目次
3 リン、再びの卒倒
二人がホテルに戻るとリチャードはすでに食堂にいた。
「リン。収穫があった。《鉄の星》出身の帝国兵に会った。基地内の仲間に声をかけて決起してくれる。決行は今日の深夜、ただ地下道のゾンビが邪魔だとか言っていたが」
「そいつらなら消しといたよ」
「仕事が早いな――まあ、アダンに言われてやったんだろ。お前らしいな」
「その言い方、ちょっとトゲがあるね」とリンが口をとがらせた。
「まあまあ」とアダンが間に入った。「地下道が開通したのは事実だし、そこを通って補給基地まで行ける。今から仲間に地下道を確保しておくように言っておくよ」
アダンが外に出ていき、部屋にはリンとリチャードが残った。リチャードはふくれっ面のリンに言った。
「仕事を早くこなすのは良い事だ。ただお前はつくづく放ってはおけない奴なのだろうなあ」
「ええ、そんな事ないよ」
「お前は何も意識していなから逆に気を惹くんだ。アダンの顔を見たか。あれはジュネの時と同じだ。お前に惚れてるぞ」
「全然わかんないよ」
「言っても仕方ないか。ジュネの時も心配には及ばなかったし、今回もどうにかなる、そう考えよう」と言ってリチャードはウインクした。「さて、夜に備えて眠っておくか」
深夜近く、地下墓地の入り口に松明を持った人々が集まった。
「皆、地下道の化け物は消えたよ」と戦闘服姿のアダンが前に出て言った。「ここにいる『王国を倒した男』、リンが退治してくれたんだ。さあ、これから帝国を追い出すよ」
アダンの声に応じて歓声が上がり、松明が揺れた。やがて灯りの一団は地下墓地の中に吸い込まれていった。
リンとリチャード、アダンが先頭を歩いた。要所要所にメンバーを配置しながら基地に近い側の出口、かつてはマノアの領地につながっていた出口にたどり着いた。
「ここから先は私とリンで行く。君たちはここで待っていて合図があったら突入してくれ」
リンたちは暗闇の中を基地のゲートに向かって走った。リチャードが時間を確認してから言った。
「もう少しで約束の時間だ。ここで待とう」
果たして約束の時刻になると基地の中から二、三人の人影が走ってきた。
「皇子、ヒックスでございます。ゲボルグもおります。お懐かしゅうございます」
「お前たちがいれば心強い。で、基地の様子は?」
「はい、元々、ホルクロフト将軍配下には鉄と銀の出身者が多くおります。皇子がここに来られたという噂が広まったのもあり、現在基地にいる七割程度の者は号令に従うと思われます」
「残り三割をどうにかすればいいんだな。リン、塔や基地内の歩哨を頼む。私はヒックスたちと一緒に基地の管理オフィスに挨拶してくる」
それからわずか三十分後、制圧した基地内の広場にリチャードが全員を集めた。抵抗する者は縄で縛られたがその数は多くなかった。
「諸君、我々銀河連邦はこの基地及び《オアシスの星》を奪還した。恐らくホルクロフトもこの事実を知れば投降するだろう。だがこれで終わりではない。このまま一気に《鉄の星》と《銀の星》、《化石の星》、《森の星》を解放し、《巨大な星》にいるマンスールを倒す」
リチャードはソルジャーたちの顔を見回した。皆、希望に満ち溢れた表情をしていた。
「普通であれば星の統治を安定させてから次の星に進攻するが、諸君は元々連邦民でもあったし、この星も元々連邦に加盟していた。なのでホルクロフトとの決着が着き次第、《鉄の星》解放に向かう」
ソルジャーたちから「おお」という声が上がった。
「私に付いてきたい者があれば言ってほしい。残りの者はこの星の戦後処理に当ってもらう。今から私たちは昔のように仲間だ。よろしく頼む」
話を終えたリチャードをリンが迎えた。
「リチャードはやっぱり人気あるね」
「いや、私の人気ではない。皆一刻も早く故郷を再興させたいから、あんなに高揚しているんだ。後はゼクトが上手くやってくれるのを待つだけだな」
その頃、ゼクトとコメッティーノは連邦軍旗艦に乗船し、宇宙空間でホルクロフト率いる帝国軍と向かい合っていた。対峙を開始してから既に十数時間が経過していた。
宇宙空間でのバトルシップの対峙には体力と精神力が必要だった。上下前後左右、何もなく時間の進行もわからない暗闇の空間で相手の出方に気を配りながら停止し続ける間に思考力は失われる。
更にこれには推力も関係していた。空間で停止し続けるだけでも推力を消費する事から、容赦なく体力が奪われる。
