6.1. Story 6 サーカスがやってくる

3 奇妙な会合

 

不躾な訪問者

 午後3時を回った頃、地下での挨拶を済ませたリチャードはティオータに案内されて新宿の中心部にある修蛇会の本部に向かった。
「どうせならヘビの頭、唐河十三に会った方がいいよな。ちょっくら様子を聞いてくるから待っててくれ」
 ティオータはそう言うと雑踏の中に消え、五分後に再び姿を現した。

「何だか知らねえけど、大事な客人があるとかで自宅にいるらしいや。こっからそんなに遠くねえし行ってみるか」
「すまないな。ところでティオータ、あんた、修蛇会とはどんな関係だ?」
「トップの唐河は昔の部下さ」
「《歌の星》親衛隊か」
「まあな。奴は序列13番目、サーティーンだったから、十三って名乗ってる。心底悪い奴じゃねえんだけどな」
「面白いな。反目しているのかと思えば協力もし合う」
「それだけ他所の星で生きてくのは大変ってこったよ」

 
 二人が新宿のはずれの唐河の私邸に近づくと異様な雰囲気だった。道路に黒塗りの車がずらりと停まり数百メートルに渡って片側一車線を占拠していた。残された一車線を仕方なくのろのろと走る車の窓をガラの悪い男たちがいちいち覗き込んでいた。
「かーっ、どんだけの大物が来てんだよ。もう一回聞いてみるか」
 ティオータはそう言ってから、ガラの悪い男たちの中ではまともそうな黒いスーツの男に近づいて言葉を交わした。

「リチャード、面白い事になってるぜ。今、この屋敷に来てんのは飛頭蛮の養万春だってよ」
 戻ったティオータが楽しそうに言うとリチャードは首を傾げた。
「ん、それのどこが面白い?」
「ああ、あんたは状況わかってないか――いいか。あんたが糸瀬の屋敷で倒した修蛇会を束ねるのが唐河だ。警察は襲撃犯を探してるが、関係者があんたの名前を出すはずがないんで、仕方なく対立する組織、飛頭蛮が犯人だって結論で手を打つつもりらしい。で、その親玉、養万春が極秘来日した」
「なるほど、政治的決着か。知らぬとはいえ気の毒な事をしたな」
「サーティーンにか。気にする事ねえよ。最近、調子に乗り過ぎてたから、がつんとやられる必要があったんだ」
「どうしても会いたいが」
「この警備を中央突破したら、又大騒ぎだ。かといって正直に名乗っても騒ぎになるし……しょうがねえ。おいらが騒ぎを起こすからその一瞬で屋敷に潜り込めよ。あんたなら楽勝だろ」

 ティオータはその場を離れ、ぶらぶらと道を歩いていき、車線を占拠する一台の黒塗りの高級車に近づいた。
「ぱんっ!」
 タイヤの破裂する音が銃声に聞こえたのだろう、警備に当たっていた男たち全員の目が音のした方角に向けられた、その一瞬の隙にリチャードは高い塀を飛び越え、屋敷の中に着地した。
 手入れされた庭を進み、ドアの所に立っていた二人の警護を、「すまん」と言いながら手刀の一撃で倒して邸内部に押し入った。

 
 屋敷の内部の豪華な応接間では二人の男がそれぞれ数人ずつの警護を背後に立たせて、向かい合って座っていた。一人はでっぷりと太った中年男で、もう一人は顔に深い皺の刻まれた少し若い男だった。
 男たちは突然のリチャードの乱入に慌てふためき、スーツの胸元に手を入れようとしたが、太った男がそれを押し止めて声を上げた。

「何者だ。警護は一体、何をやっている!」
「すまんが眠ってもらったよ。どうしてもあんたに会いたくてな」
「貴様……もしかして」
「ああ、私はリチャード・センテニア。《鉄の星》の皇子だ」
「いい度胸をしてるじゃねえか。タマ取りに来やがったのか」
「少し話をしたくてな」
「なめた真似を――」

「まあまあ、唐河さん」
 年の若い男が少し訛りのある日本語で言った。
「面白いじゃないですか。ありえない事件の被害者と加害者がこうして話し合う事自体が異例なのに真犯人まで現れた。一つ、この方も交えて話そうではありませんか」

 でっぷりと太った唐河は不満そうにソファに腰かけ、背後の警護の男たちに顎をしゃくって合図した。もう一人の男もソファに腰かけ、同じように背後の警護に目で合図を送った。これを見たリチャードは空いているソファの席に悠々と腰かけた。

 
「こっちの人は大分話が通じるみたいだな。あんたも他所の星の人間か?」
「私は飛頭蛮というちっぽけな組織を仕切る養という者です。あなたのような銀河の名家の出ではありませんから出自までは勘弁頂きたい。それにしても『全能の王』の再来と聞いていましたが、会ってみるとイメージが違いますね」

