6.4. Story 5 邪神征伐

2 倒れる戦士たち

 

遺跡の島

 リチャードとゼクトはホーリィプレイスを東に直進した海上にある遺跡の島に渡った。避難した人に話を聞くと、島の奥のジャングルの遺跡から黄金色に輝く馬のような化け物が現れて町を破壊したらしかった。
「ゼクト、聞いたか。塔に巣食っていた化け物と同じ類だろうな」
「うむ、水牙の話ではマンスールによって秘密警察の人間を触媒に復活した邪神らしい」
「言われてみれば《鉄の星》にも邪神もどきが現れた。相手にならなかったがな」
「水牙もそう言っていた。所詮はレプリカ――マンスールの力の限界だな」

 
 リチャードたちは住人が避難し、誰もいなくなった島でただ一つの町を抜けて、ジャングルに向かって移動した。町の民家はまるで爆撃を受けたようにぼろぼろになっていた。
「ゼクト。お前の故郷はどんな場所だ?」
「ああ、マザーとの会話で自分が口にしたからか……一言で言えば常に星の中で争いが起こっているらしい。ただ一度の例外を除いてな」
「例外?」
「聖エクシロンが《古の世界》から来られた、その時だけは星が平定されたそうだ。先祖のリンドはエクシロンと共に戦い、その時の功績が認められてファン・デ・ザンデを名乗る事を許された」
「星に争いが絶えない理由は何だ?」
「さあな、幼い頃に父が語ってくれた所によれば、星のどこかに不思議な石があり、それを手に入れれば大地を自由に創造する事が可能になるからだと言う。皆、石のために戦うのだそうだ――親が子に語るよくある類のおとぎ話だ」
「いや、まんざらおとぎ話でもないんじゃないか。マザーが言うように幾らでも不思議はある」

 
「リチャード、自分も聞きたい事がある」とゼクトが言った。
「ん、何だ?」
「大帝もコメッティーノも、お前をデルギウスの再来と認めて、『銀河の叡智』を再現できると思っているようだが、お前自身、どう考えている?」
「難しい質問だが、答えは『ノー』だ。デルギウスは『全能の王』と呼ばれるほど、非の打ち所のない人物だったそうだが、私はそれに比べて不完全、いや、何かが決定的に欠けている」
「そこまで自分を卑下しなくてもいい。自分は初めてお前に会った時から羨ましく思っていた。王になるべくして生まれた者は、やはりどこか違う」
「本気か?」
「ああ、大帝やコメッティーノもそう思うからこそ、お前に『銀河の叡智』の再現を期待する」
「とんだ買い被りだな……自らの存在の意味を考えるようになったのは、リンに出会い、ロックを倒して以降、つい最近の事だ――さあ、もう話はいい。私の中でも結論が出ていないんだ」
「そうだな、ちょうどジャングルの入り口だ」

 
 二人は深いジャングルの中に分け入った。しばらく歩くと祭祀場の跡だろうか、巨石が並ぶ円形の広場に出た。
「ここは……」とリチャードが呟いた。「同じような雰囲気の場所に来た事があるぞ。一体どこだったかな」
「未だに解明できてない『超古代文明』の話があるが、その一つか?」
「《古の世界》より以前から存在していたと言われる文明か。私たちは歴史学者ではないからな――気をつけろよ。何か来るぞ」

 リチャードたちは広場の向こう側の木々の間に見え隠れする影を見つめた。やがてその影は広場に入ってきた。
「ニニエンドルの手の者か」
 避難した住民が言った通り、人より少し大きな黄金に輝く馬がしゃべっていた。馬の形をしているのは首から上だけで、首から下は人間だった。
「ニニエンドルの手の者か」
 馬人間は再び低い声で問い詰めるように尋ねた。
「ニニエンドル?それは何だ」とリチャードが答えた。
「そうか、ニニエンドルの力はここまでは及ばないか」
 そう言った馬人間は機嫌が良くなったのか、突然に踊り出した。
「おい、お前は誰だ?」とゼクトが尋ねた。
「……」
 馬人間は踊り続けた。
「いかれてるな。どうする、ゼクト」

