6.3. Story 1 招かれざる客

2 アレクサンダー先生の話

《ファイル》《王国》 - 連邦と帝国の対立のさ中、連邦から分離独立した勢力。王都は《牧童の星》、ザンクシアス。キングと呼ばれる王が統治しているが正体は不明。《武の星》と《将の星》というかつての連邦最強の軍を保有する星が主体となっている。

 
 1983年11月3日、《青の星》での銀河連邦のテレビ放送の初日だった。緊急の事態が起こらない限りはグリニッジ標準時の午後9時、国によってはプライムタイムに再放送が行われる。記念すべき初回は連邦議長コメッティーノの地球に向けたスピーチだった。

 ――《青の星》の諸君、ごきげんよう。銀河連邦議長コメッティーノだ。
 本来であれば「銀河連邦にようこそ」と言いたいが、緒々の事情により、そう言えないのは辛い所である。しかし連邦と《青の星》、両者で努力を続ける事によりいつの日か連邦加盟という偉業が達成されるのを信じている。
 連邦に正式加盟していないと言っても、諸君らは私たちの仲間だ。この星に危機が訪れた際には全力で対処させてもらう。連邦に喜ばしいニュースがあればそれは諸君らにも共有してもらいたい。この定期放送はそのためのものでもある。

 現在、この星が置かれている状況は決して好ましいものではない。先般も帝国の特殊部隊に攻められ、都市が破壊されたのは記憶に新しい。
 もう一つの勢力、王国も非常に近い場所に位置している。幸いにして連邦と王国は戦闘状態にはないが、もし開戦すればこの星が標的にされる可能性は否定できない。

 だがこれは何もこの星に限った問題ではない。
 例えば諸君らも良くご存知のリチャード・センテニアの故郷、《鉄の星》は帝国に占領されたが、その一方ではリン文月が《愚者の星》の滅び去った星を再生させたケースもある。
 銀河は極めて不安定な状態にあるのだ。

 何が起こっても不思議ではないが、諸君らには一喜一憂しないでもらいたい。連邦を信じ、付いてきてほしい。
 さしあたっての脅威、王国との関係を強化するためにリチャードとリンを特使として派遣する。彼らの健闘を祈ろうではないか――

 
 リンはこの放送をジュネ、沙耶香と共に東京湾上空の連邦の調査船の中で聞いた。特例で外に出る機会の多いリンの関係者の源蔵、静江、沙耶香がインプリントを許可されたための付き添いだった。源蔵と静江はすでに手続きを済ませて帰り、沙耶香だけがシップに残った。

「ほら、リン。また出かけなきゃじゃない。沙耶香はこのままあたしが《花の星》に連れてくわよ」
 ジュネが勝ち誇ったように言った。
「……そうだね、沙耶香も宇宙に出るといいかもしれないね」
「はい、カーリア王にご挨拶してまいりますわ」

 
 ジュネのシップが沙耶香を乗せて旅立った。見送りの後、リンが調査船を降りて家に帰ろうとすると、連邦の係官に噛み付いている一人の男の姿が目に飛び込んできた。

「あれ、『石の拳』じゃない?」
「おう、あんたか……あんたからも言ってくれないか。おれは《再生の星》で復興作業に従事したいだけなのに未だに帝国のスパイだと疑われてるんだ」
「へえ、ガイン。何でまた?」
「おれはトーラやバフと違って、元々、この星に住む気はないさ。あんたが《愚者の星》を再生させたって聞いて、これだと思った訳だな。それにキャティたちもまだあっちにいるんだろ?」
「ふーん、そういう事かあ――係官さん、この人は確かに帝国のソルジャーだったけど、今ではすっかり縁が切れてますよ。僕だけじゃなくてリチャードに聞いてもらっても構いません。シップに乗せてあげて下さい」

