6.1. Story 5 理解の限界

6 混迷

 

復讐の牙

 都内某所にある会員制のバーだった。一人の太った男が連れの黒眼鏡の男に不平をこぼしていた。
「まあ、そう言いなさんな、唐河さん」
 黒眼鏡の男は微笑みを浮かべて太った男に言った。
「今までが順調過ぎたんだよ」
「ん、それはどういう意味だ?」
「考えてもごらんよ。他の星だったら、やんちゃをする奴はその報いを受ける。連邦加盟の星なら連邦だし、帝国配下の星だったら大帝にがつんと叩かれる……まあ、最近じゃ、そのどっちも怪しいが」
「この星はどこにも属してないぞ。《古城の星》や《虚栄の星》のように何をしたって構わんはずだ」
「おや、そうかな。あんたの場合は出過ぎた真似をすれば怖い兄貴分に叱られるだろ」
「うう、それを言わんでくれ。ティオータの兄貴には頭が上がらないんだ」

「あんたの力でその目の上のたんこぶを消しちまえばいいじゃないか?」
「馬鹿を言うな。あんたも『東京の三匹の鬼』の存在は知ってるだろ。今は一人減ったが、鬼を相手にケンカする度胸はない」
「ならおとなしくしているんだな。相手は鬼以上だ」

 
「だから相談してる。あんたが分析したように今回の一件がリチャード・センテニアの独断で行われたのならば、おれが復讐しても帝国の怒りを買う訳ではない」
「まあな。リチャードはこのまま帝国を離脱すると睨んでいる」
「となればリチャードはただの私人だ」
「『全能の王』の再来と呼ばれるリチャードに戦争を仕掛けるとは物好きだな。あんたの配下を全員差し向けても死人の山を築くだけだぞ」

「こっからが本題だ。言う通り、池袋、新宿、それに他の身内を総動員しても勝ち目はない。人を貸してほしいんだ」
「おいおい、こっちはそんな商売はしてないぞ」
「《古城の星》あたりから手練れを連れてきてくれりゃいいんだよ」
「確かにリチャード・センテニアと戦えるとなれば、手を挙げる命知らずはいる。だがそんな猛者同士が衝突すればどうなる。東京どころか、この星が滅びるかもしれん」
「強い上にそのへんの限度をわきまえた奴もいるだろ?」
「無茶な注文をするな。そもそもこの東京を破壊したらあの男が黙っていない。藪小路は東京を溺愛しているんだぞ」
「今回の件だって、元はと言えば藪小路がおれに糸瀬の警護を頼んだから始まった。こっちは巻き込まれただけの被害者だ。文句は言わせないさ」
「ほぉ、そうだったのか。なかなか面白い。私はリチャードがこの星に滞在を続ける目的が何か、それだけを知りたかったが、まだ色々とありそうだな」
「受けてくれるのか」
「ああ、心当たりはある。城の警護をしている連中に声をかけてみるか」

 

敵か味方か

 西浦は昨日と同じ喫茶店で部下の蒲田と向かい合っていた。
 蒲田から一通りの説明を受けた西浦は腕を組んで天井を見上げた。
「うーん、予想以上の状況だねえ。どうしたもんかなあ」
「でも昨日の捜査会議では幕引きに向かうようでしたよ」
「こっちにも圧力がかかってね。余計な事を言うなって」
「真相を知るのはこの二人だけですか。何だか空しいな――

 
 突然目の前に人影が現れ、二人は会話を止めた。オールバックに髪を撫で付け、黒縁眼鏡をかけた背のあまり高くない男がテーブルの二人を見下ろしていた。
「ちょっと失礼」
 男は承諾を得ぬまま蒲田の隣に腰を下ろした。
「何ですか、いきなり」
 蒲田が男を立たせようとするのを西浦が慌てて止めた。
「記憶に間違いがなければ、確かあなたは……」
「私が誰かなどどうでもいい。重要な情報を伝えに来た」
 蒲田の手を振りほどいた男は冷静に言った。

「重要な情報?」
「そう。西浦さん、あなた、公安から圧力をかけられましたね?」
「え、ええ」
「そんなものに負けてはいけない。この青年と共に真実に喰らい付き、闇を引きずり出すんだ。何かあった時には私の組織がお二人の身を守る。言いたい事は以上だ」
 男はそれだけ言うと何もなかったかのように店を出ていった。

 
「今の人、誰ですか?」
「うん、一度だけ見かけた事がある。内閣調査室の葉沢さんだと思う」
「内閣調査室……?」
 蒲田の脳裏に数日前に会ったシゲさんの顔が浮かんだ。

「そう。NFIの元を作ったのは彼ら。公安はそれを借り受けただけで、そもそもは――」
「人外帳?」
「よく知ってるねえ」
「ええ、さっき言った事件の真相についての話し合いの席に調査室出身の重村さんって方が同席されていて、色々と教えてもらいました」
「もしかしてアンタッチャブルの話も出た?」
「お伝えしてませんでしたけど、今回の事件もか細い糸を手繰っていくとその『怪物』に行き当たるようです」
「なるほど、それで葉沢さんのお出ましか――ねえ、これはひょっとするとひょっとするよ」
「それじゃあ、わかりませんよ」
「ごめん、ごめん。つまりね、ぼくらはとんでもない事件に巻き込まれた、ううん、とんでもない事件のキャスティングボードを握らされているんだよ」
「えっ?」
「気を引き締めてかからないとね。蒲田君、文月君の密着は続けてよ。ぼくは気心の知れた上層部をできるだけ多く味方につけるように動くから」

 

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 Story 6 サーカスがやってくる

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