 馬は踊りを止めてリチャードたちを見た。
「おい、お前ら。ナックヤックは機嫌がいいからお前らを殺さない。今の内に逃げるがいい」
「ナックヤックという名か。どこの星の神だ?」
「……知らんのか。《密林の星》のナックヤックに決まっている」
「ニニエンドルというのも《密林の星》の神か?」
「何、お前ら、ニニエンドルと言った。その名を知ってるとは、やはり手の者だな」
「……お前が最初に言ったんだろう」
 ゼクトがあきれて言った。
「まともな話は通じないな」

 リチャードたちが見ていると、ナックヤックは背中から一丁の弓を取り出し、リチャードに向かって構えた。
「矢を番えてないぞ。それじゃあ――」
 ゼクトが途中まで言いかけた時、隣のリチャードの姿が視界から突然消えた。
「何だ、今のは」
 振り返るとはるか後方にリチャードが倒れていた。
「……ゼクト、気をつけろ。光の矢だ」
 リチャードは『自動装甲』によりかろうじて攻撃を防いだようですぐに立ち上がった。
「おう、ナックヤックの矢を受けて無事とは。お前ら、すごいな」
 再びナックヤックは上機嫌になったが、良いおもちゃを見つけた時の子供のように楽しそうだった。

 空中に向かって弓を構え、数秒間そのままの姿勢でいた。するとリチャードとゼクトの足元にいくつもの光の矢が撃ち込まれ、二人は懸命に矢を避けた。
「ははは、踊れ。踊れ」
 ナックヤックは調子に乗って光の矢をリチャードたちに浴びせまくった。

「これはきついな。ゼクト、ひとまず逃げよう」
 二人は広場を離れ、ジャングルに戻った。
「何だ、もう終わりか。つまらん」
 ナックヤックの叫び声が小さくなった。どうやら追ってはこないようだった。

 
「大丈夫か、リチャード。まともに食らっていたぞ」
 ジャングルの中を歩きながらゼクトが言った。
「ああ、装甲がなかったら危なかった。装甲レベルマックスでも、何発も撃ち込まれればやられる――ところでゼクト、奴に『真空剣』は叩き込めそうか?」
「おつむのネジが足りないから防御は全然考えていないはずだ。まあ、あの攻撃力を持ってすれば防御など必要ないが」
「よし、こういう作戦はどうだ」

 
 リチャードたちはジャングルの中心部の広場に出た。ここも巨石が立ち並ぶ異様な光景だった。しばらくすると反対側のジャングルからナックヤックが顔を出した。
「お前ら、逃げなかった。偉いな……ペトラムの勇者か?」
「また訳のわからない事を言い出したな」
 ゼクトが肩をすくめ、リチャードが一人でずんずんと広場の中心に向かった。
「ナックヤック、ここは《密林の星》でもないし、私たちはペトラムの勇者でもない。ここはお前のいる場所ではない。今、帰るなら許してやる。どうだ、帰るか?」
「……」
 ナックヤックはきょときょとと周囲を見回した。
「そうだったのか。道理でニニエンドルが出てこないはずだ。わかった。帰る。だがお前らと遊んだ後だ!」

 
 ナックヤックは広場の中央にいるリチャードに向かって弓を構えた。瞬く間に何発もの光の矢がリチャードの胸を目掛けて撃ち込まれた。リチャードは吹き飛ばされないように腰を低く落として、正面から光の矢を受け止めた。
「リチャード、避けろ!」
 後方に位置したゼクトから声がかかったのを合図に、リチャードが低く伏せた。真空剣がリチャードの体の上をかすめてナックヤックを襲った。
「うほっ、攻撃」
 ナックヤックは弓を構えたままの姿勢でまともに真空剣を受けて、背後のジャングルまで吹き飛ばされたがすぐに立ち上がり、広場の中央で倒れたリチャードに向かって歩き出した。

