6.5. Story 1 五元楼

2 長老殿

 連邦議長コメッティーノのアナウンス
 《巨大な星》、《森の星》、《化石の星》、《鉄の星》、《銀の星》、《オアシスの星》の連邦再加盟に伴う組織変更。

 連邦軍総司令 ウェイン・ホルクロフト(新設)
 連邦軍副指令 ルイ・オサーリオ(新設)
 同 副指令 オリヴィエ・シェイ(新設)
 同 顧問兼《巨大な星》防衛統括 ラカ・ジョンストン(新設)
 《巨大な星》民生統括 ジャンルカ・センテニア(新設)
 同 東部統括 ジョン・バロウズ・レーブ(JB)(新設)
 同 西部統括 サミエル・アトキンソン(新設)
 同 南部統括 アーネスト・ドウェイン(新設)
 同 中央統括 ジーノ・ルカレッリ(新設)
 《鉄の星》《銀の星》統括官 サラ・センテニア(新設)
(以下略)

 
「これで少しは落ち着くな」
 水牙がアナウンスを見ながら言った。
「ああ、やっとホーリィプレイスを離れられる」とゼクトが答えた。
「リチャードはもう出発したか?」
「逆鱗を担いだままじゃあ何もできないしな。銀河一の武器職人を探すと意気込んでいたぞ」
「ゼクト、お前はどうするんだ?」
「ホルクロフトが総指令になってくれたおかげで少し楽になった。ダレンに戻る途中で《守りの星》に寄ってみるつもりだ……水牙、お前は?」
「雷牙を故郷に葬ってやりたいからな。一度《武の星》に戻るよ」
「そうか、皆、一旦バラバラになるな。次に会うのは《虚栄の星》かな?」
「そうであればいいが。ただもっと早くに再会するのではないかな」
「いい話で再会したいな――ところでリンは?」
「某と一緒に《武の星》に立ち寄ってから、故郷に帰るような事を言っていたが……じゃじゃ馬のお姫様が許してくれたかどうか」

 
「――リン様、どういうおつもりです?」
 葵の容赦ない非難が続いた。
「ご一緒に《青の星》に参って、沙耶香やジュネやアダンに紹介してくださるのだと思っておりました。どうしてお一人で《武の星》に向かわれるのですか?」
「前から考えてたんだよ。五元楼で修行もしたいし、長老のおじいさんたちにも会ってみたいって」
「……ミミィからも言って下さいませんか?」
 葵は少しおとなしくなったが、まだ納得できないようだった。

「うーん、困ったわ――じゃあこうしません。沙耶香たちをこちらに呼ぶのよ。そうすれば私も山積みの仕事を片付けられるし」
「……ミミィ、さすがですわ。そうよ、来て頂けばいいのよね。そうと決まれば早速、ヴィジョンでお知らせしなくては――あ、わらわも一旦、『隠れ里』に戻って仕事を片付けてからにいたそう。そう、それがよい」
「あのー」とリンが口をはさんだ。「もういいかな?」
「どうぞどうぞ。互いに仕事が一番じゃ」
 葵はすっかり上機嫌になっていた。

「葵や」
 マザーが部屋の奥から顔を出した。
「一つお願いがあるんだけどね」
「はい、何でございましょう」
「『草』だけどね、正式に連邦のために働いてもらえないかねえ」
「お安い御用ですわ。でも組織上はどなたの指揮下になりますの?」
「コメッティーノ、リチャード、水牙、ゼクト、リンの最前線のコマンドたちを助けてやってほしいんだよ」
「わくわくしてまいりました。すぐに戻って目付たちと相談いたします」
「頼んだよ」
 マザーはリンに一つウインクした。

