6.1. Story 5 理解の限界

3 納得のいく説明

 

再びシゲの報告

【シゲの調査記録:須良大都】

 ――東京生まれ。幼くして母を亡くし、父、須良健人に育てられる。
 健人は尋常小学校の教諭だったが、戦争に反対する反体制発言を行ったため失職。
 その後、徴兵され、大陸にて戦死。

 身寄りのなくなった大都少年を養ったのはポルトガル人のデズモンド・ピアナだが、当該人物は調査室内部で藪小路と並びアンタッチャブルに属する人物であり、詳細は一切不明。
 育ての親デズモンド・ピアナは戦後も暫くは日本に滞在していた模様だが、現在は行方不明との事。
 大都少年は終戦後、『九頭竜団』と呼ばれる戦災孤児から成る愚連隊組織を率い、闇市を襲撃して回り、裏社会にその名を轟かせた。その後、日比谷高校に入学、東京大学に現役合格。
 彼の提唱する最先端の物理学はおよそ常人には理解の及ばない宇宙の真理に基づくと言われ、その具体的成果が『転移装置』だったと推測される――

 

 ――という話、突っ込み所満載でしょ?」とシゲがいたずらっぽく笑った。

 

リチャードの総括

「なるほど」とリチャードが大声を出した。「今の話はよく理解できたぞ。何しろデズモンド・ピアナの名を知らぬ者はいない」
「……リチャードさん、あんた、何者?」
 シゲが化け物を見るような表情でリチャードとオンディヌを交互に見ながら言った。
「その前に状況を整理しようじゃないか。今、私が正体を明かせばこの場はますます混乱する」
「ええ、わかったわ。で、整理するって何?」

 
「まず一つ目、さっきリンが言ったが、プロジェクトの主催である藪小路が須良大都の研究成果を手に入れる事ができない理由。それは戦争反対論者の大都の父親の戦死にある。大都は戦争を憎んでいる可能性が高いが、藪小路は軍に関与していた。つまり二人は相入れないと藪小路が判断したのではないかな?」
「どうしてそんな断定ができるのよ。これだけの情報で」
「デズモンドに会った事はないが、彼も又、戦争を憎むだろう。その教えを受けた大都も同じだ――」
「えっ、あんた。まるで須良大都を知ってるみたいな言い方するのね」

「それに答える前に二つ目だ。藪小路は研究成果を奪い取ろうとしたが、彼自身が手を下したとは考えにくい。共謀者がいる――糸瀬優だ」
「だからどうして断定できるのよ?」
「それは――私はある人物の命を受け、糸瀬を脅すために他所の星から来た人間だからだ」

 
 沈黙。そしてリチャードは自らの出自、地球に来た理由、先日来起こっている事件について説明をした。
「でもさ、リチャード」
 リンが沈黙を破って尋ねた。
「リチャードは帝国の大帝の命令でこの星に来たって言ってたでしょ。大帝が須良大都さんなの?」
「その可能性は高い。一度だけ、ある人物、有名な建築家だが、大帝を『ダイト』と呼ぶのを聞いた事がある。しかもその建築家が当時研究していたのも同じ転移装置だ。これは単なる偶然とは思えない」
「つまり、この一連の事件は須良大都さんという方の私怨を晴らすための復讐ですか?」
 蒲田が悲痛な叫び声を上げた。
「M町の事件、D坂の事件はそう言っても差し支えない。H島については関係ない便乗組だ」
「理解できない……」

 
「ふぅ」とシゲが大きなため息をついた。「地道に生きるのがバカらしくなっちゃうわ――でも宇宙にはこんな技術があるのね。ちなみにあたしの持ってる最新コンピュータはどのくらいのもの?」
「そうね」とオンディヌが気の毒そうに言った。「大きさもだけど、その、全てがすごく古典的」
「宇宙では量子計算も簡単に実現してるって話?――ああ、もう頭がどうにかなっちゃいそう。そんなの理解できたらあたし、ノーベル賞取っちゃうわ」

「シゲさん、まあ、その話は後でゆっくりと」
 リチャードが慰めるように言ってから静江の方を向いた。
「静江ママ。何か言いたそうだね?」
「ええ、大都さんは元気なの。どうしてそんな離れた別の星にいらっしゃるの?」
「『元気です』と言っていいでしょう。何しろ今や銀河の上半分を支配しようかという帝国の大帝です――何故、この星から離れた場所にいるかについては、これまでの話からこう推測するのが自然だと思う――

 
 ――須良大都は藪小路と糸瀬の策略により、転移装置を作動中に事故に遭った。同時期に《巨大な星》で転移装置の実験を行っていた建築家エテルが須良大都を偶然、受信――

 
「そして二十年の時を経て、糸瀬に復讐するためにリチャードさんたちを寄越した?」と蒲田が尋ねた。
「いや、現在の帝国にはそんな私怨を晴らすためだけに人員を割く余裕はない。連邦と王国との三つ巴の戦いが山場を迎えているのだ。あくまでも糸瀬を脅すだけが目的だった」
「じゃあ何のために?」とリンが尋ねた。
「国際会議ですわ」と沙耶香が口を開いた。「間もなく開催される『国際都市シンポジウム』で父はホストを務めます。最終日に父が講演をする予定になっていますが、その題名が……」
「転移装置だ。大帝は研究に携わる者にとって最も恥ずべき行為に手を染めようとしている糸瀬を許せなかったのだ」
 リチャードの言葉にリンは首を傾げた。
「でも大帝はどうやってそれを知り得たの?」
「この星にも他所の星から来た人間が多くいるはずだ。その中には帝国に近い者もいる――
 リチャードがそこまで言った時、店の扉が開いた。

 

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