6.1. Story 7 ロック

6 戦いの幕開け

 

別動隊始動

 8月14日早朝、チルンは散歩に出かけた。鼻歌交じりでK公園からM神社へと足を伸ばした。故郷の《幻惑の星》のじめっとした風景に比べるとこの星は色に溢れていた。
 広大なM神社の裏手、夏とは思えないひんやりとした木陰に入ったチルンの目の前に突然黒い空間が広がり、ゆらゆらとした影が話しかけた。

「ナイフ投げのチルンだな?」
「お前、ロックか」
 目の前の影にチルンは声をかけた。
「光栄だぜ。おいらのところに真っ先に来るとはな」
「お前が手強いから最初に来た訳じゃない。メッセンジャーになってほしいだけさ」
 ナイフを手に構えたチルンに影が続けた。
「そんな事をしても無駄だな。お前にはおれの姿すら見えねえよ」
「攻撃はするんだろ?その瞬間を見逃しはしねえ」
「捨て身だな。そこまで言うならやってみるか――」

 サーカスのテントではディディが突然何かに怯え、激しく唸り声を上げた。
「ディディ、どうしたの。何かあったの?」
 ディディがキャティをM神社まで引っ張っていくと、神社の裏手でチルンが事切れていた。

 
 リンたちはチルンが殺されたのを聞いてサーカスのテントに集まった。
「で、チルンの胸にはナイフで『R.B.』と彫ってあったんだな?」とリチャードが尋ねた。
「ええ、チルンほどの使い手が無抵抗で背中を一突きってよっぽどだわ」
「宣戦布告だ。今夜から24日まで臨戦態勢だぞ」

 その場で一旦解散になり、リチャードは蒲田に声をかけた。
「大吾、覚悟をしておけ」
「覚悟といっても、僕みたいな下っ端に何ができるって言うんです?」
「……いよいよお前の手に負えないとなれば対策を取る」

 
 夕方、リンは『都鳥』に帰り、源蔵、静江、沙耶香と夕食を取った。
 二階のリンの部屋に全員集まり、源蔵の話を聞いている時に静江が異変に気づいた。

「何か臭いがしない?」
 リンは立ち上がり階段を下りた。階下から「しゅーっ」という音が聞こえてきた。
「ガスだ!」
 大急ぎで家中の窓という窓を開けたリンは二階に声をかけた。
「一階はガスが充満してます。二階の窓も開けて、しばらくしたら降りて下さい」

 
 外に出たリンは走り去る男の後ろ姿を発見した。
「あいつだな」
 リンは男を追跡したが海沿いの倉庫街の路地で男の姿を見失った。

 その時、右横手の路地ですさまじい音がしたかと思うと、ガスマスクを付けた男がリンのいる道まで吹き飛ばされた。
 断末魔の痙攣を残し息絶えた男を目の前にしてリンが驚いていると路地から一人の男が姿を現した。

「……『石の拳』?」
 ガインは倒れた男を確かめてリンに向き直った。
「勘違いしないでくれ。手助けをしたんじゃないぞ。こいつがおれの道を塞いだんで邪魔だっただけだからな。こいつはギャスっていうちっぽけな悪党さ」
「ガイン、リチャードには会わないの?」
「隊長には隊長の生き方がある。それでいい」
 ガインはギャスを担ぎ上げて背中を向けた。

 
 リンはガインと別れシルフィのテントに向かったが、テントの中にはオンディヌしかいなかった。
「あら、リン。皆、ハコネ?だったかしら、そっちに出かけてるわよ」
「えっ、何で箱根なんかに?」
「大吾から、ロックの部下がいるらしいって情報が入ったのよ」

 
 真夜中近くにリチャード、シルフィ、ダンチョー、キャティ、ディディが戻った。キャティはリンを見つけると陽気に話しかけた。
「ねえ、リン、すごかったよ。登山鉄道を脱線させようとしてたランタウって奴をボッコボッコにして、列車をディディが止めて脱線を防いだんだから」
「蒲田さんには誰が教えたんだろう?」
 リンがにこりと笑ってリチャードを見た。
「――ん、そういう事か。リン、お前の方も何かあったんじゃないか?」

 リンは事件の顛末をリチャードに話した。
「どうやら小物を私達にあてがっておいて大物は別の作業をしたかったらしいな。誰か大吾に連絡してくれないか?」
 オンディヌが蒲田に連絡を取った。
「ああ、ちょうど僕の方から連絡しようと思ってたんですよ。乗客を乗せたままの地下鉄の車両が消えたんです」

 

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 Story 8 悪魔の子

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