目次
2 サラの蘇生
リンとリチャードは『輝きの宮』の前に立った。秘密警察の建物が邪魔で人が思うように集まれなかったが、それでも多くの人がいた。
「皆、聞いてくれ。これから王宮を解放する。我々は帝国支配から抜け出すのだ」
リチャードの言葉に歓声が上がった。
「大帝が王宮をそのままの姿で保存しろと言ったので、全く荒らされていないようだな。ジノーラが約束を守ってくれたおかげだ」
リチャードは王宮の門を縛り付けていた太い鎖をちぎり捨てた。
「さあ、リン。中に入るぞ」
二人は石造りの王宮の中に歩を進めた。壁や床には陥落した時の火事の名残の焦げ跡が残っていた。
「帝国が攻めてきた時のままなんだね?」
「ああ、火を放ったのはロックだ。お前の星もこうならなくて良かったな……まだ安心はできないが」
リチャードは階段を上りながら言った。
やがて二人は階段を上りきり、城の屋上に立った。
「あそこに見えるガス状の帯、秘密の回廊の途中にサラが眠る小部屋がある」
「兄上!」
背後から呼ぶ声がした。リチャードは振り返り、笑顔を浮かべた。
「ジャンルカ。よく抜け出してこれたな」
「はい、長居はできません。兄上が《オアシスの星》を解放したという情報が入ったので、観光客に紛れて急いで駆け付けました」
「無理するなよ――隣にいるのがリンだ」
ジャンルカはリチャードを一回り小さくした聡明そうな青年だった。リチャードと同じ金髪だが、その髪は目の上で切り揃えられていた。
「あなたがリンですか。私はリチャードの弟、ジャンルカ・センテニアです。《巨大な星》にもあなたのお噂は届いております。《愚者の星》を再生させたとか、各地で奇跡を起こされているというではないですか」
「ジャンルカはな」とリチャードが説明した。「《巨大な星》でサフィ教アダニア派のワット枢機卿に仕えている。私と違って神聖な身だ」
「兄上。積もる話は回廊に向かいながらにいたしましょう。急ぎ戻ってワット枢機卿をお守りしないとあいつらが何をするかわかりません。マザーに続いて枢機卿までいなくなればあの星は本当に終わりです」
「そちらの様子は?」
ガス状の帯となっている秘密の回廊の中に入ってリチャードが尋ねた。
「ひどいものです。ここにもいたようですが、マンスールの秘密警察が星を牛耳っています。奴らはやりたい放題で勝手に他人の土地、建物、財産を奪い、密告と裏切りを奨励し、恐怖で支配を行っています。モータータウンのファクトリーを全てマンスール所有の会社に変え、その南の山岳地帯に『錬金塔』と呼ばれる巨大な塔を建てました」
「ホルクロフト将軍もそんな事を言っていたな」
「《巨大な星》の大気圏内に無断侵入する物を全て撃ち落す塔だそうです」
「うーむ、狂っているとしか思えん」
「まさしくその通りです」
「陥落のための戦略はコメッティーノに任せるとして――さあ、そろそろだ」
不思議な場所だった。まるで小川のように空間を見えない何かが流れていた。その中に身を委ねると、体はゆっくりと流されていくようだった。
「リン、ここはな、二つの星の間の不思議な場所だ。互いの星のエネルギーが作用し合ったために、このような流れが出来上がっている」
「兄上、リン。あの流れに乗って。乗り遅れないで下さいよ」
リンはリチャードの真似をして、やってきた流れに乗った。すると体は前方に「すーっ」と流され、やがて「がくん」と落ちた。
落ちた場所に小さな部屋があった。
「リン、この部屋の奥にサラが眠っている」
部屋の奥の扉を開けた。そこには小さな天蓋付のベッドが置かれ、中には一人の少女が横たわっていた。
少女はまるで生きているように眠っていた。長い睫毛、ピンク色の頬、赤い小さな唇、今にも起き出しそうだった。
「リチャード、この娘がサラ?」とリンが尋ねた。
「うむ……サラよ。お前はあの時のまま、十四歳のままだ。待っていろよ。今からリンがお前を目覚めさせてくれるぞ」
リチャードの声は心なしか震えていた。
「リン」とジャンルカがこわごわ尋ねた。「妹が予言したとはいえ、あなたにお願いしてよろしいのでしょうか?一旦、『死者の国』に旅立った者が帰ってくるなど私には信じられません」
「ジャンルカ。僕はこれまでに二人蘇らせた事があるんだ。その時は死んですぐだったから大丈夫だったのかもしれないけど。サラちゃんの場合は時間が経ってるし――うーん、やってみないとわからない」
そう言ってからリンは目を閉じ集中力を高めた。するとリンの体から白い光があふれ出しサラの横たわるベッドを包んだ。リチャードもジャンルカもまぶしさで目を開けていられなくなった。
しばらくすると光が和らぎ、リチャードとジャンルカは急いでベッドを覗き込んだ。そこではサラが目をぱちりと開けていた。
「……お兄様たち、来て下さったのね。どれくらいの間、眠っていたのかしら?」
「おお、サラ。よくぞ目覚めてくれた。六年だ、六年間、お前は眠っていたのだ」とリチャードは涙声で言った。
「思ったより短かったわ。それよりも私を目覚めさせた方は?」
リチャードが慌ててリンを見るとリンは床ですやすや眠っていた。
「寝ている。かなりの力を使ったのだろう」
「お礼はこの方が起きてからにしますわ。さあ、お兄様、広場に参りましょう」
「お前、起きて大丈夫か?」
「ええ、すっかり。前よりも元気なくらいです」
「ふむ、それはすごいな。せっかく秘密の回廊まで来たのだ。もう一つ寄っておきたい場所がある」
