目次
5 連邦民の誕生
翌朝、ノノヤマの案内でリンたちはインプリントを受けた。オフィスの小部屋に一人ずつ通され、そのまま奥に向かって歩くと、一回光が走りそれが最終チェック、その先でもう一回光が走り、プリントは完了だった。右腕の上には小さく「BLDR0000000001」という数字の形の光が浮かび上がった。BLは《青の星》をDRは登録地ダレンを表していた。
部屋の外ではジャンジルたちがはしゃいでお互いに腕を見せ合った。
「やっぱり、リンが一番か。まあ、しょうがないな。」とアーヴァインが笑った。
「おめでとうございます」とノノヤマが言った。「これで晴れて連邦員ですよ――では、ポータバインドの基本的な使い方、説明しておきましょう」
――まずコマンドを発します。とりあえずは「ヴィジョン」「ファイル」「マップ」を覚えておいて下さい。
続けて詳細を発します。いくつかやってみましょう。
「マップ、青の星、東京」
「ファイル、青の星」
そうです、そうです。では最後に「ヴィジョン」です。
「ヴィジョン」の後には連邦員の名前をつけて下さい。一回トークが行われれば自動的に呼び名を学習しますので、次回からは愛称でも呼び出せるようになります。
トークの前であっても、トーク中であってもポータバインドに向かって名前を呼べば、その人がトークに追加されます。
もしトークしたい先が出られない場合には”On Duty”の表示が出ます。
トークできない場所にいる時等には”Out of Service”の表示が出ます。
次はポリオーラルです。ご自分の言葉で話せば、自動的に相手の言葉への翻訳が行われます。ポリオーラルは銀河の言語を138種類に分類した『銀河言語体系』に基づいて開発されました。ごく稀に翻訳されない言語があるかもしれません。《青の星》については問題ないはずですが、これから調査致します。
最後にリプリントの説明です。何かの事情で連邦バインドから脱退する場合にはデプリントが必要になります。デプリントは脱退が判明した段階で自動的に行われ、それ以降の連邦バインドの使用は不可能になります。
再度加盟する場合にはリプリントです。この時の認識番号は前回と同じものになります。
一口にポータバインドと申しましても、現在連邦バインド、帝国バインド、王国バインド、それにプライヴェートネットワーク、通称PNが存在しておりますが、これは応用編ですので今の段階では気になさらないで結構です――
「とりあえずこのくらいですね。今後の予定ですが、私が調査団と共に《青の星》まで同行致します。そこで加盟資格調査を行い、その後、おそらく連邦の出張所を何か所か設けると思いますので、ご質問があればそちらまでして頂ければよろしいかと」
翌日、オンディヌのホスピタルシップを先頭に連邦の大型調査船が三隻という構成で《青の星》に向けて出発した。
《愚者の星》、改め《再生の星》に差し掛かった所でジュネからヴィジョンが入った。
「ねえ、リン。《青の星》に帰っちゃうんでしょ……何か用じゃなくて……挨拶くらいしていくのが礼儀でしょ。リチャードとゼクトも来てるわよ」
リチャードは昨日から連邦の仕事をしており、今日はゼクトと《再生の星》の視察の予定だった。
「仕方ないな。帰りはリチャードに送ってもらえばいいか――じゃあ、みんな、向こうで会おうね」
リンは《再生の星》でシップから降ろしてもらい、リチャードたちの下へ向かった。
復興本部はかつての王宮から離れた小高い丘の上にあった。ここからなら海賊や盗賊の侵入にも気付くだろう。
リチャードとゼクトがリンに気づいて手を振った。
「リン。帰ったんじゃないのか」
「うん、挨拶なしで帰るのかって怒られた」
「ははは、ジュネだな。そのうち来るだろう――だがお前、大丈夫か?」
「えっ、大丈夫かって。大丈夫だけど」
「そうではない。お前、にぶいな」
「リチャードに言われたくないよ」
「ははは、修羅場はごめんだ。私が《青の星》に行った時にお前が傷だらけだったら困る」
「あれ、僕はこの後、リチャードと一緒に帰るつもりだったんだけど」
「いや、そうもいかん。この後、ダレンに戻って再度今後の作戦を立てる。だから私の出発は明日以降になるな。お前は待っている人もいるし、報告もあるし、早く帰った方がいい――あ、お前シップがないのか。馬鹿な奴だな、途中下車などして」