 
「聞け。ペトラムの勇者よ。《密林の星》は滅びる運命。努力しても星の寿命は変えられぬ。ニニエンドルも残された日々――」
 ナックヤックは途中まで言って消えた。

 リチャードはのろのろと立ち上がった。痛む胸を押さえながら振り返るとゼクトも蹲っていた。
「おい、ゼクト、無事か――私は肋骨を何本かやられたようだ」
「……右の太ももを撃たれた。攻撃した相手に対して瞬時に反応するとはさすがだ」
「さあ、ホーリィプレイスに戻ろう。最後まで意味不明だったが強かった」

 

夜に紛れる獣

 コメッティーノとGMMはルカレッリのバイクに乗ってヌエヴァポルトに着いた。
「おれはひとまず市街地の方に行ってみらあ。GMM、お前はねぐらで休んでろよ」
 コメッティーノはプララトス地区の入り口でGMMをバイクから降ろした。
「人を年寄り扱いするなと言ったろう。夜にはこちらに顔を出してくれよ。そこで状況を整理しよう」

 コメッティーノとルカレッリがカフェに行くとJBが外のテラスでお茶を飲んでいた。
「遅いぞ、腹がぽちゃぽちゃだ」
「んなこと知るか」
 コメッティーノが吐き捨てるように言い捨ててテラス席に腰を下ろした。
「まあ、そうだな――錬金塔の破壊、ご苦労さん。しかし塔を消すとは思わなかった」
「おれも同じ思いだ。それよりもヌエヴァポルトの異変って何だよ?」
「それか。どうも夜中に現れるようなんだ。朝になると無残に噛み殺された死体が道端に転がってる、皆、怖がって夜は外出できない状態だ」
「姿を見た奴はいねえのかよ?」
「人を襲っているシルエットだけ目撃した奴によれば、大きな狼のようだったらしい」
「……狼だあ、この星じゃあ大都会にも狼がいるのかよ?」
「いや、もっと北の方にしかいない。それに被害者の噛み傷を見るとはるかに人間より大きいらしい。そんな大きな狼はいない」
「マンスールの作ったまがいもんの神だ、そりゃ」
「何だ、それは。ホーリィプレイスに出た牛の化け物と同じか?」
「そんなところだな――今夜から夜回りでもするか。ありがとな、JB。参考になったぜ」
「もう行くのか」
「ああ、GMMんとこに行かなきゃなんねえんだ――あ、そうだ。暇だったらホーリィプレイスに顔出してくれよ。あんたに役に立ってもらわなきゃなんねえ事がたくさんあるはずだ。シェイもいるからよ」
「――わかった」

 
 コメッティーノたちはプララトス地区に戻った。リーパーの襲撃から守り抜いた砦はとうに完成していた。
 コメッティーノは砦の前に立ち、ルカレッリに尋ねた。
「おい、ルカ。中に入るには合言葉でも唱えるのか?」
「あれえ、おかしいですね。ハリケーン兄弟の誰かが必ずいるはずなんですけど」と言って、ルカレッリは砦の門を調べた。「ああ、無用心だな。兄貴、開いてるからそのまま入って、中から閂かけときましょうよ」

 砦の中に入ったが様子がおかしかった。誰も外に出ておらず、人の声もしなかった。
「兄貴、雰囲気が変ですよ。いつもなら人が出てて賑やかなんですけど」
「ふぅん、GMMに聞いてみるか」

 砦の一番奥にあるGMMの部屋の前に住民が集まっていた。人の群れをかき分けて部屋に入ると、中にはGMMが座っていて、その前にハリケーンの長兄バンと末っ子のゴウが立っていた。
 GMMはコメッティーノに気付くと、ゆっくりと口を開いた。
「こいつらの兄弟のシャークがやられちまった」
「誰にだよ。そんなに簡単にやられる奴じゃねえだろ」
「今朝、ゴウが見張りの交替に行った時に発見したらしい。首の辺りをガブリとな」
「ガブリ、って事はヌエヴァポルトの異変の主にやられた訳か?」
「のようだ。もっと早く戻るべきだった」
「ちきしょう」と言ってゴウが涙に暮れた顔を上げた。「おれが早く兄貴の下に行ってれば」
「今夜の当番は誰だ?」とコメッティーノが尋ねた。
「おれだよ」とバンが答えた。「化け物が出たら弟の仇を取ってやるぜ」
「無理すんな。何かに出くわしたらすぐにおれに知らせろ。GMMは少し休ませてやろうぜ」
「……面目ないな」とGMMが言った。
「謝んなきゃなんねえのはおれだ。無理させちまったしな」と言って、コメッティーノは深々と頭を下げた。

