6.1. Story 5 理解の限界

5 牽制

 

誘い水

 本庁に戻った蒲田は上司の西浦を探した。
 時計を見ると定例の捜査会議の時刻だったので、そちらに当たりを付け、会議室に向かった。
 部屋の後方の席に座り、周りを見回したが、小柄な西浦の姿はなかった。
 会議の方はすでに捜査員の報告が終わり、仏頂面をしたまま前方に座る刑事部長が立ち上がって話をしていた。

「――という事だ。修蛇会を襲撃したと見られる飛頭蛮について、近々強制捜査を行う。くれぐれも逃亡、証拠隠滅の恐れのないよう、構成員の監視を怠らぬようにしてもらいたい」

 蒲田は刑事部長の発言をさしたる驚きもなく聞いた。
 こういう幕引きしかない――だが今、自分が知っている事実をこの場で話せばどうなる。
 いや、止めておこう。真犯人がわかっても逮捕できないのだから――

「特事、何かあるか?」

 蒲田は突然、刑事部長から名指しされて飛び上がらんばかりに驚いた。
 何故、自分に。
 静岡の件の連絡がいっているに違いない。
 何と答えるべきか……

「特にありません」
「よし、以上だ」

 
 会議は散会となり、机にぐったりと突っ伏した蒲田の視界に人影が映った。四課R班の専内(せんだい)という名の男だった。
「ちょっと顔貸してくれないか」

 専内は蒲田を問答無用で部屋の外に押し出し、二人は電灯の消えた人気のない廊下で向かい合った。
 二、三度話をした事のある専内は、どこから見ても堅気には見えない他のR班の人間と違ってスマートで証券マンのような風貌をしていた。
 だが実際には「痩身の狙撃手」と言われ、幾多の修羅場をその銃技で収めてきたという伝説の持ち主だった。

 
「何か言う事があったんじゃないのか」
 専内は金縁眼鏡のフレームを指で押し上げながら蒲田に顔を近付けた。
「……いえ、特にありませんよ」
「そうかい、ならいいが――どう思った?」
「何をですか?」
「このヤマに決まってるさ。ホシは飛頭蛮。あんな事できる人間がいるのか」
「確かにその通りです」
「強制捜査と言っても、実際は下っ端が出頭してきてそれで手打ちだろ。向こうは警察に貸しを作って万々歳、痛くもかゆくもないって筋書きだな」
 専内は口の端を歪めて小さく笑った。

「で、僕に何か?」
「西浦さんとお前の見立てはどうなんだ。本当は手に負えない人外なんだろ?」
「まだ西浦には報告してませんが、おそらくこの星の人間、地球人ではないかと」
「ふふん、バカバカしい――だが宇宙人の仕業ならあの暴れっぷりも説明がつくな」
「……僕は実際にこの目で見たし、会ったんです」
「会ったって、犯人にか?」
「ええ、犯人は全部で五名。東京と山梨の事件です。静岡は全く別の人間によるものです」
「面白いな。面白いが部長には報告できない。どうやってカタ付けるんだ?」
「僕ごときではわかりませんよ」
「まあ、いいや。ありがとう、いい話が聞けた」
 蒲田は去っていく専内の背中に声をかけた。

「専内さん」
「ん、まだ何かあるのか。こっちの用は終わったぞ」
「今の僕の話を聞いて何らかの行動を起こすつもりですか?」
「何言ってるんだ、お前。集団行動が基本だぞ。上に通せないような話に従って動けるはずがない」
「そうですよね」
「それとも何か気になる事でもあるのか?」
「いえ、そんな事。すみませんでした。余計な事で呼び止めてしまって」
「気にするな」
 そう言って専内は再び背を向けた。
「――なかなかいい勘してるよな」
「えっ、何か言われました」
「いや、別に」

 

圧力

 蒲田が本庁に戻る少し前に上司の西浦はある人物の呼び出しを受けていた。
 神谷町にある静かな喫茶店で、西浦は目をしょぼつかせながらかつて自分が所属していた公安部の人間と相対していた。
「何のご用でしょう?」
 西浦はコップの水をごくりと飲んでから訊ねた。人の好さそうな白髪交じりの小男で、とても切れ者には見えなかったが、それこそが西浦の武器だと言われていた。
「未だに公安と通じていると刑事部の人間に疑われますか。確かにそうですな」
「いや、そんなのは気にしちゃいませんよ。ただ部下の蒲田君がそろそろ戻ってくる頃なので、本庁で待ってた方がいいかなと考えましてね」

「それですよ。蒲田大吾君、優秀なようですね」
「蒲田君ですか。ええ、おかげで助かってますよ。いい青年です」
「東京の事件で大変なはずなのに、静岡で起こった事件の指揮まで執った、大したもんです」
「何がおっしゃりたいのでしょうか?」
「単刀直入に言いましょう。今、彼はこの日本で起こりつつある大事件の中枢に最も近い場所にいる」
「今日はまだ連絡を受けてませんけど、ずいぶんと妙な事件ですよねえ」
「NFIを伝えるまでもなく刑事部や県警はやくざ者同士の抗争や集団食中毒で片を付ける。まあ、彼らではそのへんが関の山でしょう。ですが我々は違う。山梨も含めて、この一連の事件の核心に近づきつつある」
「彼に尾行でも付けるのでしょうか。いや、もう付けたのかな」

「その辺のやり口は説明するまでもないでしょう。大事なのは、真実を知るのは我々とあなた方、特事班だけだという事です」
「わかりましたよ。最高レベルのNFIにして一切の捜査をさせるな、という事ですね」
「ええ、野蛮人の中には決定事項を不服として単独行動を起こす者がいます。それはあってはいけません」
「同僚を野蛮人呼ばわりされるのは納得いきませんねえ」
「これは失礼。もちろん優秀なあなたと蒲田大吾君にはそれなりの礼を尽くすつもりです」
「今更、そちらに戻る気などありませんよ」
「これは又、酷い嫌われようだ。我々もせっかく『開かれた警察』の象徴とも言える特事班を潰すような真似はしません。そんな事よりもあなたたちのアクセス権を拡大しようという話です」
「ほぉ、Bランクでは場合により、AランクのNFIの場合は例外なくそちらにお伺いを立てていたのを改めて頂けるのですか?」

「いや、そこは今まで通りです。それよりも今回の一連の事件の犯人のNFI化、この一切をあなた方に一任致します」
「間違いなくランクはアンタッチャブルになりますよ。それでも構わないんですか?」
「止むを得ません」
「裏を返せば、この件はお前たちだけで処理しろ、他のアンタッチャブルの名は一切出すな、という事ですね」
「そういう訳では」
「圧力ですか。NFIの情報を握っているはずの公安でも、アンタッチャブルのNFI相手ではどうにもならないだろうとは思っていましたが、案の定ですね」
「違います。これはあなたたちの身の安全を保証する事にも繋がる。特に――」
「蒲田君ですか。彼の身に何かあったら私は黙っていませんよ」
「西浦さん、わかって下さい。私の意志ではどうにもできないんです」
「大丈夫ですよ。大学を優秀な成績で卒業されたキャリアのあなたにどうこうしてもらおうとは思わないし、迷惑もかけません。ご安心下さい」
「約束ですよ。お願いします」

 男は自分の分だけのコーヒー代をテーブルに置くと、喫茶店を飛び出すように出ていき、後に残った西浦はゆっくりと冷めたコーヒーに口をつけた。
「さて、蒲田君も戻っている頃だ」

 

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