リチャードやゼクトのような勇者であっても二十時間程度の連続対峙が限界だった。
連邦軍側は常に《商人の星》の基地から交替のシップが駆けつけ、高い士気を保っていたのに対して、数時間前から帝国側のシップの交替がぴたりと止んでいた。
「コメッティーノ」とゼクトが言った。「リチャードから連絡があった。《オアシスの星》の基地を制圧したそうだ」
「やっぱりな。あっちの補給が途切れた」
「元々、士気の低いソルジャーたちをホルクロフトが上手に操縦していた軍勢だから、交替が効かないのは辛い」
「お前だったらこういう場合どうする?」
「士気を保つのはそろそろ限界だ。攻め込んでも負けは見えている。かと言って退却するにしても最早、推力が出せん。結局、じりじりと《オアシスの星》まで後退りするしか手はない」
「ふーん、そりゃ『詰み』だな。ゼクト、降伏勧告してやれよ」
ゼクト自ら白い布を艦首に巻いた小型のシップに乗り換え、帝国の軍勢に近づいた。
「連邦将軍ゼクト・ファンデザンデだ。ホルクロフト将軍にお会いしたい」
しばらくすると帝国のファンボデレン級の大型シップの艦橋上に一人の人間が顔を出した。ゼクトはシップに近づき自分のシップを降りた。
「ホルクロフト将軍、ご無沙汰しております」
ホルクロフトは白髪交じりの頭に意志の強そうな顎の張った顔、体格の良い中年男性だった。
「ゼクトか――見事にやられたようだ。《オアシスの星》を落としたな。誰がやったのかも見当がつくが、こんなに素早いとはな。あんな化け物に地下道を守らせたのがそもそも誤りなのだ……と、愚痴を言っても始まらんか」
「将軍、勝負は時の運です」
「負けは負けだ。この状況ではいずれ宇宙の藻屑となるのが関の山。潔く降伏したい」
「賢明なご判断です」
「責任は全てこの私にある。ソルジャーの命だけは助けてくれないか?」
「何をおっしゃられますか。我々は元々連邦の仲間。罰する咎など何一つございません。むしろ今すぐにでもリプリントを施して頂き、連邦将軍として《巨大な星》までご同行願いたいのです」
「ゼクトよ。よくぞあの腐った連邦で耐えたな。賞賛の言葉を贈らせてくれ――今や連邦は日の出の勢い。リチャードが戻り、コメッティーノが戻り、水牙が戻り、そして会った事はないがリンという末恐ろしい若者もいると聞く。皆、若く、私のような老体は必要ないだろう」
「そんな事はありません。連邦再興のためにはホルクロフト将軍のお力は欠かせません」
「わかった。ソルジャーも含め皆でリプリントしよう。だがその前にオサーリオにも声をかけたいが良いかな?」
「将軍、重ね重ねのご配慮、感謝致します。オサーリオ将軍は水牙の連邦軍と《化石の星》で対峙中、オサーリオ将軍にも連邦に戻って頂けるなら百人力です」
「では参ろう。早くソルジャーたちを休ませてあげたい」
ゼクトはコメッティーノのいる旗艦に戻った。
「コメッティーノ、お前の描いた絵の通りだ。ホルクロフトがオサーリオにも降伏を勧めてくれる」
「ふふん、そうだろ」
コメッティーノは得意そうに鼻を鳴らした。
「あれだけ立派な武人たちをマンスールなんていうちんぴらが使いこなせる訳がねえんだ。だが不思議なのは肝心の大帝が《虚栄の星》に籠ったきりで全然出てきやしねえ。王国が滅びた時だって動かねえし、今だっておれたちが攻め入るのをわかってるだろうに何も策を打たねえ」
「確かにそうだ。付け入る隙はいくらでもあったはずなのにな」
「帝国に見切りをつけたのか――さて、おれは《七聖の座》に向かう。お前はホルクロフトと一緒に《鉄の星》を目指してくれよ、じゃな」
《オアシスの星》の帝国基地にホルクロフトの船団が降り立った。リンとリチャードがオフィスから出迎えに姿を現した。
「ホルクロフト将軍、お元気そうで」とリチャードが声をかけた。
「二年ぶりか。もっと警護を増やすべきだったな」
「何故、このように手薄だったのですか?」
「私やオサーリオが命令に従わないのがよほど不満だったようだ。疑心暗鬼のマンスールは各星に駐留していた兵力の大多数を《巨大な星》に引き揚げさせ、そちらで迎え撃つ腹づもりらしい」
「愚かな決断ですね。あの星の住民が素直に従うとも思えませんが」
「マンスールは更に悪手を打った。戒厳令を敷き、あらゆる都市にマンスールの息のかかった秘密警察を配置し、住民間での裏切り、密告を奨励しているという」
