6.4. Story 2 《オアシスの星》

2 アダン

 リンとリチャードは《オアシスの星》に秘かに潜入し、帝国の補給基地に近い大きな町、ボヴァリーの近くの砂漠でそれぞれのシップを降りた。
「帝国に抵抗する地下組織があるらしい」
 リチャードが夜の砂漠を歩きながら言った。空には三つの月が出ていた。
「この星で一番の実力者マノア家の当主、アダン・マノアという女性がいる。彼女とコンタクトを取って協力を仰ぐ」
「あ、灯りが見えた、きっとボヴァリーの町だよ」

 
 ボヴァリーの町はオアシスのほとりにあった。地球で言えば椰子の木のような南国の木々に囲まれた活気のある町だった。数多くある酒場や宿屋をリチャードは外からチェックして回った。外から様子がわからない時には、そっとドアを開け、しばらくして「ここはだめだ」と言い、また町の探索に戻る、それを延々繰り返した。

「リチャード、何、やってるの。腹ペコで喉も乾いたよ」
「客層を確認している。昔からの馴染み客だけがいるような店がないものかな」
「もうちょっと堂々としてても」
「いや、中には私の顔を見知る者もいるはずだ。特に《鉄の星》や《銀の星》出身の者に会うとまずい」
「皆、リチャードの部下みたいなもんでしょ」
「だから困るんだ。私が来たとわかれば基地は大騒ぎになる。まだ騒ぎを起こす時ではない」
「ふーん」

 
 ようやく一軒の酒場が見つかった。
 店内は地元の人間や旅の商人たちで賑わっており、大音量のバンドの生演奏で話し声も聞き取れないほどだった。スイングドアを開けて入っていっても誰も注目しなかったので、まっすぐカウンターに向かった。
 カウンター越しに常連客と話し込んでいたくたびれた中年店員がリンたちをちらっと見てからやってきた。

「あんたたち、見かけない顔だね。この星に初めて来た商人かい?」
「ポリート二つくれないか?」
「ポリートなんて誰も飲んじゃいないよ。シェレにしとけ。一杯十ルーヴァ」
「勘定はバインドで頼むよ」

 シェレという飲み物が運ばれた。白く濁ったビールという感じで喉越しが心地良さそうだった。
 リチャードは目の前の空間に浮かんでいる勘定書きに右腕をかざし、決済を終えた。リンも見様見真似でそれに倣った。
 乾杯をしてシェレに口をつけた。予想よりも飲みやすく、喉が「しゅわっ」とした。

「ねえ」とリンが小声で尋ねた。「連邦バインドで大丈夫なの?」
「ああ、連邦バインド、帝国バインドと分かれているのは『ヴィジョン』や『ファイル』へのアクセス権限だけだ。元々、どちらも連邦の星間コンピューティング『ORPHAN』上にあるし、経済活動については連邦と帝国の間でのセキュリティチェックはかけていない。でないと銀河全体の経済が滞る。それをわかっているのが大帝の頭の良い所だ」
「そうじゃなくって名前がばれるんじゃないの?」
 リチャードは口の周りに白いひげのような泡をつけたままの状態で固まった。
「――気がつかなかったな」
「僕がぼーっとしてるんだから、しっかりしてくんなきゃ」
「きっと空腹のせいだ。何か腹に入れよう。おい」
 リチャードはカウンターの男を呼んで、近くのテーブルを指差し、家族連れの客が食べているのと同じものを注文した。

 数分後、料理が運ばれてきた。
「あんたたち、腹ペコそうだから大盛りにしといたぜ。ところで何やってる人だ?――いやな、連邦と帝国がぶつかるなんて噂あるだろ。新顔は一応チェックしてるんだ。食べ終わってからでいいから教えてくれよ」

 
 料理を食べ終わってからリチャードが口を開いた。
「マスター。私たちは二人で剣技を見せて金を頂戴しているのですよ。星から星の渡り鳥、気ままな人生です」
「ふーん、商売人には見えないもんなあ」
「ときにマスター」とリチャードは声の調子を落とした。「私たちはアダン・マノアを探しているのですが」
「知らねえなあ」
 マスターはそれだけ言って仕事に戻った。数分後に再び近寄ってきたその顔は青ざめていた。

「あんたら、バインドの名前は本物か?ふざけてんじゃねえだろうな」
「バインドで偽名が使えるはずがない。本名ですよ」
「そうかい――いいか。一回しか言わねえからよく聞けよ。この町で一番大きな『デザート・ムーン』って宿屋がある。そこに行ってみな」
「ありがとう」
「忠告しとくぜ。この星でマノアとかピアナとかの名前を出す時には相手をよく見ろよ。あと、バインドじゃなくってルーヴァの現金決済にしとけ。ったく、『全能の王』の再来も『星を再生させた勇者』も度胸があるのか、間抜けなんだかわからねえ」

