6.3. Story 2 ネオ・アース

3 『土の君』

 一夜明けて、東京湾上空の連邦出張所に集まった一同の目の前にはアメリカの各新聞が広がられており、感謝祭を無事迎えられる安堵の記事と並んで銀河連邦に対する批判が溢れていた。
「何だよ、これは。皆、あんなに喜んでくれてたじゃないかよ」
 雷牙が憤慨した。
「心配になったコメッティーノがわざわざ《青の星》まで来るらしい」
 水牙もあきれたように言った。
「確かにおかしいな。これまでは『何故、米国政府は連邦加盟に向けて努力をしないんだ』という論調だったのに、急に掌を返したように批判を始めた」
 リチャードの言葉にシルフィが同意した。
「私のテンプテーションと一緒。皆、術にかかったみたいに一斉に同じ事を言い出すなんて」
「うーむ、わからないな」

「ところでリチャード、『土の君』ベルナウウの方はどうなっている?」と水牙が尋ねた。
「毎日、連邦のシップや『薔薇騎士団』が一帯を巡回しているが、怪しい動きはない――本当にそんな事が可能なのか?」
「うむ、某も雷牙もあいつが小惑星を作り出すのをこの目で見た。そんなものをこの星にぶつけられてみろ。ひとたまりもない」
「そんな恐ろしい能力は聞いた試しがない。隕石を降らせるのなら心当たりがあるがスケールが違うな」

「で、他の皆はどうした?」と雷牙が尋ねた。
「リンは怪我をした友達の見舞い、オンディヌとミミィはアメリカ各地で負傷者の手当て、王先生と青龍はこの星の龍伝説を調べに行っている」
「ちょっとリチャード、うちの団員を忘れないでよね。キャティとシャドウはいつものK公園にテントを建てて、そこにいるわ」
「シャドウ……?」
「あ、そうか。ごたごた続きで紹介してなかったわね。うちの新しい団員、通称『二次元のシャドウ』よ」
 連邦の係官が水牙と雷牙のために連邦バインドのリプリント手続きにやってきて、その場は解散となった。

 
 その夜遅く、コメッティーノが到着した。リチャードたちと打ち合わせを行い、連邦定期放送でアナウンス後に記者会見を行う手順を確認した。

「おれが思うによ」
 コメッティーノは出張所のカフェであくびをしながら言った。
「操られてんだよ。こうしてわざわざ来たからにはそいつは絶対におれを狙いにくる。それが一番効率的だ」
 ジュネからリンとリチャードにヴィジョンが入った。
「はい、元気?えっ、コメッティもいるの。じゃあ一緒に聞いてよ。うちの騎士団が未確認の物体を発見したの。すぐに向かってくれる?」
 リチャードが立ち上がった。
「私が行こう。コメッティーノは明日の記者会見に備えてくれ。大吾にも連絡してあるから、リン、そっちのお守りは頼むぞ」

 
 数時間後、宇宙空間でリチャードは信じられない光景を目の当たりにして声を失った。《青の星》の軌道上にそっくりな大きさの星がもう一つ、浮かんでいたのだった。

 
 記者会見会場として用意されたのは何かと因縁の深いTホテルだった。ノノヤマの配慮らしく、なかなか巧みに日本政府をコントロールしているようだった。
 リンは久々に蒲田と再会した。
「やあ、文月君。相変わらず忙しそうだね。今度はゾンビを一瞬で消し去ったんだって」
「蒲田さんもお元気そうで」
「うん、西浦さんと僕の出向は取りやめになったよ。その代わり、西浦さんと二人っきりの吹き溜まりみたいなチームだったのが人も増員されて、今や庁内で一番人気さ。西浦さんは現場に出れないって文句言ってるよ――僕も10月1日付で警部補に昇格したんだ」
「おめでとうございます。これからもどんどん偉くなりそうですね」
「いや、君たちみたいな連邦の重鎮とのパイプ役が下っ端じゃまずいっていう体面だけだよ。僕は何もしちゃあいない――これを見てよ。西浦さんと僕はインプリントしてもらったんだよ。君たちとの連携が何より大事だからって。ただの使いっ走りだけどね」
「拗ねないで下さいよ。蒲田さんがいるから僕たちは連邦に出ていけるし、こうして王国の攻撃にも耐えていられるんですよ」
「……そうか。僕もこの宇宙の中で役に立っているんだね」
「そうですよ。そうやって宇宙レベルで物を考える時点でもうすでに凄い事です」
「初めて会った時は普通の大学生だったのに君はどんどん成長しているなあ。僕も負けないように頑張るよ」