「しかしジョンストン提督の治安部隊が許さないでしょう?」
「すでに解体され、ラカ・ジョンストンは沿岸パトロール隊長に降格させられた。そして極めつけがネコンロ山の頂上に建てられた『錬金塔』と呼ばれる不気味な塔だ。まるで住人の生活を監視するかのような監視塔だ」
「将軍は《巨大な星》に戻られていないのですか?」
「ヌエヴァポルトにいる家族を人質に取られているので帰りたい気持ちは山々だが、戻れば二度と自由には行動できないのがわかっているのでな」
「私がいなくなってからわずかな期間でそんな事になるとは」
「今の連邦であれば《巨大な星》を救ってくれると信じている」
「はい、将軍にお会いしたらすぐにでも《鉄の星》に向かうつもりで――おっと、忘れる所でした。私の隣にいるのが《青の星》のリンです」
「おお、リチャードの『運命の男』か。私はホルクロフトだ。思ったより華奢だな。ちゃんと飯は食ってるか」
「はい、将軍が思ったより優しそうで安心しました」
「ははは、面白いな。私も若者に混じって、もう一暴れできるかと思うとわくわくしてくるな」
「その意気です。では私は準備がありますので。リプリントは休息後にでもやって下さい」
リチャードは行きかけた途中で足を止め振り返った。
「ずっとお伺いしたかったのですが、大帝は何故、《巨大な星》をマンスールに任せたのですか?」
「私たちのような内部の人間以外にはマンスールは宗教対立を収めた人格者として映っており、就任当初は熱狂で迎えられた――そう言えば帝国組織再編の直前に大帝とこんな話をしたな――
【ホルクロフトの回想:大帝との会話】
――《巨大な星》に戻っていた私に大帝からヴィジョンが入った。
「これは大帝」と私は最敬礼した。空間には同じように最敬礼するオサーリオ将軍と星の治安維持の最高責任者ラカ・ジョンストンが映っていた。
「皆、覚えているかい」
大帝が気さくな調子で切り出した。大帝は帝国最古参の我々に接する時はいつもそんな口調だった。
「建国時に話をした大義の事を?」
「もちろんです」と私は答えた。「腐敗した連邦には最早期待できない。『銀河の叡智』を帝国の力により再現する――確かこのような内容だったと」
「その通りさ。私はそのためにデルギウスの末裔リチャード・センテニアを手中に収めた。彼が何らかのきっかけをもたらさなければ叡智は起こらないと考えたからだ」
「それも存じ上げていますが、リチャードはすでに――」
「昨日、リチャードに会った」
ヴィジョンの全員が息を呑んだ。
「リチャードの『運命の男』にも会った。まだ荒削りだがリチャードに帝国を捨てる決意をさせるだけはある。リチャードにとってのノカーノになりうる男だった」
「大帝。リチャードの事はもうお忘れになりませんと――」
「リチャードは帝国を選ばなかった。運命の男と共に連邦を再興し、叡智を再現させようとしている。つまり帝国に大義は存在しなかったのだ」
「リチャードの力に頼らず、大帝ご自身が叡智を再現させようとは?」
「力で銀河の統一はできても、叡智をもたらす事はできないよ」
「そんな」
「運命の輪は回り出した。リチャードさえいれば、自らの役回りを変えられると思っていたが――敗北だ」
「……」
「いや、敗北はおかしいな。そもそもの私の役目が叡智を再現させる事ではなかったのだ。これからは叡智を再現させようとするリチャードたちを親のように見守る。君たちも同じ気持ちで彼らに接してもらえると嬉しい。一つだけ厄介事が残っているが――」
「建国時のマンスールとの約束ですか?そんなものは反故にしてしまえばいいではありませんか?」
「そうもいかないよ。帝国の版図が《虚栄の星》まで到達した暁には《巨大な星》をあの男に統治させると約束したんだ。まだその約束を果たしていない」
「よりによってマンスールなどに」
「危険だけど賭けをしてみようと思う。マンスールに《巨大な星》の統治は任せるが、連邦の彼らの《巨大な星》までの進攻も妨げない。そして彼らに速やかにマンスールを打倒させる。連邦は名声を取り戻し、彼らの評判は高まり、その後の進攻もし易くなる」
「しかしそれでは民衆は?」
「こんな時だからこそ、あの人の事を考えてみた。星の最大の危機が訪れたのに消息不明を続けている理由は、もしかすると今の私と同じなのではないかって」
