ジウランの日記 (5)

20XX.6.24 宿題

 昼休みをねらって美夜の携帯に電話した。7時には仕事が終わるのでその後で会う事になった。美夜の決めた待ち合わせの店をメモして電話を切った。
 今日から気持ちも新たにエピソード6チャプター3を読み始めた。昨日美夜が言ってたみたいにぼく以外には読めない特殊な仕組みになっているのだろう……ぼくにだって読める箇所は限られているけれども。

Ep.6 凶兆 Sinister
Ch.3 王国
St.1 招かれざる客
St.2 ネオ・アース
St.3 火炎陣
St.4 一つ目のシニスター 

 
 構成が事前にわかるようになって時間配分がしやすくなった。今回はチャプター2で逃げたルナティカのいる王国との戦いかなと思いを巡らせていると、ナカナから電話が入った。
 ナカナは「菜の花の名」と書いてナカナだったか「名は花の菜」でナカナだったかとにかくそんな名前で、三ヶ月前に写真サークルの友人の紹介で何回か会った女友達だった。
「ジウラン、どうしたの、連絡くれないし。二見浦さんの写真展に行くって約束してたでしょ。今週末が最後なんだからね」
 忘れてた、お世話になってる二見浦先輩が六本木のアートスペースで個展を開くから一緒に行こうって先月約束してたんだ……と言う事は、この騒ぎに巻き込まれてから一ヶ月経とうとしてるのか
「ちょっと聞いてるの。土曜日のランチ、ジウランのおごりでその後個展行くからよろしくね」
 やれやれ、一ヶ月経つという事はバイトもそれだけ休んでるって事だから、現実生活が心配になってきた。
 その時ひらめいた――じいちゃんはそのへんも抜かりないんじゃないか、急いで茶だんすの一番下の引き出しに入っているがま口をチェックした。案の定、書置きと一緒にいくばくかのお金が入っていた。

 ジウラン、この金を使ってよい。足りなくなったら西浦に頼め。

 とりあえず飢え死にはしなくて済みそうだけど何ヶ月も生きていける額じゃなかった。西浦に頼めって、資料に出てくる警察の西浦治か。仕方ない、最優先でその人に会えるようにがんばろう。
 何だかばたばたした一日だったけど現実の生活ってこんなものだ。昨夜は何かを成し遂げた気になっていたけど、ぼくらの日々は変わらず流れていくんだ。平穏な日々ががらりと様相を変えてしまうような事実の発見なんて果たしてあるものなのか。

 
 チャプター3を途中まで読んで、4時半になったので美夜との待ち合わせの有楽町に向かった。待ち合わせの喫茶店に6時40分に着いてアイスコーヒーを注文した。
 美夜は7時を少し回った頃やってきた。今日は白のブラウスに黒いスカート、おまけに眼鏡をかけていた。美夜はアイスティーを注文してから話し出した。
「用事は何?」
 昨夜の中原さんとの会話を美夜に話した。美夜は興味深そうに聞いていたが、話が終わると「あなたがそう思うんだったらきっと歴史は変わったのよ。いつか沙耶香さんに会えるんじゃない、今度は本物のね」と満足そうに微笑んだ。

 
「実はあたしも言い忘れた事があったのよ。今から言うから心に留めて実践してね」

「一つ、自分を守る術を覚える事。いつでもあたしたちが助けに行ける訳じゃない。剣でも何でもいいんだけど、やっぱり体術系がいいんじゃないかしら。だっておじい様は拳一つで星を渡り歩いてらしたでしょ」
「一つ、行動を起こす時には必ず連絡する事。勝手に行動してピンチに陥っても面倒見切れないわよ」
「最後、この先、あたしたちの仲間に会う機会もあるでしょう。そうなった場合、あたしも含めて組織関係の素性は他言無用の事。仲間はまだあなたを完全に信頼した訳ではないから、あなたの前に出てこないだろうけど」

「以上、何か質問ある?」
 そうだ、あれを聞いてみなきゃ。
「――何で真っ先に会う必要があるの?」
 自らの財政状況を美夜に告げた。
「わかったわ、あたしがセットして連絡する」

 
 その後一時間くらいお互いの趣味、写真やバイクや音楽や映画の話をして別れた。品川で東海道線に乗ろうとした時にナカナからメールが入っているのに気付いた。
「大森のアパートの前にいます ナカ」
 送信時刻を見ると二時間近く前だ。急いで京浜東北線に乗って大森に向かった。

