6.5. Story 1 五元楼

3 炎の少女

 開都で夕食を終え、月明かりの下、街をぶらぶらと散歩しているとマザーの代理のドウェインからヴィジョンが入った。
「水牙、リン。一緒にいるんだろ。ちょっと頼まれてくれないかい?」
 スクリーンに映ったマザーが話しかけた。
「はあ、何事でしょう?」
「辺境で事件が起こったらしくてね。調査してもらいたいんだよ」
「辺境……というと《歌の星》のさらに先ですか?』
「そうだよ。商人たちは《鉱山の星》とか呼ぶけどね」
「何があったのですか?」
「鉱山で人が亡くなったらしいんだ。胸騒ぎがするんだよ。だからあんたとリンで行って、原因なり犯人なりを突き止めてほしいんだ」
「わかりました――そうなるとリンの《青の星》への帰還はお預けですね」
「そうだったね――じゃあ、こうしようか。沙耶香やジュネがこっちに来る予定になってるみたいだけど、あんたが帰るまでは《青の星》にいるようにって。葵にはあたしから言っておくから」
「え、あ、うん」
 リンは煮え切らない返事をした。
「何だい、あんた、はっきりしないねえ。ところで長老たちには会ったんだろう。どうだったい?」
「それが――」
 言い淀むリンに代わって水牙が長老たちとの対面の模様を話した。
「――ふぅん、あの死にぞこないたちがやる気になったんならめでたいね」
「マ、マザー」
 水牙は慌てて辺りを見回した。
「あはは、冗談だよ。まあ、世の中、なるようにしかなんないよ。やれるとこまでがんばったら最後は運任せっていうのが一番気楽さ――じゃあ頼んだよ。報告は最後でいいからね」

 
 ヴィジョンが切れた。
「という訳だ。早速、明日にでも出発しよう」
「水牙のシップで行くの。僕のシップはどうしようか?」
「いや、二隻で向かう。その後、《青の星》に帰るだろう」
「あ、そうだね。でもマップ航行できるの?」
「うーむ、大体の座標はわかるが、最後は目視になるかな。上手くPNにアクセスできれば助けてもらえるが、海賊に傍受されるのも面倒くさいしな」
「えっ、PNって?」
「非連邦民、非帝国民のためのプライベート・ネットワークの総称だ。双方の支配地域以外の星の住民、支配に関係なく行き来する商人たち、王国の残党、海賊などが独自のネットワークを構築している――《青の星》で見たあの黒い箱、あれも原始的なPNだろう?」
「原始的って……電話の事?まあ、そうだね」
「とにかく行ってみよう。迷ったら《青の星》に戻って仕切り直しすればいい」

 
 目印もない真っ暗な宇宙空間を進むと水牙のシップにリンから連絡が入った。
「ねえ、水牙。前方に見える明るい光、あれが《鉱山の星》?」
「いや、目的地はもっと先だと思うが……うむ、あれは」
「どうしたの、水牙?」
「《エテルの都》と呼ばれる人工の都市型ステーションだ。実物を見るのは初めてだ」
「エテルってあのエテル?」
「そうだ。天才建築家が晩年に持てる全ての力を注ぎ込んだ人工都市だ」
 確かに自然界には存在しないであろう巨大な白い立方体が空間にぽつんと浮かんでいた。
「マップには出てこないよ」
「うむ、連邦のポータバインドのマップはデズモンド・ピアナが訪問した星に基づいて作成されているので、彼が行っていない《鉱山の星》や《エテルの都》はおおよその座標しかわかっていない」
「うーん、銀河は広いんだね」
「マップをよく見てみろ。《青の星》からそう遠くはないぞ」
「あっ、本当だ。《武の星》からここまでと地球からここまでは同じくらいの距離だ」
「連邦のちゃんとした大型シップであれば正確な座標を星間コンピューティングに報告してマップを更新できるが、バトルシップでも大丈夫だと思う。やってみるか」

 
 リンたちは《エテルの都》にできるだけ接近して止まった。
「よし、座標確定だ。これで以後マップに《エテルの都》が表示されるぞ」
「うーん、僕たち、デズモンドっぽいね」
「ははは、デズモンドであればこのまま上陸して一暴れするのだろうが、某たちの目的地は《鉱山の星》だ。さあ、海賊に見つからないうちに急ぐぞ」

 
 やがて、リンたちは目当ての星に着陸した。
「おそらくここがだ」
 水牙がもうもうと立ち込める赤い土煙の中で言った。
「……こんな……場所に人が住んでるの?」
「ああ、だいぶ前になるが、この星の試掘現場から超希少金属が出たというニュースが流れて、それ以来この星には一攫千金を狙う人々が大挙して押し寄せたらしい」
「超希少?」
「何という名前だったかは忘れたが――それにしても人の気配がないな。まずは町を探そう」

