6.2. Story 4 連邦府ダレン

3 若き将軍の帰還

 リン、リチャード、コメッティーノは広場の群集をイマームたちに任せ、軍の本部に急いだ。
 将軍の部屋の前を心配そうな表情の武官たちが取り巻いていたが、コメッティーノの姿を認めてさっと道を空けた。

 トポノフ将軍は椅子に座ったまま机に突っ伏す形で事切れていた。抱き起こすとその喉元はぱっくりと裂けていた。
「強者で名高いトポノフ将軍が無抵抗かよ――ゼクトには連絡したか?」とコメッティーノは一人の武官に尋ねた。
「はい。《沼の星》からただちに戻るそうです」
「戻ったら伝えてくれ。コメッティーノは中央広場にいるってな」

 
 コメッティーノを先頭に部屋を出て中央広場に戻る間、リンがリチャードに尋ねた。
「ゼクトって?」
「銀河連邦のゼクト・ファンデザンデ将軍。トポノフの養子だ」
 コメッティーノが振り返りながら言った。
「おれとゼクトは初等科から大学までずっと一緒の幼馴染ってやつでな。連邦大学ダレン校に入ってからはリチャードもその仲間さ」
「良く言えば義理に厚い男、悪く言えば頑固者だ」
「ゼクトはガキの頃に父ちゃんと一緒に《戦の星》から逃げてきたが、父ちゃんはここに着いてすぐに死んじまった。トポノフのおっさんはまだ幼かったゼクトの剣の素質にほれ込んで、ゼクトを厳しく育てた。ゼクトもそれに応えて《鉄の星》のリチャード、《武の星》の公孫水牙と並ぶ連邦軍最強の将軍の一人にまで上り詰めたんだ――ん、おれか、おれは別格だよ。だいいちおれに軍務は務まらねえ」
「友達って聞いて安心した。久々の再会だね」
「だといいんだがな」

 
 中央広場に戻るとイマームが群集を前に対話集会を行っていた。ロリアン、セムに従っていた者たちの処遇、これからの事、するべき話の材料はいくらでもあるのだろう。
 リンたちは集会の邪魔をしないようにそっと広場の隅に行って座り込んだ。誰かが「カーリア王が着かれたぞ」と叫び、大歓声が上がった。カーリア王、オンディヌ、そして地球の使節、ジャンジルやネーベの姿も見えた。
「じじいも到着か。後はゼクトだけだな」と言ってコメッティーノはあくびをした。

 
 十分後、リンたちの下にオンディヌ、シルフィ、キャティも合流し、延々続く広場の熱狂を眺めていると突然に群集がざわつき出した。

「おいでなすったな」
 コメッティーノが言った通り、空には連邦の大型シップが一隻浮かんでいた。
 シップから一人の男が出て広場の群集を見回し、広場の端の方に座っているコメッティーノに気づくと、地上に降りてきた。

 
「いよぉ、ゼクト。元気そうじゃねえか」
「他に言葉があるだろう?」
 ゼクトと呼ばれた男は不機嫌そうに答えた。厚い胸板に短く刈り込んだ髪、青い目はコメッティーノを見つめたまま離さなかった。
「ん、別にねえよ。お前こそ言いたい事があんだろ」
「この熱狂、ほぼ無血に近い形で革命を成功させて連邦を腐敗から救ったのは認める。だが連邦の良心を殺してもいいとはならんぞ」
 ゼクトは冷静を装ってはいたが、心の中は怒りで煮えくり返っているのだろう、白い肌はピンク色に染まっていた。
「今のお前に言ってもわかってもらえねえだろうが、トポノフ将軍を殺したのはおれたちじゃねえ」
「貴様、まだそんな事を言うか。海賊になって良心まで失ったか」
 ゼクトが背中の大剣に手をかけようとしたその時、リチャードが割って入った。
「ゼクト、本当に私たちは何もしていない」
「――リチャードか。昔の君の言葉なら信じたかもしれない。だが君も帝国の回し者。海賊の肩を持ち、連邦を乗っ取るつもりだと言われて言い返せるか」