「兄上、宝物殿ですね」とジャンルカが言った。
リチャード、ジャンルカ、そして蘇ったばかりのサラは別の流れに乗り、宝物殿に向かった。リンはそれまでサラが横たわっていたベッドに移しておいたので、戻る頃には目覚めるはずだった。
「でもお兄様」とサラが尋ねた。「宝物殿に入られた事がおありですの?」
「いや、中に入った事はない。父上の話では『鉄の遺物』と『銀の遺物』があるらしい」
宝物殿に入ると左右で渦のような流れが起こっていた。左手が鉄の遺物、右手が銀の遺物のようだった。
「まずは鉄の遺物を見てみよう」
リチャードがそう言って左の流れを見ていると何かがリチャードの手の中に降りてきた。
「こ、これは」
「センテニア家に伝わる『野性の鎧』ではないでしょうか?」とジャンルカが言った。
リチャードが試しに鎧を装着すると鎧は体に吸い込まれるように消えた。
「ジャンルカ、お前もここに立ってみろ」
ジャンルカが流れの前に立つと今度は一本の古めかしい木でできた杖が降りてきた。
「こ、これは『アダニアの杖』――ああ、枢機卿を邪悪の手から守れと言うのでしょうか」
最後にサラが流れの前に立つと髪飾りが降りた。
「これはお母様がよく話されていた『アビーの薄衣』?」
「父上、母上、私たちのためにこのような物を残して頂き、感謝します」とリチャードが言った。
「リチャード兄様、こちらの流れは銀の遺物ですか?」とサラが尋ねた。
「うむ、こっちも見てみよう」
三人で右の流れを見ていると、そこでは一つの物しか流れの中を漂っていなかった。
「兄上、変ですね。言い伝えでは銀の遺物も三つないとおかしいはずですが……確か『流星の斧』、『スピードスター』、そして『魔導の玉座』……あそこに見えるのはどうやら玉座だけのようです」
「うむ、私とリンがロックを倒した後、玉座はどうなるかと思っていたが、又、ここに戻ってくるとは恐ろしい。しかし残りの二つがないとは……エスティリとノーラが持ち出したままという事か」
「良かった。そうするとエスティリもノーラも無事だという証になりますね」
ジャンルカが嬉しそうに言った。
「ならば二人はどこにいる。何故出てこない?」
「――リチャード兄様、そろそろ戻りませんか。リンも目覚めているでしょう」
リチャードたちがサラの眠っていた小部屋に戻ると、リンがベッドの上で起き上がってきょとんとしていた。
「ああ、寝ちゃってたみたいだ」
「リン。はじめまして。《鉄の星》皇女サラ・センテニアです。あなたのおかげでこうして目覚める事ができました。感謝の言葉もございません」
「サラちゃん。良かったね」
「はい、これから広場で復興の演説を行いますが、その後でお話を」
サラは可愛らしく微笑んだ。
リンたちは『輝きの宮』の広場を見下ろせるバルコニーに立った。すでに秘密警察の建物は解体され、片付けられていた。広場に集まった何人かがバルコニーのリチャードたちに気づき、「リチャード様だ」、「ジャンルカ様もいるぞ」、「サラ様まで」とたちまち蜂の巣を突いたような騒ぎになった。
広場には人が続々と集まってきた。頃合を見計らってリチャードが口を開いた。
「皆、聞いてほしい。本日、二つの星は帝国の手から解放された。我々は今日この日を絶対に忘れない。ジャンルカはわざわざ《巨大な星》から駆けつけたが、又すぐに戻る。見ればわかると思うがサラは星が陥落した日に眠りにつき十四歳のままだ。私は連邦のソルジャーとして戦地に赴かねばならない。さらに残念な事に《銀の星》にはエスティリもノーラもいない」
人々の歓声が一瞬止み、沈黙が広場を支配した。
「我々は帝国から解放されたが、真の再興にはまだまだ時間がかかる。こんな時こそ皆の力が必要だ。どうか力を貸してほしい」
人々の間から「うぉお」という雄叫びがうねりのように湧き上がった。
「ジャンルカと私はこれから《巨大な星》に旅立つ。この星の統治は銀河連邦のサポートの下、サラにやってもらおうと思う。異論はないな」
嵐のような拍手と「サラ、サラ」という大合唱が起こった。
「最後になるが、今回の星の解放、そしてサラの復活はこの男なくしては為しえなかった。《青の星》のソルジャー、リン文月だ」
リンが照れくさそうに手を上げると、今度は「リン、リン」という大合唱が巻き起こった。
広場での演説が終わり謁見の間の玉座にはサラが、リチャードとジャンルカはその左右に腰掛けた。
「兄上、私はそろそろ行かないと。では、兄上、《巨大な星》で再会致しましょう。サラ、ちゃんと民のために務めるのだぞ――リン、私は聖サフィに仕える身ではあるが、あなたの起こした奇跡に心を奪われた。聖サフィが起こした数々の奇蹟もきっとこのような感じだったのでしょう。ご武運をお祈りしております」
ジャンルカが退出するとサラが口を開いた。
「お兄様たちもすぐに出発してしまうのですね」
「ああ、連邦が間もなく来てくれるし、ヒックスやゲボルグ、それに昔からの家臣もいる。本来は私が立て直さないといけないが」
「いいえ、お兄様。この星は私に任せてお兄様は銀河全体の事を考えて下さい――ところでリン、聞きたい事があるのでしょう?」
「えっ、何でわかるの?」
「私の半分はあなたの魂。あなたの考えとシンクロするのかもしれませんよ」
「ふーん、あのさ、僕が銀河を変えるっていうのはどんな予知夢だったの?」
「……実はそこだけ靄がかかったようになっていて、あまりよく覚えていないんです。ごめんなさい」