目次
3 盗賊コメッティーノ
「ふう、疲れた。体中の力を吸い取られたよ」
リンの言葉にリチャードはあきれたような表情を見せた。
「それはそうだ。何億もの魂を解放したのだ。だが困ったな。海賊やゴミ虫どもが大挙してこの星に押しかけるのは時間の問題だ」
リチャードは右腕を出し、「ヴィジョン、オンディヌ、カーリア王、ジュネ皇女」と続けて呼んだ。空間に三人の映像が浮かび上がった。
「リチャード」とオンディヌが真っ先に口を開いた。「何かあったの。ノヴァリアからでもわかったんだけど。今から皆で行こうかって話してたのよ」
「ああ、できるだけ早く来てくれ」
「リチャード、何が起こったのだ?」とカーリア王が尋ねた。
「ここにいるリンが浮かばれない何億もの魂を浄化し、空へと駆け上らせました。この星は元の美しい星に戻りました」
「……何と」
「ひとまずこの星を王の管理下に置いて頂きたいのです――そしてジュネ、聞いているか」
「……聞いてるわ。本当に銀河を変える男だったのね。あたし、リンに謝らなきゃ」
「それは後にしてくれ。君の騎士団がこの星を守るんだ。わかるな」
しおらしかったジュネの表情がぱっと明るくなった。
「もちろんよ。『薔薇騎士団』が全力を挙げて守るわ。こうしちゃいられない」
ジュネの映像が”On Duty”に変わり消えたが、カーリア王はまだ何か言いたげだった。
「リンはそこにおるか。無事なのか」
「はい」
リンはふらつきながらリチャードの隣に立った。
「おお、リン……いや、日を改めて話す事にしよう。疲れたであろう。ゆっくり休むがよい」
「そうもいきませんよ」とリチャードが答えた。「今も上空では連邦のごろつきどもが私たちを待っています。しばらくすれば安全だと判断して降りてくる。まずはそいつらをどうにかして食い止めないと。とにかく急いで来て下さい。では」
リンたちが同乗してきた連邦のシップはまだ上空で待機しているようだった。
「どうする。こちらから乗り込むか――とは言ってもお前は動けないな」
「うん、ちょっと休憩。向こうから来るまで待とうよ」
「わかった」
空を見上げるとまさに連邦のシップが地上に向かって降下を開始しようとしていた。
「連邦府に通報されると面倒だ。やはり行くか」
リチャードが飛び立とうとしたその時、数台のバイク型の一人乗りシップが連邦のシップの進路を塞ぐように現れた。一人乗りシップの一台が連邦のシップに近づいて何か声をかけた。連邦のシップのドアが開いた瞬間、一人乗りシップの男が素早く連邦のシップに乗り移り、そのまま中に入った。しばしの沈黙、やがて連邦のシップは何事もなかったように地上に降りた。
地上に降り立ったシップのドアが開くと、ダレンで散々毒づいていたごろつきたちが次々と外に投げ出され、最後に一人の男が地上に降り立った。
「いよぉ、久しぶりだな」
中世の作曲家のようなカールした長髪を無造作に後ろに束ねた無精ひげのいい男だった。
「コメッティーノじゃないか。何してるんだ」
リチャードが珍しく取り乱した声を出した。
「こっちのセリフだ。こんなクズどもとつるみやがって――しかしさっきのは何だったんだ。あんな光は見た事ねえよ」
「ああ、あれか。ここにいる《青の星》のソルジャー、リンがやった」
リチャードはそう言ってリンを紹介した。
「《青の星》のソルジャーだって。それも聞いた事ねえなあ。おれの名はコメッティーノだ。よろしくな、リン」
「よろしく」と言ってリンは握手の手を差し出したが、足元がふらついていた。
「おい、大丈夫かよ」
「うん、ちょっと休めば」
「なら、おれのねぐらに来いよ。この先の小惑星にアジトがあるんだ」
「なあ、コメッティーノ。お前、アジトと言ったが、何してるんだ?」とリチャードがたまらず尋ねた。
「盗賊だよ、盗賊。さあ、早いとこ行こうぜ」
「そうしたいが、間もなくここにカーリア王たちがやってくるので待っていないといけない」
「カーリア王だって。そいつはまずいな。じゃあこうしよう。おれは先にアジトに帰るから寄ってくれよ。絶対だぜ」
「ところでこのごろつきたちはどうする?」
「そのうち目が覚めるさ。こいつらダッハの手下だからどうせお宝目当てだ。ここに放置して野垂れ死にさせたっていいんじゃねえか」
リチャードは自分たちがこの男たちと一緒にいる理由をコメッティーノに説明した。
「今更、連邦加盟かよ。止めとけ、まだ帝国の方がまともだ……でもリチャードは辞めてきちまったのかあ。じゃあ王国かって、それは節操ねえもんなあ」
「サラは連邦を再興しろと言った」
「サラちゃんが言うんじゃあ仕方ねえな」
コメッティーノは気を失っている男たちに近づいて、一人一人気合を入れて起こした。
「おめえら、心広きリチャードさんが許して下さるってよ。感謝するんだな」