 
 リンたちは店を出た。
「ほら、言った通りじゃないか」
「本名を知られたおかげでこうやって話が進むなら問題ない」
「……リチャード。本当に変わったよね。初めて会った時のあの隙のなさはどこにいったんだろ」
「言ったろう。ロックを倒して肩の荷が降りた。これがきっと本来の私だ」
「まあ、信じるしかないけど」
「安心しろ。この辺りは庭のようなものだ」

 
 デザート・ムーンは町のはずれにあった。
「さっき通った時には気付かなかったね」
「灯りが消えていたしな」
 リチャードの言葉通り町で一番大きな宿屋、いや、一番大きな建物だというのに全く灯りがついていなかった。
 二人はもう一度、豪華なホテルの名前を確認してから中に入った。

 重々しい扉を開けると、ロビーにも帳場にも非常灯だけが灯っていて薄暗く、人気はなかった。
「営業してないみたいだよ」
「そうだな。中を調べてみよう」

 
 暗い廊下を歩いてメインダイニングホールに入った。
「……誰かいるな」
 真っ暗なホールのテーブルに人の気配が感じられた。

 闇の中で目を凝らすと、テーブルに人が一人、突っ伏しているようだった。軽い寝息を立て、時折、寝言らしきものを口にしていた。
「……死んではいないみたいだね」
 リチャードがそっと人物に近づいて生きているのを確認してからリンに言った。
「どこかで水を汲んできてくれ。できるだけたくさんだ」
 リンは周囲を見回した。
 ちょうど空を覆っていた雲が晴れ、月の一つが顔を出し、外にある水を湛えたプールを照らした。
 ダイニングホールから外に出てプールサイドに置いてあった清掃用のバケツに水を汲んでリチャードの下に戻った。

「まさか?」
「ああ」
 リチャードはテーブルに突っ伏す人物の頭にバケツの水を思い切りかけた。テーブルの人物はばね仕掛けの人形のように跳ね起き、周囲を見回した

 
「――何すんだよ」
 声の主は女性のようだった。
「お休み中悪いが起きてもらおうと思ってな。だがアルコールを抜いてもらわんと話にならん。アダン・マノア」
「あんた、誰だい?」
「私はリチャード・センテニア。こっちがリン文月。連邦の人間だ」
「今更、何の用さ」
 そう言ってアダンは水に濡れた髪を掻き上げた。長い黒髪に褐色の肌、情熱的な黒い瞳のまだ若い女性だった。

「《オアシスの星》の解放だ。一肌脱いでもらおう」
「いやだね。あたしはもうあきらめたんだ。帰ってくれない?」
「リン、水をもう一杯汲んできてくれ」
 リチャードの言葉にアダンは思わず立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待ちなよ。母さんがいないんだから無理よ。あたしにはできないよ」
「泣き言を聞くつもりはない。明日中に星の主だった人間をまとめて連邦加盟の準備をしておいてくれ」
「明日中って。いつ星を解放するつもりよ」
「明日だ。私とリンでやる……お前、毎日飲んだくれていてリンを知らないだろう」
「バカにしないでよ。星を再生させた英雄でしょ。そのくらい知ってるわよ」
「アル中が進行していなくて何よりだ。じゃあ今夜はここのプールサイドに厄介になるからな」

 リチャードはホールの外に出て、リンもすぐにその後を追った。
「あ、リチャード。月が三つ出てるよ。きれいだね」
 プールサイドのハンモックに揺られながらリンが言った。

 
 翌朝、リンが目を覚ますと隣のハンモックで寝ていたはずのリチャードの姿がなかった。ダイニングに行ってみると内部はきれいに片づけられ、酔いつぶれたアダンの姿もなかった。
 テーブルに座ってぼーっとしていると、髪を後ろで束ねたアダンがやってきた。

 
「リチャードなら補給基地の様子を見に行ったよ」
「えっ、アダン。すっかりアルコールが抜けたの?」
「あたしの事なんかより、あんたはどうすんの?」
「どうするって?」
「今日の予定だよ。何もないならちょっと頼まれてくれない?」
「えっ」
「どうせ暇でしょ。食事は作ってあげるよ」
「うーん」

