6.1. Story 9 大帝

2 Tホテル

 

思惑

 8月24日、朝から曇り空だった。
 リチャードは東京上空を旋回しながら蒲田との会話を思い出した。

「リチャードさん、もうこの星は、地球は安全なんですよね」
 蒲田が半分涙声で質問するとリチャードは静かに首を振った。
「ロックはいなくなった。だが会議が無事に終わるまでは何とも言えんな」

 
 都市シンポジウムは中止寸前に追い込まれていた。連続テロが起こるような国では安心して会議など開けないという意見が各国から起こり、来日を見合わせようという雰囲気が支配的になりつつあった。

 ロックを倒した二日後、西浦が数人の官僚を連れてK公園のテントにやってきた。
「リチャードさん、色々とお世話になりまして。蒲田から危機は去ったと聞きましたが」
「ええ、最も危険な人物を排除しました。多くの犠牲者を出しましたが、この星が征服されるよりは良かったと考えるしかありません」
「確か、リチャードさんの星は帝国に征服されたとか。その前は銀河連邦に所属されていたのでしょう?」
「そうですが」
「実はお願いがあってこうして参った訳です。こちらは文部省、科学技術庁、通産省、自治省から来られた方々です」

 
 科学技術庁から来たという人物が話し出した。
「ご存知のように間もなくシンポジウムが開催される予定ですが、本当に日本は安全か、またテロが起こるのではないかという事で来日キャンセルが相次ぎ、中止寸前の状況なのです」
「それはそうでしょう」
「それだけではありません」と通産省の人間が後を継いで話した。「日本は危険な国だという評判が立ち、旅行客も激減、このままでは我が国経済は立ち直れないほどの打撃を受けます」
「何故、そのような内輪の悩みを私に?」

 
 ここで西浦が代表して本題を伝えた。
「厚かましいお願いなのは重々承知していますが、リチャードさんに一肌脱いで頂きたいのです。『危機は去りました、銀河連邦が守るので安心なさい』と――お恥ずかしい話ですが、私たちが長たらしい演説をするよりも、あなたにシップから世界に向けてそう言って下さるだけで十分すぎるくらいの効果があると思うのです。御一考願えませんか?」

 並んで頭を下げる中年の男たちを前にリチャードは苦笑した。
「ちょっと待って下さい。私は現在、連邦員ではないし、連邦を代表して戦ったのでもありません」
「でも」と文部省の人間がおそるおそる言った。「間もなく銀河連邦に復帰なさると伺いました。同じようなものじゃありませんか?」

 リチャードはしばらく考え込んでから口を開いた。
「わかりました。但し一度だけです。その一度で最大限の効果を出すための方法は全て私に任せてもらえませんか、それができなければこの話はなしです」
「もちろんです」と西浦が即座に答えた。「私たちに協力できる事があれば何でもします。役所間の綱引きのような馬鹿げた真似は致しません」
「しかし」と通産省の人間が慌てて言った。「全世界への発信となると日本の放送網を通してやって頂かないと」
 リチャードはにやりと笑った。
「西浦さんが言ったでしょ。そういった縄張り意識が一番邪魔です。では私はこれで。準備に入りますので」

 
 翌日、グリニッジ標準時の正午に全世界のテレビ放送が一斉に切り替わり、テレビのない地域や各国の首都の広場では、空中にリチャードの姿が大きく浮かび上がった。
 リチャードは演説を始めた。

「私は銀河連邦からきた《鉄の星》皇子リチャード・センテニアです。この星に帝国からの魔の手が忍び寄り、日本で幾つかの事件が起こりましたが、私たちはそれらの障害を全て排除する事に成功しました。どうぞ安心して日本を訪問して下さい。私たちは日本の上空で警戒を続けております。ご希望があれば私たちのシップで土星くらいまではお連れしますので、お気軽にお声がけ下さい」

 オンディヌがポータバインドのヴィジョンを世界各国のテレビ電波周波数と同調させた。シルフィとキャティはヴィジョンの投影が可能な各国の広場を調べ、その座標に向かって映像を照射する簡単な仕組みを設置した。言語についてはポリオーラルがあるので、ポータバインド経由で瞬時にリチャードの言葉が各国言語に翻訳されてアナウンスが行われた。わずか一日の準備でリチャードはこれだけの事をやってのけた。

 演説の効果は絶大だった。特に最後の「土星に行ける」の一節に人々は心を躍らせ、心配はどこへやら、シンポジウムも予定通り開催される運びとなった。

 

