスイッチを踏ませた。転移の瞬間にクアレスマがにやっと笑ったような気がしたが、コメッティーノも赤ランプが青ランプに変わるとすぐに続いて装置に飛び込んだ。
リンたちが体験した感覚と同じように、一瞬だけ足元の地面がなくなるが、すぐに地面に爪先が触れた。
着いた先は小さな部屋だった。クアレスマの姿はどこにも見当たらなかった。
「野郎、逃げやがったか」
コメッティーノがぶつぶつ言いながら部屋のドアを開けて外に出ようとすると、いきなりものすごい量の銃弾が雨あられのように撃ち込まれた。
天井に張り付いて銃弾を避け、室内を見回した。ドアは吹き飛び、壁にハチの巣のように穴が開き、転移装置は無残に破壊されていた。
「ずいぶん派手にやりやがんなあ」
天井から地上に降りて吹き飛ばされたドアの辺りから外を見た。まっすぐな廊下が続いており、特に人の姿は見当たらなかった。
「いっちょ、お仕置きしてやっか。人の出迎え方を教えてやんねえとな」
目にも止まらないスピードで部屋を出て、廊下の角に隠れていた五、六人の男を手刀で打ち倒した。角を曲がった先もまっすぐな廊下が続いていた。どうやら長方形の形をした内部のようだ。
廊下を進みながら窓があったので何気なく外を覗き、声を出さずに笑った。
「――ゴミの山。ようやくジャンクにご招待かよ」
クアレスマがいないかと外を一通り見回したがどこにも見当たらなかった。
「仕方ねえ。確かリチャードが抵抗組織のアジトから上に行けるって言ってたから、そこにでも行くか」
5 ジャンクの秘密
危険な化け物
コメッティーノは待ち受ける男たちを倒しながら三つめの角を曲がった。そこは玄関のホールで奥にはひときわ立派なドアが扉を閉ざしていた。ドアの所にいた三人を苦もなく打ち倒して外に続くドアを開けた。
「ここは誰かの屋敷みてえだな」
立っていたのは低いゴミの山の中腹だが、その一帯だけはゴミがむき出しで露出しないようにセメントで固めてあり、舗装した道が山の下の方に続いていた。曲がりくねった道を下りると広場が見えた。
広場は百人ほどの男たちで埋め尽くされていた。男たちはそれまで座り込んで酒盛りをしていたようだったが、クアレスマが命令したのだろう、立ちあがってのろのろと武器を準備していた。おそらくこんなに早く屋敷を抜け出して下りてくるとは夢にも思わなかっただろう、突然現れたコメッティーノの姿に気づいた数人が意味不明の叫び声を上げた。
コメッティーノはお構いなしに広場に突っ込んで、すれ違う男たちを片端から倒して広場をそのまま駆け抜けた。しばらくするとくるっと回って、別の方向から広場に突入した。今度は広場の中心に留まり、向かってくる男たちを相手した。
広場にいた男たちの半分ほどが一瞬にして打ち倒されると、残った男たちは戦う事なく広場から逃げ出したが、一人の男があえなく捕まった。
「おいおい、逃げんなよ。聞きてえ事があんだよ。まずは、そうだな。てめえらは何者で、ここで何してた?」
「離せよ、言うから。おれたちはニッカス一家の者だよ。今日は出入りがあって、あの反体制勢力の奴らをぼこぼこにしたんで祝いの酒盛りをしてたんだ。そしたらクアレスマが来て『化け物が来るから急いで用意しろ』って。そこにあんたが来たって訳だよ」
「なかなか頭いいじゃねえか。で、クアレスマはどっち行った?」
「あっちだよ」と男はあごで方向を指した。「ニッカス一家の事務所に逃げてったよ」
「よしよし、最後の質問だ。反体制勢力の本拠はどっちだ?」
「あっちさ」と男は逆の側をあごで示した。「でも誰もいねえはずだぜ」
「ありがとよ」と言ってから、男の首筋に手刀を打ち込み気絶させた。「早くしねえとリチャードたちに遅れをとっちまうが、このままクアレスマを逃がすのもしゃくだ。いっちょニッカスとやらをぶちのめすか」
インダストリア解放
その頃、リンたちはインダストリア・エリアを出ようとしていた。
インダストリアは碁盤の目のように整理された区画が果てしなく並んでおり、それぞれのマス目には平たい屋根の工場が建てられていた。わずかに中心部の一角が制御棟で人の出入りがあったが、そこ以外には人っ子一人見当たらなかった。