「財宝を持って帰らないと怒られるんだろう。来い。案内してやる」
リチャードはリンに肩を貸しながら再び宝物部屋に向かって引き返した。コメッティーノは指笛で仲間を呼び寄せ、連邦の男たちが逃げ出さないように後ろから付いていった。
「この扉の先が宝物部屋だ。何個か持ち帰って責任を果たせ。ただし地面に落ちているものだけにしておいた方がいいぞ。宝箱を開けて何か出ても責任は持てない」
連邦の男たちは歓声を上げながら宝物部屋に飛び込んだ。リチャードが注意したにも関わらず一番大きな宝箱に目をつけ、その蓋を二人がかりで持ち上げた。
箱の中から黒い霧が湧き上がった。霧は鋭い獣の爪のような形に変わり、目の前の男を腰から上で真っ二つに切断した。蓋を持っていた男の一人も滅茶苦茶に切り刻まれ、もう一人の男は縦に切り裂かれた。逃げようとした最後の一人は足がうまく動かずにいる間に黒い霧に包まれ、断末魔の叫びを残して宝箱に引きずり込まれた。
「だから言ったんだ。欲をかくなと。なあ、コメッティーノ」
「ああ、その通りだ。(ふぅ、あぶねえ、あぶねえ)――おい、おめえらも今の見てたろ。欲張るとこういう目に遭うんだ」
「しかし困ったな。連邦府に帰って何と説明すればいい」
リチャードは事の重大さに気づき、苦笑いを浮かべた。
「そんなの簡単だ。盗賊コメッティーノに襲われて命からがら逃げました。一緒に行った人はどうなったかわかりません、でいいじゃねえか」
「いや、お前をこれ以上お尋ね者にしたくはない」
カーリア王からヴィジョンが入った。
「リチャード、上空に着いたぞ。今どこにいる」
「やべえ、おれは帰るから。どうするかについては後でおれのアジトで作戦立てようぜ。面白そうだからおれも一枚噛んでやるよ。じゃあな――おい、おめえら、カーリア王に見つからないようにそっと帰るぞ」
コメッティーノは慌ただしく去っていった。
オンディヌと地球の使節たち、カーリア王、ジュネと『薔薇騎士団』の面々は地上に着いて声を失った。
「これが……あの《愚者の星》か。信じられん」
「侵入を拒んでいた毒は浮かばれない人々の無念な思いだったのね。それを一人で解放したリン……すごい」
ジュネは心の底から感動しているようだった。
「王よ、先ほど言いましたようにこの星を当面、《花の星》の管理下に置いて頂きたく存じます。現在の連邦に任せるという訳にはいきませんので。ついては《愚者の星》に代わる新たな呼び名を付けてもらえないでしょうか?」
「うーむ、願いを込めて《再生の星》というのはどうかな」
「よいお名前です。たった今からこの星は《再生の星》です」
「それにしてもリンよ、おとなしいの」とカーリア王が心配そうに尋ねた。
「少し疲れただけです」
「そうか、ならよいが。お主は銀河の宝となるべき人材。何億もの魂を解放した男としてその名は一気に広まるであろうから、無茶はいかんぞ」
その夜、リン、リチャード、ジュネがコメッティーノのアジトを訪れた。
「いよぉ、来てくれたな――何だよ、カーリア王の所のチビも一緒かよ」
「チビとはごあいさつね。今じゃあ人並みよ。何よ、不良盗賊、って盗賊は皆、不良か」
「王は来てねえよな」
「ああ、オンディヌが相手しているから心配ない。ジュネはリンにべったりでどうしても行くと聞かなくてな。それにしてもお前、何でそんなに王を避けるんだ?」
「いや、親父が死んだ時も色々相談に乗ってくれたのに、こんな商売してっから合わせる顔がなくてな」
「あはは、不良盗賊。後ろめたいとは思ってるんだ」とジュネが笑った。
「そういうおめえは何だ。どうして未来の連邦を担うビッグ3の重要な会合にのこのこ付いてくんだよ」
「そりゃ、あたしは……リンが心配だから」
ジュネがちらっと上目使いをすると、リンはひきつったような笑顔を浮かべた。
リチャードはジュネを無視してコメッティーノの発言に食いついた。
「コメッティーノ、聞き間違いではないな。『未来の連邦を担う』と言ったな?」
「決めたぜ。おめえたち二人が連邦に戻るんならずいぶんと楽しそうだ。おれも戻ってやる事にした――どうした、何かおかしいか」
「いや、お前が来てくれると本当に心強い。実は戻れたとしても誰も信用できないと思っていた」
「そりゃ、今の体制じゃ戻った所でお先真っ暗だ。セムやロリアンを追い出さなきゃ始まんねえよ」
「やはり腐り切っているか。優秀な軍でかろうじて持っている状態だな」
「まあな、あいつらだけは腐っちゃいねえ。頭が固いだけだ――そんな事よりこれからの作戦を考えた。聞いちゃくれねえか」
作戦会議は続いた。途中で休憩をはさむ事になり、コメッティーノがリンに尋ねた。
「リン。おまえが見せた技、あれは何だったんだ?」
「えっ、コメッティは近くで見たの?いいなあ」
