6.1. Story 7 ロック

2 父の過ごした世界

 

異世界

「ほぉ、リチャード君とオンディヌさんは他所の星の方ですか。地球もそういう時代に突入したんだなあ」
 静江が入れたコーヒーを飲みながら源蔵が言い、リンはコーヒーを吹き出しそうになった。
「父さん、そんな事ないよ。十三年前とあんまり変わってない。この状況が特別なだけだよ」
「それにしても源蔵」とリチャードがコーヒーに顔をしかめて言った。「そんなに長い間、どこにいて、どうやって転移装置で戻ってこれたんだ?」
「おお、その事かい。私にはどうにも説明がつけられんのだよ。君たちみたいな他所の星の人ならわかるんじゃないかな――

【源蔵の回想:不思議な世界】

 ――1970年の8月、幼かったリンを連れて大阪の万国博覧会に出かけた時点までは覚えているんだが、気が付けば全く別の場所に一人きりだった。
 右手に険しい山並みがどこまでも続いて見える荒涼とした原野だった。空は太陽も出ていないのにオレンジ色から黄色、黒と定期的に色を変えるのを繰り返した。
 とにかく不思議な場所だった。山を遠目に見ながら道とは言えない道をとぼとぼと歩いたが、どこまで行っても景色は変わりばえしなかった。

 どれほど歩いたろうか、はるか前方に黒い点が見えた。
 やがて目視できるほどの距離になると、それが辺りの山くらいの大きさもある生き物だというのがわかった。
「あんなのに襲われたら大変だ」
 慌てて隠れる場所を探したがどこにも逃げ込めそうもなかった。
 半ば絶望して前方を見ているうちに妙な事に気付いた。
 こちらに近づく生き物の大きさが変わらないのだ。
 言っている意味がわかるかな?
 土煙を立ててこちらに走ってくる生き物、遠くにあった時は山と同じくらい大きさだったのに、いくら近くなっても大きさが変わらない――つまり近づくにつれその生き物は小さくなっていたんだ。
 遠近感がおかしくなったのかと思ったが周囲の山を見る限りそうではなかった。どう考えてもその生き物だけがサイズを変えていた。

 とうとう生き物が私の十メートルほど前まで迫った。生き物は象くらいに縮んでいて、その背中には純白の衣装を身に着けた男が乗っていた。
 男は生き物の背中の上から私に言った。
「なるほど。自らの身をもって次元の扉を閉じられましたか」
「あ、あなたは……?」
「プリンス・ルパート。さあ、後ろに乗りなさい」

 私はルパートと名乗る若い男に拾い上げられ、王宮のような建物に連れていかれた。
 目を凝らしても何も見えない荒野にいたはずなのに、あっという間に王宮に着いた。
 広間に入るとそこには漆黒の衣装に身を包んだ男が深紅の絨毯の上に座っていた。

「兄上。客人をお連れしました」
 ルパートが言うと男は物憂げな表情で答えた。
「失礼だがお名前は?」
「文月源蔵です」
「私はマックスウェル大公。以後お見知りおきを」
「大公。ここは一体どこですか?」
「あなたはどうやら選ばれた人間だ。そもそも扉を開けたのは創造主だが、それを閉じるとは並々ならぬ力の持ち主」
「……言われている意味が理解できません」
「面白い。しばらくここに居られるがよい。その時が来れば元の世界に戻して差し上げる故、ゆるゆると語り合おうではないか」

 どのくらいの期間、王宮にいただろう、来る日も来る日もご馳走を振る舞われ、もてなされた。大公は私を気に入ったようで幾度も夜を徹して語り明かした。

 ある時に大公が言った。
「別れの時が来た。あなたの星で転移装置の電源が入った。しかも電源を入れたのはあなたの息子だとは全くもって愉快だ。さあ、装置に飛ばして差し上げよう――

 

 ――という訳だ」
「なるほど。ルパートやマックスウェル大公という人物は知らないが、場所については見当がつく。源蔵、君がいたのは『異世界』と呼ばれる場所だ」
 リチャードの言葉に源蔵は首を傾げた。
「何だね、それは?」
「この銀河以外にも同じような銀河が数多く存在する――これはわかるな。そういったものはあくまでも我々の銀河と同じように被創造物が暮らすだけだ。だが中にはそういった銀河を創造する力を持った創造主の暮らす銀河がある。これがいわゆる『上の世界』だ。そして異世界はそういった上の世界の中でも、更に特殊な場所だ。そこには我々が『天国』や『地獄』と呼ぶ、全ての魂が転生を待つ場所、『死者の国』がある」

「じゃあ私がいたのは?」
「本来ならば『死者の国』で転生を待つべき所を、そのとば口で彷徨っていたという極めて特殊なケースだ――そもそも何故、そのような場所に?」
「……覚えていない。夏休みを利用してリンと万博に行った時点までの記憶しかない」
「それが十三年前か」
「だが大公の城にいたのは、たかだか数か月だったような気がする」
「上の世界の時間の概念はこちらとは違う。水槽に飼われているペットの魚と同じだ。魚たちから見れば外の私たちはまるで無限の時間を過ごしているように見える」
「何故、十三年経った今になって急に元の世界に戻れたんだろう?」
「――大公の言葉通り、時が来た、としか言いようがない。実はこちらもあなたにお聞きしたい事がたくさんある」

 

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