「恩に着るぜ、リン。あんたが復活させた《再生の星》、今度はおれが復興させてやるからな」
「僕が再生させたとか言わないでよ。別に僕じゃなくてもやる気がある人がいれば復活したでしょ?」
「あんた、少し抜けてるな。あの星は滅びてから六十年以上経ってるんだ。誰にでもできるならとうに誰かが成し遂げてるさ――でも何であんただったんだろうな?」
「わかんないよ。あの星の王様の魂が僕を子孫と間違えてこの秘宝の剣をくれた。それで星は解放されたんだよ」
「ほお、それがその剣か。なるほど、あんたなら何かをやるって証明かな」

「もうすぐリチャードたちが帰ってくるから待ってた方がいいんじゃないの。きっとキャティも一緒だよ」
「――それを早く言えよ」

 
 沙耶香たちが出発した翌日にオンディヌ、シルフィたちのシップが戻り、その翌日の11月5日にリチャードが戻ってきた。

「コメッティーノの放送は聞いたな。私とお前が特使として王国に赴く。何、特使といっても難しくはない、私に任せておけ」
「いつ出発するの?」
「お前に用事がなければ二、三日後にでもどうだ――で、ジュネは?」
 リンはジュネと沙耶香がすっかり意気投合して、二人で《花の星》に出発した事を話した。

「ジュネが手強いのはわかっていたが、沙耶香もなかなかだ。お前は苦労するな」
「リチャードこそシルフィと結婚しないの?」
「ああ、話し合ったんだが――」
 リチャードの歯切れは悪く、出迎えに来ていたシルフィが後を引き継いだ。
「大帝に会った時に言われたじゃない、『お前が何者であるか知れ』って。確かに姉さんも私も昔の記憶がないのよね。二人ともいつの間にか《巨大な星》にいて、姉さんはホスピタル・シップで医療活動を始め、私は帝国の特殊部隊に入ったの。昔の記憶を探る機会がなかったのよ。だから私は自分が何者であるかはっきりさせるまでは、リチャードとどうこうするつもりはないの」
「という訳だ。大帝は私にも『自分が何者であるか知れ』と言っていたから、気にする必要もないのだが――ただ過去の記憶がないのは辛い。シルフィの意思を尊重しようと思う」
「ふーん、大丈夫だよ、シルフィ。早いとこ大帝の所に乗り込もうよ」
「あはは、リンは気楽だね。天然拳で大帝を星ごとぶっ飛ばしちゃってよ」

 
「そうだ、リン。天然拳で思い出したんだがな」
 リチャードは話題を変えた。
「連邦府ダレンのある《商人の星》はその名の通り商業の都、《巨大な星》や《虚栄の星》と並んで銀河中のマーチャント・シップが集まる場所だ。つまり噂は商人のネットワークを通してあっという間に銀河中に広まる。お前が星を再生させた話はすでに帝国支配地にも王国支配地にもどこにも属さない星にも知れ渡っているはずだ。お前に最も似合わない言葉だが、これからは自覚を持って行動してくれよ」
「うーん、ぴんとこないなあ。有名になると立ち食いそばが食べられなくなるって誰かが言ってたけど」
「ん、それは何だ?」
「あ、この星の有名人の話だよ」
「この星くらいだぞ。どこにも属さず、マーチャント・シップも訪れないような星は。参考にならんな」
「リチャードは厳しいね」
「この星も連邦と接触を続けていけば、やがては銀河中の商人の訪問も解禁される。そうなれば《青の星》は外の世界の荒波に晒され、正念場を迎える。今の時点でそれに気付いた人間が、この星にどれだけいるのかな」