「決まりだね。じゃあ説明するよ。この町の裏手の山にね、山をくり抜いた大きな地下墓地があるのさ。このボヴァリーの人間は死ぬとそこに埋葬されるから墓地は何層にもなってて、今じゃあ山全体が墓地になっている。そしてその地下道を通っていけば山の向こう側に出られるんだよ。ところが山の向こう側に帝国の基地ができた。しばらくは何もなかったんだけど、最近になって状況が変わってね。奴らが化け物を放ったから地下道を通行できないんだよ」
「化け物?」
「ああ、地面から湧き出してどこまでも追っかけてくるんだってさ。もう何人もやられてるのさ。こっちは墓参りに行きたいだけなのに逆に墓場送りにされるなんて、しゃれにもならないよ」
「皆でかかればやっつけられるんじゃないの?」
「ところがどうも相手は死なないみたいでさ、何回か倒したけどその度に蘇るらしいよ」
「ネクロマンシー?」
「よくわかんないけど、死なない上に何人もいるんだって。だからボディガードとして一緒に行ってくれないかい。どうしても墓参りに行きたいんだよ」
「うん、わかったよ。面白そうだし」
「肝がすわってるねえ。じゃあ気が変わらないうちに出発するよ」
 アダンは豪快に笑った。

 
 二人は山の麓にある地下墓地の扉を開けた。
「いいかい、この奥だからね。地下道の中はヒカリゴケのおかげで真っ暗じゃないけどライトは持っていくから。注意するんだよ」
 地下道は涼しく、言葉の通りほのかに明るかった。
「今、入ってきた場所が第八層で、あたしんちの墓所は第一層だから大分上らなきゃなんない。もうじき階段があるからそれを昇るよ」
 目の前に木でできた階段が見えた所で、リンは歩みを止めた。
「アダン、気をつけて。何かがいる」

 階段の手前の地面がむくむくと盛り上がり、そこから手が出た。やがて顔が出て、体、足が続いて出てきた。現れたのは茶色い顔のいかにも生気のない男だった。
「おいおい、ここには入っちゃあいけねえって言ってるよな」
 男ががさがさに乾いた声で言うと、リンは剣を抜き男の前に立った。
「おいらを斬ったって無駄だ。何回だって再生できるんだ」
 半笑いの男の右腕をリンは何も言わずに斬り捨てた。斬り捨てられた右腕は地面に落ちると煙を上げて消滅した。
「うおぉ、痛え、痛えよぉ。右腕が復活しねえじゃねえか。てめえ、何しやがった」

 リンが黙ったまま剣を向けると男はさっと飛び退いた。
「てめえ、兄貴たちに仇をとってもらうから覚悟しやがれ」
 男は呪いの言葉を吐きながら地下に潜って姿を消した。
「何で逃がしたんだい?」
「あんな奴、いつでも消せるけど仲間もいるんでしょ。そいつらも一緒に消すよ」
「ふーん、余裕だね。まあ、あんたがいれば安心して墓参りに行けるってもんだ。じゃあ階段を上るよ」

 
 階段を上る毎に墓所は古い物になっていった。やがて最も古い第一層に着くとアダンが声をかけた。
「着いた。墓所まで一緒に来てくれるかい?」

 しんと静まり返った地下道の両脇の松明に火をつけながら進むと灯りに照らされた墓所の様子がはっきりと見えた。どの墓所も古いのはもちろんだが、がっしりとした石造りの小さな宮殿のようだった。第一層にある墓所はかなり由緒ある家のものらしかった。

 
 アダンは一つの墓所の前で立ち止まった。
「ここがピアナ家の墓所だよ。デズモンドが《青の星》に行ったきり行方不明になったから、あたしがこうやって定期的に世話してるのさ」
「えっ、いつ頃?」
「さあ、AW1203とかそのへんじゃなかったかね」
「ていうと、1936年頃だからきっと第二次世界大戦に巻き込まれたんだ」
「何、ぶつぶつ言ってんだい」
「何でもないよ。だから『クロニクル』は初版しかないのか」
「でもピアナ家の墓所に来た訳じゃないんだ」
 ピアナ家の墓所の掃除を終えると、そこにお香のようなものを点して、さらに先に進んだ。

 そこは第一層の中心部にある一際大きく立派な墓所だった。
 アダンは墓所の掃除を始め、やはりお香のようなものを点してから祈りを捧げた。
「ママン、待たせちゃったね。今からゴミ共を追い出すからね」