 
 リチャードはもう一つの《青の星》の上空にいた。
 《青の星》とは少し様子が違うようだった。東京やニューヨークに該当する辺りに建物はほとんど建っておらず、ヨーロッパとアフリカを中心とした数か所にだけ文明の名残が感じられた。
 大陸の中心部に当たる中央アジアに異質な建物を発見し、着陸した。建物は大きな半球を幾つも並べだ形をしていた。

「これだけが異なる工法の建造物だ。ベルナウウがいるとすればここだな」
 リチャードは建物の中に入っっていった。

 
 金屏風の前に登場すると一斉にカメラのフラッシュが焚かれた。コメッティーノは苦笑しながら挨拶をした。
「銀河連邦議長のコメッティーノです」

 
 建物の中は大きな体育館のようで天井が高く、そこには大小様々の地球の模型が空中に漂っていた。
 一人の男が背中を向けているのが目に入った。

「ベルナウウか?」
 リチャードが声をかけると男は振り向かずに答えた。
「リチャード・センテニア」
「これは何の真似だ?」
「……真似……なるほど、真似か。説明してあげよう」

 
 そう言ってベルナウウは振り返った。黒い髪の下に情熱的な黒い目が輝く、四十代くらいに見える男だった。
「まず今私たちが立っている場所、これはこの星のAD0年の状態を忠実に再現したものだ。そしてこの建物の中に様々な星のレプリカが浮かんでいるが、奥の方から2億年前、5,000万年前ときて、今目の前にある培養中の小さなものは、AD1,000年と1,500年のものだ」
「星を複製すると聞いていたが、サイズも変えられるのか?そこに暮らす生物はどうなる?」
「リチャード君、レプリカに生物を住まわせるかどうかなど、複製自体に比べれば造作もない作業だよ。ちなみにこのAD0年の星には人類こそいないが、それ以外の生物は存在している」

「お前の目的は何だ?」
「実はこの星には以前から興味があってね。大帝や文月リン、そういった特異な被創造物が何故生み出されるのか。幾つかレプリカを作って観察したよ――だが、もう十分な結果を得た。この星も、建物内にある《青の星》もレプリカを作る装置も全て君にあげよう。何、大丈夫だ。この星はもう一つの星の重力とは完璧に引き合っているから激突はしない。双子星として仲良く恒星の周りを回り続けるのだ」

「お前……何者だ?」
「たまにこの世界にちょっかいを出したくなる。まあ、そういう存在だ」
「ベルナウウではない本当の名前は……Arhatバノコ?」
「知らないでいた方がいい事はあるのだよ。この星はプレゼントだと思ってくれ。ではさようなら――ああ、そうだ。AD1,000年、それにAD1、900年のレプリカなどは実に興味深いよ」

 ベルナウウはすたすたと建物の外に向かって歩いていった。追いかけても無駄だと思い、リチャードは目の前の培養中の《青の星》をしげしげと眺めた。

 
 コメッティーノの演説中、リンはモニタールームで会見場の様子を観察した。記者たちの中に一際目立つブロンドの美女がいるのに気付いた。
「あの人は?」
「えーと」と言って、蒲田が記者リストをチェックした。「アメリカのケーブルテレビの記者、ヴィーナス・ムスクーリさんだね……それが何か?」
「目の力が他の人と違うんだ。こう溜めてから、相手に『ばちっ』とぶつける感じで。どことなくシルフィのテンプテーションに似てるんだけど、あ、そうか、蒲田さんは覚えてないのか」
「ん、君は何を言っているのかな。で、コメッティーノさんは?」
「今の所、目を合わせてないから大丈夫みたい」

 
 演説が終わり質疑応答に移ると、ヴィーナスが真っ先に質問のために立ち上がった。コメッティーノがちらっとモニターを見て笑顔を見せた。

「第一の質問ですが」
 ヴィーナスは言葉の切れ目ごとにコメッティーノを正面から見据えた。
「この星に連邦軍を常駐させるお考えはお持ちですか?」
「将来的にはチコを司令官とするこの星の人間から成る連邦軍を編成するつもりです。それまでは基本は定期巡回、今回のような緊急時にはチコからの連絡に基づく出航となります」
 コメッティーノは巧みに目線をそらしながら答えた。

「第二の質問ですが」
 攻勢が一層強まったように見えた。
「では帝国や王国の正規軍が攻め入った場合の対処法をどうお考えでしょうか?」
「それについては、機密に関わるのでお答えできません」

