6.5. Story 2 天才の遺作

2 ジャンク

 

リチャード登場

 体がふわりと浮いて数秒後に柔らかい地面に着地したが、勢いがついてそのままころころと斜面を転がり落ちた。ようやく平らな場所で止まり、リンは立ち上がった。柔らかな地面だと思っていたのはゴミの山だった。
 あたりを見回すとどちらを向いてもゴミ、またゴミだった。天井まで一キロだとすると五百メートル級のゴミの山もそびえていた。今いる地面からは南に向かって道がくねくねと伸びていた。

 三人がゴミの山の谷合にできた道を歩き出すと、左手の小高い丘に粗末な小屋が見えた。小屋の前には二、三人の上半身裸の男たちがたむろしていたが近付いてきた。
「おめえら、ジャンクでは見かけねえ顔だな――どうだい、ブロアンキ・ファミリーのために働かねえか?」
「悪いな、先を急いでいる」と水牙が答えた。
「ちっ、結局ニッカスの所かよ。あんなとこ、待遇悪いから止めとけ」
 男は説得をあきらめ、のろのろと元の小屋に戻っていった。

 
「人が住んでるんだね?」
 リンが驚いて言った。
「ああ、おそらくここは案内板には出ていない最下層のジャンクと呼ばれるエリアだ」と水牙が答えた。
「ゴミ捨て場なんでしょ?」
「そうとも言い切れん。空というか、天井に恒星が見えるという事は、人が暮らすのを想定している」
「分別とかがあるから何らかの人手は必要よ」とジェニーが口を挟んだ。「でもゴミは溜まる一方で、どうやって処理しているのかしらね?」

 更にしばらく歩くと、左手に巨大なファンが見えた。ファンの前では何人もの人間が黙々と動いていた。トラックや重機がせわしなくゴミを運んでいるのも見えた。
「あのファンの奥が再処理装置だろう。ゴミをエネルギーに変えて上層に送り返す、リサイクルシステムではないかな?」
「なあるほど」とジェニーが感心して言った。「この限られた空間では何一つ無駄がないって事ね」
「ああ、エテルは建築だけでなくそれを支えるインフラ、そして転移装置に見られる移動手段までを含めた都市のあり方を提唱していたと聞く。この都はその理想の実現形なのだろう」
「エテルって、今何してるの?」とリンが尋ねた。
「某が連邦大学に行っていた頃は、まだ《巨大な星》に暮らしていたが、ある日を境に一切ニュースが聞かれなくなった。しばらく経ってこの都が噂になってな、これこそがエテルの集大成にして遺作ではないかという事になっている。実際、《巨大な星》からの失踪以降、エテルの姿を見た者はいないらしい」

 
 更に進むと看板が見えた。
「これより先、ニッカス一家の所有地につき無断立入禁止」

「これってさっきの人が言ってた名前だね?」
「ああ、ジャンクの顔役かな――しかしリチャードはどこにいるのか?」
「どうする。先に進む?」
「構うものか、所有地などという考えがあってたまるか。ずんずん進むぞ――それよりジェニー、疲れていないか?」
「水牙。V・ファイト・マシンで勝ったからって上からの物言い止めてもらえる?あたしは負けを認めた訳じゃないんだから」
「ちょっとちょっと、二人とも」とリンが慌ててなだめた。「どうしたの、妙にワイルドな感じになっちゃって」
「リンは何も感じないの?どっちを向いてもゴミ、ゴミ、ゴミ。おかしくもなるわよ」
「あ、そういう事か――僕はゴミの山で修行してたから気にならないんだ。その山は『夢の島』っていう名前だった。だからここも……『夢の国』って思えばいいんじゃない?」
「……とんだ悪夢だ」
 水牙は笑いながら再び歩き出した。

 
 正方形の一辺、北から南に十キロ歩いたのだろう、道は西に向かって続いた。すぐにこの層には場違いの、こぎれいな建物が左手に見えた。
「あれは何だ。行ってみよう」と言って、水牙が建物に近づいた。
 ドアを開けると人一人が入れるようなポットのような装置が二基鎮座していた。
「何これ?」
「私の推測が間違いでなければ、これは転移装置だな」
「入ってみようよ」
「……うーむ、リチャードにも会えないし仕方ない――」と水牙は言いかけたが、外で起こったざわめきに言葉が止まった。