 
 長い時間をかけて祈りを終えるとアダンが立ち上がった。
「あんたのおかげで無事済んだよ。ここがマノア家の墓所さ」
「お母さんはいないんだね」
「エカテリン・マノアって言えば皆、震え上がるほどの女傑だった。あたしはそんな偉大なママンの後を引き継いでやっていく自信がない、ましてや帝国に反旗を翻すなんてできっこない――あたしが飲んだくれてたのはそんなつまらない理由さ」
「つまらない理由じゃないよ」
「でもリチャード・センテニアと王国を滅ぼしたリン文月が来てくれたんだからあたしもしっかりしないとね」
「僕なんか全然だよ」
「もっとピリピリした男かと思ったけど、ずいぶん抜けてるねえ」
「ところでマノア家のお墓は何でこんなに立派なの?」
「あたしの家は代々《オアシスの星》の長老の家系でその執事がピアナ家だったのさ。補給基地がある辺りも全部マノアの所有地だったんだ。最初は帝国とも友好的な関係を築いていたんだけど、マンスールが支配するようになってから全てがおかしくなってさ。祖父も父も母もデズモンドの家も皆、死んで、残ってるのはあたしだけ――さあ、戻ろうか。あんたの連れも戻ってる頃だよ」

 
 地下道の松明を消して階段を下りた。入ってきた第八層まで戻った時にリンが口を開いた。
「ねえ、アダン。この地下墓地に広間みたいな所はある?」
「そうね。一番下の第十一層はまだ新しい区画だから広々としてるはずだけど」
「ふーん、僕はそこまで降りてくよ。あいつらと決着つける」
「あたしも行くよ。あんた一人じゃ道がわかんないだろ」
「危ないから外で待っててよ」
「バカにしないでほしいもんだね。これでも剣の心得があるんだ。この『砂塵剣』があれば自分の身くらい守れるよ」
「わかった。戦いが始まったらどこかに隠れてて」

 
 リンたちはさらに階段を下りて十一層にたどり着いた。アダンの言った通り地下道の両脇は広々としていた。
「このへんにしようかな。アダンは僕のそばを離れないで――さて、顔色の悪いお兄さん、出ておいでよ」
 呼びかけに呼応するかのようにリンたちを囲むように地面に四つの山ができ、そこから人が現れた。
「てめえか。弟をかわいがってくれたのは」
 さっき右腕を消した男以外に三人の男が現れ、真ん中の年長者らしい男が口を開いた。皆、一様に顔色が悪かった。

「まとめて消してあげるよ」と言ってリンは剣を抜いた。
「ランボール兄弟をなめんじゃねえぞ。マンスール様にもらった力でてめえらを切り刻んでやるよ」
 四人の男たちが円陣を組むように集まり呪文のようなものを唱えると、男たちを包む皮膚や肉が溶けて地面にぼたぼたと落ちた。
「うわっ、グロ」とリンは思わず叫んだ。
 男たちは全て白骨だけになり地面にばらばらと落ちて、地面をかたかたと動きながら一箇所に集まった。そして頭が四つ、腕が七本の骸骨戦士ができあがった。
「ひーっひひ。『髑髏の舞踏』、見せてやるぜ」

 兄弟は七本の腕に持った剣でリンに斬りかかった。リンはアダンを守りながら扇風機の羽のように絶え間なく襲う剣を受け止めた。
 リンは七本目の腕の攻撃と一本目の腕の攻撃の間の僅かな隙間を狙って天然拳を胸に向かって撃ち込んだ。すると肋骨の部分が大きく開き、天然拳ははずれた。

「ありゃ」
 リンが手ごたえのなさに驚いているとランボールは大きく開いた肋骨を元に戻す反動でリンを弾き飛ばした。
 地面に倒れたリンにランボールが襲いかかるとアダンが前に立ち剣を構えた。
「砂塵剣!」
 アダンの周囲から砂嵐が巻き起こり、向かってきたランボールの勢いがそがれた。その間にリンは立ち上がり体勢を立て直した。
「くそ、小生意気な」
 ランボールは七本の剣を滅茶苦茶に振り回し、一撃がアダンの胸を切り裂いた。
「アダン!」
 ばたりと倒れたアダンの前に今度はリンが立ちはだかり、ランボールの剣を受け止めた。
「容赦しないぞ」
 今度は冷静に頭に向かって天然拳を撃ち込むと、ランボールは雷に打たれたように直立の姿勢になり、しばらくして断末魔の叫びを上げた。
「ふぉおお、体が消える……マンスールさまあ」

 
 リンはランボールが消滅したのを見届けてから倒れているアダンに駆け寄り、抱き起こした。
「アダン、アダン。しっかりして」
 アダンは目を開き、大きく一つ「ふぅ」とため息をついた。
「まったくしっかりしてよ。せっかくのボディスーツが台無しじゃないか。高かったんだよ」
「ごめん」
「でもこれで地下道も安全になったし、すぐにこの星を解放してくれるんだろ」
 アダンはボディスーツの下にタンクトップと迷彩色のカーゴパンツを身につけていた。髪を束ねていたバンダナをほどき、うねるような長い黒髪をぶるんと一回振ると言った。
「さあ、戻るよ。地下道も開通したし、奪回作戦を立てなくちゃ」

 

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