6.1. Story 9 大帝

5 再会の約束

 リチャードは一人で場内に戻った。
 横たわる糸瀬を取り囲むようにして、大帝、沙耶香、源蔵、静江が立っていた。

 大帝は戻ったリチャードの表情を見て、無言で視線を糸瀬に戻した。
「蘇生はできなかった。弾丸は取り出したが……」
 大帝はそう言うと何かをリチャードに投げて寄越した。左手で受け取ったリチャードが手を開くと、それは鉛の玉だった。
「犯人も取り逃がしたようだし、これまでか」

 大帝が背を向け、立ち去ろうとしたその背中に沙耶香がむしゃぶりついた。
「あなたのせいです。お父様を、お父様を、返して下さい!」
 大帝が小さく身体を揺すると沙耶香は地面に放り出された。
「……娘、邪魔をするな」

 
 客席から声が響いた。
「いい加減にしろ、大帝だか何だか知らないけどいい気になるな」
 リンが強烈な重力に抗い、立ち上がろうとしていた。
「沙耶香に指一本でも触れてみろ、僕が……許さない」
 必死に重力を押し返そうとするリンに大帝が言った。
「文月源蔵の息子、リンとやら、お前がこの娘を守るというのか」
 糸瀬を貫いた弾丸をじっと見ていたリチャードは我に返り、リンに声をかけた。
「リン、止めろ。それ以上重力に逆らうと体がバラバラになる」

「……待ってろ、今、そこに行くぞ」
 大帝がさらにリンに重力をかけるとリンは再び地面にたたき伏せられて、今度こそ全く動けなくなった。

 
 大帝は兜を被り直すと会議場の入り口までゆっくりと歩いた。
「是非君たちと再会したいものだ」

 
 大帝は会議場の後ろの壁に張り付けられたままのオンディヌとシルフィに声をかけた。
「娘たちよ、お前たちは自分が何者かわからないでいる。《虚栄の星》まで来るがよい。自身が何者か、そこで知るだろう」

 次に舞台上のリチャードに振り返って声をかけた。
「リチャードよ、お前をここに送った私の判断は間違ってはいなかった。だがお前にとってのノカーノが源蔵の息子というのは想定外、源蔵の息子の能力も想定外だった――お前もリンと共に《虚栄の星》に来るがよい。お前が何者か、それを知る必要がある」

 リチャードの隣の源蔵、静江に声をかけた。
「源蔵、そしてご婦人、再会できて楽しかったぞ。源蔵よ、面白い息子を持ったな」

 少しためらった後に沙耶香に声をかけた。
「糸瀬の娘、その命、粗末にするなよ」

 
 最後に通路際で突っ伏したままのリンに声をかけた。
「リンよ、面白い事を教えてやる。先ほど茶番と言ったが、私を陥れた黒幕は未だ健在でその牙を秘かに研いでいる。これからこの星には幾度となく危機が訪れるが油断するな。お前もリチャードと共に外に出るがよい。そしていつの日か、この大帝と再びあいまみえようではないか。地球人同士が銀河の覇権をかけて闘う、これほど愉快な事が他にあるか」

 そう言って大笑した後、倒れているリンに近づき、ほとんど聞こえないくらいの小声で囁いた。
「娘を頼む」

 
 大帝は空中に浮き上がり、来た時と同じく物凄いスピードで去っていった。
 重力の影響で動けなかったリンたちがようやく身体を動かせるようになったのを合図に、リチャードが蒲田たち警察を議場に呼び入れた。

「リチャードさん。糸瀬氏は……」
「ほぼ即死だったようだ」
「それで犯人を追いかけて外に……ホシの顔は見ましたか?」
「……あと一歩の所で取り逃がした」
「そうでしたか。痕跡から絞るしかしないな」
「そんな技術があるのか?」
「ええ、発射された弾丸が見つかれば早いんですけどね」
「なるほどな」

 リチャードは大帝から預かった鉛玉の事を考えた。
「……大吾をこれ以上危険な目に遭わせる訳にはいかないな」
「リチャードさん、何か言いました?」
「気のせいだ」

 リチャードは左手の中の玉に静かに力を込めていった。
 掌の中の玉が徐々に砕けていくのがわかった。
 このまま粉々にしてしまえば、証拠は残らない――

 
 同じ頃、ホテルを飛び立った大帝、須良大都は、シップを停めていた東京湾上にはすぐに戻らず、都内の別の場所を訪れていた。
「いよぉ、大都」
「この間、ヴィジョンでは話をしましたけど。お元気そうですね、ティオータさんも」
「そうでもねえや。お前の手下のおかげで滅茶苦茶だい」
「全てが私の手の者の仕業という訳ではありませんよ。色々な事が重なって――
「これは必然だって訳だろ。まったく師匠も弟子も同じような事言いやがってよ」
「それは失礼しました。ところでデズモンドは?」
「相変わらず行方知れずだ。ま、死ぬような男じゃないから心配はしてねえけどな」
「何かの事情があって帰ってこられないんでしょうね。探しに行った方がいいのかな」

「お前にそのような事をしている暇などないはずだぞ」
 突然に声だけが聞こえてきた。
「やっぱりいたんですね」
「さっきからずっとな。すぐに戻るのか?」
「あまり長居はできませんから」

「そうか。弟子には会ったか?」
「ええ、色々と興味深かった」
「そうか。いずれは外に出ていくだろうが、どのような役割を担うのか皆目見当がつかない。不思議な奴だ」
「私のようなケースもありますしね」
「よろしく頼んだぞ」

 

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 ジウランの日記 (3)

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