 リンたちが外に出ると柄の悪い男たちが大挙して集まっていた。リンたちの姿を見た男たちの間に、一瞬沈黙が訪れた。
「な、何だてめえは。親衛隊には見えねえな」
「親衛隊、何の事だ。私たちはその、ちょっと迷ってな。この転移装置に入ると、どこに行けるんだ?」
 水牙は怪しまれないように明るい声で話しかけた。
「……ははーん、おめえらがアドミニストレーションから連絡のあった『超危険な三人』だな――こいつはお笑いだ。おれたちはなあ、その『超危険な三人』をとっ捕まえに来るクアレスマ親衛隊を迎えにここにいるって訳よ」
「手間が省けて良かったよ。親衛隊なんて、どうせジャンクには来たがらねえから、こんなに時間がかかってんだ。おれたちだけでやっちまおうぜ」
「おう、どのみちニッカス一家の縄張りに勝手に入ったんだしな。後でクアレスマからたんまり褒美がもらえるぜ」

「妙な雲行きだね」とリンが囁いた。
「飛んで火に入る……という訳か。仕方ない。転移装置はあきらめるか。どうせ行った先でも待ち伏せされているのがオチだ」
「いち、にの、さん、それ逃げろ!」

 リンたちは猛烈な勢いで男たちから逃げ出した。西に向かって走ると、右手にこれもかなり場違いな派手な屋敷が見えた。おそらくニッカスの私邸だろう。
 背後を振り返ると屋敷からも応援が出てきて追っ手の数は増えていた。
「まずいな」
 さらに西に走ると別の再処理場が左手に見えた。という事は、都の四角形の一辺の半分まで来た計算だった。

 
 リンは走りながら右手の山に人影を発見した。
「……水牙、あれ。リチャードじゃない?」
 山から飛んできたリチャードはリンたちの得物を携えていた。
「ほら、『鎮山の剣』、『凍土の怒り』、この銃は君のかな――説明は後だ。まずはあいつらを片付けよう」

 
 リンたちはリチャードに先導されて右手のゴミの山を登った。
「リチャード。聞きたい事が、このゴミのように山ほどある」と水牙が尋ねた。
「まず何故私がここにいるかというと、例のグリュンカの逆鱗、あれを盾に仕上げてくれそうな職人がここにいると聞いたからだ。『草の者』二人に運んできてもらったが、危険物は色々と手続きが厄介らしいので裏口を使わせてもらった。幸いにして武器職人は見つかったが制作に時間がかかる。そこで待ち時間を利用して『草』、薊と蘚(こけ)と一緒に、都の調査を始めたという次第だ」

「私とリンが座標を更新した時には既にここにいたんだな」
「すまん。すっかり忘れていたよ。それよりな、クアレスマはなかなかの小悪党だ」
「それはそうだ。現にこうして奴に追われているのだぞ」
「それも謝っておくよ。裏口の存在を教えておいても良かったが、表から堂々と連邦の重要人物が行った場合、奴がどういう反応をするのか知りたくてな」
「ひどい奴だ。何かあったらどうするつもりだ」
「だから『草』に密着させていたじゃないか。薊がシュートの場所を教えたろう。あの時、私と蘚はお前らのシップをポートから脱出させていたんだ。今、シップはこの層の外に横付けしてあって、薊と蘚が警護している。後で案内しよう」

 
「それはありがたい。クアレスマは何を企んでいる?」
「あいつは天才エテルとは何の縁もない、ただの海賊上がりの小悪党さ。都の建造時はただの人夫頭として働いていたらしいが、その時に何かあったのか、完成後すぐに市長の名を名乗った。だが身の程知らずとはこの事、連邦を倒して銀河に覇を唱えようとしているらしい。その自信の根拠が――『ミラナル計画』らしい」

「リチャード、それはここにいるジェニーにとって非常に重要な問題だ。ここでクアレスマに謀られた時に現れた人型の機械、そいつこそ《鉱山の星》を襲ったミラナル1号だったようだ」
「『ミラナル計画』についてはまだ調べが完了してないが、銀河で最も硬い鉱物、ミラナリウム製の殺人機械を使って銀河を制圧するつもりらしい」
「何故、《鉱山の星》を襲った?」
「断定はできないが、あの星からこれ以上ミラナリウムが産出されては困るという事ではないかな。ミラナリウムを独占しておけば、他の金属ではあの機械に太刀打ちできないからな」

「父や皆はそんな事のために犠牲になったの?」
 ジェニーの声は怒りで震えた。
「あくまでも推測だ。ジェニー」
「さっき倉庫で会った時に、この銃さえあれば……」
「心配ない。仇はもうすぐここにやってくる――だがその銃で大丈夫か?」
「バ、バカにしないでよ。何よ、水牙とリンに負けたくせに。あたしだって『火の鳥』があればあんたなんかやっつけてたんだから」
「……おい、水牙。何の話だ?」

