6.1. Story 5 理解の限界

4 リミット・ブレイク

 

地下からの言伝

 扉の向こうに二人の男が立っていた。真夏だというのにグレーのコートを着て、頭にはソフト帽をすっぽりとかぶっていて、顔の表情はわからなかった。

「失礼します」
 二人連れのうちの細身の男が言い、リチャードが微笑んだ。
「元気そうだな。居場所がわかったのでこちらから会いに行こうと考えていたが」
「おかげ様で。隊長が帝国を離れると聞いたので私たちも身の振り方を考えなければいけないと思い――」と言って男はリンをちらっと見た。「ある組織の世話になっています」
「やはりそうか。ポータバインドの速度が遅くならないのでこの星にもかなりのバインド持ちがいるのだろうとオンディヌと予想していた。で、今日は何の用だ?」
「わざわざ挨拶に来た訳じゃねえよ」と体格のいい方の男が口を開いた。「伝言を届けに来たんだ」
「伝言?」
「ええ、その組織の人間からです」と再び細身の男が話を引き取った。「どうやらお取込み中だったようですね。時間を改めましょうか?」
「いや、理想的なタイミングだ。どうせならここにいる全員に伝えてやってほしい」

 
 リチャードはそう言って二人の男をテーブル席に着かせた。
「彼らは私の元部下だ。糸瀬邸を襲撃したのは私を含めたこの三人――大吾、逮捕するか?」
「そうしたいですが」
「この星には他所の星の人間を罰する法などない、という事で勘弁願いたいな」
 蒲田が渋々頷くのを見てリチャードは話を続けた。

 
「お前たち、ここにいるのは皆、糸瀬に関係ある人間だ。オンディヌとリンの紹介は必要ないな」
「もちろんです。リン君には痛い目に遭わされましたから」
「そのおかげでリンの百倍くらい強い人間に会えたけどな」
 体格のいい男が笑いながら言った。
「――まさか、藪小路やデズモンド・ピアナではないだろうな?」
「おや、そこまで。ご安心下さい。大帝の部下であった私たちが藪小路の側につく事はありません。どちらかと言えばデズモンド・ピアナに近い人物、リン君もよく御存じの方ですよ」

 リンが黙って頷くのを見てリチャードは先を続けた。
「リンの隣が沙耶香、糸瀬の娘だ。テーブルの若い方が大吾、この星の警察の人間、お年寄りは中原さん、糸瀬の屋敷の執事だ。もう一人のおっさんはシゲさん、元特殊部隊みたいなもんだな。そしてカウンターの中にいるのが静江ママ、須良大都を良く知る人だ」
「ほぉ、糸瀬当人がいれば完璧ですな。では世話になっている組織の人間のメッセージをお伝えしましょう。実は今回の我々のこの星でのミッションの前に大帝からヴィジョンが入ったそうです。まあ、デズモンドが大帝にとっての学問の師ならば、その方は武芸の師です。これからお伝えする内容は大帝の言葉と思ってお聞き下さい――

 
 ――今回の《青の星》のミッションには三つの目的がある。
 一つ目は糸瀬優を脅す事。自分を陥れた件は恨んでいない。むしろこのような人生を歩ませてくれたのを感謝したいくらいである。だが彼は研究者として決して許されぬ行為に手を染めようとしている。『剽窃』、これについて苦しみを味わってもらうのが第一の目的だ。
 二つ目は人探し……

 
「これは隊長の事でしょう」と細身の男が言った。「隊長がリン君と出会った。その事を指すのではないでしょうか」
「確かに私は出会ったが、リンが私にとってのノカーノであるという保証はどこにもない」
 リチャードがぽつりと言ったが、その場の人間は全く内容を理解できず、ぽかんとしていた。
「隊長、もう一つあります――

 
 ――そして三つ目の目的。今の状況ではこの星は早晩、帝国か王国に征服され、無自覚なこの星の住民は奴隷として酷使されるしか生き延びる道はない。ショック療法ではあるが他所の星の脅威に晒されて、自らのひ弱さと愚かさを自覚するしかない――

 
「以上ですが、組織の人間がこんな事も言っていました。『外からだけではなく内部の脅威も自覚せねばならない』と」
「その人間は藪小路の企みを把握し、敵対しているのか?」
「それが相手が表立って行動する訳ではないので静観せざるを得ないようです」
「ふむ。同じ他所者同士、寄り添って生きようという訳だな」
「その通りです。私たちもしばらくはこの星の地下で暮らしますよ。ではこれで」

 
「ちょっと待て。大帝の武芸の師は同時にリンの師匠でもある。もう一人の気配を消す男、そちらが私にとっての『運命の男』の可能性は?」
「隊長。それはないと思います。大帝の師が隊長の探す人物であれば、このような回りくどい真似をなさらない」
「おれもそう思う」と体格のいい男が続けた。「まあ、会ってみりゃわかるぜ」
「お前たちがそう言うならそうなのだろう。近々、そちらに行く」

 

蒲田の限界

 二人の男が去って、蒲田がリンとリチャードとオンディヌに訊ねた。
「リチャードさん、オンディヌさん、事件の容疑者が地球人ではなく他所の星から来た特殊な能力を持った人たちだというのはわかりました。わかったと言ってもあくまでも話の上ですが――でも文月くんの力をどう解釈すればいいのでしょうか?」
 リチャードは少し困ったような表情になった。
「大吾、むしろこちらが聞きたい。この星の住人にも耐性や適性が備わっているのか、それともリンが特異な子なのか」

「わかりません。僕にわかるはずないでしょう。大体、こんな話をどうやって上に伝えればいいんだ」
 そう言ったきり蒲田は頭を抱えた。

「大吾、その件については協力させてもらう。時期が来たなら共に行動しよう」
「リチャードさん、まだこの先、第四、第五の事件が起こると思ってらっしゃるんですか?」
「うむ、間違いなく。お前の組織ではどう分析している?」
「県警からの帰り道で上司に確認しましたが進展はないようです。このままだと真相は闇の中に葬り去られるでしょうね」
「闇か。藪小路の組織はそれがお望みだな」
「……」

「そうなる前に私はお前経由でこの星の然るべき人物に話を通す。でないと知りすぎたお前の身が危険だ」
「リチャードさん、この星、いえ、この国は民主国家です。危惧されるような事態は起こりませんよ」
「ならば聞こう。お前の信じる民主国家を根幹から揺るがす事態が起こった、その時、上の者はどう行動する?」
「まず大事なのは、人々をパニックに陥れないように冷静に行動する事です」
「その通りだ。だがその事態が上の者にとっても制御不能、理解不能だった場合は?」
「できる限り、わかりやすい形で世間に示そうとする……んでしょうか?」
「それが可能ならばな。今回の三つの事件を考えてみろ。糸瀬邸の事件、D坂の事件、H島の事件、人々が納得する答えとは何だ?」
 答えない蒲田に代わって、黙っていたリンが答えた。
「心配しないでいい、全部事故だ、或いは、何も起こっていない」
「リンの言う通り、何もなかった事にする。となると関係者、リンも大吾も沙耶香も静江ママも皆、口裏を合わせるように強要される。だが闇に生きる者はより確実な手段に訴える。君たちを事故に見せかけて消すんだ」

 
 蒲田は捜査本部に戻り、シゲももう一度寝なおすと言って帰り、リチャードは残った面子に語りかけた。
「さて、ここに来てから一言も言葉を発していない方がいる。中原さん、何かおっしゃりたい事があるんじゃありませんか?」
「いえ、私は一介の執事です。そのような」
 中原は直立したままで答えた。
「そうですか。では又の機会に」

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