6.1. Story 7 ロック

4 Reveal the Truth

 

口を開く執事

 夏季休業中の『都鳥』の店内で、リチャード、オンディヌ、源蔵、リン、沙耶香、そして静江はロゼッタ映像を見終えた。
「銀河にはこんなに進んだ技術もあるんだね」
 リンが感嘆の呟きを漏らした。
「ロゼッタは比較的旧式の技術だ――さて、糸瀬はMの自宅で私の送り付けた袋を開け、映像を見た。そして大帝、大都がまだ生きており、復讐されると恐れた」
「まだ信じられないな。糸瀬が大都を陥れたなんて」
 源蔵が納得しない表情で言った。
「動機は何だい。研究成果を欲しいと言っても、大都の仕組みを理解できないのは糸瀬本人もよくわかっていたはずだ」

 
「そろそろ中原さんに話してもらおうじゃないか」
 リチャードが静かな声で言った。
「今日はその覚悟でいらしたんですよね?」
「覚悟ですか――その通りです。これからの私の言動は執事失格に値します。お嬢様、私は本日限りでお暇を頂戴致します」
「……そんな、中原さん。何を言い出すの」
「いいえ、お嬢様。私はこれより主人である糸瀬優を侮辱致します。たとえどのような人物であれ、糸瀬が主人である事に変わりはございません。私が屋敷にこれ以上留まれないのは――」
「ええと、中原さん」とリチャードが中原老人と沙耶香の会話に割って入った。「本題に入ってもらっていいかな?」
「かしこまりました――

【中原の回想:佐倉真由美】

 ――最初に屋敷に来られたのは糸瀬でした。半ば強引に押しかけるような形で千倉の海岸で真由美お嬢様と知り合ったと言い、M大学出身の気鋭の建築家だと自己紹介致しました。
 大奥様に取り入ろうとしてでしょう、以来、手土産を携えて頻繁に訪れるようになりました。
 真由美お嬢様は何も言われませんでしたが、あまり喜んではおられないようにお見受け致しました。

 糸瀬がの訪問から数か月後に、真由美お嬢様が須良様を連れて来られました。その時の嬉しそうな顔は今でも忘れられません。普段あまり感情を表に出されないお嬢様があれほど笑顔をお見せになっている、きっと須良様を深く想われているのだと感じました。
 須良様は立派な青年でした。幼少よりご苦労をされたせいでしょうか、口数は多くありませんでしたが、他人を思いやる、情に溢れた方でした。
 一つ、心配だったのは須良様と糸瀬が親友だった事でした。千倉の海岸で文月様を含めたお三人が若林様や真由美お嬢様に出会われたという事でした。

 そんな事をしてはいけなかったのですが、私は秘かにお嬢様と須良様を応援致しました。大奥様は糸瀬を気に入っていたようですが――

 

「中原さん」とリチャードが神妙な声で尋ねた。「沙耶香の母と須良大都は愛し合っていたんだね?」
「左様でございます――

 お二人は愛を育まれました。私は病弱で家に籠りがちだったお嬢様が積極的に外に出ていかれるようになったのが何にも勝る喜びで、夜遅く、そっとお戻りになられるお嬢様のために屋敷の鍵を開けておくのが幸せでもありました――

 

「……真由美と大都さんはこのお店で待ち合わせて一日中居座ってた事もあったわ。大都さんが宇宙の話をして真由美がそれを聞いてたの。懐かしい」
 静江が遠くを見るような表情で呟いた。
「私も覚えてるよ」と源蔵が言った。「大都と休みが一緒になる事はなかったが、いつだったか『静江さんがアパートを探してくれた』と言っていたなあ」
「源蔵さん、そりゃそうよ。若い男女だったんだし。その、毎回、ホテルってのもお金が続かないわよ」
「――話に戻ってもよろしいでしょうか?」
 中原に言われ、源蔵と静江は叱られた子供のように首をすくめた。

 若林様の言われた通りでございます。同棲とすら呼べない双方が通いの状況でしたが、その頃のお嬢様は一番幸せだったのでしょう。そしてお嬢様には須良様との愛の結晶が芽生えたのです。
 私はお嬢様からそのお話を伺った時に腹を括りました。この命に代えても大奥様を説得しよう、生まれてくる子が祝福されるようにするのが最後の務めだと確信致しました。

 ですがあの事故が起こり、失意のあまり我を失ったお嬢様を前に私はどうする事もできませんでした。
 糸瀬はそこに付け込みました。言葉巧みに屋敷に乗り込んで、大奥様を籠絡したのです。
 佐倉家の体面を重んじられた大奥様はお嬢様のお腹の膨らみを気にして、屋敷に幽閉なさいました。
 糸瀬は出産間近のお嬢様との婚姻を強引に大奥様に認めさせ、友人の医師に書類を捏造させ、お生まれになった沙耶香お嬢様の出生届を半年遅らせました。
 そして大奥様が世を去り、お嬢様も亡くなり、佐倉家を手にしたのです――

 

「糸瀬は研究だけでなく、愛する女性とその子も奪い取ったのだな」とリチャードが言った。
「まさか、糸瀬がそんな……」
 源蔵は絶句した。
「やり切れない話だね。沙耶香には悪いけど糸瀬さんに同情の余地はないよ」
 リンもため息をついた。

 
 中原が静かに続けた。
「私に力があれば、あの害虫を追い出せたのでしょうが、幼かった沙耶香お嬢様をお守りするのが精一杯でした。お嬢様をお救いして下さる方が現れるその日まで、責任を持ってお育てしようと。ですが私が至らなかったばかりに、お嬢様の心に消えない傷を負わせ、元々、血の繋がらぬお嬢様を疎ましく思っていた糸瀬は、ますますお嬢様を疎んじるように……」
 中原の声が涙混じりになった。

 
 沙耶香は立ち上がったが、立ちくらみを起こして後方に倒れそうになり、リンが慌てて沙耶香の背中を支えた。顔色は紙のように白かった。
「大丈夫?」
「……はい」
 沙耶香は胸を張って答えた。
「海岸でオンディヌさんに言われました。今の私の命はリン様が分け与えて下さったものだと。ですから私、リン様に笑われないよう、もう二度と外出できないような弱い自分に戻るつもりはありません。これからは自分が人を助けないと」
「沙耶香ちゃん」と源蔵が優しい声で言った。「君は大都と真由美さんという二人の優秀な人間が生み出した傑作だ。うちの息子をよろしく頼むよ」

 突然、静江がカウンターの中で大きな声を上げた。
「――あたしは知ってたの。沙耶香ちゃん、真由美があなたを産む数日前にここに電話してきたの。『大都さんとの愛の結晶がもうすぐこの世に誕生する。誰もその事実を知らなくても、静江だけは心に留めておいてね』って。でもあなたが産まれたって知らせはそれから半年後だった。何かあったなとは思ってたのに――今まで言わなくてごめんなさい」
「おば様、ご自分をお責めにならないで」

 
 沙耶香は中原の手をそっと握った。
「中原さん、今まで私を守って下さってありがとう」
 中原は流れる涙をぬぐおうともしなかった。
「いえ、お嬢様、私は主を批判致しました。執事失格でございます。本日限りで暇を頂きます……今はお嬢様を安心してお預けできる文月様もいらっしゃいます」
「そんな事言わないで。私はたとえ何を聞かされても糸瀬の娘である事に変わりはありません」

「皆、逃げないで自分の運命と戦っているのね」
 静江の呟きを聞いた源蔵は咳き込んでから誰にも聞こえないほどの小さな声で言った。
「静江さん、私ももう逃げませんよ」

 

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