目次
3 空を翔る者の末裔
翌日、リンとリチャードは《鉄の星》を出発し、宇宙空間で待つゼクト率いる連邦船団に合流した。
ゼクトの旗艦ではコメッティーノが優雅にお茶を飲んでいた。
「いょお、ご苦労さん。《鉄の星》と《銀の星》も奪還したか。後は《巨大な星》まで直行だ。水牙の方もオサーリオが連邦に降伏してくれたおかげで《化石の星》と《森の星》を奪還。うまくいきすぎて気持ち悪いな」
「コメッティーノ」とリンが尋ねた。「《七聖の座》は?」
「おう、おめえらのおかげで問題なく占拠できたよ。さあ、行こうじゃねえか」
「それなんだが」とゼクトが口を開いた。「《巨大な星》に向かう前に寄っておきたい場所がある」
「おめえ、《守りの星》か。無理、無理。あそこは前から連邦にも帝国にも加盟しちゃいない。おれたちのやる事になんぞ興味ねえよ」
「《守りの星》?」とリンが尋ねた。
「『空を翔る者』の末裔が暮らす星だ」とゼクトが答えた。「隕石群に囲まれ、シップでは容易に近寄れない。『持たざる者』には心を開かない人々が住んでいるのさ」
「ふーん」
「行ってこいや」とコメッティーノが言った。「ハナから加盟しねえって決め付けるのもよくねえからな。でも行くのにゃ苦労すんぜ」
「わかっている」とゼクトが言った。「自分一人で……いや、リン、一緒に行ってくれるか」
「えっ、僕?」
「うむ、自分も君の可能性に賭けてみたくなった」
「ゼクトらしくないなあ、そんな冗談言うなんて」
《守りの星》が近くなった所でリンとゼクトは小型シップに乗り換えた。
「リン、見えてきたのが隕石群だ。《守りの星》はこの隕石群に包まれるように存在している。さて、どうやって越えるかな」
「真空剣や天然拳で壊しながら進んだらまずいのかな?」
「穏やかにいこう。ちまちまと隕石を避けながら進むしかない」
時間をかけてどうにか隕石群のない場所まで到達した。
「ようやく着いたな。途中でどうしても回避できない石を二、三個破壊したが、許容範囲だ」
「ふぅ、帰りもまたここを通らなきゃいけないんでしょ。気が重いよ」
「ははは。さて、このへんでシップを降りて後は自力で飛んでいくぞ。何しろ相手は空を翔る者、ポートなどないからな」
リンたちが空を進むと、大小無数のプレートのような大地が空中に浮かんでいるのが見えた。プレートには草木が生えていて、リンたちは近くの一番大きそうなプレートに着陸した。
「不思議な景色だね」
「うむ、誰かに見られているのも気になる」
ゼクトの言葉通り、葉の生い繁った木の上には何者かが潜んでいてこちらをじっと見ているようだった。
「すいませーん」
リンが声をかけたが返事はなかった。
プレートのはるか下方の空間から数人の男たちが飛んできた。男たちは手に槍のような武器を携えていて、その背中には色とりどりの立派な翼が生えていた。
「貴様たち、何をしに来た」
男の一人が宙に浮いたまま尋ねた。
「我々は銀河連邦の者」とゼクトが答えた。「パパーヌ殿にお会いしに参った」
「パパーヌ様は貴様たちなどにお会いにならない。今すぐに帰れ。帰らないと言うなら実力行使するまでだ」
八人の武器を構えた男がリンたちを空中から取り囲んだ。
「これは困ったな。戦う気などないのだが」
ゼクトは困ったような表情を浮かべて、戦う意志がないのを示すため両手を上げた。リンもそれに倣って慌てて両手を上げた。
「戦う意志はないか。しかしここは民間人の居留地、下で事情を聞こう。付いてこい」
男たちはリンたちを取り囲んだまま、プレートから下の大地に降りた。どうやら下の大地は球形のようだった。上空を見るといくつものプレートが所狭しと浮かんでいた。
「さて、改めて聞こう」と男が尋ねた。「持たざる者が何の用だ?」
「言ったろう。パパーヌ殿にお会いしたい」
「そうではない。会って何を話したいのだ?」
「もちろん銀河連邦への加盟の誘いだ」
「笑わせるな。我らが協力する道理はない」
