6.5. Story 3 ミラナリウム

3 空港の闘い

 

記念館

 リンは『都鳥』のカウンタ席に座ってコーヒーを飲んでいた。
 今回の帰郷は誰にも伝えず、極秘で行動した。東京湾上の連邦出張所にシップを停め、師匠の下を訪ね、トーラやバフとしばらく話し込んでから、『都鳥』に戻ったのが昼過ぎだった。
 なのにどこからともなく人が集まり出し、いつの間にか店の前には黒山の人だかりができていた。
 沙耶香が慌てて「閉店」の札を出し、外の野次馬たちに謝って回り、人払いをした。
 落ち着いてコーヒーが飲めるようになったのは夕方近くになってからだった。
 

「ねえ、沙耶香」
 カウンタの中の沙耶香は最近、連邦の仕事を始めたせいか、髪の毛を短めに切って以前より活発に見えた。
「さっきの話、本当なの?」
「仕方ありませんわ。源蔵様も静江様も《ネオ・アース》に行かれたきりでお店は閉店状態なのに、リン様の実家というだけで毎日沢山の方がいらっしゃいます。先ほどの騒ぎをご覧になったでしょ?」
「うん。そうだけど、やっぱりありえない」
「そんな事言われても」
「ここを『文月リン記念館』にするなんてありえないよ」
「でも皆で知恵を絞った結果なんです」
「皆って?」
「ジュネ様、私、シゲさん、それに警視庁の西浦様と蒲田様です。西浦様が良い企画運営会社を紹介して下さってからは、とんとん拍子に話が進んで」
「信頼できるメンバーだね」
「『観光コースに組み込みたい』とか『CM撮影に使いたい』といった問い合わせの電話が引っ切りなしにかかっていましたが、やっと一息つけそうです」
「信じられないなあ」
 リンはコーヒーを飲みながら言った。

「これからはそういった依頼は全て企画会社の方にお任せしようと思います。基本的には全部NGにしますから、よろしいですね?」
「う、うん……でも僕の好きなミュージシャンと対談するみたいな企画だったら、その時には連絡してくれる?」
「まあ、調子がいい。いけません。そういう些細な事からなし崩しになるんです。選挙応援や怪しげな通信販売や思想団体、皆、リン様を狙っているのですから」

「さすがに選挙はないでしょ。選挙は」
「それがあったんです。リン様が不在だとわかると、今度は私やジュネ様に声をかけてきましたわ……ジュネ様はすっかり乗り気で、止めるのが大変でした」
「ジュネがそんなに頻繁にここに来てるのもびっくりだけど、声をかける方もかける方だね。大体、ジュネは日本の政治を何も知らないでしょ?」
「ええ、《花の星》ではポータバインドがありますから選挙運動もない直接選挙、もっと進んだ星ですと、選挙すら行わずに日頃の言動だけで決めているらしいです。ですから日本の選挙演説や投票用紙の話をした所、目を輝かせてしまって」
「そうだよね。あんな選挙演説、聴いても国を良くしたい思いなんて伝わらないよ」
「ええ、まあ、で、せっかく出るのであれば、ジュネ様や私だけでなく、アダン様やミミィ様、葵様も一緒がよろしいのではないですか、と説得して、ようやくあきらめて頂きました」

 
 アダンや葵の名前が出てきた所でリンはマザーに言われたある事を思い出した。
「あっ、そうだ。沙耶香は呼ばれてるんでしょ?」
「はい、皆様にお会いするのが楽しみです」
「いつ出発するの?」
「マザーからリン様が来るまでは待っていなさいと言われましたので、これからジュネ様に連絡を取ってみます。今回は私がシップを操縦して《花の星》まで行くんです。楽しみですわ」
「……マザーって。マザーを知ってるの?」
「あら、申し上げませんでしたっけ?ずいぶんと以前から夢の中で私に色々と忠告して下さるお方のお話、それがマザーでした」
「え、そんな。何食わぬ顔してるけど、それってすごい話だよ」
「そうでしょうか。ジュネ様やアダン様も同じだったようですから、珍しくありませんわ」

「でも沙耶香は僕の次くらいに遠くの星まで出かけてるよね?《巨大な星》に行く二番目の地球人だよ、きっと」
「そう言われればそうですね。連邦と地球の民間交流が私の役目ですし」
「なるほど」
「リン様はソルジャーですから全く地球向けに情報を発信なさらないでしょう。毎日の連邦ニュースだけですと皆様の知りたい欲求がものすごく高まるみたいなんです。なので私が民間人として遠くの星々の情報をお伝えするのが大事です」
「どうもそういうの苦手でさあ」
「リン様は戦うのが使命ですからお考えにならなくていいです――ただリン様の直接の声を聞きたい、皆様がそう思っているのも事実ですわ」