「それを出されると返す言葉がありません」
「その後、間もなくだった」
ホルクロフトの話は続いた。
「帝国組織再編のヴィジョンが流れた。元帥ゲルシュタッドが《虚栄の星》武官長に、最高顧問ジノーラが文官長に、私が前線司令で――そしてマンスールは《巨大な星》統括官に正式に任命された」
「大帝が《青の星》から戻ってすぐにですか?」
「うむ。私やオサーリオはあらかじめ聞かされていたので冷静に対応ができた。マンスールなど無視すればいいと。だが若い将軍、シェイやバゴンはそうではなかった。マンスールが《巨大な星》を統治するのに納得がいかなかったのだ」
「私もいきなり言われたら冷静でいられる自信がありません」とリチャードは呟いた。
「シェイもバゴンもマンスールの下に赴き、直談判をした。シェイはボンボネラに捕われ、バゴンはその場を逃れ、行方不明となった。私たちが大帝の真意を伝え、どうにかしてあげるべきだったのに、それができなかった。痛恨の極みだ」
「将軍はマンスールの下に行かれたのですか?」
「行った。だがシェイたちを救出できなかった。反帝国組織と結託してマンスールを暗殺しようとした罪は重いと門前払いだった。私とオサーリオの腹は決まった。マンスールを倒さねば未来はない。そしてヴィジョンで大帝にその旨を伝えた時、大帝は何と言ったと思う?」
「さあ」
「自分がマンスールを処断するのは簡単だが、それでは新たな地平は開かれない。これから来るであろう若者たち、つまり君たちをマンスールの下に導け、と言われた。今こそ親心を発揮する時だとの事だった。私とオサーリオは悩みつつも君たちの手並みを拝見しようと決めた。こうして無血で《オアシスの星》を奪還した君たちの力を信じたい」
「将軍……」
「頼む。シェイとバゴンを、そして、何よりも《巨大な星》の人々を救ってくれ。私たちは君たちに付いていく」
「大帝は僕たちが越えなければならない試練として、敢えてマンスールに《巨大な星》を任せたままにしてるって事?」
ホルクロフトとの話を終えたリンがリチャードに尋ねた。
「どうやらそのようだ。大帝とマンスールの間にどんなしがらみがあるのかは知らんが、大帝はマンスールを見限った。私たちにそれを乗り越えて、《虚栄の星》まで来いと言っている」
「大帝に会って聞かなきゃ」
「――しかし大帝にそこまで評価してもらっていたとは」
リチャードは感慨深げだった。
「『銀河の叡智』の再現か」
リンたちは《オアシスの星》の補給基地のオフィスに戻った。
「リン。私は一足先に《鉄の星》に向かう。お前は明後日に来てくれ」
「うん、わかったよ。でもどうして明後日?」
「どんな罠が潜んでいるかもしれん。それを潰すのに二日間。今回ばかりはお前には無傷の完璧な状態のままでいてほしいんだ。公私混同と言われるかもしれないが、サラを蘇らせる前に余計な力を使わせたくない」
「大丈夫だよ。僕も一緒に行くよ」
「いや、もう一つある。この星は今朝から祭り状態だ。ボヴァリーの町の方で朝から花火が上がっていただろう。お前には、その――連邦の名代として祭りに出てほしい」
「何で僕なの?」
「あー、本当に鈍い奴だ。アダンと色々あるだろ。そのへんをきっちりしとけ、と言ってるんだ」
「できるだけ早く合流するよ」
リンはリチャードと別れてボヴァリーの町に戻った。リチャードの言葉通り、町中が浮かれて大騒ぎだった。人々が「あっ、リンだ」と歓声を上げ、リンはもみくちゃにされた。ほうほうの体でその場を逃げ出して、顔を隠しながらデザート・ムーンに着いた。
ホテルは営業を再開していたが、偶然出てきた従業員がリンの顔を見て何事か訳のわからない叫び声を上げ、帳場の奥に走っていった。
ロビーでうとうとしかけているとアダンがやってきた。戦闘服ではなくTシャツにショートパンツ姿だった。
「《鉄の星》に出発するんでしょ。その前にお礼を言っておかなきゃと思ってね。でも町は大騒ぎだし……そうだ、あたしのバイクでビーチに行かない?」
「バイク」と聞いてリンは飛び起きた。
「えっ、バイクってあのソルバイクでしょ。行こう、行こう」
照りつける日差しの下、リンとアダンは二台のバイクで砂漠の上を滑っていった。やがて白い砂にブルーの水、どこまでも続く海岸線が見えた。
「うわぁ、最高だね、この感じ」