「気にするな。それにしてもリチャードはどこに向かうつもりだったんだ?」
「会っておきたい人間がいてな。一口で言えば反クアレスマ組織のリーダーの役割かな」
「いや、しかしジャンクにいる人間は皆、上では暮らせずに逃げてきたのではないのか?」
「そうでもない。例えばニッカス一家のニッカスは元々クアレスマの海賊仲間だ」
「そうだったのか」
「都のエネルギーを仕切ってクアレスマを裏から支える存在だが、最近どうも面白くないようだ。ニッカスは都を支配して贅沢な生活ができればそれで満足だが、クアレスマが分不相応の夢を抱き出したので、付き合いきれなくなっているらしい」

「大分、状況が飲み込めた。短期間で凄いものだな」
「私は元々コマンドだし『草』の隠密としての能力は非常に優秀だ。何しろリンが次期当主だからな」
 そう言ってリチャードは黙って話を聞いていたリンに目配せした。
「またその話……もう勘弁――」

「あれは――親衛隊がやっとお出ましのようだ」
 振り向いたはるか先には二百人近い人数から成る黒い隊列が見えた。
 

ガンナー対決

 リンたちがいる小山と同じくらいの高さの小山に隊列が到着した。両者の距離はおよそ二キロあった。
「残念だが追いつけない。今頃、何をやっているんだか」と水牙が言った。
「志願してゴミの山に来るような忠実な僕は、都にはいないという訳だ。ははは――」
 笑っているリチャードの足元で突然に銃弾が跳ねた。続いてリン、水牙の足元にも銃弾が撃ち込まれた。
「おい、あの小山から撃ってきたのか。ずいぶん距離があるぞ」
 水牙が小山を見ると、小山の上で一人の男が何かを叫んでいた。
 こちらまで声が届かないのに気付くと男は空間に巨大なヴィジョンを投影した。

「おれは『クアレスマ親衛隊』隊長、銀河一のガンマン、ザイマだ。お前ら、おとなしく捕まれ」
「自己主張の強い男だ」
 リチャードは空間のヴィジョンに浮かぶ、ハットをかぶったザイマの二枚目だがどこか間の抜けた顔にあきれて笑った。
「どうする、水牙?おとなしく捕まれって」
「無視だな。銃弾が来ても水壁を張っておけば済む。放置して行こう」

「ちょっと待って」
 ジェニーが先に進もうとするリンたちを止めた。
「銀河一ですって、冗談じゃないわよ」
 ザイマの顔が映る空間の隣にジェニーの顔が大映しになった。
「ちょっとあんた。銀河一とか気安く言ってんじゃないわよ。ガンマンを名乗るのは構わないけど、銀河一のガンナーはあたしって決まってんのよ!」
「な、なんだ。この女」
 ザイマの端正だが間の抜けた顔が歪んだ。
「こっちにも強烈なのがいた」
 さすがにリチャードも言葉を失った。

 
「なら銃で勝負といこうじゃねえか」
 ザイマの顔が不敵に笑った。
「望むところよ。勝負の方法は?」
 ジェニーも負けじと不敵に笑い返した。
「こことおめえのいる場所から一発ずつ撃つ。それで勝負をつけようじゃねえか」
「オーケー」

 ジェニーは小山の上に立ち、銃を両手で構え、腰を落とした。はるか向こうの小山でもザイマが同じように構えを取っているのがヴィジョンに映った。

「じゃあカウントするぜ」
 ザイマの顔が真剣になった。
「5、4、3、2、1、ファイア!」
 ジェニーは一点を見つめたまま、ゆっくりと引き金を引いた。
「行け、ファイアーバード!」

 ジェニーの発射した弾丸は空中で炎をまとうと、火の鳥の形に姿を変え進んだ。途中でザイマの弾丸を跳ね飛ばしながらザイマ目掛けて一直線に飛んでいった。
 両者の様子を映していたヴィジョンのザイマの姿が激しく揺れた。
 かぶっていたハットを火の鳥に弾き飛ばされた勢いで後ろに倒れ、周りの部下に必死で抱き起こされるザイマの姿を「まるで漫画だ」と思ってリンは吹き出した。
「て、てめえ、覚えてやがれ。卑怯な弾丸使いやがって――まあ、しばらくは『銀河一』の称号、使わせてやるよ」
 突然ヴィジョンが消えた。
 向こうの小山を見ると、部下を置き去りにして一目散に逃げるザイマの小さくなっていく後姿があった。