 
 1983年11月10日、リンとリチャードはジルベスター号で王国に向かって旅立った。
「リン、私たちが向かうのは王国の主星、《牧童の星》の王都ザンクシアスだ。そこには私の学問の師、アレクサンダー先生が暮らしている。まずは先生の所に立ち寄ってもいいか?」
「もちろんだよ。リチャードの先生って事はコメッティーノやゼクトの先生でもあるんでしょ?」
「そうなるな。先生は、私やエスティリ、ノーラに勉学を教えて下さった家庭教師で、私の祖先デルギウスを教育したアンタゴニスという学者の血を引く立派な方だ。先生は連邦大学でも教鞭を執っていたからあいつらも教え子という事になるな」
「今は?」
「一線を退かれ、悠々自適の生活をされている。会うのは久しぶりだ」

 
 シップはザンクシアスのポートに着いた。ポートの係官に用件を伝えたが、係官はなかなか入星許可を出そうとしなかった。

「ですから私たちは連邦特使、キングにお目通り願うのが主たる目的ですが、その前に旧知の恩師を訪ねようというだけです」
「連邦特使の件を聞いておりませんので入星はできません」
「連邦と王国は戦闘状態にある訳でもないでしょう。特使の件はともかく、一般の訪問すらできないというのであればそれは由々しき問題です」
「いい加減にしておけ」
 声のした方を振り向くと、長い黒髪に切れ長の鋭い目付きをした若い武人が立っていた。
「この方たちは某の客人だ。それで文句はあるまい」
「あ、これは『水の君』」と言って係官は平身低頭した。「も、もちろんです。どうぞお通り下さい」
「客人方、こちらに参られい」
 『水の君』と呼ばれた男はポートのエレベータに向かって歩き出した。

 
 地上で移動用のシップに乗り換えるとリチャードと『水の君』は笑い出した。
「いやあ、驚いた。『水の君』とはな。何だ、その没落貴族のような名前は?」
「そう言わんでくれ。某も恥ずかしいのだ」
 男の鋭い目付きが柔らかくなった。

「おい、リン。この男の本名は公孫水牙、私より年下だが、私やコメッティーノ、ゼクトと同じダレン校で一緒に学んだ仲で、将来は《武の星》の指導者になる男だ」
「はじめまして、姓は公孫、名は水牙。リンと言うともしかしてあのリン殿か?」
「あの、というか、《青の星》の文月リンですが」
「言った通りだろう。お前の名前はもう知れ渡っている」
「リチャード、当然だ」と水牙が言った。「星を再生させるなど羅漢でもなければできぬ所業。そのような方にお会いできて光栄の至りだ」
「はあ……」

「さて、積もる話は色々あるが、今は君たちとは微妙な関係、なかなかセンシティブな内容もある、おいおい話す事にしよう……まずは先生の下に行き、その後で某が王宮まで送ってあげよう」
「すまんな、水牙。これだけは言わせてくれ。連邦は変わった。コメッティーノが議長になり、私とゼクトとリンがそれを支える。私はお前にも戻って欲しいと思っている」
「――言ったではないか。できる話とできない話がある。この場でその質問には答えられぬ」

 
「さあ、着いたぞ。某も挨拶だけしていこう」
 水牙は陸地移動用の車両を降りて、小高い丘の上に建てられた小さな二階建ての丸太小屋に向かって歩いていった。
 リンとリチャードもシップを降りて水牙と一緒に丘を登った。《牧童の星》の名の通り、牧草地が広がり、羊に似た生物が草を食む、長閑な景色だった。

 リチャードが丸太小屋のドアをノックすると哲学者のような風貌の老人が顔を出し、相好を崩してリチャードを抱きしめた。
「先生、ごぶさたしております。お元気そうで何よりです」
「よく来てくれた。入ってくれ。年寄りの一人暮らしなので何も構いはできないがな……おお、水牙も一緒か。おや、そちらは水牙の弟さんだったかな?」
「先生、雷牙はこんなにおとなしくありません。こちらは《青の星》のリン殿です」
「おお、《青の星》とはまた珍しい……もしや、リンというのはあのリンか?」
「はい、先生」とリチャードが答えた。「きっと、そのリンです。《愚者の星》を再生させた男です」
「銀河で最も話題の人間に会えるとは思わなんだ。どうだ、リン。五億の民の魂を救った気分は?」
「うーん、魂たちが天に昇っていく時にみんな『ありがとう』って言ってくれたような気がしたんです。今まであんなにたくさんの人たちに感謝された経験なかったから嬉しかった」
「……銀河を救う者の誕生か。しかし遅かったかもしれんな……さあ、部屋に入ってくれ」