 
 《武の星》に戻る歓喜と安堵に満ちたバトルシップに水牙とリンも乗り込んだ。
「父だけでなく長老たちもリンに会いたがっていたから、きっと喜ぶぞ」と水牙が言った。
「……でも雷牙が」
「いや、雷牙の犠牲があったからこそ《巨大な星》を奪回できた、皆、雷牙を誇りに思っているし、戦友であったお前を喜んで迎えるはずだ」
「……水牙は強いね」
「いや、そんな事はない。弱い人間さ――リン、お前が五元楼で修行したいという理由は?」
「うん、僕はゾンビにされた友達を見て自分を見失った。何が何だかわからなくなって、塔を消して、周りの土地や人たちにまで迷惑をかけた」
「砂漠の村の住民のように感謝した人間もいるぞ」
「僕はそんな自分が怖いんだ。だから修行すれば少しは自分をコントロールできるようになるかなって思ってさ」
「ふむ、だが修行するためにはどの宮に入れるか、まずは長老に見立ててもらわねばならん。某とて『水の楼閣』にしか入れないのだからな」
「えっ、そうなの。好きな所に行けるんじゃないの?」
「ごく稀に五元の属性に当てはまらないケースがあると聞くが、そういう場合はさらに長老のみ知る特別の見立てがあるらしい。そこで認められた者だけは好きな楼に行ける、つまりどの楼でも同じ訳だな、だが実際に長老のおめがねに適う人物がそうやすやすと現れるとは――いや、リンならそれもありうるな」
「ちょっと待ってよ。僕も水牙みたいに水がいいんだけどな」
「まあ、長老に会う事だ」

 
「開都到着です」
 クルーの報告を受け、シップはポートに降りた。
「どうだ、リン。我が都の印象は?」
「……すごい」

 目の前には古さと新しさ、自然と人工物とが見事に調和した都会が広がっていた。碁盤の目状に整備された街路の脇には木が植えられ、黄色い花が咲き乱れていた。
「もうちょっと前であれば紅桜の花が満開だったのだが。あれはあれで美しいだろう」
「ここからだと建物が全部、木造に見えるけど?」
「古い建物の中には実際の木造もあるが、最近のはダレンと同じようなものだ。最新建築素材をいかに木造に近づけるかというのはこの星の建築家のテーマだな」
「ふーん、統一感っていうの、そういうのが感じられてすごいなあ」
「お前の星の都市もいくつか立ち寄ったが、あの混然としたパワー、それなりに魅力的だったがな」
「物は言い様だね」

 
 都の中央の大きな建物の前に立った。
「まずは父に会おう。ここ都督庁の執務室にいるはずだ」
 水牙は建物の中に入っていった。

 
「水牙です。ただいま戻りました」
 執務室のドアを開けると、波形の机の後ろに座っていた男がちらと顔を上げ、立ち上がった。
「ご苦労であった。で、隣の客人は……確か」
 水牙の父は体格が良かった。黒髪を後ろで束ね、いたずらっ子がそのまま大人になったような少年ぽさをどこかに残した顔立ちをしていた。
「はい、リン文月をお連れしました」と水牙が答えた。
「おお、お会いしたかったですぞ。私はこの星の都督、公孫転地と申します」
「リンです。はじめまして」

 
「水牙よ。大体の話は兵士たちから聞いておるが、私から幾つか言わせてくれ。まずは王先生が去った事、私が初めて先生にお会いしたのは《鳥の星》だった。先生は龍の仲間を探しておった。《狩人の星》で青龍を見つけたが、今回は白龍を発見したそうだな」
「父上はご存知だったのですね」
「先生には色々と教えて頂いた。直接、感謝の言葉を言いたかったが、去られたきっかけは何だったのだ?」
「マンスールめが邪龍なるものを復活させたそうで、『時間がない』とおっしゃっておりました」
「なるほど、蘇ってはいけないものが蘇ったのだな。で、その邪龍はどうなった?」
「先生たちが封印しましたが、真の復活を遂げた時にはリチャードがこれに対峙する予定になっております」