リンは波打ち際でバイクを停めて、海に飛び込んだ。
海から上がったリンにアダンが水筒を投げて寄越した。
「ママンはこの星をリゾートの星にしたかったみたいだけど、あたしは嫌だった。このままの景色を残しておきたいもの」
「うん、僕も反対だよ」
「だよね、あんたが言うんならこのままにしておくよ」
「……あのね、アダン。僕には大切にするって誓った女性が二人いるんだ」
「知ってるよ。リチャードが教えてくれた。でもそれが何だっていうの」
アダンは海岸線に沿って生える椰子のような木の陰で寝転んだ。
「あたしはあんたとの子供を生む。それだけ」
「ちょっと待ってよ」と言ってリンは頭をぶるっと揺すった。「沙耶香にもジュネにも相談してみないとさあ」
リンはアダンのいる木陰まで歩き、ヴィジョンで沙耶香とジュネを呼び出した。
「ハロー、沙耶香、ジュネ。元気だった?」
「リン様、こちらはもうクリスマスですよ。頑張られているみたいですね」と沙耶香が答えた。
「ハイ、リン。やったじゃない。《オアシスの星》奪還だって。そっちに行く任務があれば沙耶香と一緒に行ってみたいわ……で、何の用事?」とジュネが答えた。
「ハロー、沙耶香、ジュネ」と言って、アダンが会話に割り込んだ。「あたしの名前はアダン・マノア。《オアシスの星》の住人よ。よろしくね」
「沙耶香です。よろしく」
「ハイ、ジュネよ。よろしくね――マノアってあのマノア家?」
「そうよ」とアダンが言った。「あたしもあんたたちの仲間になろうと思うんだ。どうかしら?」
「ふふふ」と沙耶香もジュネも同時に笑った。
「どうしたんだい?」とアダンが尋ねた。
「沙耶香と話してたの。リンが今回の進攻で何人の女性とそういう状況になるかって。あなたが一人目よ、アダン」
「ヴィジョンがあった時にぴんときましたわ」と沙耶香が笑いながら言った。
「そうかい。それじゃあOKだね。あんたたちはあたしのヴィジョンに登録しとくから、後でまた話そうよ……という事ね、リン」
「好きにしなよ――じゃあね、沙耶香、ジュネ。まだまだ帰れないけど何かあったら知らせてよ」
リンはヴィジョンを切った。
「リン、良かったよ。沙耶香ともジュネともいい家族になれそうだ」
アダンはほっとしたのかリンの背中に顔を寄せた。
「ねえ、アダン」
リンは遠くを見つめていた。
「あっちに小さく見えるのは島かな?」
「えっ」と言ってアダンはリンの背中から顔を離した。「ああ、あれは“古代遺跡の島”って呼ばれてるんだ。古代遺跡って言うけどいつの時代のものか、よくわからないみたいだね」
「行ってみよう」
リンとアダンはバイクに乗って古代遺跡の島に着いた。二時間もあれば歩いて回れるくらいの小さな島だった。
「別に面白くも何ともないよ。ただ珍しいのは――」
(殺す、殺す、殺す、殺す)
「この島の土壌だけ他の場所と違うってところかな」
(殺す、殺す、殺す、殺す)
「世界を作った神様が後から土くれをこぼしたっていう伝説があって――」
(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)
「――リン、どうしたんだい。顔が真っ青だよ」
リンは気を失って倒れた。
気を失ったリンは夢を見た――
【リンの夢:夏の疾走3】
照りつける日差しの下、ペダルを漕ぐ足が重くなる。
風はぴたりと止み、自分の自転車を漕ぐ音以外何も聞こえない。
自分は何をしているんだろう、朦朧とした頭で考え、ペダルを漕ぐのを止めようかと思っていると、二人乗りしている背後の席から声がかかった。
その声は沙耶香でもなく、ジュネでもなく、アダンの声だ。
「リン、あんたが頑張らなきゃ、全て終わっちまうんだよ」
リンはその声に気持ちを奮い立たせ、再び終わりの見えない道を走り始めた。
目が覚めると元の木陰にいた。
「……うーん、アダン。僕は気を失ってたのかな?」
「びっくりしたよ。急に気絶するから。どうしたんだい?」
「前にも一度あったんだ。強い悪意が僕を襲ってくる――ねえ、アダン、他にもこういう場所ってあるのかな?」
「さあ……あ、《巨大な星》に同じような遺跡があるような事をママンが言ってたかな」
「ふーん、まだまだ不思議がたくさんあるなあ」
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