 水牙は外で待つと言い、リンとリチャードは書斎に案内された。書斎には見た事のない様々な書籍が本棚に納まり、収納しきれない本は床に山積みされていた。
 アレクサンダーは湯を沸かし、茶を入れた。一緒に羊に似たパンノという生物から作ったというチーズを勧めてくれた。
「せっかく『全能の王』の再来と『銀河の運命を変える者』が一同に会したのだ。一つ面白い話をしよう――

 
 ――何故、銀河が現在のような不安定な状況に陥ったのか?
 それはシニスターと呼ばれる邪悪な存在のせいだ。
 それはこの銀河に巣食い、その勢力を伸ばし続ける。
 このまま生き永らえれば、銀河はやがて三界が争った、かつての《古の世界》と同じ運命を辿る。
 そうなる前に誰かがシニスターを消さねばならないのだ――

 
「どうじゃ、リチャード。お前にできるか?」
「先生。私は妹サラを甦らせ、《鉄の星》を再興し、そして大帝と一戦交えるのは止むを得ないと思っていました。しかしシニスターとやらが相手となると……そもそも何を指すのかわかりませんし」
「それはそうだ。わしにもわからんからな……リン、お前はどうだ?」
「はい、でもその前に《古の世界》とは何ですか?」
「そうか。《青の星》におったのでは《古の世界》と言われてもピンとこないな」
「先生」とリチャードが言った。「私にももう一度詳しくご説明頂けないでしょうか」
「何だ、お前もか。あれほど『クロニクル』をよく読めと教えたのに出来の悪い生徒だな。まあ、仕方ない。デズモンド・ピアナも初版を残して行方不明になっている事だし、最近の若い者は熟読せんのだろう……よし、要点だけを話そう」

 

【アレクサンダーの話:銀河の歴史】

 ――かつて銀河の中心に、《古の世界》と呼ばれる星があった。
 そこでは三界、『空を翔る者』、『水に棲む者』、『地に潜る者』が覇権を巡って争った。
 我々人間の祖先は、『持たざる者』と呼ばれ、奴隷のように扱われた。
 やがて三界は精霊の力を借り、全面的な戦争に突入した。
 つかの間の休戦の後、今度は龍が復活し、再び絶望的な状況に陥った。
 そして、星に最後の日が訪れる。
 地上に現れた持たざる者の指導者、サフィ・ニンゴラントがいち早く人々を新世界に逃がし、弟子たちを各地に派遣したために現在の我々の隆盛があるのに対し、三界は異なる道を選んだため、今では銀河の片隅でひっそりと暮らす事を余儀なくされていると言う。

 サフィは星の最期をシップから眺めた時に、星を飲み込もうとする九つの頭を持つ蛇のような生き物を見たそうだ。
 それこそが伝説のナインライブズだったのではないか。ナインライブズが争いに明け暮れる《古の世界》を終わらせたのではないか――

 

「という話だ。それから我々の祖先は様々な苦労を経て、リチャードの祖先である『全能の王』デルギウスを中心とした七聖が現れ、『銀河の叡智』を発現させた。ところがある日を境に叡智は発現しなくなり、代わりにシニスターが現れ、連邦は解体寸前、帝国と王国が覇権を争う、これが現在の状況だ」

 アレクサンダーが尚も何か言いかけた時、水牙が顔を出し「そろそろ」と口の形を作った。
「どうも年寄りは話が長くていかんな。これから王宮に行くのだったな。気をつけてな。お前たちならきっとシニスターを排除し、叡智を再現できる。期待しておるぞ」

 

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