6.2. Story 4 連邦府ダレン

2 駆除

 連邦府庁舎の地上階は混乱に陥った。
 キャティが歩いていたのを見咎めた府の職員が治安維持隊を呼び、大勢の人間が駆けつけた。
「貴様、何者だ」
 問われたキャティはダッハの姿に変身した。
「これはダッハ殿……いや、そんなバカな」
 たじろぐ治安維持隊員たちは自然をまとったリンの前に抵抗もせずに次々と倒れた。
「ちょろいもんね。リン、次は連邦本部の方に行ってみようか」
「うん……ちょっと待って。あれは」

 地上階から地下に降りるエレベータの前で一人の男がそわそわしながらエレベータを待っていた。
「ノノヤマさん」
「おお、君は確か《青の星》のリン君。コメッティーノ様と一緒に捕まったのはてっきり君だと思っていたがそうではなかったんだね?」
「いや、僕です」
「では釈放されたのですか。良かった、良かった――私はこれから地下三階のコメッティーノ様に会いに行きます。ロリアンとセムが来る前に会ってお伝えしなければならない大事な用件がありますので」
「コメッティーノは『ロリアンとセムが来るまで待ってる』って言ってましたよ。逃げ出すのはいつでもできますからね」
「ほお、釈放ではなく留置場から逃げたのですか。なのにこんな場所にいるとは大した度胸――いや、そんな事を言っている場合ではない。コメッティーノ様にイマームさんの居場所をお教えして救出して頂かなければ」
「あ、それなら僕が行きますよ。コメッティーノには別の考えがあるみたいだから」
「そうしてくれますか、わざととはいえコメッティーノ様が捕まったとなると一刻を争います……ああ、あなたはインプリントを受けていなかったんだ。いいですか。今から言いますからね。イマームさんのいる場所は――」

 
 五分後、リンたちは連邦府庁舎の地下連絡路に着いた。
「多分この辺だけどなあ。抜け道のスイッチは」
「急ぎなよ。あのおじさん、急いでたじゃん」
「うん……あ、これかな。この石だけ色が微妙に違う」
「そんなのがスイッチなの。こっちにも変なのあるよ」
「え、本当?本当だ」
 キャティが見つけた方のスイッチは良く調べてもわからないくらい巧妙に辺りの壁に溶け込んでいた。
「どっちにしようかな」
 二人がそれぞれ見つけたスイッチは三十メートルくらい距離が離れていた。リンが思案しているとシャドウが壁に移動し左のスイッチをリンに示した。
「やっぱりシャドウもそう思う?何だか右のスイッチは嫌な予感がするよね。こっちを押そう」
 左のスイッチを押すと、横の壁が「ゴゴゴ」という音とともに下がって、その後には抜け道が続いていた。
「右のスイッチはまた今度にして、こっちを行こう。さあ、急ぐよ」

 
 コメッティーノはロリアンとセムが来るのを待った。留置されてから四、五時間が経つがまだやってこないのは、大方処分を巡ってトポノフ将軍との間で揉めているからだろう。気長に待つ事にした。

 ノノヤマが周りの目を気にしながらやってきた。
「コメッティーノ様、私です」
「いよぉ、ノノヤマじゃねえか。元気にしてたかい?」
「はい、私が至らないばかりにご迷惑をおかけして」
「いいよ、そんなの。おれは好きでやってんだ。それより何でこんな場所に来たんだ。警備が厳しかったろ?」
「地上階でリン君が警備を一掃したと言っておりましたので、すんなりと来る事ができました。この階の看守がいないのも彼の仕業ですか?」
「ああ、隣の房でおねんねしてるはずだ。まだ知り合って一日だが頼りになる男だよ」
「ここを離れられないという事でしたので、彼にイマームさんの救出をお願いしましたが、大船に乗ったつもりでいればいいですね」
「そいつはでかした。あいつなら問題なくイマームを助け出す。おれはここでロリアンやセムと決着をつけるのに集中できるってもんだ」
「私の上司も戻ってきませんので会議が紛糾しているのでしょう。トポノフ将軍は連邦に残った唯一の良心、コメッティーノ様の処遇を巡っては一歩も譲らないでしょうから」
「だろうな。さあ、お前も職場に戻れよ、って言っても今日であいつらの支配は終わるから、どっかに遊びに行ったって誰も文句は言わねえが――そうだ、一つ頼まれてくんねえか?」

 
 リンたちは延々と続く薄暗い道を歩いた。
「あれえ、こっちで正しいのかなあ」
「方角と距離から言うと多分今は湖の下を歩いてるんだと思うよ。湖を越えれば収容所があるんじゃないの?」
 キャティの言葉通り、やがて出口が見えた。地上に出て来た方向を振り返ると湖が青い水を湛えていた。湖の向こうには霞がかった『環状都市』がぼんやり見えた。
 石造りの陰気な五階建ての塔の傍に立つと、門の付近には武装した門番がいた。
「これが収容所か。よし、乗り込もう」
 リンは自然で門番たちに近づくと手刀で打ち倒し、シャドウが音もなく内部に滑り込んで中から鍵を開けた。
 中に入ると再びシャドウがいなくなった。しばらくすると鍵束が廊下を這ってこちらに戻ってきた。
「シャドウは素早いなあ。よし、こうなったら片っ端からこの鍵束で開けちゃおう」

