6.4. Story 1 遠征前夜

2 ファイナル・ブリーフィング

 それから数日後の1983年12月15日、リンは連邦府ダレンに向けて出発した。翌週に予定されていた一世を風靡したテクノポップユニットの散開コンサートに行きたかったが、こればかりは仕方なかった。

 
 ダレンに着く前に《再生の星》でジュネに会った。
「リン。とうとうシップを手に入れたの――ドミニオンⅢ改。まあまあの新型ね――本当はリチャードみたいなカスタムメイドが欲しかったんだろうけど」
「だめだめ、スペックとか言われてもわかんないし」
「リンらしいなあ。落ち着いたらあたしがアドバイスしてあげる――そうそう、ガインとキャティが《再生の星》に落ち着く事にしたんだって。挨拶に来たわよ。でね、入植者が今現在3,000人近くいるんだけど誰をリーダーにするのがふさわしいかって投票したら誰が選ばれたと思う?何と一位はリン、あなたでした!」
「僕には王様とか議長とかは無理だよ――今度の戦いは長くなりそうだし」
「戦うのが嫌いとか言っておきながら根っからの戦士じゃないの――沙耶香やあたしが待ってるんだから生きて戻りなさいよ」

 
 ダレンに着き、ポートから連邦本部に向かった。数ヶ月前に大集会があった中央広場では家族連れやカップルが楽しそうに過ごしていた。何人かがリンの姿に気づき手を振り、リンも手を振り返した。

 本部の会議室にはコメッティーノ、リチャード、イマームが待っていた。
「よお、来たな」
 コメッティーノが言い、ヴィジョンでゼクト、水牙を呼び出した。
「じゃ、始めるぜ。おれらはこれから《巨大な星》まで進攻する。わかってるとは思うが宇宙空間の戦争ってのはドンパチやる事じゃねえ。いかに補給路を確立させて兵力を孤立させねえかにかかっている。宇宙空間の暗闇の中で置いてきぼりになったら、まず死ぬって事を忘れないでいてほしい」
 そう言ってからコメッティーノは銀河のマップを表示させた。

 銀河俯瞰図(上半分) (別ウインドウが開きます)

 
「《沼の星》と《化石の星》の二方面から攻める。《沼の星》の戦線はゼクト、《化石の星》の戦線は水牙だ。ロジスティクス及び後方支援路の確立はイマームとシルフィたちにやってもらう。その間におれは《七聖の座》を奪回する。リチャードとリンには《オアシスの星》の帝国補給基地を奪い返してもらいたい」

「イマームまで出払って連邦は大丈夫か?」と水牙が尋ねた。
「ヴィーナスに議長代行をやってもらう。あいつは美人なだけじゃなくしっかり者なんだ」
 コメッティーノが照れたように言った。
「膠着していた戦線が一気に進展するな」とリチャードが尋ねた。
「おめえとリン、それにおれがいれば変化があるのは確実さ。それに《沼の星》方面のホルクロフト将軍、《化石の星》のオサーリオ将軍共にマンスールの命令を無視してるっていう情報がある。そこを突けば案外早くカタが付くんじゃねえかな」
「その通り。ホルクロフトもオサーリオも根っからの武人だ。マンスールの命令など聞かんさ」
「おれはあいつらを死なせたくはねえんだ。できればもう一回連邦のために働いてもらいてえと思ってる。ゼクト、水牙、あいつらを降伏させるように持っていってほしい」
「うむ、ホルクロフトもオサーリオも尊敬できる将軍だ。そうしよう――だが残りの将軍、《虚栄の星》にいる将軍は別としてシェイとバゴンはどうする?」

 ゼクトが尋ねるとコメッティーノが首を振った。
「シェイは反逆罪でボンボネラに囚われたらしい。バゴンも消息不明だ」
「マンスールに逆らったか。将軍と言えど容赦なしだな」
 水牙があきれたように言った。
「そんな奴をのさばらしとく訳にはいかねえ。なあ、リチャード、そうだろう?」
「私怨で動きたくはないが、マンスールのせいで多くの人が泣いている。放ってはおけない」
「よっしゃ、銀河連邦始まって以来の大進攻だ。心してかかろうぜ」

 
 ヴィジョンが消え、コメッティーノ、リチャード、リンが会議室に残った。
「ええと、おさらいだけど」とリンが不安そうに尋ねた。「リチャードと僕は《オアシスの星》に行く。コメッティーノが行くのはどこだっけ?」
「《七聖の座》と呼ばれる星団だ。恒星を中心に七つの小惑星が巡っている。恒星から数えて、”クシャーナ”、”メドゥキ”、”ファンボデレン”、”デルギウス”、”リリア”、”兆明”、”ノカーノ”、これは七聖の名前に因んでいる」
「聞いた事ある名前だ。デルギウスはリチャードのご先祖でしょ?」
「ああ、七聖の中心、『全能の王』だ。デルギウスが残りの六人を集めて『銀河の叡智』という奇跡を起こした」とリチャードが答えた。

