目次
2 シニスター落ちる
リンたちはキングの居室に続くと思われる抜け道を見つけた。
「リチャード。この人たちは置いてくの?」
「……仕方あるまい」
「ねえ、結局、クグツって何なの?」
「人工的に造られた生命体だ。人のように見えるが生命は宿っていない」
「どうして命を欲しがるんだろう?」
リンは明かりの灯る抜け道を歩きながら尋ねた。
「科学や技術が進歩し、人工の生命体も人と同じに考え、行動する。どこまでも人間と同じになりたいと思えば、生命を欲するのは当然だ」
「人間と同じに行動できるなら永遠の命を持つ方がずっといいのに」
「一般的な人工生命であればそうだ。だがヘッドやテイルのような傑作と呼ばれるレベルのクグツになると、人間と同じになりたいという欲求を止められないのだ。悲劇というよりは喜劇だな」
「……リチャードはクグツの事、詳しいんだね」
「私の考えに間違いなければキングはクグツ研究の第一人者。この道の先にいるはずだ」
リンは思わず足を止めた。
「それってもしかして?」
「さあ、急ごう。あちらも待っているはずだ」
リンたちは抜け道から明るい場所に出た。そこは丸太作りの小屋の一室だった。リチャードは黙ってドアを開けた。
アレクサンダー先生は哲学者のような風貌の相好を崩し微笑んだ。
「よく来てくれた。まずはお茶を入れるから待っておれ」
アレクサンダーは前回と同じようにお茶とパンノのチーズを用意してから、おもむろに話し始めた。
「ときにリチャード、いつ頃からわかっておった?」
「……はい。ルナティカを倒した時にクグツではないかと思いました」
「そうか、お前に勉学を教えていた頃からよくクグツの話をしていたからな。覚えていたとは感心だ」
「……先生、何からお話を伺えばいいのか」
「考えがまとまらんか。まあよい。わしは前回、お前とリンがここを訪ねてきた時からこの日が来るのを予想しておった。わしから話すとしよう」
「わしが長年、ネクロマンシーや人体改造に依らない人工生命の研究に没頭していたのは知っておるな。わしはそれをクグツと名づけ、連邦の発展に寄与させようと考えた。例えば、《愚者の星》のように人体に危険を及ぼす環境にも平気で入っていける。しかも人間の感情を理解する者であれば作業するだけでなく、あの星の悲しみを共有できる。それがどんなに素晴らしいか、真剣に考えておった」
「質問です」とリチャードが言った。「先生がネクロマンシーを忌み嫌ってらっしゃったのは存じ上げております。ですが《青の星》を襲ったム・バレロはネクロマンシーに近い術を使いました」
「あれは知らん。勝手に便乗しただけだ」
「それに『樹の君』からも同じ臭いを感じ取りましたが」
「……バクヘーリアより沁み出す者。あれはネクロマンシーでも人体改造でもない。少し趣が違う」
「そうでしたか」
「わしがネクロマンシーを行使するはずがない――ん、どうした、リン。よくわからないか?」
「いえ、僕も何度かネクロマンシーと戦って嫌な思いをしているので大嫌いです。先生も嫌な思いをされたんですか?」
「……さすがは『銀河の運命を変える男』だな。鋭いところを突く。確かにわしがネクロマンシーや人体改造を嫌うようになった決定的な事件がある――が、それを今話した所で詮無き事だ」
アレクサンダー先生は何かを思い出すように小さく笑った。
「さて、どこまで話したか。その決定的な事件の影響もあり、わしはますます研究に没頭した。連邦にクグツの採用を提案したが連邦議会は反対した。《機械の星》のようになったらどうするのだという者がいた。《機械の星》?一体誰がそこに行った事があるというのだ」
「先生、それは」とリチャードが苦しそうな声で尋ねた。「あの送別会の前ですね?」
「そうだ。連邦には危機が迫っていた。わしはその危機を救うのはクグツ以外にないと確信したのだ。結局、トリチェリ議長も反対し、わしは連邦に絶望し、アドバイザーの地位を離れ、この《牧童の星》に引っ込んだ」
「先生は今でも連邦がクグツを採用すべきだったとお考えですか?」
「リンが《愚者の星》の魂を救済したというニュースを聞いた時に自分の誤りを悟った。連邦を、この銀河を救うのはクグツなどではなく、やはり人間だったのだ。ヘッドやテイルを見ただろう。わしの最高傑作であってもお前たちの足元にも及ばなかった」
「でもヘッドもテイルも強かったです」
リンが感情を込めて言った。
「最高傑作だったからこそ、お前の力に魅せられ、お前の起こす奇跡にすがるという弱さを見せたのだ。クグツでは連邦を救う事などできなかった――トリチェリ議長の判断は正しかったのだ」
「先生」とリチャードがしばらくの沈黙の後、再び口を開いた。「連邦に戻って下さい。今の連邦はコメッティーノを中心にゼクト、水牙、リン、そして私がいます。先生を失望させません。先生のお力が必要なんです」
「リチャード、お前は優しいな。しかし、もう遅い、手遅れなのだ――ある日、赤い雨が降った。雨はわしに伝えたのだ。『今こそシニスターに身を委ねるがよい』とな」
「……」
「わしはキングとなった。トリチェリ議長が失脚し、腐敗が極まった連邦に嫌気が差していた《武の星》、《将の星》の長老会議を説得して王国を設立した。ダレンにルナティカを送り込み、連邦を滅ぼそうとした。わしは凶兆、シニスターなのだ」
その言葉が合図となったかのように、アレクサンダー先生の頭上に禍々しい赤色をしたサッカーボールくらいの玉がぼーっと浮かび上がった。
「さあ、早くわしを斬ってこのシニスターを消滅させろ」
「先生、そのシニスターだけを排除する方法があるのではないでしょうか?」
「そんなものがあればお前たちに会った後ですぐにやっておる。これは決まった事、もうどうにもならんのだ。お前たちに止めを刺してもらえるなら本望だ」
リチャードはなおも逡巡したが、やがて何かを決断した表情になった。
「先生、一つだけ教えて下さい。このシニスターを消せば、銀河は元に戻るのでしょうか?」
「わしにはわからんが、わし以外にもシニスターがいるはずだ。例えば、《巨大な星》のマンスールだ。あの外道は大帝から星の統治を任されているだけなのにも関わらず、恐怖で支配し、独裁者になろうとしている」
「マンスール……」
「そうだ、リチャード。ロックをそそのかし、《鉄の星》を滅ぼした張本人だ。因縁深い相手だがそれだけではない。お前はもっと以前からマンスールとは因縁で結ばれている」
「先生、何を」
「マンスールは大帝に従順な風を装っているが、実体は《享楽の星》のドノス王の家臣だ。あそこはネクロマンシーや人体改造の総本山。そんな奴をのさばらせる訳にはいかん」
「先生」
「さあ、もういいだろう。早くわしを楽にしてくれんか」
リチャードは剣を構え、アレクサンダーを斬った。アレクサンダーの頭上に漂っていた赤色の玉は猛烈なスピードで空中に消えた。
「……先生……」
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