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20XX.6.28 六本木
ここ数日『クロニクル』を読むのをすっかりさぼっている。今日も11時にナカナと麻布十番で待ち合わせして六本木のアートギャラリーに行かなければならなかった。
麻布十番の駅前に現れたナカナは、いつものカジュアルな服装ではなく白のワンピースにハイヒールの姿だった。
「お待たせ。ジウラン、カメラ持ってきた?……まあ、いいね。携帯で撮れば」
麻布十番から六本木に向かって隣を歩いていたナカナは妙に大人っぽかった。途中にある食堂でシンガポールチキンライスを食べている間も何だか落ち着かなかった。
「どうしたの、ジウラン。そわそわして」
ナカナが普段と違って見えるからと答えた。
「いやだ、じろじろ見ないで。あたしだってたまにはこういう格好するんだから……ジウランはどっちが好き?」
普段のお下げ髪やニット帽、チェックのシャツにデニムやミニスカート、どっちも素敵かな――
「なーんだ。張り合いないの。まっ、いいか」
六本木のアートスペースは盛況だった。受付にいた二見浦先輩に挨拶をした。
「よく来てくれたね。へえ、いつもは兄妹みたいなのにこうして見るとお似合いのカップルって感じだね。まあ、ゆっくり見てってよ」
二見浦先輩が他のお客さんに挨拶に行ってしまい、ナカナが嬉しそうな顔をしているのに気付いた。
「お似合いだって。本当はちょっと心配だったのよね。ジウランはいっつも何とかモリソンとかジミヘンとかのTシャツしか着ないから釣り合わないかなって」
アートスペースからの帰り道、ナカナは自然にぼくの手を取った。手をつなぎながら六本木ヒルズの中を歩いた。
目黒駅で別れる時にナカナがぼくを振り向いて真剣な表情で話し出した。
「ジウランが考えている事、わかってるつもりだから何も言わないで。あたし、ジウランを支えたいの。だからお願い。どこかに行かないで」
何も答えられなかった。
彼女を危険な目に遭わせる訳にはいかなかった。理由を言ってもわかってもらえないだろうし。ぼくはどうすればいい。