リンたちはファームを解放し、当面の統治をジャンクからやってきたネスの部隊に任せる事にした。そして、四人だけで転移装置を使ってここまでやってきた。
「究極の未来都市だな」と水牙が制御棟に向かって歩きながら呟いた。
このエリアはファームのように気候をコントロールし、アミューズのように嘘くさい青空にしておく必要がないのだろう、空はどんより曇り、空気も淀んでいた。
「ああ、人は数十人、それを仕切るのがファームと同じくクアレスマの配下の者だそうだ。今は警護が増えているだろうが……あいつが問題なく一仕事終えてるだろう」
リチャードが予想した通り、制御棟の周りには青ざめた技術者たちが不安そうに立ちすくんでいた。
「どうしました?」
リチャードが声をかけると、白衣を着た一人の男が声を上げた。
「はい、中で人がたくさん死んでいるんです。もう怖くて」
「心配しないで下さい。あなたたち技術者は安全なはずですから今日はもう帰宅して下さい」
技術者たちを帰してから、リチャードは誰もいない空間に向かって声をかけた。
「ミーダ。もういいぞ。メルカト、アミューズには処断する対象はいない。これから私たちはアミューズを抜けて、さらに上のエリアに向かう。付いてきたければ付いてこい」
リンたちがインダストリアの転移装置に向かって移動を開始すると、ちょっと見ただけではわからない地面にぽつんとある小さなふくらみが音もなく後を追うように動き出した。
ニッカス殲滅
コメッティーノはニッカス一家の本拠が見える場所までやってきた。途中で十人程度倒したが、まだ大勢待ち構えているようだった。コメッティーノは頬を膨らませると、大きく息を吐き、気合いを入れ直した。そのまま猛烈な勢いで走り出し、屋敷のドアを蹴破ると、中で待ち伏せしていた男たちをなぎ倒した。通り過ぎるだけで男たちはばたばたと倒れていった。三階建ての屋敷の一番奥の部屋にたどり着くのに、ものの一分もかからなかった。
「よう、てめえがニッカスか?」
一番奥の部屋にいたニッカスは日に焼けた坊主頭にバイキングのような角のついた帽子をかぶった大男だった。
「一足遅かったな。船長はもうここにはいねえよ。上に戻った。でもその装置は使わせねえ。なぜならおめえはここで死ぬからだ」
「てめえは預言者か。それにしちゃあ腕が悪いな。いや、腕じゃなく頭か」
「うるせえ、今すぐに楽にしてやるよ」
ニッカスはそう言うなり、手に持ったショットガンを至近距離から放った。壁がばりばりと音を立てて崩れ、室内に煙が立ち込めた。煙が晴れると相変わらずコメッティーノは目の前に立っていた。
「おいおい、ちゃんと狙えよ」
コメッティーノはそう言って自分の胸を指でとんとんと叩いた。
「……くっ、ばけもんめ」
ニッカスはもう一度ショットガンを構えようとしたが、コメッティーノがその腕を掴んだ。
「こっちも忙しいんでね。あんまり相手してらんねえんだ」
右腕を左手で掴んだまま、右手で手刀をニッカスの首筋に打ち込んだ。ニッカスは意味のわからない言葉を叫び、そのまま崩れ落ちた。
「さて、装置はどこかいな」
コメッティーノは屋敷の外にある小屋の残骸を発見した。
「ははーん、ここに装置があった訳だ――仕方ねえ。抵抗組織のアジトに行くしかねえか」
メルカト
リンたちはメルカトに到着した。このエリアは下の騒ぎとは関係なく平常通りの活動をしていた。
「ここがメルカトだ。ここではありとあらゆるモノが売られている」とリチャードが説明をした。
「ふーん、ここにはクアレスマの息はかかっていないんだね」
「クアレスマと癒着している奴もいるだろうが、どうせ金で転ぶ輩だ。無視しておけばいい」
「じゃあ急いでアミューズに向かおうよ。ニナが心配だし」
ヤポーサの絶命
抵抗組織のあるゴミの山に向かって歩くコメッティーノは、麓に一人の男が倒れているのを発見した。
「おい、こんなとこで寝てっと、風邪はひかねえだろうけどハエにたかられんぞ」