 
「『銀河の叡智』?」
「七つの惑星が直列に並んだ時にそれは起こったらしい。まばゆい光が銀河を包み文明を一段階上にステップアップさせるのだそうだ。ポータバインドやダークエナジー航法は『銀河の叡智』によって実用化されたようなものだな」
「そうなの?僕の星でも起こってたのかなあ」
「さあな、感じ取れる奴がいなきゃ話になんねえや。今日は頭が冴えてるぞ、くらいで終わっちまうよ」
 コメッティーノが笑いながら答えた。
「今なら僕の星でも感じる事ができる人がいるんじゃない?」
「――残念ながら、もう『銀河の叡智』は起こらねえ。七聖たちが亡くなってからおよそ千年後のある日、突然に恒星がその光と熱を失っちまったんだよ。後に残ったのは闇と氷の世界さ。”デルギウス”にあった連邦府もダレンに移さざるを得なくなった。おれの親父はその移転に際しての貢献が認められて連邦議長になったんだ」

「何でコメッティーノはそんなに重要じゃない《七聖の座》に今更行くの?」
「そりゃあ、おめえ、連邦の精神的支柱だ。本当に連邦が復活したんだってのを示すためには聖地を奪回すんのが普通だろ」
「なるほどね」
「実はな、リン。おめえにちょっと期待してる部分もあんだよ。《愚者の星》を再生させたみてえに《七聖の座》の恒星も復活させてくれんじゃねえかってな」
「おいおい」とリチャードがたまらず口を差し挟んだ。「さすがにリンでもそこまでは無理だ――ベルナウウならともかく」

 
「――『土の君』か。何者だったんだ?」
「知らない方が身のためだと本人が言っていた」
「Arhatのお戯れかい。さしずめバノコだな」

「ちょっとちょっと」とリンがたまらず尋ねた。「今度はまたアルハットとかバノコとか何の事?」
「Arhatsはこの銀河を造った創造主、その一人、バノコは大地を創造する役目を負っている。神話の世界の住人みてえなもんだ」とコメッティーノが言った。
「神様なの?」
「神って何だよ。信仰の対象か。もちろん創造主を信仰の対象として崇める人間もいるが、創造主ってのは、こう、もっと、人間くさいもん、いや、おれたちとそんなに変わらねえ。その証拠におれたちの祖先も六人ばっかしArhatsに名を連ねてるって話だ。だがその能力は凄まじくて、本気を出しゃあ、この銀河くらいは簡単に消滅させる」
「そんな凄いのと僕を比べないでよ」

「そう言うな。銀河は広いんだ。これからもどんどん凄い人間に出会うぞ。《巨大な星》にもすでに伝説になっているお方がいる。我が祖デルギウスに『銀河の叡智』を示唆したと言われる方だ」
「えっ、一体どのくらい生きてるの?」
「さあ、誰も知らん」とリチャードが答えた。「ただ、その方が行方不明になったために《巨大な星》は混乱に陥り、マンスールのような外道をのさばらせる事態を招いた。帝国の手から奪い返すだけでなく、そのお方を探し出さなければあの星は安定しない」
「大変そうだね」
「言ったろう、リン」とコメッティーノが言った。「連邦始まって以来の作戦だって」

 
 同じ頃《巨大な星》、古都アンフィテアトルの北にある王宮、通称白亜宮ではマンスールがいらいらしながら報告を受けていた。
「バゴンはまだ見つからぬか」
「はっ、鋭意捜査中ですが……」
「捕え次第、シェイと同じくボンボネラに収容するのだぞ」
「御意。ホルクロフトやオサーリオは捕えなくて良かったのでしょうか?」
「あ奴らはこの帝国の軍事の要。シップを操らせれば敵のいない人間だから自由にさせている」
「しかし寝返る心配があります」
 家臣の一言にマンスールは不敵に笑った。
「家族を人質に取っている以上はそれもできまい。渋々であってもこちらの命令に従うしかないのだ」
「将軍たちの戦意がそのように低いままでは、この星まで易々と進攻されてしまいそうですが」
「安心しろ。この星に建てた塔こそ完璧で信ずるに足るもの。どんなシップが来ても撃ち落とす。それに万が一、この星に潜入されたとしても更にこちらには奥の手がある」

「では本土の防衛を今以上に高めないとなりませんな」
「その通りだ。この星は宗教の星でアダニア派とプララトス派、そこさえ押さえれば支配するのは容易いと考えていたが、実際にはどちらも掌握できていない。この状態で民衆の暴動でも起これば体制は内部から崩壊する。各星から呼び戻した将兵を加え、秘密警察体制を一層強化する必要がある」

 
 《虚栄の星》、ヴァニティポリスの中心部、フェイスの丘にある王宮でも大帝が報告を受けていた。
「そうか、ホルクロフトもオサーリオも無事だったか。ご苦労」
 大帝は伝令が帰ると、隣に立つ小柄な男に話しかけた。
「ジノーラ、これでいいのか。《巨大な星》は悲惨な状況になりつつあるが」
「もう少しの辛抱です。連邦が乗り込めばマンスールは駆逐され、大帝のお気に入りのあの、何という青年でしたかな」
「リン文月」
「そうでしたな。更に一回り成長した姿を見せてくれるでしょう」
「君が見たという巨大な星の光がリンであればだが」
「それについては大帝自らご確認なさったのではありませんか?」
「ああ、だがどうもすっきりしない点があった」
「これからですよ。今はまだ大帝のお眼鏡に叶っていないだけで、まだまだ成長します」
「ならいいが……」

 

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 Story 2 《オアシスの星》

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