 
「リチャード。戦い続ける運命にあるのか――さて、次はお前自身の話だ。今回の《巨大な星》進攻に関して私は心配だった。お前の剣は守りに回れば滅法強いが、相手を攻めて粉砕するのには適していない。他の皆の足を引っ張るのではないか、案じておったが、出発前に王先生がこう言われたのだ。『水牙には試練の時が訪れる。きっかけを与える事はできるが、それを乗り越えるのは水牙自身だ』とな。そのお言葉通り、先生は『凍土の怒り』という伝説の剣をお前が手にするきっかけを作って下さった……そしてお前は見事その剣の真の力を引き出すのに成功した、いや、剣がお前を認めたのだな」
「……父上、しかし……」

「雷牙か。いくら嘆き悲しもうとも、もう戻ってはこない、武人たる者、その事実を受け止めて生きるしかない」
「……」
「雷牙の分まで生きろ、水牙。これは都督ではなく父としての願いだ」
「……父上」

 
「さあ、客人をあまりお待たせするのは失礼だ。リン殿、この星に来られた目的は?よもや観光という訳でもあるまい」
「はい。僕は自分を見失って怒りに任せて、あの塔を消してしまった。水牙の強さを見習いたいんです」
「リン……お前」
 水牙が言うと、転地は優しく言い添えた。
「リン殿は五元楼に行きたいのか?」
「はい」
「わかった。早速、長老殿に向かうといい――その前にリン殿、水牙も。剣を見せてはくれんか?」

 
 リンは『鎮山の剣』を、水牙は凍土の怒りを抜いた。鎮山の剣からは白く輝く気が、凍土の怒りからはやや青白い気が立ち昇って見えた。
「おお、素晴らしい。私は刀剣マニアでな。若い頃の冒険も名剣を探すのが目的のようなものだった。しかしこのような名剣を二振りも一時に見る事ができるとは」
「転地さん、この剣の出自をご存知ですか?」とリンが尋ねた。
「鎮山の剣か。生憎わからんな。デズモンドがいればわかるのかもしれんが――いや、これは失礼。さあ、長老殿に向かわれるがよい」
「はい」

「水牙……雷牙の遺骨はここに預けていけ。お前らが長老殿に行っている間に私が先祖代々の墓所に奉っておこう。何、今日は暇だ」
 リンと水牙は執務室を後にした。執務室の扉の向こうから、微かにすすり泣く声が聞こえたような気がした。

 
 リンたちが都督庁の外に出ると町は茜色に染まっていた。地球で見る太陽よりも一回り大きな恒星が都を照らし、茜に染まった不思議な形の建物が空中に浮かんでいるのが見えた。饅頭のような形をした建物が全部で五つ、何かで結ばれている訳でもなく、重なっている訳でもなく、ふわふわと漂っていた。
「リン、あれが五元楼、その下にあるのが長老殿だ。まずは長老殿に行こう」
「いきなり行けるんじゃないの?」
「うむ、長老がその人物のオーラから属性を見立て、それに合う楼で修行をしないとだめだ。そうでないと、効果がないどころか、無関係な楼に行った場合などは元々の特質まで消す結果になりかねない」
「水牙も将来は長老になるんでしょ、僕は何の属性かわからない?」
「某はまだ修行が足りないからな」

 長老殿の前では、二人の兵士が大きな木の門の前に立っていた。
「今日はもう見立ては……あ、これは水牙様、お帰りなさいませ」
「やあ、ちょっと見立ててもらいたい客人がいてね」
「はあ、しかし本日は――」
 見張りの兵士が困って背後を振り返ると大きな木の門がぎぎーと開いた。
「これは一体?」
「どうやら長老たちも待っていて下さるようだ。じゃあ入るよ」
 水牙とリンは揃って門を通り抜けた。

 中に入ると小山や滝、池の配置された回遊庭園になっていた。庭園の各所にはさりげなく椅子が置かれていた。
「ここは待合だ。この先に道場がある」
 リンたちは庭の奥の小さな木戸をくぐった。

