6.1. Story 7 ロック

3 ロゼッタ

 

ロゼッタの行方

 源蔵はお代りのコーヒーを飲みながらリチャードの話を黙って聞いた。
「――そうか。糸瀬がそんな事になっていたか。しかも大都まで生きていたとは」
「源蔵、お前も大帝と同じような経験をした。一体、この星はどうなっているんだ」
「……大帝が確実に大都だという証拠は?」
「糸瀬の屋敷に送りつけたロゼッタでも残っていればいいが」
「それ何?」とリンが尋ねた。
「正式名称は『ロゼッタ式映像記録媒体』だ。知らないか?」
「大公の王宮で見せてもらった記憶があるな。円盤から立体の映像が現れるんだ」と源蔵が言った。

 
「それはこれの事でしょうか?」
 リチャードたちが驚いて店の入り口を振り返ると、いつの間に到着したのか中原老人が封筒を手に立っていた。
「文月様、ご無沙汰しております。この十三年の間、ずっと罪の意識に苛まれておりましたが、ご無事で何よりでした」
「あ、あなたは?」
「……覚えてらっしゃいませんか。佐倉の屋敷の中原でございます」
「ああ、真由美さんの――」
「左様でございます。ご子息はご立派に成長されました――」
「さて、思い出話は後にして」とリチャードが言った。「まずはこっちを見よう」

 
 中原から円盤を受け取ったオンディヌは自分の右腕を指差しながら「ロゼッタ」と言った。
「通常の再生にはポータバインドを使うけど、糸瀬にはできないでしょ。だから自動再生モード、つまり開封と同時に自動的に再生される方式だったに違いないわ。問題は繰り返し再生可能か、一回消去設定されているかどうかね」
 オンディヌの右腕から光の筒が現れ、そこにロゼッタがセットされた。
「始めるわよ」
 一同が固唾を飲んで画像再生を待っていると、店の空間に男の姿が浮かび上がった――

 

浮かび上がる死霊

 同じ頃、Tホテルの一室に閉じこもったまま、糸瀬優は室内の電話を使ってある場所に連絡を繰り返していた。
 何十回目かのコールでようやく受話器を取る音が聞こえた。

「もしもし……ああ、やっと繋がった。助けては頂けないでしょうか?」
「警護を遣っただろう」
「ご存じないんですか。殲滅させられましたよ。おかげで私はホテルの一室に缶詰状態です」
「伊豆の別荘に逃げ込むかと思っていたが、当てがはずれたな」
「……どういう意味ですか?」
「何でもない――次の手は打ってある」
「本当ですか。本当に私を助けるおつもりがあるのですか?」
「余興に過ぎん――と言ったら?」
「恨みます。いや、あんたがした事を世間に公表したっていいんだ。私をそそのかして須良を事故に見せかけて殺し、その研究成果を奪い取ったと」
「ほぉ、研究は私の物ではありません。他の人間の物でしたと公言するのか。間近に迫った『国際都市シンポジウム』が楽しみだ。キャリアの終焉となるぞ」
「……」
「余計な事を考えるな。この国は大混乱に陥る。国際会議を開催するどころではないほどのな」

 
 電話を終えた糸瀬は頭を抱えてベッドサイドに座り込んだ。
 屋敷に投げ込まれたあの袋を開けた時、目の前に幻が蘇ってこう言った。

 
 ――やあ、糸瀬、久しぶりだね。
 君は8月24日に国際会議の場で物質転移理論を自分の研究として取り上げるらしいが、それは研究者にあるまじき行為ではないか。もしそうだとすれば私が味わったのと同じくらいの苦しみを君も味わう必要があるな。
 君を亡き者にするのは容易いが、今の私は私怨で動く事が許されない立場にある。それにかつて共に研究を行った仲だ。命は奪わないから安心したまえ。
 私の作った転移装置の片割れが残っているのも知っている。分解するのも複製するのも今の君たちの科学文明では不可能な代物だからね――

 そこで幻は一旦黙り込んだ。

 ――時間も限られているので必要事項だけを伝えよう。これから十数日の間、君だけでなくこの星に未だかつてない危機が訪れる。では幸運を祈るよ

 
 幻は消えた。袋の中に残った銀色の小さな円盤が須良の幻を作り出した記録媒体に違いなかった。だがどうすればもう一度再生できるのか見当もつかなかった――

 
 電話を終えた糸瀬は今宵も眠れぬ夜を過ごさなければならなかった。
「あと十日、逃げ切れれば――しかしこの星の危機とは?」

 

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