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20XX.7.13 危険な賭け
朝、美夜から電話が入った。美夜が持ち帰ったシゲさんの資料の件で話があるので、仕事が終わったら寄ると言った。
日中何もやる気が起こらなかったが『クロニクル』を仕方なしに読んでいると、美夜がコンビニの袋をぶら下げて現れた。
「ジウラン、何かあったの。声が沈んでたけど」と言って、美夜は部屋に上がるなりコンビニの袋からおにぎりとお茶を取り出した。「ご飯もまだじゃないかと思ってジウランの分も買ってきた」
ありがとうと言ってから、黙々とおにぎりをお茶で喉に流し込んだ。美夜も何も言わずに食事を続けたが、途中で口を開いた。
「あたしね、父がとても特殊な仕事に就いていたから、子供の頃は夕食時の家族の団らん風景がうらやましくて仕方なかった。大人になったら楽しい会話をしながら食事をしてやろうって思った。でもいざとなると慣れてないせいかだめね、いつも無言で食べちゃうの……ジウランも一緒か」
食事が終わり、ぽつりぽつりと昨夜の出来事を話し出した。
「……ちょっと待ってよ。シゲさんが亡くなっただなんて、悪い冗談言わないでよ」
中原さんの時と同じだったと言うと、美夜はきゅっと爪を噛んだ。
「そうね、ジウランがそう言うならきっとそうなのね。でも――」
ぼくが行動を起こしたから死んだんじゃないか、そう言うと美夜は即座に否定した。
「だとしたらあたしも同罪だわ。でも、違う……中原さんの時を考えてみて。中原さんは事実の歴史をあなたに伝えるためにこの世に留まっていた。シゲさんも一緒よ、あなたに伝える事ができたから満足して世を去ったのよ」
ぼくがカード、つまり手がかりをどこからか見つけてくる。それを場に並べると、どこかの誰かがすぐにそれを攫っていく、まるでそんな感じだよ――
「……実はね、あたしもこれはゲームじゃないかって思う時があるの。でもあなたとは全然違う見方。本当のプレイヤーは別にいるの。あなたはプレイヤーじゃなくてゲームの中の主人公。あたしたちはその他大勢の登場人物でしかない。あなたが言うように簡単に生まれては消える存在ね」
全然違う見方じゃないよ――
「最後まで聞いて。本当のプレイヤーがあなたに何を求めているかはわからない。でもあなたが勝負を捨てたら、そこでゲームオーバーだと思うの」
ゲームオーバー?
「そう、ゲームオーバー……スイッチを切れば、多分この世界も終わるわ。」
ぼくがギブアップしただけでそんな風になるとは思えないけど――
「うん、あたしも確信がある訳じゃない」
たとえそうだとしても、ぼくが出会う人はどんどん死んでいく、こんな悪質なゲームには付き合っていられない――
「言ったじゃない。あなたの能力は事実の世界の記憶を持つ人の想いを汲み取れる事だって。会った人を死に至らしめるそんな死神みたいなものじゃないのよ」
……
「……ならこうしましょうよ。あたしの知り合いで事実の世界の記憶を一部持っている人がいるの。その人に会うのよ。それでその人が亡くならなければあたしの言い分に納得して」
そんな危険な賭けには乗れないよ――
「このままあなたがゲームから降りてしまう方がずっと危険よ。いいわね。明日の夜7時に門前仲町で」
美夜はそれだけ言うとバッグを持って部屋を出ていった。