ジュネは焚き火の炎で目をきらきらさせながら言った。
「いや、そんなに近くじゃなかったが十分だ。星のあらゆる場所から光が何度も何度も上がった。気づいてみりゃ、星を覆っていた毒気はさっぱり洗い流されてた」
「私は見るのが二度目だ。一回目は本人も無意識のままで人を消し、建物を破壊した。今回は力の制御を心得た上でのフルパワーだったが、何億だ……約五億の浮かばれない魂を一気に浄化したのだから凄まじいな」
「すげえな。でもおれとは噛み合わねえ――どうだ、いっちょ手合わせしねえか?」
「何言い出すのよ。リンは疲れてるのよ」
「いいよ。コメッティーノ、強そうだし、やろうよ」
リンは立ち上がって焚き火から離れたが、まだ少し足がふらついていた。
リンとコメッティーノが向かい合った。
「最初に言っておくが、おれは『瞬速のコメッティーノ』って呼ばれてる。普通なら向かい合った瞬間に急所をついて勝負をつけちまうが、おめえの技を受けてみたいからそれを使わない。思う存分ぶっ放してみろ」
二人とも向かい合ったまま動かなかった。やがてリンの体が白い光に包まれ出し、体の前で伸ばした両手を組み、発射の態勢を取った。
リンの腕から光の矢が飛び出した。
「はうっ」
コメッティーノはまともに受けたように見えたが、瞬間的に身体の軸をずらし、ヅィーンマンの時とは違って光の矢と一緒に吹き飛ばされずに地面に勢いよく叩きつけられた。光の矢はそのまま飛んでいき、後方にあった小さな岩山を消し去った。
リンも発射の反動を受け止めきれずに後方に吹き飛び、岩に背中から激突して倒れた。
「あー、いててて」
最初に立ち上がったのはコメッティーノだった。
「まともに食らってたらあの岩まで叩きつけられてたか。大した威力だ」
なかなか起き上がらないリンの様子を見に行くと、すーすーと寝息を立てて寝ていた。
「――しょうがねえ。引き分けにしとくか」
コメッティーノは苦笑いを浮かべた。
「リンがフルパワーだったら急所をはずれても体の半分くらいは持ってかれてる。まあ、そうなる前に仕留めるからおれの勝ちだけどな」
気がつけば、あれほどうるさかったジュネも焚き火のそばでうつらうつらしていた。
リチャードが言った。
「では明日の朝、決行だ。カーリア王たちにはジュネから伝えてもらうとして、今日はこのままリンを休ませてやってくれ――唯一の心配はあいつがどう出るかだけだな」
「あの石頭か。帝国との最前線でずっと睨み効かせてなきゃなんねえから連邦府にはめったに戻らない。心配ねえよ」
コメッティーノはごろっと横になった。
「なあ、連邦を腐らせてるのはロリアン、セム、ダッハの三人だが、最近の奴らの行動は特にエスカレートしてる。おれには奴らを裏から操ってる黒幕がいるような気がしてならねえんだ。そいつも叩き出さないと連邦は元には戻らないんじゃねえかな」
「なるほど――ところで張先生の修行は無事終わったのか」
「いつの話してんだ――ってそれだけ会ってねえって事か。とっくに『極指拳』の最終奥義伝承者になってるよ」
「とうとうか」
「ああ、先生ですら成し遂げてねえ伝説の奥義を会得した。おれの元々持ってるスピードがあったからできたんだけどな。お前も知ってる通り、あの拳は指先に全ての力を集めて岩すら破壊しちまうが、ゆったりとした動きが基本だ。ところがおれは目にも止まらない速さでその指を振るう訳だ。たまったもんじゃねえよ」
「コメッティーノ、お前、ずっと連邦再興を考えて牙を研いでいた訳だな」
「そんなんじゃねえよ。ただの落ちぶれた盗賊だ」
コメッティーノはリチャードに背中を向け寝た振りをしたが、この頼れる友人は全てお見通しだと感じていた。
あの時、もっと早く親父の下に戻っていれば――
リンはリチャードたちの横で静かな寝息を立てながら夢を見ていた。
又、あの夢だった。
【リンの夢:夏の疾走 2】
夏の陽射しの下、少年のリンは必死に自転車のペダルを漕いだ。早くここを抜け出さなくちゃ、後ろに座っている――
振り向かなくても後ろに座っているのが誰だかわかった。沙耶香ではなく《花の星》の皇女ジュネだった。
ジュネはリンにしがみつきながら声を上げた。
「何が来てもあたしが追い払うから安心してよ」
一体何が……来るんだろう――
翌朝、早速行動を開始した。コメッティーノの手下が作った朝食を食べ、一旦《再生の星》に戻る事にした。
「ところでリン、あの技、何ていう名前だ?」とコメッティーノがリンに尋ねた。
「うん、あれはね、自分に逆らわず、周囲に逆らわずありのままに力を出すから、『天然拳』って呼ぶ事にした」
「天然か、リンらしくていいや」とコメッティーノは高笑いをした。「じゃあ行こうぜ」
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