 
 リンたちはようやく探し当てた一軒の酒場に入っていった。マスターらしき人物が三人の常連らしき男と話をしていたが、他所者の姿を見て話を止めた。
「某たちは銀河連邦の調査員です。事故について伺いたいのですが」と水牙が口を開いた。
「んー、連邦だって。帝国を破って調子に乗ってんじゃねえかあ」と常連の一人が多少ろれつの回らない声で言った。
「おい、滅多な事言うなよ。連邦が遠く離れたこの星まで気を使ってくれるなんて嬉しいじゃないか」とマスターが言った。「で、何を知りたいんだい?」
「事故の状況、被害に遭われた方の数、生存者の方がいらっしゃればその方の話、全てです」
「おい、あんた」ともう一人の常連が声を荒げた。「事故じゃねえ。殺人、それも大虐殺だ。おれらはこうして昼間から飲んだくれてるだけだから無事だったが、そりゃひどい有様だった……」
「すみませんね」とマスターが謝った。「こいつらが遺体の収容をしたんですけど、どうもそれ以来調子が悪くなって」
「あったりめえだ」と黙っていた最後の常連客も口を開いた。「ありゃ人間の仕業じゃねえ。悪魔の所業だ。今でも思い出すと胸がむかむかすらあ」
「……わかりました。現場はこの近くですか?」
「ええ、この店の前の道をまっすぐ歩いていけば坑道の入り口があります。一週間以上経っていますが、遺体を収容してから誰も中に入ろうとしないので、事件当時のままになってます」

 リンたちは店にいた人間に礼を言って外に出た。
「生存者はいないか――とにかく現場に行ってみるか」
「犯人がまだいたらどうしようか?」
「そうだな。とりあえず殺さず生け捕りだな」

 
 坑道の中は真っ暗でひんやりと涼しかった。
「リン、注意しろよ」
「うん、ちょっと待って」
 リンが鎮山の剣を抜き、柔らかな光が坑道を照らした。
 狭い坑道を進み、やがて広い採掘場に出ると、三階建ての木の足場が組まれていた。リンたちは慎重に周囲を調べた。
「あ、水牙。あそこ」とリンが小声で言った。
「うむ、某も気付いた。勘付かれるなよ」
 リンが左側を水牙が右側を調査する振りをしながら二階の足場の奥の暗闇に意識を集中させた。

 二階に上がる木の階段に足をかけようとした時、声が響いた。
「それ以上進んだら命はないぞ。脅しじゃない」
 まるで子供のような高い声だ、と思った次の瞬間、リンの足元で銃弾が炸裂し、炎が舞い上がった。

 
「某たちは連邦から調査に来た者。事件の様子を聞きたいだけだ。おとなしくしていれば危害は加えない」
「……連邦だと。あの化け物の仲間じゃないのか。ならばそっちの奴の剣を引っ込めろ」
「えー、これがないと真っ暗になっちゃうんだけどなあ」
「リン、言う通りにしよう」
 剣を柄に納めると再び暗闇が襲った。二階の住人が再び発砲し、その炎が採掘場に置かれた廃材に着弾し、火の手が上がって採掘場は昼間のように明るくなった。

「何を聞きたい?」と二階の声が尋ねた。
「ここで起こった事全てを」
「どうもこうもない。突然現れた化け物が採掘場にいた人を次々に殺していった。一番奥の試掘坑にいた私以外は皆、殺された」
「……そうすると君は生存者か。安心してくれ。某たちは君を保護する」
「相手は化け物だぞ」
「惨劇を目の当たりにしたのでは無理もないな――某は連邦コマンド、公孫水牙、こっちはリン文月。名前を聞いた事があるかもしれない」
「……事件の何日か前にハックド・ニュースで見た。《巨大な星》の帝国を蹴散らした英雄――そちらに降りていく」

 
 階段を降りて現れたのは赤毛を三つ編みにした少女だった。
「本当に守ってくれるんだな?」
 少女は銃を構えたままで警戒を解こうとしなかった。
「大丈夫だ。安心してくれ。その化け物とやらも見当たらないし、ひとまずは安全だ――君の名前は?」
「ジェニー、ジェニー・アルバラード」
「よろしく。さあ、酒場に戻ろう」

