6.5. Story 4 再び《エテルの都》

3 信奉者の嘆き

「さあ、ミーダ。南に抜けるぞ」
 リチャードは相変わらずミーダに前を歩かせた。
「そんなに用心しなくっても、あたしの腕じゃあ、お二人は仕留められませんよ」
「それはわかっているがお前の狙いがわからんのでこうしている。本当はここで何をしている?お前、上のエリア、アミューズよりも上に行きたいんだろう?」
「……えっ、何でですか?上に行きたきゃ、とっとと行ってますよ」
「果たしてそうかな。地に潜る者の中には空間認識が苦手な者がいる。長きに渡って地底で暮らしているせいだ。お前、その類じゃないか?」
「……」
「図星だな。お前はアミューズまでの各駅停車の転移装置にはかろうじて乗れるが、それよりも上には一人では行けない。だから私たちに便乗しようとしている」
「……その通りでさあ。でもあんたたちに危害を加えるつもりはないんだからいいじゃあねえですか」
「開き直ったか。まあ、危害を加えようものならその場でたたき殺す。で、上のエリアに何がある?」
「それは――それも、いいじゃないですか」
「大体見当はつく。だが私たちは今までにミラナリウムの機械を三体倒しているぞ。今更何を求める?」
「だって、ありゃあ人造ミラナリウムですよ。天然ミラナリウムで作れば――ちっ、言い過ぎた」
「お前、冷酷な暗殺者だと思ったが、案外間が抜けているな」
 リチャードは会話を終わらせたが笑顔はなかった。

 
 リンがリチャードの耳元で囁いた。
「リチャード、地に潜る者について詳しいんだね」
「バフを覚えているだろ。あいつ自身は獣人だが、あいつから聞いた。ある高さ以上の空間がうまく認識できない者が存在するらしい――まあ、それが地に潜る者が銀河の覇権を握れなかった一因かもしれないな」
「ふーん」
「同じように水に棲む者の中には地上で長時間活動できない者がいる。空を翔る者の中には閉鎖された空間で動けなくなる者がいる。結局一番バランスが取れているのは持たざる者なんだそうだ」
「勉強になるね」
「それよりもミーダが言った天然ミラナリウムだ。そっちが気になる」
「ミラナリウムって伝説の金属でしょ?」
「うむ、ローデンタイトとともに自然界には存在しないと言われているが、もし天然物が存在するとなると……厄介だな」

 
 三人は南の見張り塔を素通りして外に出た。水牙と合流しようと東に進むと、やがて大きな小屋が見えた。リチャードは再びヴィジョンで水牙に連絡を取った。
「水牙、バンバの住まいらしき家を発見した。場所を送るからすぐに来てくれ」
 水牙たちを待つ間、ミーダはそわそわとしていた。
「ねえ、急がねえんですか。何すか、この家は?」
「急いでいるならお前一人で行っていいぞ。私たちはここに用がある」
「またそんな意地悪を。ではそうしますかね。あたしゃ先にインダストリアのボスを片付けときますよ。だから見捨てて行かないで下さいよ」
「さてどうするかな。こちらには『草』もいるし、別にお前を必要としている訳ではないんでな」
「邪魔しませんから頼みますよ。リチャードのだんな」
「仕方ないか。『草の者』たちも忙しいしな。アミューズの転移装置の所で落ち合おう。いいな」
「へい、それじゃあ、あたしはこれで」
 ミーダは地面に潜り、姿を消した。

「リン、どう思う?」
「面白い人だね。何だかきょときょとしてて」
「典型的な地に潜る者だ」
「ふーん、パパーヌはものすごくプライドが高そうだったよ」
「ああ、典型的な空を翔る者だ。水に棲む者には自由奔放な奴が多いようだ――まあ、雑な分類をしても何の意味もないがな」

 
 水牙とジェニーが合流した。
「リチャード、殺人鬼とやらはどこに行った?文句の一つも言ってやらないと」と水牙が言った。
「そうよ。胸がむかむかしてるんだから」とジェニーは口をとがらせた。
「奴はもうインダストリアに行った。先に行ってクアレスマの手先を片付けてくれるそうだ」
「何者だ?」
「地に潜る者――ネアナリスの家臣ではないかと踏んでいる」
「ネアナリス……地底の王か?」
「ああ、命令されてこの都に潜入したようだ。あの人型機械の技術を盗むのが目的――となると、ネアナリスが覇権奪回に向けて動き出す可能性があるな」
「三界の逆襲か」と水牙が呟いた。
「冗談じゃないわよ。あんな殺人機械の技術だなんて。ぶっつぶしてやるわ」
 ジェニーが怒りで顔を真っ赤にした。

 突然、上空が翳り、声が響いた。
「お前ら、人の家の前で何してるんだ?」
 リンたちが声の方角を見上げると一人の巨人が頭をかきながらこちらを見下ろしていた。
「バンバか?」とリチャードが尋ねた。
「ああ、そうだよ」
「お前に用事があってきた。私はトーグルの息子、リチャードだ」
「トーグル?」
「ああ、こっちの女性はアン・ハザウィーの娘のジェニーだ」
「……おお、サロンの人たちか。よく来た。よく来た」
 バンバは家に入り、リンたちを手招きした。
 リンたちが家の中に入ると、家の中はきれいに整頓されていた。
「ようこそ、お茶飲むか?」
「いや、いい。この家には一人で住んでるのか?」
「うう」と言ってバンバは悲しそうな顔になった。「先生は来てくれない。でもいつ来るかわからないから毎日掃除して食事の支度する」
「ユサクリスも心配していたぞ」
「ユサに会ったのか。バンバも時々ユサの家のそばまで行くけど入り方わからなかった。そうか、お前らユサに会ったか」
「なあ、バンバ。最後にエテルに会ったのはいつだ?」
「先生、ユサとバンバに家建ててくれた。それが最後。でも、先生、生きてる」
「ああ、私もそう思う。エテルは生きている。きっとここに来られない事情があるんだろうな」
「事情、何の事情?」
「それはわからない。今からそれを確かめに行く――リン、お前からも何かあるんだろう?」
「うん、バンバ。エリザベートの娘のニナがよろしくって言ってたよ」
「おお、エリザベート。きれいで優しい人だった。先生はエリザベート好きだった。でも、だめだった。先生はそれから仕事一筋。転移装置作ったら、中からダイトが出てきた。実験は失敗って皆に言われた。それでこの都を作った。先生かわいそう」
「なるほど。的確な説明だ」とリチャードは感慨深げに言った。「任せておけ、バンバ。必ずエテルに会ってくる」

 

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