「うん、連邦の出張所にシップを置いてきた時も連邦の人に何度も言われたよ。『人ごみに出かけたり、目だった行動をしたりしちゃいけない』って」
「注目のスターですから。この間もロス五輪のコメンテーターになってほしいとか、歌手の中林愛菜さんと共演とか、皆様、あの手この手でリン様を引きずり出そうと躍起ですわ」
「うーん、中林愛菜は気持ちが動くなあ。早野優子だったら間違いなかったのに」
「これからは全部、西浦様のご紹介の企画会社にお願いしておけば安心です。西浦様や蒲田様は本当に良いお方たちで、リン様を特別扱いせずに一人の青年として見守って下さっています。お会いした時にはお礼を言っておいて下さいね」
「うん、そうするよ」

 

優羅との対面

 話が一段落し、静かにコーヒーを啜っていると、扉を開けて一人の女性が店内に入ってきた。
「申し訳ありません。本日は……」
 沙耶香が途中まで言いかけたのをリンが止めた。
「いいんだ。この人、きっと僕に用事がある」

 リンの声ににこりと微笑んだ女性はまだ若く、美しかった。地味な紺のワンピースを着ていたが、華やかさは隠しようもなかった。
「ありがとう。そうよ、あなたと話がしたくて来たの」
「あの、前にも会ってますよね?」
 リンが尋ねると、女性は再びにこりと笑い、手にしていたハンドバックを椅子の上に置いた。
「ええ、幾度となく」
「あの」
 沙耶香がおずおずと口を開いた。
「立ち話も何ですから、おかけになって。今、コーヒーを入れますので」
「そうさせてもらうわ。でもコーヒーは要らない。そんなに長居するつもりはないし」

 
「で、いつ会ったんでしたっけ?」
 リンは目の前の美しい女性に尋ねた。
「言ったでしょ。何度も……あなたの成長を見守ってきたと言っても過言ではないわ」
「じゃあ僕の母もご存じなんですね?」
「もちろんよ。でも今のあなたにはやる事があまりにもたくさんあり過ぎるから、言った所で雑音にしかならない。だから教えないわ」
「……やっぱりそうですか。一つだけ教えて下さい。母は元気ですか?」
「とっても」

「あの、名前を聞いてなかった。あなたは?」
「優羅よ。こうして面と向かって会うのは初めてだから初対面のようなものね」
「何で今になって突然?」
「あたしはね、面白い事に飢えてるの。そしてあなたが期待通りに面白い物を見せてくれそうだからこうして現れたのよ――さ、もういいかしら。こんな所で油売ってる場合じゃないんじゃなくて。テレビを点けてごらんなさいよ」

 
 沙耶香が急いでテレビの部屋に移動しようとした時に、リンにヴィジョンが入った。

「やあ、チコ。久しぶり。今、日本にいるんだ」
「リン……テレビは見てないの?すぐに点けてみて」
「うん、ちょっと待って」と言って、リンはテレビの部屋に向かった。「あれ、この景色は――」
「そうだよ。リン。君の家の近く、羽田空港に大型のロボットが出現したんだ。日本の自衛隊とぼくら連邦ソルジャーで食い止めているけど相手はびくともしない」
「わかった。羽田空港だね。すぐ行くよ」
 リンはヴィジョンが切れると沙耶香に言った。
「多分《エテルの都》で襲ってきた奴の仲間だ。ちょっと出かけてくるね――あれ、優羅さんは?」
 優羅はいつの間にか姿を消していた。
 

ミラナル3号

 リンは羽田空港に急いだ。戦闘機が何機も飛んでいたので見つからないように低空を進んだ。A滑走路の誘導灯とB滑走路の誘導灯が交わる付近に何基もの強烈なサーチライトが四方から浴びせられていた。飛行機が燃えているのか、あちらこちらで火の手が上がっていた。

「チコ、着いたよ。今どこにいるの?」
「あ、リン。ターミナルの前にいるから」
「やあ、チコ」
 リンは空から降りるとチコの姿を見て言った。
「立派なソルジャーになったね」
「そんな事言ってる場合じゃないよ。あいつ、動きは鈍いけどものすごく硬いんだ。今連邦の対機械砲を準備してるから――」とチコが言い終わらないうちに爆発音がした。
「わ、何これ?」
「米軍の爆撃だ」
 サーチライトの先はもうもうと煙っていた。煙が晴れるとそこには三十メートルほどの大きさの人型機械が突っ立っていた。
「あー、やっぱり効き目ないや」