 
 リチャードとディディを連れたシルフィも連邦府の地下に到着した。
「もっと警備がいると思ったけど何でこんなに静かなのかしら?」
「さあ、リンとコメッティーノが暴れてるんじゃないか。あいつらだけで千人くらいは平気で相手できるからな」
「それはあなたも変わらないじゃない。あら、こんな所の壁に穴が開いて――きっと抜け道ね」
「うむ、だが今は君がダッハから聞き出した留置場に向かうとしよう」
「思い出したんだけど、ダッハは私以外の誰かにも催眠をかけられていたみたいなのよ。質問がある部分に差しかかるとロックがかかって答えてくれなくなっちゃうの。もうちょい時間があれば全部解除できたんだけど」
「ほお、妙な話だな。やはりダッハを操っていた黒幕がどこかにいるのか――あ、おい、ノノヤマさんじゃないか」

 走ってきたノノヤマがリチャードの姿に気づいた。
「これはリチャードさん、コメッティーノ様の所に行かれるおつもりですか」
「そうですよ。あなたは?」
「市街に行って人々を中央広場に集めるように言われました。いよいよ腐敗した奴らから解放されるんです」
「だったらあたし、ノノヤマさんと一緒に行くわ。お一人じゃ大変でしょ」
 シルフィとディディはノノヤマと一緒に去った。

 
 コメッティーノは足音が近づくのを聞いた。足音は房の前で止まった。
「お待たせしたね。コメッティーノ君。頑固者がいてね、なかなか会議が終わらなかったよ」
 喋っているのは風船のように肥満したセムだった。鳥ガラのように骨ばったロリアンが隣に立ち、警護が八人ついていた。
「トポノフは手強かったろう。でもいざとなれば何でもありで通すのはお前らの得意技だからな」
「これはまた何を言い出すかと思えば。この民主的な連邦を帝国や王国と同列に論じるとは――やはり危険思想の持ち主だ」
「早いとこ出してくんねえかな。飽きちまったよ」
「そんなに慌てなくても今出してあげますよ――ああ、言い忘れましたが、あなたはこれから中央広場で処刑されます」
「わざわざ知らせてくれてありがとよ。お祈りしなきゃな」

 
 男たちがコメッティーノを房から引き出し、体中に鉄の鎖を巻きつけた。
「ロリアン様、隣の房の男はどう致しましょうか?」と一人の男が尋ねた。
「放っておけ。どうせ小者だ。後で湖にでも捨てておけばよい」
「そうかな。よおく房の中見てみなよ」と言ってコメッティーノがにやりと笑った。

 確認しに行った男が「あっ」と声を上げ、四人の男が電磁格子をオフにして房に入ったその瞬間、コメッティーノは体を縛り付けていた鉄の鎖から抜け出し、目にも止まらぬ速さで警護していた残り四人の首の後ろを突いた。房の中の四人も同じように首の後ろを突かれて、八人は示し合わせたかのようにぐったりと倒れ込んだ。

 ロリアンたちは何が起こったのかわからないまま立ちすくんだ。
「よし、これまでだ」
 コメッティーノは逃げ出そうとしたロリアンの前に回り、おでこを軽く押した。
「これでおめえは自由に動けなくなった。おれが命令すりゃこのまんま海にだって飛び込むぜ」
 同じようにセムのおでこも押した。
「コメッティーノ、勝ったつもりになるなよ。わしらがこれだけの人数でお前の下に現れるとでも思ったか。留置場の外にも府庁舎の各階にも通路にも治安維持隊がうなりを上げてお前を待っておるわ」
「へへ、望むところだ。遊んでやろうじゃねえか。とっとと行くぜ」

 
 コメッティーノが命令するとロリアンたちはふらふらとコメッティーノの前を歩き出した。留置場の外に出たがセムが言ったような警護の姿は見当たらなかった。
「いねえじゃねえか。はったりかますんじゃねえよ」
 セムの赤ら顔がもっと赤くなり、ロリアンは逆に青ざめた。
「通行を邪魔する奴がいたので排除しておいた。余計な世話だったか」
 現れたのはリチャードだった。
「おう、余計も余計。美味しい所持っていきやがって」
「まあ、そう言うな。こいつらを中央広場に連れていくんだろ。道中には邪魔な輩がまだぞろぞろ出てくるよ」

 
 リンは片っ端から牢の鍵を開けて回った。襲ってくる収容所員は適当に倒し、ついに最上階でイマームらしき人物を発見した。
 解放された囚人たちを前にしてリンが大声を出した。
「皆で地下道を通って帰りますよ」

 
 連邦本部前の中央広場にはすでに何千という人が集まっていた。
 コメッティーノが広場に姿を現すと地鳴りにも似た歓声が沸き起こった。ノノヤマは早くも涙ぐんでいた。
 その後ろにはうなだれたロリアンとセム、最後尾にリチャードがいて中央広場の中心にある大噴水に向かった。

 石造りの噴水の柵の上に立ったコメッティーノは高らかに叫んだ。
「みんな、連邦を腐らせてた奴らはふんじばった。こいつらの仲間もおっつけ蹴っ飛ばしてやる。今日から新しい連邦を始めようじゃねえか」
 「うぉー」という咆哮のような歓声と共に「コメッティ、コメッティ」というコールが始まった。

 
 大騒ぎのクライマックスはリンたちがイマームを連れて登場した時だった。イマームはコメッティーノに駆け寄り、熱い抱擁を交わした。ノノヤマも二人に駆け寄り、人目をはばからず大声で泣き出した。

 コメッティーノは照れたような笑顔で抱擁の輪から離れ、再び人々に呼びかけた。
「みんな、おれたちは連邦を取り戻した。それはこいつらの協力があったからできたんだ。銀河の英雄リチャード・センテニアとその仲間だ」
 紹介されたリチャード、シルフィ、キャティ、そしてリンが手をつないでぺこりと頭を下げた後、その手を上げて歓声に応えた。

 
 その時、連邦本部から一人の男が走ってきた。男は連邦軍の制服を着ていた。
「トポノフ将軍が、将軍が……殺されました」

 

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