 
 ナカナはアパートの二階の僕の部屋の前で膝を抱えて座り込んでいた。
「どこ行ってたの?」
 ちょっと、と答えるとナカナはゆっくり立ち上がった。
「ジウラン、最近会ってくれないね」
 じいちゃんの家の整理に始まって諸々ごたごたしててさ、と伝わりそうもない真実を言った。
「そういう事情じゃしょうがないか。別の女の人と会ってるのかと思った」
 急に美夜の顔が浮かんでどきりとした。
「話があるの。上がっていいでしょ」

 
 アパートの部屋でナカナと向かい合った。
「おじい様の件、大変だね。最近学校にもバイトにも顔出してないって聞いたけど」
 本当だよ、学校は退学する――
「ちょっと待って。何も聞いてないよ。何で、何で、辞めちゃうの?」
 授業料もバカにならないしね――
「おじい様の貯えがあるから問題ないって言ってなかったっけ。何かあったの?」
 ぼくが卒業できるくらいの金をじいちゃんが貯金していたのは事実だった。それでもカメラとか友達付き合いとかもあり、バイトは人並みにやっていた。
「こんな事言うと軽蔑されるかもしれないけど、お金の問題だったらお父さんに相談してみようか?」
 ナカナは有名なお嬢様女子大の学生で父は大手のN建設の重役をしているらしかった。
 そんなお願いできない――
「お父さんもジウランなら気に入ると思うし。あ、別に深い意味で言ってるんじゃないよ」
 ありがとう、でもやっぱり頼めないよ、これはぼくの問題だから――
「水臭いなあ。ジウランはお金じゃなくてもっと別の事で悩んでる、違うかな」

 間違ってない……じゃあナカナの意見を教えてほしい。ここにAとBという二人の人物がいて、Aはそこそこ幸せ、Bは不幸な毎日を過ごしている。ある日神様がお前たちの人生を変えてやろう、ただし良い方向に変わるとは限らないがそれでもいいかと言った。AとBはどうするだろうか――
「何それ、あ、でもジウラン、真剣に悩んでるんだもんね、ええと、あたしの意見はAもBも変えてほしいと願う、かな。だってAが幸せかどうかなんて自分ではわからないじゃない。Bと何も変わらない状況よ。だからAもBも同じように人生を変えたいと思うんじゃない?」

 そうか、Aが幸せそうに見えても、当人がどう思うかなんて当人にしかわからないよね。もっともっと幸せになりたいってきりがない、まるで「高瀬舟」だ――
 「高瀬舟」って何って、何でもないよ――

「良かった、ジウラン、今日初めて笑った。ねえ、あたしからもお願いがあるんだけどいい?今日もう電車なくなっちゃったの、大丈夫、家にはサークルのお友達の所に泊まるって言ってあるから」
 電車がないんじゃ仕方ないけど――
「あ、そういうのじゃないからね。そういうのはまだ早いから」
 いや、そういうのって、そんな事考えてないし、ぼくはこっちのソファで寝るからナカナはベッド使って、でもしばらく使ってないから汚いかな――
「いいよ、急に押しかけたあたしが悪いんだから気をつかわないで。その代わり明日は朝食作ってあげる」

 深夜、ナカナが窓辺に立ってソファで寝ているぼくを見ていた。月の光がカーテンの隙間から差し込んでナカナの泣き顔を青白く照らしていた。
「ジウラン、さっきAもBも人生を変えたいと思うって言ったけど。でもあたしはそんなの望まない、ジウランと会えなくなる可能性が0.1%でもあるなら、そんなのいやだから」
 ぼくは眠ったふりをしながらナカナの言葉を聞いた。

 

登場人物:ジウランの日記

 

 
Name

Family Name
解説
Description
ジウランピアナ大学生。行方不明になった祖父のメッセージに従い、『クロニクル』という文書を読み進む
デズモンドピアナジウランの祖父
一年前から消息不明
能太郎ピアナジウランの父
ジウランが幼い頃に交通事故で死亡
定身中原文京区M町にある佐倉家の屋敷の執事
美夜神代ジウランをサポートする女性
都立H図書館に勤務
菜花名
(ナカナ)
立川ジウランのガールフレンド
西浦元警視庁勤務
美夜と関係があるらしい
大吾蒲田元警視庁勤務
現在は著名な犯罪評論家
シゲ
(二郎)
重森伊豆の老人ホームにひっそりと暮らす

 

 Chapter 3 王国

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