 コメッティーノがバン、ゴウと共にGMMの部屋を出ると、一匹の白い子犬が尻尾を振りながら走ってきた。子犬はゴウに飛びつき、顔をぺろぺろと舐めた。
「へえ、かわいいワン公じゃねえか。どうしたんだ?」とコメッティーノが尋ねた。
「ペニャロールってんだ。一昨日、おれが拾ったんだよ」
 ゴウは兄の死の悲しさを紛らわすかのようにペニャロールの頭を撫で続けた。
「ふぅん、こいつでかくなんのか?」
「さあね。でもでっかくなればプララトスの番犬になってもらうよ」

 
 プララトスで夕食を済ませ、コメッティーノとルカレッリはヌエヴァポルトのパトロールに出かけた。
「じゃあな、バン。おれのは連邦ヴィジョンだから、つながるまで時間がかかるかもしんねえ。何かあったらルカレッリに知らせるんだぞ」

 
 夜中のヌエヴァポルトの大通りはしんと静まり返っていた。街は柔らかな光に包まれていたが、空中を滑るシップも、通りを走る車両も、行き交う人すらいなかった。
「兄貴、大通りは動く歩道だし、さすがにこの辺には出ないですよ」
 ルカレッリがバイクを運転しながら言った。
「そうだなあ、JBのいるカフェよりも東のエリア、あっちは昔ながらの街並みみてえだから、そっちに行ってみるか」

 
 カフェのテラス席ではJBが座って「ファイル」を見ていた。
「おい、JB。何やってんだよ」
「何って?おとり捜査に決まってんだろ」
「あはは、誰がおめえなんか襲うかよ」
「お前らこそどこに行くんだ?」
「東のエリアをパトロールさ」
「そりゃあ見当違いだぞ。被害はここより西で多発してる。プララトスにいればいいものを」
「本当か。じゃあ、おめえは何してんだよ」
「念を入れてるだけだ」
「いい加減な奴だな――昼間、言ったホーリィプレイスに行く件、よろしく頼むぜ」
「安心しろ。明日行く」
「おめえの力が――」
 突然、ルカレッリにヴィジョンが入ったが、空間には何も映らなかった。
「バンからだ」とルカレッリが言った。
「ちっ、急いでプララトスに戻るぞ」とコメッティーノが言った。「じゃあな、JB」

 
 プララトス地区の砦の入り口に戻ると、見張りをしているはずのバンの姿が見当たらなかった。
「ルカ、おめえはここで連絡を待て。おれが探しに行ってくる」

 コメッティーノは灯りの少ない真っ暗な古い町に飛び出した。猛烈なスピードで幾つもの通りを駆け抜け、幾つもの角を曲がり、やがて細い路地の袋小路に出た。
 路地の突き当たりでは、バンが背中を向けてへたり込んでいた。抱き起こすと、首の右側が真っ赤な血に染まっていた。
「……ヘタ打った。気をつけろよ、動きが速い――」
 バンはがっくりと首を落とし、崩れ落ちた。

 
 コメッティーノが気配に気づいて振り返ると、一匹の青白く輝く狼がらんらんと目を光らせていた。口元には鮮やかな血がこびりついていた。
「やったのはてめえか、化け物」
「化け物とは人聞きが悪い。余は神なるぞ。《武の星》の古の神、ガイサイ。余を崇め奉れ」
「うるせえや。《武の星》の神ってからには、大方、公孫の先祖に退治されたんだろ」
「貴様、余を封じた公孫の名を出すとは。今すぐ死にたいか」
「こんな風に人を襲うから退治されちまうんだよ。てめえは神なんかじゃねえ。ただの化け物だ」
「……貴様」