 
「ジェニー、ジェニーじゃねえか」
 酒場でくだを巻いていた常連の一人が泣きそうな声を出した。
「おめえ、無事だったんかい。よかった、よかった」

 リン、水牙、ジェニーがテーブル席に座ると、マスターが温かいミルクを運んできた。
「マスター、ありがと」
「しかし」とマスターがしみじみと言った。「よく一週間も無事だったねえ。テッドもあんな事になったけど、一人でも生きててくれて本当によかったよ」
「試掘坑に水や食料を持ち込んでたから、そのへんは心配なかったわ……あの時、父さんも一緒にいたんだけど、外の悲鳴を聞いて『ジェニー、何があってもここから出るな』って言い残して、外に出てったの。あたしは怖くて怖くて、しばらくして、おじさんたちが来てくれた時も出て行けなかったの。外にあの化け物がいるんじゃないかって。でも今日は安心できる人たちが、あ、おじさんたちが信頼できないって意味じゃないよ、来てくれたから。連邦の英雄さんたちがわざわざ来てくれたんだもん、そりゃあ……そりゃあ……うぇーん」
 ジェニーは緊張の糸が切れたようだった。

「さあ、ジェニー」と水牙が優しく語りかけた。「鉱山を襲った化け物について知りたい。某たちは君のお父さんや鉱山の人たちの仇を討ってあげたいんだよ」
「う、うん。出るな、って言われてたけどちょっとだけ覗いたの。機械だった。そう、人型の機械よ」
「機械人間――他に何か特徴は?」
「とっても硬くて、誰かがつるはしで殴りかかったけど、全然傷もつかなかった。あの金属は……そんなはずはないけどミラナリウムだったのかしら?」
「ミラナリウム?」
「うん、この鉱山に人が押し寄せるきっかけになった超希少金属。ダイアモンドよりも硬いっていうのでずいぶん話題になったけど、結局、ここの鉱山からはその後、出なくて……どこかに鉱脈があるのかもしれないけど。そんな幻の金属でできた機械人間が存在するはずがないでしょ。おかしいとは思わない?」
「確かにおかしな話だ」

「ねえ、あなたたち」
「水牙とリンでいいですよ」
「ねえ、水牙、リン。あなたたち仇を取るって言ったわよね。あたしも行くわ。皆の仇を取りたいもの」
「いや、危険すぎる」
「大丈夫よ。自分の身は自分で守れるし、あなたたちに迷惑はかけないから」
 ジェニーはそう言うと右腰にぶら下げた銃を抜いてみせた。
「さっき見せてもらったが、炎を放出する銃のようだね」
「ええ、『火の鳥』っていうの。母さんの形見よ」
「……君の気持ちはよくわかる。私も弟を亡くしたばかりだ。一緒に行くか」
「でも水牙、どこに行くの?まるで雲を掴むような話だよ」とリンが尋ねた。
「確かに情報が足りないな」
「とりあえずマザーに報告しよう」

 
「ああ、そうかい。ご苦労だったね」とマザーがヴィジョンの向こうで言った。「ちょうど良かったよ。さっきリチャードから連絡があってね。あんたたちが近くにいるなら、《エテルの都》に来るようにって言ってたよ」
「《エテルの都》ですか――座標を特定してマップを更新したのですが、リチャードもいたのなら更新してくれても良かったのに」
「色々、事情があるんじゃないのかい」
「都は連邦に敵対しているのですか?」
「あそこは半分観光地だから連邦だろうと帝国だろうとウエルカムなんじゃないかい。あんたたちみたいな連邦の英雄が行った時の反応が楽しみだ」
「またそんな、他人事のような言い方を――けれども人が集まる場所であれば《鉱山の星》を襲った機械の情報も聞けるかもしれませんね」
「お上りさん気分で行っといでよ。それだけの殺人機械ならどっかで遭遇するに決まってる。向こうからやってきてくれるよ」
「そんな『成るようにしか成らない』姿勢だったからマンスールに付け込まれたのではありませんか?」

「おやおや、水牙は言うようになったねえ。頼もしい事で――ところで隣にいる女の子は誰だい?」
「ああ、彼女は――」
「ジェニーです。マザー・アバーグロンビーでしょ。おじいちゃんがよく言ってました。あたしのおじいちゃんは《巨大な星》に住んでます。あ、ちなみに母さんは『火の鳥』のアン・ハザウィーです。ご存知ですか?」
「知ってるともさ。思いもかけない場所で、『サロン』の同窓会だね。あんたも都まで行くかい?」
「はい、父さんや皆の仇を討ちたいんです」
「そうかい。《鉱山の星》には救援隊を送るように連邦府に頼んどくから、あんたは敵討ちに専念するがいいよ」
「はい、ありがとうございます」

「ジェニー、マザーは君の母上を存じ上げていたようだが」と水牙が尋ねた。
「ええ、デズモンド・ピアナの航海に一緒に出かけてたから」
「何と。我が父、公孫転地もそのメンバーだったぞ――父に会えば面白い話が聞けるかもしれんな」

 

別ウインドウが開きます

 Story 2 天才の遺作

先頭に戻る