6.1. Story 8 悪魔の子

4 魔導の玉座

 

ロックとの決着

 ダンチョーはK公園のサーカステントで新聞に目を通していた。シルフィのテンプテーションのおかげでここに住んでいても誰も文句を言わないし、朝になれば様々な新聞が届けられた。
 どの新聞も昨日の地下鉄の事件を大々的に取り上げていたが、マリス狙撃については扱われていなかった。

「ふー、この大騒ぎもあと数日か。だがまだロックが残っているな」
 突然ダンチョーは外の異常な気配を察知し、鞭を持って外に出た。
「……」
 真夏の朝のはずなのに真っ暗だった。
「お得意の妖かしの術か。ロック、どこにいるんだ、出てこい」
「さすがはダンチョーさん。実はリチャードに連絡をしたいんだが、ただ伝えたんじゃ面白くねえからお前の体でそれを伝えようって訳よ」
「悪趣味ですな。そう簡単にはいきませんよ、くるがいい」

 暗闇の中から灰色の兵士たちが飛び出したが、ダンチョーは鞭で巧みに防いでいった。
「なるほど、さすがはダンチョーと呼ばれるだけはある。ウチの兵隊たちも補充が利かないんでな、遊びは終わりにしよう」
 兵士たちが四方八方から一斉に飛び出すと、ダンチョーは避けきれずに腕に傷を負い倒れた。
「よおし、後はおれが仕上げをする。覚悟しな」

 
 8月18日朝10時、リチャードはシルフィに呼ばれK公園に向かった。そこをすぐに出て、どこかに向かった。
 リンも『都鳥』には帰っていない、ライフカプセルで傷を癒しているのだろうか。

 
 午後3時、日比谷公園に姿を現したリチャードは一人でゆっくりと野外音楽場に向かって歩いた。
 野音の座席に腰掛けながらリチャードは何かを待った。すると周りの空間が歪み出し、真っ黒な空間の入口が姿を見せた。
 リチャードは剣を抜いた。ダンチョーの時と同じように灰色の兵士たちが異空間から襲い掛かった。
 剣をかざし攻撃を防ぎながら、手近に来た兵士を投げ飛ばし、異空間に戻る前にとどめを刺した。
 十数人倒した所で攻撃が止んだ。

「どうした、もう終わりか。ならばこちらからいくぞ」
 その声に応えるかのように空間にぽっかりと穴が開いた。リチャードは大きく一つ呼吸をすると異空間へと吸い込まれた。

 
 空間に入るとロックの声が響いた。
「大した自信じゃねえか。異空間でおれに勝てるとでも思ってんのか?」
「今、行くから待っていろ」
「へっへぇ、おれの下までたどり着けるかな」

 その言葉の通り空間の歪みがひどくなって、リチャードの動きは鈍くなった。再び灰色の兵士たちが現れ、襲い掛かってきた。
 動きの鈍ったリチャードは攻撃をかわすのがやっとの有様だったが、どうにか接近戦に持ち込んでとどめを刺した。

 異空間を進むにつれリチャードの動きはますます鈍くなったが、やっとの思いで広間のような空間にたどり着いた。

 玉座に鎮座するロックがいた。いつも通り銀色の仮面をかぶっていて、その表情はわからなかった。
「見ろよ、リチャード、すげえだろ、この『魔導の玉座』の力はよ。中に魔王だか何かを封じ込めてるらしいぜ。おれがこの空間の支配者って事がわかったか?」
「くだらんな。こんな歪んだ空間を支配してそれで満足か?」
「へ、強がり言いやがって。息が上がってるぜ。そろそろ片つけるか」

 ロックは通常と変わらない動きで玉座を離れ、リチャードに近づいた。一発、二発、強烈なボディブローをリチャードに浴びせ、リチャードはたまらず座り込んだ。
「ざまあねえな。お前にはゆっくり死んでってもらうぜ。ところで今日はあの小僧は一緒じゃねえのか?」
「……リンは関係ない」
「ふーん、バカだよな、お前。そのまま帝国にいりゃ良かったのに、あんな小僧に味方して裏切っちまうもんだからよ。まあ、小僧はお前の後で料理してやるから安心しな」
 倒れたリチャードを蹴りつけながら、さらにロックは毒づいた。
「この死にぞこないがよお、大体、お前はあの時死んでるはずだったんだ」
「……エスティリとノーラも手にかけたのか?」
「いや」
 ロックはリチャードを蹴りつけながら楽しそうに言った。
「あいつらもバカだからよ。勝手に火の中に飛び込んでいっちまった。まあ、そのまま死んだろう――ノーラはおれの女にしてやっても良かったんだがな」
「外道め……マンスールやお前は何を企んでいる?」
 ロックの蹴りが止まった。
「おいおい、今更、そんなの気にしたってしょうがねえだろう。もういいや、これ以上話しても意味がねえ。死んでもらうぜ」

 
 ロックは倒れたリチャードを無理矢理立たせ、心臓に剣を突き立てようと剣を振り上げた。
 次の瞬間、ロックの動きが止まり、その胸には深々と剣が突き刺さっていた。

「小僧がどうしたって?」
 気配を戻したリンが肩で息をしながら言い、ぽかんとしていたロックはようやく胸を刺されたのに気づき、跪いた。
「はああ」

 リチャードはゆっくりと起き上がり、ロックは玉座に向かって這いずった。
「……こんな、こんな馬鹿な」

 
 空間の歪みが弱まり普段通りに動けるようになったリチャードが、玉座に触れようとしたロックの手を蹴り上げ静かに言った。
「ロック。部下のマリスやヅィーンマンが死んだ時、何を思った?」
「……けっ、ただの駒だ。駒が無くなったって何とも思わねえ」
「そうか。私にとっては、トーラもバフもガインも、そしてリンも大切な仲間だ。お前は所詮、この異空間だけの王だ」
「……おれはお前を殺すだけのために生きてきた」

 尚も玉座に手を伸ばそうとするロックの手をリチャードは優しく払いのけた。
「これは我が父、母、叔父、叔母、エスティリ、ノーラ、そして二つの星の住民からのお前に対する裁きだ」
 ロックは嘲るような目でリチャードを見上げた。
「……お前は何もわかっちゃいない。おれを殺す事はお前自身を滅ぼすという事だ。おれはお前、お前はおれ、お前一人では何も成し遂げられは……しない」
 ロックは静かに息絶えた。

 
 リチャードは改めて『魔導の玉座』を見つめた。霊木で作られたという繊細な彫りの入った椅子は所有者を失くし、今や自ら造り上げた異空間を消そうとしていた。
 リチャードは一つ、ぶるっと身震いをした。
「見ろ、リン。異空間が消えようとしているぞ。この椅子はどこに行くのだろうな」
「……」

 返事が無いのに気付いたリチャードが背後を振り返るとリンが倒れていた。
「リン、どうした――無理もないか。慣れない異空間を、しかも気配を消したまま必死に付いてきたのだからな」

 玉座の姿が薄くなり、異空間も消え、二人は元いた日比谷公園のステージの上に戻った。
「よくやったな。ほんの束の間だが休息しろ」

 

別ウインドウが開きます

 Story 9 大帝

先頭に戻る