 
「なあ、ゼクト」とコメッティーノはおよそ緊張感のない声で話しかけた。「おめえも武人だ。ここは勝負といかねえか。おれたちが勝てばおめえはおれたちの言い分を信じる、おれたちが負ければおめえの好きにしていい、追い出そうが殺そうがおめえ次第だ」
「そんな事を言うが、自分とお前では噛み合わないのは承知の上だろう。お前が逃げ回って引き分けとなればこちらの勝ちにするぞ」
「いや、勝負するのはおれじゃねえ」
「ならばリチャードか。これも勝負は見えている。リチャードが防御し通して引き分けだ。それではお前らの言い分を信じる訳にはいかない――かと言って他に勝負できる人間などいない」

「ここに一人いるよ――なっ、リン」
 名指しされて面食らうリンを見たゼクトが尋ねた。
「彼は何者だ?生半可な実力の人間に勝負させるのは自殺行為だぞ」
「こいつは《青の星》のソルジャーだ。面白い勝負になると思うぜ」
「《青の星》だと……体力任せの野蛮人ではなさそうだし、飛び道具を仕込んでいるのだな。よかろう、受けてやるが本当にいいのか。自分の力を彼に説明してやらないでも」
「お前、優しいな。戦場で自分の技を説明する奴もいねえだろう。大丈夫だよ。それよりお前が負けた時にショックを受けちまうんじゃねえか心配だ」

 
 リンとゼクトは距離を取って構えた。リンは『鎮山の剣』を手に取ったが、ゼクトは背中の大剣を抜かなかった。
「リンとやら、地上では迷惑がかかる。空の上で勝負をつけようではないか」
 ゼクトは空へ上がり、リンもあわててその後を追いかけた。

 二人は再び空中で向かい合った。ゼクトが後ろに下がり、およそ十メートルの距離が空いた。
「見るがよい。『真空剣』!」
 ゼクトが振り上げた大剣を振り下ろすとその衝撃で空気が裂け、リンに向かってまっすぐに向かった。リンがすんでのところで避けると衝撃波は背後の教会の塔にぶつかり、塔は途中からぽきりと折れた。
「あの塔のようにはなりたくないだろう。降伏するのは恥ではない」
「ううん、敵に背を向けるのは恥だよ」
「どうなっても知らないぞ」

 ゼクトは大剣を振り下ろし、空気を切り裂いた。飛んできた衝撃波をまたもや寸前でリンは避けた。さらにゼクトが真空剣を放ち、リンはこれも避けた。
「避けるだけか。ならば勝負をつけさせてもらおう」
「殺さないくらいの威力を計算してただけだよ。じゃあ僕もぶっ放すよ」

 リンは剣を両手で握り、反動で吹き飛ばされないように腰を落とした。
 ゼクトは大剣を振り上げると捻りを加えながら振り下ろした。空気が上下左右に歪み、衝撃波となってリンを襲った。しかしほぼ同時にリンの放った『天然拳』が衝撃波を弾き飛ばし、そのままの勢いでゼクトの体まで吹き飛ばした。
 吹き飛ばされたゼクトはきりもみ状態になってゆっくりと地上に叩きつけられた。リンの言った通り、力が加減されたのと衝撃波にぶつかったせいで力が弱められたのだろう。ゼクトは何事もなかったようにむくりと起き上がった。
「タフだなあ」
 勝負を見ていたコメッティーノが驚いたように言った。

 リンが地上に降りるとゼクトは声をかけた。
「見事な剣、完全な敗北だ。約束通り、君らの言い分を信じよう。ここまで強ければ暗殺などという姑息な手段は使わん――」
 ゼクトはそれだけ言って地面にどうと倒れた。

 

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