 ガイサイは飛びかかり、コメッティーノはするりとかわし、逆に相手のこめかみに『極指拳』を叩き込んだが、避けられた。
 細い路地で距離を取って向かい合い、互いに何回か攻撃を仕掛けたが、スピードが互角のためか、攻撃は全く当たらず、風を切る音だけが響いた。

「余の速さについてくるとは」とガイサイが言った。「これは作戦を変えねばならんな」
 突然、ガイサイは大通りに向かって走り出した。コメッティーノは後を追わずにバンの亡骸を抱え、砦に戻った。
「兄貴……ああ、バン、ちくしょう」
 ルカレッリがはき捨てるように言った。
「とりあえずGMMやゴウには黙ってろ。おれはもう一度町に出て奴と決着をつける。お前は後から来い」
 コメッティーノは再び闇の中に消えた。

 
 ガイサイは大通りから一本入った、街灯もまともについていない薄暗い道の真ん中にいた。コメッティーノを見つけ、鋭い牙を出してにやりと笑った。
「決着をつけるか。貴様、名は何と言う?」
「生憎、化け物に名乗る名前は持っちゃいねえ」
「ふふふ、強気も時には考えものだ。いくぞ」

 
 再び、間合いを取った。先にコメッティーノが動き、ガイサイは一歩飛び退いて距離を取った。さらにコメッティーノが間合いを詰め、ガイサイはつむじ風のように退いた。
 徐々にコメッティーノのスピードがガイサイを追い詰め、間合いは縮まった。
「まだまだ速くなるぜえ」

 コメッティーノはガイサイを裏道から大通りに追い出した。
「……くっ、ならばこうだ」
 ガイサイはぽんと飛び上がり民家の塀の上に立ち、そのまま灯りのついた民家の窓に飛び込んだ。再び現れたガイサイは左の牙の端に毛布に包まれた赤ん坊をぶら下げていた。赤ん坊は火がついたように泣いていた。

「どうする。貴様の返答次第ではこの弱き生き物の命、助けないでもない」
「……てめえ」
 コメッティーノは飛び込もうと構えを取った。
「おっと、妙な気を起こすと爪の一撃でぺしゃんこだぞ」
「条件は何だ?」
「簡単だ。抵抗するな」
「わかった。好きにしろ」
 コメッティーノは構えを解いて両腕をぶらんと下げた。

 
 ガイサイは赤ん坊をぶら下げたまま慎重に近付き、右の前足の一撃をコメッティーノの左の肩に撃ち込んだ。
「……ぐっ……」
 コメッティーノは衝撃で膝をついた。
「余の爪からは麻痺性の毒が染み出す。動けなくなってからゆっくりとなぶり殺してやる」
 ガイサイは距離を取って、泣き止まぬ赤ん坊をぽとんと地面に落とした。
「……さっき、化け物と言ったが訂正だ。てめえは外道だ」
 コメッティーノは荒い息をしながら言った。

「負け惜しみか。余に対する賛美にしか聞こえんわ。どれ」
 ガイサイは舌なめずりをしながら再び近付こうとしたが、目測を誤って塀に頭をぶつけた。
「ん……余ともあろう者が。興奮しているのか」
 再び歩き出したがふらつき、よろめいたかと思うと、しまいには地面に寝転んだ。
「何だ、これは。馬鹿な」

 ガイサイが首を起こして叫ぶと目の前にはコメッティーノが立っていた。
「……てめえから一撃もらう代わりに、こっちも一撃お見舞いしといたのよ。運動中枢のツボをな」
「あがががが、認めん。こんなのは認めんぞ。余を誰だと心得る」
「何とでもほざけ。赤ん坊を殺さなかったのだけは誉めてやろう。あばよ、化け物」
 突きが首筋を的確にとらえ、ガイサイは意味のわからない叫びを発して断末魔の痙攣を起こした。

 コメッティーノは地面に手をつき、はあはあと息をついた。赤ん坊の無事を遠目に確認し、にこりと笑った。それから視線をガイサイに遣り、ある事実に気付いた。
「……ペニャロール……おめえだったんかい」
 コメッティーノは意識を失った。

 

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