国家の挑戦

 朝8時、リチャードはTホテルに向かった。ホテル玄関でのものものしい検問に躊躇していると西浦が走ってきた。
「はあはあ――あ、この人は通してあげて」
 西浦は汗を拭きながら話しかけた。
「リチャードさん、ちょっとよろしいですか?」
 西浦はロビーにいたリンやオンディヌの所を通り過ぎ、リチャードをホテルの屋上へと案内した。そこには以前会った省庁のお偉方たちの他にもう一人小柄な男がいた。

 
「こちらの方は――」
 初対面の丸顔メガネの男は西浦を制して自分で名乗った。
「内閣調査室の葉沢貫一です」
 葉沢が挨拶もそこそこに話し始めると、西浦は少し離れた場所に行ってタバコに火を点けた。

 
「リチャードさん、これからどうなさるおつもりですか?」
「……というと?」
「今後ですよ。近々、銀河連邦に加盟申請に行くと伺ってますが」
「そうですよ。リンを、文月凛太郎を連れて銀河連邦への加盟申請に向かいます」
「なるほど、それは素晴らしい。そうすると文月君は地球の代表という事ですね」
「ええ、現時点で連邦を納得させる資質を持った人物はあいつだけでしょうから――何か問題ですか?」
「いえ、むしろ大歓迎です。文月君が日本国を代表して銀河連邦に赴くのですからこれほどの名誉はありません」
「……我が国ですか」

「単刀直入に申し上げます。今後、我が国が銀河連邦との交渉においてイニシアチブを握る、そして宇宙船やその腕に付いている機能のような先端技術の供与を優先して受ける、こういった事を確約して頂く事は可能ですか?」
「あれらは単なる先端技術ではなく『銀河の叡智』と呼ばれるものです。銀河連邦への加盟が認められれば連邦員は誰でも叡智を享受する事が可能になりますが、そうでない場合であっても個人的に連邦員の審査に通った者であればアクセス可能になるはずですよ」
「ふむ、形はどうでも構いません。我が国がその技術を優先的に利用できるのであれば」
「どうもあなたは誤解されているようだ。国とかそんな事を言っている余裕がこの星にあるとお思いなのか?」

「この屋上から眼下の景色を見て下さい。ここからM町に至るまでまるで焼け野原です。ここ以外にも歌舞伎座の前には大きな穴が開き、中央高速道路は未だに破壊されたままだ。被害を受けた我が国が優先され、地球を救った英雄、文月君を生んだ我が国がリーダーシップを取るのは当然ではありませんか?」
 葉沢はさらにまくし立てた。
「先日のあなたの演説によって、アメリカもソ連も他の欧州諸国も、日本で立て続けに起こった事件や宇宙船の件を理解しました。今はどの国もあなたとコンタクトを取ろうと躍起になっています。しかし主導権を渡す訳にはいきません。宇宙に出ていくその一番手は日本でなければならないのです」

 面倒な事になった――リチャードは心の中で思った。
「言わせて頂くならば、現在、あなたは大手を振って外を歩いているが、拘束されてもおかしくないのですよ」
 色良い返事をしなければ――どうせマリスを撃ったのと同じようなチームが自分を狙っているのだろう。避けるのは簡単だったが、後を考えると面倒くさかった。

 
「リチャード、何、憂鬱な顔してんのよ」
 空からシルフィが降りてきた。
「こんにちは」
 シルフィはにこりと笑った瞬間に、葉沢を含めたお偉方たちにテンプテーションをかけたようだった。

「はい、男子たち、整列」
 葉沢たちは言われるがままに整列した。西浦はタバコを持ったまま、唖然とした表情でそれを見つめていた。
「リチャードを困らせるんじゃないの。これからあたしの言う事を復唱しなさい」
 西浦がきょとんとした顔でこちらに近づいた。
「いい、大事なのは国ではなくてこの星、はい、言ってみなさい」
 お偉方たちと葉沢は、まるで幼稚園児のように復唱した。
「おい、シルフィ。この呪縛はいつか解けるんだろうな」
「さあ、別にあたしはこの人たちに命令する事ないし、そのまんまでいいんじゃない?」
「すみませんね、リチャードさん、無理言っちゃって」
 急いでタバコをもみ消し、西浦は平謝りをした。
「ははは、西浦さんはこの人たちに逆らえないんでしょ」
「とっとと帰らせますから」
「そうですね。今からが一番大事です」

 

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