 
「何だ、これは?」
 水牙が困惑して言った。
「ねえ、見たでしょ」
 ジェニーが得意気な表情で戻ってきた。
「必殺『ファイアーバード』、まあ、さすがに距離があったけど、あたしにかかればこんなもんよ」
「すごい、すごいよ、ジェニー」
 微妙な空気の中でリンだけは猛烈に感動しているようだった。
「かっこいいなあ」
「ちょっと、リン。誉めすぎよ」
 ジェニーはまんざらでもないようでにこにこしていた。
「ね、リチャード。わかったでしょ。『ミラナル』だか何だか知らないけど敵じゃないわ」
「そうか。そこまで言うなら、あれを撃ってみるか」
 リチャードが指差す先には親衛隊が逃げていく様子と、入れ替わりにぎくしゃくと動きながらこちらを目指すミラナル1号の姿があった。
 

仇討ち

 ジェニーは再び銃を構えた。その距離およそ一キロ。「行け、ファイアーバード!」
 発射した弾丸は再び火の鳥へと姿を変え、ミラナル1号に襲い掛かった。弾丸が命中しミラナル1号は吹き飛ばされたが、すぐに何もなかったように起き上がり、ぎくしゃくとした動きで歩みを再開した。
「おかしいなあ。もう一発。ファイアーバード!」
 弾丸はミラナル1号に命中したが全く効かないようだった。
「……こんなはず、こんなはずないわよ。もう一発――」

「わかっただろう」
 リチャードがジェニーの銃を押さえた。
「父さんや鉱山の人たちを死なせたのを後悔しているようだが、戦わないという判断は間違いではなかった。その銃ではミラナル1号に勝てない」
「……そんな、そんなのないよ。父さんの仇、皆の仇なのに。目の前にいるのに」

「ジェニー。仲間が仇を討つのでも文句はないな」
 水牙は一人で山を降りて、五百メートルほどの距離に迫ったミラナル1号に近づいた。
「無理よ。銀河で一番硬い金属でできてるんだから」
「力だけではない。仲間の戦いをよく見ておけ」
 リチャードが優しい声で言った。

 
 ミラナル1号が水牙を敵と認識した。倉庫で会った時とは違って両腕には鋭い爪を装備していた。水牙の剣とミラナル1号の爪が激しく渡り合った。
「冷気!」
 水牙はミラナル1号を凍りつかせようとしたが動きが一瞬止まるだけで効果がなかった。
「冷気にも強いか。困ったな」
 振り回す爪を剣で受け止めながら相手の弱点を探した。
「なるほど。わかった」
 しばらくの間、めちゃくちゃに振り回される爪を受け止めてから水牙が呟いた。
「冷気!」
 再びミラナル1号が凍り付いた。その動きが止まった一瞬に、水牙は首と体の付け根に剣をこじ入れて、三度「冷気!」と唱えた。
 ミラナル1号の動きが怪しくなったかと思うと完全に動きを停止した。

 
「ふぅ、繰り出す技がお粗末だったから対処できたが、動きが良ければどうなる事か」
 水牙が山を降りてきたリンたちに言った。
「ああ、次はそのへんを改良してくるな」とリチャードが言った。
「え、まだ次があるの?」
「こいつはおそらく試作品。今の水牙の戦いを記録していただろうから次は苦戦する」
「また倒せばいいだけだ」
 水牙は気にしていないようだった。

「これが……父さんや皆の仇」
 ジェニーは内部から凍りついたミラナル1号を憎らしげに見た。
「ジェニー、君がぶっ壊すかい?」
 水牙は凍土の怒りをジェニーに渡そうとした。
「ううん、いいよ。水牙、やって」
 水牙が冷気を放つ剣を振り下ろすとミラナル1号は粉々に砕け散った。
「さあ、ジェニー。外にシップが待機しているから《鉱山の星》まで送っていこう」と水牙が言った。
「――何、言ってるのよ。これで満足なはずないでしょ。こうなりゃクアレスマをやっつけるまでは帰らないわよ」

「やれやれ、仕方のないお嬢さんだ――あの時とちっとも変っていない」
 リチャードが肩をすくめるとジェニーがぎょっとした表情を見せた。
「ちょっとリチャード。あたしに会った事があるの?」
「ああ、君がまだ小さかった頃にアンフィテアトルの劇場の楽屋でな」

 
「通信映像、途絶えました」
「破壊されたか。だが公孫水牙の戦いの記録は取れたな?」
「はい。圧倒的にこちらの動きのスピード、質、ともに劣っております」
「継ぎ目の問題か。銀河の英雄クラスになると、ちょっとした継ぎ目でも狙ってくるのがわかったのは収穫だ。次のミラナル3号ではそこを改善する必要があるな」
「はっ、では2号は予定通り計画遂行、3号は一日遅れでよろしいですか?」
「うむ、ゼクト、リン、この両名の記録を何としても取っておくのだぞ」

 

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