男を揺り起こすと、後頭部一帯が血に染まっていた。
「なんだ、お前、やられてんじゃねえか。しっかりしろよ、助けてやっから」
男を担ごうとすると男は首を横に振った。
「……いや、おれはもうだめだ。それより山の上の仲間に伝えて欲しい。アリアガは裏切り者だ。おれの名はヤポーサ……」
ヤポーサはそれだけ伝えるとぐったりした。
「何だか色々あるな」
コメッティーノはヤポーサの体を横たえると、一礼をしてから山の上へと駆け上がった。
バンバの怒り
ファームではネスが先頭に立ち、戦後処理に当たった。農奴として酷使されていた人々を集めて、今後の生活の安定を約束して歓声を浴びた。そんなネスの下を一人の男が訪れた。
「あっ、アリアガ。ジャンクはもういいのかい?」
「ああ、ニッカスが降伏したのでこうして応援に駆け付けた」
「そいつは心強いや。銀河の英雄たちはもうインダストリアまで解放したらしくってさ。こっちは追いつけなくて困っていたんだ」
「えっ、インダストリアも?それは予想以上に速いペースだな」
「うん、でも思ったよりやり方が荒っぽいっていうか血生臭いっていうか。《巨大な星》の時はもっとスマートに行動したと聞いていたんだけどね」
「そうか、インダストリアもか」
ぽつりと言ったアリアガはネスの話を聞いていないようだった。
「で、ヤポーサはどうしたの?」
「あ、ああ、ヤポーサか。あいつはまだジャンクで残党を追っかけているんじゃないか――そんなことより、ネス。物は相談だが、お前、この《エテルの都》を支配したくはないか?」
「ははは、いきなり何を言い出すんだい」
「いや、冗談じゃないんだ。今、ファームとインダストリアは私たちの手にある。メルカト、アミューズは元々自由なエリアだ。レジデンスなんてファームとインダストリアがなければ生きてはいけない。つまりは都の実権を私たちが握っているという事にはならないか?」
「そんなのホッカが許すはずないだろう」
「……ホッカ?……お前、まだそんな夢みたいな事言ってるのか」
「どういう意味だい?」
「ははは、知らなきゃいいんだ。ともかくホッカなんて気にする必要はないんだよ」
「でも解放したのは銀河連邦の英雄たちだよ。彼らの意向に従うのが筋じゃないかな」
「他所者になんか任せられるか。この都は私たちの都だぞ」
「そうじゃねえ。この都は先生のもんだ」
ネスとアリアガの話している上空が急に翳り、空から声が降ってきた。アリアガは振り向いて声の正体を探し、腰を抜かしそうになった。
「な、何だ、お前は……化け物め」
「違うよ、アリアガ。彼はバンバ。このエリアにずっと住んでるんだ。今も血まみれになったハーヴェスト・タワーをきれいに清掃してくれてたんだよ」
「何だ、そうか。私はアリアガだ。よろしく」
アリアガはいつもの愛想の良さを発揮して笑顔を作ったが、バンバはアリアガを疑わしげにじろじろと見た。
「お前、嘘ついてる。血の匂いがぷんぷん。お前、ネスもだまして殺すつもり」
「おいおい」とネスが困ったような声を出した。「バンバ、違うよ。この人はぼくと同じ抵抗組織の人間だよ。敵じゃないさ」
「じゃあ、なぜ仲間を殺した?」
アリアガの顔は青ざめ、ひきつった。ネスはアリアガを見てからバンバに言った。
「バンバ、いい加減な事言っちゃだめだよ」
「いい加減じゃない。この男、坊主頭の人、襲って殺した」
「坊主頭?……ヤポーサの事か」と言ってネスが見つめると、アリアガはますます青ざめた。「アリアガ、まさか?」
「……違うに決まっているだろう。後ろからレンチでなんて卑怯な真似を……」
ネスはゆっくりと銃口をアリアガに向けた。
「アリアガ。残念だよ。バンバはレンチでなんて一言も言ってない」
「おい、待てよ。今のは口がすべっただけだ」
アリアガはネスに突き付けられた銃口に両手を上げながら、後ずさりを始めた。落ち着きなく周囲を見回しながら、逃げ道を探しているようだった。
「もういいよ。ぼくには君を殺せない。どこでも好きな場所に逃げるがいいさ」
ネスはアリアガを軽蔑しきったような眼で見て目を伏せた。