 
 道場と呼ばれる場所は真っ暗だった。
「長老たち、水牙にございます。本日は――」
「わかっておる」
 暗闇の中から声が返ってきた。一体どのくらいの広さの部屋なのだろうか、声は近くからのようにも、すごく遠くからのようにも聞こえた。
「文月リンか」と別の方向から声が響いた。「わしらは《武の星》の長老。何か聞きたい事はあるか?」
「はい。お年はいくつなんですか?」
「わしらに年を尋ねるか。《武の星》の祖、公孫威徳は肉体が滅びた後にこそ真の価値を見出す事ができると言った。『心身合一』。わしら皆、肉体はとうに滅び去り、ほぼ精神のみの存在。長きに渡って世界の有様を見つめ続けてきた。これで答えになっているかな」
「は、はい。水牙もいつかはそうなるんですか?」
「本人が望めばな。だがそこのひよっこがこうなるには、何千年という時が必要だ」

 
「長老、リンの属性は。もうお見えになってらっしゃるのでしょう?」
「……うむ、予想した通りであったが」
 又、別の方角から声がした。
「本人を目の前にして、わしらの予想は間違っていなかった事がわかった」
「それは――」
「判断がつかん。別の系統としか言いようがない」
「……別の……金という意味でしょうか」
「それも少し違う――これまでも様々な人間を見てきたが、中には特異な者がいた。例えば転地が連れてきた歴史学者デズモンド・ピアナ、これは何の属性も持っていなかった。或いはアレクサンダー、これはシニスターの影響だったのだろう、やはり属性がなかった。リンも……そういう特異な部類に属するのだと考えられる」
「さらに」
 また別の声。
「会った事はないがリチャード・センテニア、彼もまた特殊なケースだろう」
「……リチャードまで」
「最初はリチャードこそデルギウス以来の生まれながらの王ではないかと踏んでおった。だがどうも違うようだ。あの男の場合、何かが欠落している、そのために属性が発現しないのではないかというのが、現時点でのわしらの見立てだ」

「忘れてはならぬのは」
 別の声がした。
「一つの時代にそんなに多くの特異者がいるという恐ろしさだ。デズモンドからリンに至るまでわずか数十年、これだけの短期間に複数の特異者が存在した事は未だかつてない」

「……わかりました――と納得する訳には参りません」と言った水牙の顔は少し青ざめていた。
「そうであろう。わしらとてショックを受けておる。五元の考えの限界かもしれん。同じ五元の考えを持つ《念の星》と意見交換ができれば何かわかるかもしれないが、ウォールのおかげですっかり没交渉であるゆえ――」

「あのぉ、で、僕の修行は?」
 リンがおそるおそる口を挟んだ。
「おお、そうであったな。結論から言えばどの楼に行ってもよい。行ってもよいが、修行の成果はあまり期待できんという事になる」
「がっかり」
「わしらごときではお前を推し量れんのだ。だがこうしてお前と直接対話した事により、わしらの気持ちも固まった。お前たち、水牙、お前も含めてだ、が、この先、『銀河の叡智』を再現させるか、あるいは全く新しい秩序を銀河にもたらすか、はたまた銀河を壊滅させてしまうか、それはわからん。もし銀河を破壊するというのなら、わしらは命を懸けてそれを止める。新しい秩序をもたらすのであれば、同じように命を賭けてそれに協力しよう」
「……長老」
 水牙は自分の耳が信じられないという表情を見せた。
「これで良いのだ。実際、わしらも何故、こんなに長く生き永らえているのかわからない部分があった。ただ未来の担い子たちの属性を見立てるだけに生きているのであれば、これほどつまらん事はない。だがお前たちによって銀河の新しい時代が確実にそこまで来ようとしている。少しでもそれに貢献ができるのであれば、それこそがわしらの生きた証となる」
「何だか難しい話で理解できないよ、水牙」とリンが呟いた。
「今は理解できなくていい。リン。わしらの声に耳を傾けてくれさえすれば――それでいい」

 

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