6.5. Story 2 天才の遺作

3 謎の指導者

「これでしばらく追っ手は来ない」とリチャードが言った。「山を越えていくぞ」
 リンたちは五百メートル級のゴミの山を二つ越えた。三つ目のゴミの山に差し掛かると水牙がちらちらと辺りを気にし始めた。
「おい、リチャード。監視されているぞ」と言う水牙の言葉通り、ゴミの山から幾つもの双眼鏡のような目玉が突き出していた。
「気にするな。敵ではない」

 三つ目のゴミの山に到着すると、谷を一つ挟んで、四角形の辺で言えば北東の角であろう、そこに建物が建っているのが見えた。
「なるほど、三方を山に遮られているから建物が見えないな」

 感心していると建物から一人の男が出てきて大声で叫んだ。
「それ以上進むな。お前らが何者かは見当が付くが規則でな。そこで待っていてくれ」
 男は四、五人の男を連れて谷を降り、こちらの山に登ってきた。
「よく来られた。連邦の英雄たちよ。私はアリアガ。反クアレスマ運動の活動家だ」
 アリアガは黒髪を後ろに束ねたエネルギッシュな感じの中年男だった。

 
 リンたちはアジトに通された。正方形の部屋がいくつも並ぶシンプルな作りの建物だった。
「幹部を紹介しよう。これがヤポーサ」
 ヤポーサと呼ばれた男は何も言わず一礼だけした。スキンヘッドに胴着をはおった無口な格闘家風の人物だった。
「こっちがネス」
「やあ、よろしく」と言ったネスは牛乳瓶の底のような眼鏡をかけ、もじゃもじゃ頭に白衣を着ていた。「さっき監視カメラでそっちの君の銃を見たけど、あれ、凄いねえ」
「あら、恥ずかしい」と言ってジェニーは微笑んだ。
「でもずいぶん古い銃でチューンアップしてないんじゃないかな――照準がほんの少し狂ってるように見えた」
「た、確かに擦り減った部品とか換えてないけど分解掃除はしてるわ。それにちゃんと命中してたでしょ?」
「いや、チューンアップしておけばもっと自然体で発射できるようになるはずだよ」
「……本当?」
「何なら今からチューンアップしてあげるよ。僕も個人的にアンティークの銃が大好きなんでわくわくするよ」
「リーダーのホッカですが」とアリアガが言った。「本日は不在です。後でメッセージを送ってくる予定になっていますので時間になったらまたお知らせに参ります。それまではこちらでお寛ぎ下さい。と言ってもゴミの中ですが」

 
「さて、リチャード」と水牙が尋ねた。「これからどうするつもりだ?このまま一気にクアレスマを討つか?」
「いや、この都は曲がりなりにも独立国家。そこの元首を不意打ちのような形で討ち取る訳にはいかない。そもそも連邦にクアレスマを討つ大義名分がない」
「となるとコメッティーノ登場か?」
「すでに連絡してある。この状況ではコメッティーノに来てもらって、そこで交渉決裂というパターンになるな――ただコメッティーノは《巨大な星》で暴れていて、連邦の仕事をさぼっていたツケで身動きが取れないらしい。二週間くらいかかるんじゃないかな?」
「そうか。では私はここに留まるとするか」と水牙が言った。
「ここかメルカトであればどうにか身を隠せる――リン、お前はどうする?」
「二週間でしょ。僕は一旦、《青の星》に帰るよ。決行に合わせて戻ってくる」
「そうだな、それがいい。しばらく帰っていないだろう――後はリーダーのホッカがどんな意向か、それ次第だ」

 
 ホッカとの会見を待つ間、リンたちは外に出た。相変わらず恒星が出ていた。
「なあ、ヤポーサ」とリチャードは一人で精神統一をしていたヤポーサに話しかけた。「あの恒星はいつ沈むんだ?」
「……沈まん。ジャンクでは人々は働き続けねばならないからだ」
「へえ、エテルがそんな設計したのか」
「……知らん。だがおれがここに来るずっと前には夜は来ていたらしい」