「最後の質問です」
 ヴィーナスはいよいよ目線をはずさなかった。
「すでに王国の正規軍が《将の星》を出航したという情報を掴んでおりますが」
「何だって」
 二人の目線が合った。
「……以上です。それについては後ほどゆっくり」
 ヴィーナスは勝ち誇ったように言い、会見場を後にした。

「まずいね」
 モニターを覗き込んでいたリンが言った。
「コメッティーノは落ちたかもしれないよ」
「確かにそうだ」と蒲田も同意した。「突然、声の調子が変わったのがわかった。何か起こったかもしれないね」
 リンは蒲田をその場に残して会見場に向かった。

 
 会見場に入るとコメッティーノの姿はなく、ノノヤマがポータバインドを用いて詳細説明を行っていた。
 リンはモニタールームにいる蒲田を呼んだ。
「蒲田さん、コメッティーノは?」
「ふらふら出ていった。警護には後をつけるように伝えたが、急いだ方がいい」

 
 リンは会見場を出て、各所に配置された連邦ソルジャーや警官たちにコメッティーノの行方を尋ねて回ったが、皆一様に呆けたような表情に変わっていた。
「あちゃあ、やられてるな」
「リン君」
 蒲田からのヴィジョンだった。
「一階に降りたという連絡は受けていない。上階の客室に行ったはずだ」
 夢を見ているような表情の警備員が立っているエレベータホールで再び蒲田からヴィジョンが入った。
「十六階のスイートにあの女性記者らしき人物がチェックインしているらしい。行ってみてくれないか」

 
 スイートのある十六階フロアはしんと静まり返っていた。足首まで埋まりそうな絨毯を踏みしめ、リンは慎重に歩き、ドアの前で呼吸を整えた。
(ドアをノックして自然を使うか、一気に天然拳をぶっ放すか、どっちにしてもコメッティーノが相手だと厳しいな)

 逡巡しているとドアが開き、中から人が顔を出した。
「いよお、リンじゃねえかよ」
 いつもどおり陽気に答えたコメッティーノに操られている様子はなかった。
「あのきれいな女の人は?」
「おう、ヴィーナスか。色々聞く事があってな」
 コメッティーノの背後からヴィーナスも顔を出した。
「文月リン君でしょ。中に入りなさいよ」

 
 部屋の中に入るとコメッティーノが早速口を開いた。
「お前が心配している通り、ヴィーナスは王国の人間、通称『金の妃』だ。ニューヨークの連邦ネガティブ・キャンペーンもヴィーナスのラプチュアに操られた奴らがやった。今日ここに来たのもおれを落とすつもりだったらしい」
「だけど」
 そう言ってヴィーナスは軽く髪をかきあげた。ぞくぞくするくらい美しかった。
「この人にはあたしのラプチュアが効かなかった。あたし、それ以外には能力ないから……美しいだけね……降参したって訳よ」
「でもさ、ここに来るまでに皆、落ちてたよ。どうしてコメッティーノは大丈夫だったの?」
「おれの『極指拳』はよ、色々できるんだ。精神攻撃に対する予防効果を高める急所を事前に押しといたんだよ」
「あたしね」とヴィーナスが恥ずかしそうに言った。「この人に惚れちゃったの」

「ふふふ」
 コメッティーノはちょっぴり得意そうだった。
「まあ、そういう訳で今彼女から情報を仕入れてたんだ――何だ、リン、その顔は。本当だぞ」
「嘘だなんて言ってないよ。で、いい情報はあったの?」
「おお、さっきの質疑でも出たが、『火の君』、附馬神火の船団が《将の星》を出発したらしい。この星が焼き払われる前にどこかで食い止め、そして王国との決着を着ける」
「でも王国と帝国は戦闘中だからこっちに戦力を割けないって水牙が言ってたけど」
「急遽、休戦協定を結んだそうだ」
「連邦も帝国と休戦すれば?」
「それは無理だ。こっちに四の五の言う権利はない状況だからな」

「水牙は?」
「最後の説得のために《将の星》に向かったが無理だな。神火はかなり好戦的で、たとえ長老会議で連邦に従う決定が為されたとしても一人で戦うような奴らしい」
「じゃあ、いよいよ戦いだね」
「まあ、おれに作戦があんだよ。任せとけ」

 
 蒲田からの呼び出しが続いていた。
「蒲田さん、コメッティーノは無事だったよ」
「ああ、良かった。もし議長に何かあったら僕の首くらいじゃ済まなかったよ」

「よお、蒲田さん」
 コメッティーノが会話に割り込んだ。
「大丈夫だよ。おれはそんなヤワじゃない。何なら今から結婚発表でもしてやろうか」
「???」

 

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 ジウランの日記 (6)

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