アリアガはその瞬間を待っていたかのように銃を抜き、ネスに狙いをつけ、撃とうとした。
バンバが手にしていた三メートル以上はあろうかというモップをアリアガに向かって投げつけた。「ぐしゃ」といういやな音がして、アリアガの姿は《エテルの都》から永遠に消えてなくなった。
アドミ到着
リンたちはメルカトの奥の転移装置に到着した。装置の前では一人の男がリンたちを待っていた。
「お待ちしておりました。『草の者』、蔵(ぞう)にございます。さあ、急いでアドミに向かって下さい」
蔵が指し示す装置にまずリチャードが入った。
「蔵。コメッティーノは?」
「ジャンクにいらっしゃるようです」
リチャードの姿が消え、次に水牙が装置に入った。
「クアレスマは?」
「ジャンクからレジデンスに向かったようです」
次にジェニーが装置に入った。
「リンの後にもう一人いるけど気にしなくていいわよ」
「……承知しました」
リンが装置に入った。
「ニナは無事なんだね?」
「お館様、もちろんでございます」
リンが消え、最後の小さな黒いふくらみが転移装置に入った。
「闇に生きる者同士、仲良くやろうぜ」とミーダの声だけがした。
「ふ、貴殿のように野望を抱く輩とうまくやれるとは思えんが」
「安心しろよ。勝ち目のねえ戦はしねえ」
「……なるほど。ひとまずは共闘か」
「そういうこった。じゃあな」
リンはアドミに入り、一目散に市庁舎を目指した。庁舎内の絨毯が敷き詰められた廊下には、ばたばたと人が倒れていた。一人一人顔を確認するか迷っていると天井裏から声がかかった。
「お館様、菌でございます。花が給湯室にいるかと思います」
「うん、わかった。ありがとう」
廊下を走って市長室の前を過ぎ、給湯室に駆け込むとニナと花が立っていた。
「ああ、よかった。無事だった」
リンはニナを見てにこりと笑い、花の肩をぽんぽんと叩いた。
「もう心配ないから。花、ありがとう」
「リン、クアレスマは?」とニナが尋ねた。
「それがね、コメッティーノをだましてジャンクに落として、自分だけはレジデンスに戻ったらしいんだ」
「やっぱり、私がそばにいればよかった――」
「今から退治しに行くから大丈夫だよ。それで上に行く装置だけど」
「市長室よ。私が案内するわ。間違えると大変な事になってしまうから」
「うん、助かるよ」
リンたち四人とニナは市長室の隠し扉の奥の転移装置の前に立った。
「多分コメッティーノはこの装置からジャンクに。上に行く装置はこっちなんです」
ニナが装置のある場所の奥の壁のスイッチを押すと、さらに先に空間が広がっていて、そこには二基の装置が設置されていた。
「あの二基の内の右側の装置がレジデンスに行くようです」
「左の『ハズレ』だとどこ行っちゃうのかな?」とリンが独り言を言った。
「非常に興味深いが……」と水牙が言った。「今は考えないようにしておこう」
「では私から」とリチャードが冷静に装置を観察しながら言った。「万が一、はずれた時のために少し間を置いてくれ。着いたらすぐにヴィジョンを入れる」
残されたリンたちは固唾を飲んでヴィジョンを待った。しばらくすると空間にリチャードの姿が浮かび上がった。
「ビンゴだ。ただこの先で待ち伏せされている。気をつけてくれ」
「わかった。では次は某が」
水牙が装置に向かいかけた時、ニナが声を上げた。
「私も行きます」
「えっ、だめだよ。危ないよ」とリンがすかさず言った。
「そうね」とジェニーも言った。「ニナ、あなたはもう十分やったわ。後はあたしたちに任せて」
「そうはいかないわ」とニナは言い返した。「クアレスマの最期を見届けない限りは両親の仇を取った事にはならない――ジェニー、わかるでしょ?」
「……あたしの母はあなたのお母様に憧れてサロンの戸を叩いたんですって。色々面倒を見てもらったんでしょうね。仕方ない、今度は娘のあたしが面倒見るわ。でも自分の身は自分で守れる?」
「多少の護身術なら」
「僕が守るよ。みんなに迷惑はかけない。さあ、リチャードが待ってる」