 
 水牙とジェニーはゴミの山に腰掛け、谷底で黙々と働く組織の人間を見ていた。
「ねえ、水牙。ずっと気になってたんだけど」とジェニーが口を開いた。
「ん?」
「首から下がってる石、それ、何の意味があるの?」
「ああ、これか。これは……、……ん、ジェニー。君の名前は?そうか、ジェニーだったな」
「ちょっと落ち着いてよ」
「すまぬ。よく聞いてくれ。この石は《巨大な星》で、ある老人が某に託したものだ。その老人の名はナッシュ」
「え……それってあたしのおじいちゃんと同じ名前。ナッシュ・アルバラードよ」
「ナッシュはゲルズタンでマンスールの部下に襲われ、いまわの際に某に石を託した。『この石を孫のジェニーに渡してくれ』とな」
「……あたしのおじいちゃんなのね……そう、おじいちゃんも……ありがとね、水牙。最期を見取ってくれて」
「……ジェニー。まだ二週間ある。《巨大な星》までおじいさまの墓参りに行かないか」
「えっ、でも」
「おい、リチャード。某とジェニーはこれから《巨大な星》に行ってくる。二週間後の待ち合わせ場所を教えてくれ」

 リチャードとリンが水牙たちの下にやってきた。
「ここに集合だ。コメッティーノもゼクトも来るし『草』にも何名か来てもらう、それに私の盾も完成しているはずだ、そこからが本当の作戦開始だ。では二週間後にまた会おう」

 
 ネスが走ってきた。
「はあ、はあ、ジェニー。お待たせ。やっぱりずいぶん部品が磨耗していたよ。チューンナップしたから試してみて」
 ジェニーは火の鳥を受け取ると前方三キロほど先のゴミの山に狙いをつけ、弾丸を発射した。

「わ、撃った感じが全然違う。ありがとう、ネス」と言ってジェニーは微笑みを浮かべた。
「でもね、分解してわかったんだけど、不思議な隙間が空いてるんだよ。本来、そこには何かの部品が入るんだろうね。ジェニー、落としたりしてないかい?」
「部品が足りないって意味?」
「この銃は市販品じゃないから、ガンスミスが忘れたのかなあ。多分、そのパーツは増幅装置で、それがはまればその銃の真の力が引き出されるんじゃないかな」
「……作ったのはあたしのおじいちゃんだけど、何でそんなのがわかるの?」
「もしもぼくがガンスミスだったらそうするだろうって思ってさ。機会があったらおじいさまに尋ねるといいよ」
「……あ、うん」

 
 ネスと入れ替わりにアリアガがやってきた。
「お待たせしました。ホッカが話をしたいそうです」

 
 再び建物の中に入り、一番奥の部屋に通された。部屋の真ん中は厚いカーテンで仕切られていてその奥に人影が見えた。
「連邦の英雄よ、よく来られた。私がリーダーのホッカです。事情があって姿をお見せする訳にはいかないのをご容赦願いたい」
 カーテン越しにどこか機械的な声が更にくぐもった感じで聞こえた。
「ホッカ殿。連邦は正式に《エテルの都》と友好関係を築きたく考えておりますが、どうもクアレスマ市長は連邦を好きではないようです」
「あの愚か者が市長になってから、アッパー・レジデンスの一部の住民にこびへつらう一方で、ニッカスと組んでエネルギーの独占を強め、ファームやインダストリアはまるで奴隷のように搾取される、しかも住民が外に出ていくのは厳しく制限している、都は暴動寸前です」
「なるほど、内政的にはそんな状態ですか。愚か者の所業はどこも同じですね。クアレスマの場合、さらに性質が悪いのは『ミラナル』を使って外に打って出ようとしている点ですな」
「……対外的な事情はわかりませんが都の内部の不満は限界点に達しています」
「ホッカ殿。連邦は都を救うお手伝いをさせて頂きたいのですが」
「……難攻不落と言われた《巨大な星》ですら数日で落としたあなた方のお力をお借りできるのであれば。本当は自分たちの力だけでどうにかしたかったのですが、これ以上住民たちを苦しめる事はできません……お願いします」
「わかりました」
「つきましてはお願いがあるのですが、ファームとインダストリアの解放を優先してもらえますでしょうか?」
「了解です。私たちも《巨大な星》の戦後処理がまだ完了していませんので、二週間ほど待って頂けませんか?」
「その間にこちらも準備を進めておきます」
「では二週間後」

 

別ウインドウが開きます

 Story 3 ミラナリウム

先頭に戻る