「どうあってもパパーヌ殿に会わせないというか。ならば多少荒っぽい手段を使うしかないか」
ゼクトは背中の大剣に手をかけ、空を翔る者たちも武器を構えた。
「お待ちなさい」
声のする方を振り向くとそこには一人の女性が立っていた。茶色の髪にブルーの瞳、背中には白い翼がついていた。
「アナスタシア様」と男が言った。「こんな所に来られては危険ですぞ」
「武器を納めなさい」
アナスタシアと呼ばれた女性がゼクトに言った。
「あなたもです」
ゼクトも男たちも武器を収めた。
「久しぶりですね、ゼクト。兄に会いたいのですね。どうぞ。ご案内します」
「アナスタシア様」と男が叫んだ。
「黙っていなさい。この方たちは銀河連邦の名代で来られています。それを無下に扱ったとあらば、銀河中に恥を晒します」
アナスタシアに連れられ、うっそうと繁った森に入った。一本の大きな木の前が開けていて、その真ん中に焚き火が焚かれていた。一人の男が焚き火に当たっていたが、リンたちの姿を認め立ち上がった。
立ち上がった男は鋭い眼光でリンたちを見回した。その背中にも立派な白い翼が生えていた。
「主らが銀河連邦から来た者か?」
尋ねた男の声は至って冷静だった。
「ゼクトです。パパーヌ殿」とゼクトが言った。「覚えてはおりませんか?」
「……さあ」
「まだ小さな子供だった頃、父と宇宙空間を彷徨っておりました。父は途中で倒れ、自分たちは宇宙空間で迷子となりましたが、あなたが現れ父と自分を助けて下さった。お忘れですか?」
「――あの時の子供か。父親は元気か?」
「連邦府に着いて間もなく息を引き取りました」
「そうか――で、今日は何をしに来た。まさかその時の礼だけではあるまい。連邦将軍ゼクト・ファンデザンデ、そして連邦ソルジャー、リン文月だな」
「そこまでおわかりでしたら話は早い。本日は連邦加盟のお誘いに参りました」
「驚いた。戦闘のし過ぎで頭がいかれたのではないか。この《守りの星》は言うに及ばず、《沼の星》、《鳥の星》、《地底の星》、《海の星》――誇り高き三界の末裔たちが、持たざる者と一緒にやっていくとでも思ったか」
「パパーヌ殿であればわかって下さると信じております」
「ふふん、主は連邦に加盟して我らに奴隷になれと言っているのか」
「そうではありません。共存していこうと申し上げているのです」
「共存だと。笑わせるわ。主らは我らにどんな仕打ちをしたか忘れたか。今、持たざる者の世界で暮らす我らの仲間は特殊戦闘員かサーカスの団員、まっとうな暮らしをしている者などおらんではないか」
「今までは確かにそうでしたが、我々は新しい連邦を築きたいのです。そのためにはパパーヌ殿のご協力が必要です」
「……帰れ」
「パパーヌ殿」
「帰れと言ったら帰れ。そして二度と我らに関わるな」
パパーヌはくるりと踵を返すと飛び立った。
アナスタシアが隕石群の少ない帰り道を教えてくれると言い、リンたちを先導した。
「ゼクト様、兄を許してやって下さい」
「いえ、考えをお伝えできただけでも来た甲斐がありました。それに――いえ、何でもありません」
「兄は常日頃申しております。これからは外に出て行かないといけないと。ですから、いいお誘いだと思ったのですが」
「いや、民の事をお考えになったのでしょう。そういうお方です」
「だといいのですが……ゼクト様、リン様、またいらしてくださいね。外の世界のお話色々お聞かせ下さい」
「ありがとう、アナスタシアさん。またお会いしましょう」
リンたちは《守りの星》に別れを告げ、シップに戻った。
「ねえ、ゼクト」とリンが尋ねた。「アナスタシアは可愛いね」
「そ、そうか」
ゼクトの顔が赤くなった。
「気がつかなかったな」
「ははは」
「リン、何がおかしいんだ」
「ううん、皆が仲良く暮らせる世界になればいいね」
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