「よく言われるよ。実は今日は唐河さんに会って誤解を解きたかった。私たちは糸瀬の屋敷に押し入ったが、あの時いた男たちは糸瀬が雇ったのだと思ってたんだ。唐河さん、あんたも誰かに依頼されただけだろ?」
「……もちろんだ。帝国から誰かが来るとしか聞いちゃいない」
「コマンドが来るとは思わなかったか?」
「あんたみたいな化け物が来るとわかってりゃ、こっちだって考えたさ。最初の夜にやられてうちの奴らは皆、頭に血が上っちまった。おかげであの有様さ」
「すまなかったと思ってるよ。だが先に手を出したのはそっちだ……なあ、あんたに依頼をしたのはどこのどいつだ?」
「あんた、帝国を離脱したとは言え、この星で暮らすつもりもねえだろ。それを知ってどうすんだ?」

「よく調べている。確かにその通りだ。今のは忘れてくれ――それにしても今回の一件では養さん、いや、養大人、あんたは儲けたな。罪をかぶる代わりに警察組織に貸しを作った」
「あなたを罰する法はこの星には存在しないから仕方ありません。お気の毒な唐河会長に利益をどう還元するかを話し合いに来ていたのです」
「面白いな。表向きは敵対しているが他所者同士。助け合って生きないと明日は我が身という訳だな」
「リチャードさん、あなたのような真のエリートには弱い者の心情は理解できない――ところで一つ質問があるのですが」

「ん、何だ」
「この星に滞在し続ける目的は?」
「おお、そうだ、そうだ」
 養の質問に唐河も同調した。
「あんた、糸瀬を脅しに来ただけならもう目的は達成したはずだ。なのに騒ぎは各地で続いてる。こっちだっていつ又、襲撃されるかと思うと枕を高くして眠れないぜ」
「安心しろ。せいぜい後十日、そうしたらこの星を離れる」
「十日……糸瀬の何とか会議の事を言ってるのか。それともこんな馬鹿げた騒ぎが後十日も続くって意味か」
「そのどちらもだが、それはこの星の人間にとっての試練。あんたらには関係ない事さ」
「関係ないか。ここまで長い間、この星に暮らしてるとそうも割り切れねえんだが、わかったよ。十日間、おとなしくしてらあ」
「そうだ。下手に首を突っ込まない方が賢明だ」
 リチャードは満足げに立ち上がった。
「帰りは堂々と帰らせてもらうぞ」

 

養大人

 リチャードが去った後の応接間には唐河と養が残った。
「まあ、十日でいなくなってくれるんなら我慢するか」
「唐河さん、苦労はお察しする。ところでこの島にだけ、鬼神のような連中が群がるのは何故だ?」
「養、あんたの国では他所者の組織はどうなってる?」
「さあ、私は大都会の地上に本拠を構えていて地下に行く事などないし、他の異邦人との交流もあまりない」
「だろ。この島国、いや、東京は特殊なんだよ。地上の暮らしとは別に地下に立派な組織が二つもあるなんて、世界中探してもどこにもねえ」
「まさしく魔都東京だ。世界の他の地下の発展した大都市、そういった所では?」
「さあな――ニューヨーク、ロンドン、パリ、ローマ、そしてベルリン、別の意味で何が住んでるかわからないって話だけどな」

「なるほど……先刻、リチャードが言っていた話だが」
「ああん、この先、まだ大騒ぎがあるって事か」
「それもそうだが、私にはリチャードが何かを探しているか、待っているように感じられた」
「ふーん、そんな事より早いとこ、事後処理の件をまとめようぜ」
「うむ、警察に若い者を出頭させるのに私も付き合いたいので、急ごう」

 
 リチャードは宣言通り、正面から屋敷の外に出た。
 警護の人間は一瞬驚いた表情を見せたが、リチャードの堂々とした態度を見て、皆、深々と礼をした。
「よぉ、どうだったい。殺しちゃいねえだろうな」
 車線を封鎖する車の先の方で待っていたティオータがやってきて言った。
「人を殺人狂のように言うな。至って平和的な会合だ」
「ふーん、養ってのはどんな奴だった?」
「あんたの元部下よりは頭が切れるな。どこの星の生まれだ?」
「詳しい事は知らねえが、お決まりの《古城の星》じゃねえか」
「ならず者ばかりが暮らすという噂の星か?」
「この星からはそんなに遠くねえから来やすいんだろうよ――しかしこれでひとまず事件は決着するが、あんたの言う通りこの後も大騒ぎが起こったら警察は真っ青だろうな」
「さあ、私には関係ないな」

 

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