 ターミナル前に設置された連邦の対機械砲が発射準備に入った。五メートルくらいの先端の尖った銀色の砲身が台車に乗せられていた。
「あれは機械専門の兵器なんだって。ぼくも発射したの見た事ないんだけど」とチコが説明をした。「あ、発射するよ」
 予想よりも柔らかな光が砲身の先端から噴き出して、雨のように機械に降り注いだ。続いて閃光とともに数発の弾丸が機械の両肩、両足、胴体に着弾した。
 機械は地面に膝を着き、蹲ったかと思うと、そのまま動かなくなった。
「やったよ、リン。君の出番はなかったね……あれ、何か歩いてくる」

 チコの指差す先には動かなくなった機械が倒れていたが、その胸の所がぱっくりと開いて、中から人間と同じくらいの大きさのもう一体の人型機械が歩いてくるのが見えた。
 機械は立ち止まると近くに停まっていた一機の旅客機に近づき、車輪に拳を打ちつけた。車軸が折れた旅客機はバランスを失い、片側の翼を地面につけた。機械は飛び上がり、地面に着いた側の翼を根元から叩き折り、旅客機はゆっくりと横倒しになった。
「あんな小さいのに力があるなあ」とチコが言った。「もう一発、対機械砲をお見舞いしてやらなきゃ」

 歩いてくる機械に対して再び対機械砲の攻撃が行われたが、機械は何事もなかったかのようにそのまま進んだ。
「あれ。金属を腐食させてから動きを止めるはずなのに効かないのか」とチコが叫んだ。
「チコ、あいつの狙いはきっと僕だ」
 そう言ってリンは前に出た。

 
 機械はリンの姿を認識したようだった。ターミナルとB滑走路の間でリンと機械が向かい合った。《エテルの都》で出会ったものとは違って、表面がつるっとしていて継ぎ目が見えなくなっていた。以前のバージョンにはついていた目らしき器官もなくなり、まるでのっぺらぼうだった。
 パンチは的確に機械の顔面にヒットしたが、そのあまりの硬さにリンは顔をしかめた。飛び退いて相手の攻撃をかわし、距離を取りながら天然拳を放とうとした。
「リン、そいつの組成だけど」とチコが背後から声をかけた。「えーと、そいつの組成は……不明?何だこれ」
「チコ、こいつはね。ミラナリウム製なんだ。ダイアモンドよりも硬いんだって」
「ふーん、でもダイアモンドだってある方向から力を加えれば壊れるんでしょ。ミラナリウムも一緒じゃないの?」
「……サンキュー、チコ。参考になった」

 リンは少し離れた距離から天然拳を放った。喉元の同じ場所に一発、二発、連続で数発の小さな天然拳を撃ち込んだが機械は全く応えないようだった。さらに続けて喉元に数発連続で撃ち込むと、機械がリンの意図に気づいたのだろう、初めて避ける仕草をした。
「逃がさない。ロックオンだよ」
 避ける間を与えずに連続で天然拳を放った。避けても避けても同じ場所に撃ち込まれるので機械も観念したのだろう、とうとう避けずに正面から喉元を向けるようになった。
「こうなりゃ我慢比べだね。僕が弾切れになるのが先か、君がぶっ壊れるのが先か」

 何十発撃ち込んだだろう、突然機械の様子がおかしくなった。リンが撃つ手を休めて相手を見ると喉元に小さなひびのようなものが浮かんでいた。
「あと何発撃てるかなあ。あんまり手の内さらしたくないけど、このへんで本気のをお見舞いしようか」
 渾身の一撃が機械の喉元に食らいついた。首がもげ、地面に転がり落ちた。
 機械はそのままの姿勢でしばらく立っていたが、間もなく自爆した。

 
「チコ、終わったよ」
 リンは振り返って話しかけた。
「やっぱり、リンはすごいや」とチコは満足そうに言った。「後ろのターミナルビルの中を見てよ。テレビ局や報道の人やら皆、窓に張り付きながら実況してたよ」
「あちゃあ、それはまずいな」とリンは困ったような表情になった。「ねえ、チコ。相談なんだけどさ、僕はこのまま空を飛んで帰るから対応しておいてよ」
「えっ、皆、リンのコメント欲しがるよ」
「いいから、いいから。あ、この破片は全部拾っておいた方がいいよ。自衛隊や米軍に渡すと又めんどくさい話になるし、連邦が研究するのが一番だと思うな……じゃあね」
 リンは言うだけ言うと夜の空に消えた。

 
「ミラナル3号、連絡途絶えました」
「リン文月のデータは取れたか?」
「はっ、最後の一撃に関しては『計測不能』と」
「……星を破壊するパワーを持った男だから当然か。よし、これでデータ収集は終わりだ。この結果をすぐに『ミラナルファイナル』に生かすのだ」

 

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