リンはそう言って、ニナを転移装置に押し込んだ。ニナの姿が消え、続いてリン、ジェニー、水牙の順に装置に入っていった。
リンが装置から出るとリチャードとニナが待っていた。
「リン、どういうつもりだ?」
リチャードは普段通りの口調で話しかけた。
「大丈夫。責任を持つから」
「かなりの数を相手にせにゃならんぞ。上のエリアまでちゃんと守ってあげられるのか?」
「私、このエリアの装置の場所ならばわかります」とニナが口を開いた。「ただ、どれが正しく上につながっているのかと言われると――」
「心配するな」
リチャードはジェニーと水牙の到着を確認してから、ニナに向かってにこりと笑った。
「リンは責任感の強い奴だ」
ミーダも含めた全員が転送されたのを確認してリチャードは部屋のドアを開けた。どうやら装置は広場の中心に設置されているようだ。外に足を一歩踏み出した途端に、すさまじい音と共にリチャードの足元に銃弾が降り注いだ。
「こりゃまた、とんだ歓迎だな」
リチャードは足を引っこめ、肩をすくめた。
「ニナ、上に行く装置はどっちだい?」
「確か東西南北、四方にあったわ」
ニナはヒールを脱ぎ捨て、それを片手に持ったまま答えた。
「どっちに行ってもいい訳か。金持ちはどっちに住んでる?」
「えっ……そうね。私の住まいは東街区だけどそれほどでもないし――やっぱり北街区かしら?」
「オーケー。じゃあ北に向かおう。私が先頭、その後ろに水牙、『水壁』でニナを守ってくれ。ニナの横はリンとジェニー、敵を見つけたなら片っ端から撃ちまくれ」
リチャードはそこまで言い、急に独り言のような口調になった。
「私たちは北の装置まで走るからな。上に行きたいなら遅れない事だ。先に行って敵を片づけてくれればもっといいがな」
リチャードの指示したフォーメーションのまま広場に出ると、四方から一斉に銃撃が始まった。雨あられのように降り注ぐ銃弾の中を一行は走り出した。時折、両翼のジェニーとリンが応戦したが、基本的には銃弾の雨の中をひたすら走り抜ける作戦だった。
大きな広場の出口には木の柵や土嚢がバリケードとして積まれていた。リチャードは水牙を振り返り、バリケードに向かって一人で猛然とダッシュをした。リチャードの体当たりをまともに食らったバリケードはその背後で発砲していた人間ともども吹き飛び、後には無人の街路が続いていた。
一キロくらい走り続けると銃声がまばらになった。
「奴が働き始めたか」とリチャードが速度を緩めながら言った。「ニナ、大丈夫か。ついてこれるか?」
「ええ、どうにか」とニナは裸足を気にする訳でもなく答えた。「久しぶりだわ。こんなに走ったの」
「でしょ。あたしたちと一緒にいれば太る心配ないわよ」と言って、ジェニーが舌をぺろっと出した。「ところで転移装置は?」
「もう少し行くとあるはずよ」
「よし、きっとそこには敵が残っている。気を緩めるなよ」
ホッカの正体
コメッティーノは時間をかけてゴミの山を登りきった。麓に倒れていた男のメッセージを伝える相手を探したが、結局それらしき人間には出会わなかった。
「何だ。アジトに着いちまったじゃねえかよ」
組織の建物の中に入り、部屋を回って歩いたがどこにも人の姿は見当たらなかった。
気がつけば一番奥の部屋を残すのみとなった。そっと部屋に滑り込むとカーテンの向こうには人影が見えた。
「こりゃあ、どうも。おれはコメッティーノっていうんですがね。クアレスマの野郎にちょいとだまされて」
ホッカの影は話を無言で聞いていた。
「上に行きたいんだが――」
コメッティーノは突然つかつかと前に歩み寄り、カーテンをはぎ取ったがその向こうには誰もいなかった。
「こりゃこりゃ。何がどうなってんだい。リチャードは抵抗組織のボスがいるって言ってたけど――そんな奴はいねえじゃねえか」
さらに奥に進み、そこに転移装置を発見した。
「ふーん、ここにも転移装置かよ。こいつがどこに連れてってくれんのか、ちょいと楽しみだぜ」
コメッティーノは装置に足を乗せた。
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