「そんな事言ったってさ。あーあ、僕にもシップがあればなあ」
「わかった。今日戻ったらお前のシップの件を依頼しておこう。ただしジルベスター号のように性能は良くないぞ。あれは特注だからな。ごくノーマルのドミニオン型のマシンだな」
「何でもいいよ。本当はコメッティーノが乗ってたのがかっこいいけど」
「ああ、あれは私も知らなかったが一人乗りのソルバイクというマシンらしい。《巨大な星》のソルバーロ社製造だから品薄か絶版だな――と、そんな場合ではないな。誰かに聞いてこよう」
リチャードは丘の上の仮設テントに向かった。
ゼクトはリンがリチャードと話していた間、丘から遠くを見ていた。
「あ、ゼクト、ごめんね。仕事の邪魔しちゃって」
「いや、気にするな。しかしリンは凄いな。自分もかつてのこの星の惨状を知っているだけにまだ信じられない」
「たまたまだよ。王様がすごい剣をくれたからだし」
「リンのような者がいればメテラクシスの戦乱も収まるのかもしれないな」
「えっ、メテレ……」
「メテラクシス、自分の生まれた《戦の星》の別名だ」
「ああ、そうか。ゼクトはお父さんと一緒に星を出たんだよね」
「出たのか、追われたのか、脱出したのか、しっぽを巻いたのか、父がいない今となってはわからん。とにかく戦乱の絶えない星だったようだ」
「連邦や帝国に属してないの?」
「《戦の星》は遠い。帝国に勢いがあるとはいえ銀河円盤の上半分のさらに三分の一を統治しているに過ぎない。王国はさらにその半分、連邦にいたってはさらにその半分程度だ。《戦の星》は円盤の下半分に位置しているんだ」
「簡単には帰れないね」
「うむ、平和だったのは聖エクシロンがやってきたほんの一時だけで、後はずっと国同士が争っている。一つの国が滅びると新しい国が興り、また滅びる、その繰り返しだ――おっと、国という概念は理解できないか」
「ううん、僕の星も基本は国だよ。国の事は考えられるけど星の事は考えられない。そうでしょ?」
「ああ、そうだ。リンの星では国は何を求めて争うんだ?」
「うーん、それは領土とか宗教とか色々あるよ。《戦の星》では?」
「わからない。石のせいだと言う人間もいるようだが、果たしてたかが『石』のために人が争うものなのか」
「ふーん、そんな石があるなら見てみたい気もするね――そうだ、ゼクト。いつかメテラクシスに行ってみようよ。僕もシップを手に入れるし」
「ああ、そうだな」とゼクトは小さく笑った。「君に用事がある人間が来たようだ。またな」
ゼクトが行くとジュネがおそるおそる近づいた。
「邪魔しちゃった?」
「ううん、大丈夫だよ」
「ごめんね。途中で下船させちゃって。帰りのシップがないんだってね」
「そうなんだよ、リチャードに頼んだけど」
「あたしが《青の星》まで送ってくわ」
「ああ、ありがとう――ってだめだよ。ジュネはここの警護があるし」
「いいのよ。コメッティの部下だった人たちも警護してくれるし、もう皆に言ってきちゃったから」
「えー、でも悪いよ。ジュネにそんな事お願いするの」
「何言ってるのよ。将来の夫の故郷を見ておくのは当然だわ」
「そんなに見るものなんて――えっ、何言ってるの、ジュネ」
「あたし決めたのよ。あたしはリンの妻になるの。何億もの魂を救える人に出会えるなんてそうはない幸運よ」
「ちょっと待ってよ。カーリア王が賛成する訳ないじゃないか」
「父さんには話したの。そしたら父さんも同じ考えだったんですって」
「ええ、でもなあ」
「ねえ、リン。あたし、生意気だったのは認めるわ。でも『やっぱりあなたはあたしにふさわしい男ね』とか言ってないでしょう」
「(今言ったよね)――あのね、ジュネ。実はね、僕には地球に大切にしたい人がいるんだ」
「ふーん、いいじゃない。その人は《青の星》、あたしは《花の星》、別に問題じゃないわ」
「えっ、そうなのかなあ」
「いい機会よ、その人に会っておかなきゃ。さあ、《青の星》に行きましょ」
リチャードが戻った。
「おい、リン。やはり誰も《青の星》には……うーむ」
リチャードはリンとその肩に頬を寄せて歩くジュネの姿を黙って見送った。
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