目次
6 重なり合う思惑
旅の終わり
リンとリチャードが夜の漁港に戻ると、沙耶香とオンディヌは防波堤に腰掛けながら談笑していた。
オンディヌがリチャードたちに気づいて言った。
「遅かったじゃない。何の騒ぎだったの?」
「クラウスの仕業だった」
「え、クラウスって、あの快楽殺人者クラウス博士?終身刑で《巨大な星》のボンボネラ刑務所に捕まっているんじゃなかったかしら?」
「マンスールが赦免したんだそうだ」
「ねえ、リチャード、さっきから出てくるマンスールって誰なの?」とリンはリチャードに尋ねた。
「帝国の組織について話す必要がある。オンディヌ、私は帝国を離脱するつもりなのでログをあまり残したくない。君のポータバインドを起動してくれないか?」
オンディヌが「ファイル、帝国、組織」と言うと四人の目の前の空間にバインダのようなものが浮かび上がり、ページがぱらぱらとめくれ、該当箇所で止まり、文字とともにアナウンスが始まった。
《ファイル》《帝国》《組織》 - 大帝:権力を持つ絶対者。 補佐役:ジノーラ卿、ゲルシュタッド元帥。 現在、大帝はジノーラ、ゲルシュタッドとともに《虚栄の星》、ヴァニティポリスを帝都として常駐。 マンスールは《巨大な星》の統治を一任され、王宮に常駐。 (以下スキップ) 《ファイル》《帝国》《軍組織》 - 正規軍:ホルクロフト、オサーリオ、シェイ、バゴンの各将軍の下――(以下スキップ) 特殊部隊:特殊活動を行う精鋭部隊。諜報活動を主体とする第一部隊と霍乱を得意とする第二部隊がある。 《ファイル》《帝国》《巨大な星》《マンスール》 - 生年月日不明、出身地は《享楽の星》と言われる。主に民政を担当。帝都をヴァニティポリスに遷都した後は、《巨大な星》の統治を一任される。 (注意)連邦叡智15『創造と破壊』2『生命の操作-ネクロマンシー及び人体改造』に抵触している可能性あり。
帝国組織 (別ウインドウが開きます)
「という訳だ」
「ふーん」
「リン、お前」
リチャードがリンに言った。
「さてはバインドを見た事があるな。この星の普通の人間であれば沙耶香のように目を丸くするはずだが、お前は平然としている」
「う、うん。でも僕のじゃないよ」
「当たり前だ。だがお前も連邦民になれば自分のバインドを持てる」
「絶対になる。早く加盟申請に行こうよ。耐性も問題ないし」
「ああ、そうしたいが――」
「さっき、第一部隊とか第二部隊とか言ってたでしょ」
オンディヌが後を引き取って話した。
「リチャードの部隊は第一部隊、これはもう解散したんで問題ないけど、第二部隊もこの星に来るのよ。どんな命令を受けたか知らないけど、それを見届けるまではこの星を離れられないわ」
「そして本当に厄介なのはさっきクラウスが言ったマンスールの私兵の一団だ。こいつらが来たら、この星のレベルの低さをいい事に非道の限りを尽くすに決まっている」
「そんなに大変な状況なの。蒲田さんも苦労が絶えないなあ」
「おいおい、リン、大吾や警察では相手にならないのは判るだろう。お前と私とオンディヌで何とかしなくちゃならない。苦労が絶えないのはお前の方だ」
沙耶香がおずおずと口を開いた。
「父のせいで地球は危険に晒されているのですか?」
「いや、沙耶香。そうではない」
リチャードはきっぱりと否定した。
「確かに大帝は私を派遣して君の父上を脅すように命令したが、大帝の興味はこの星のもっと他の何かにあるようだ」
「それはリチャードも同じだったでしょ」とオンディヌが口を挟んだ。「運命の男、リンに会うんじゃないかって初めから期待していたんじゃないの?」
「そうかもしれない。更に驚くべき事にマンスール、そしてその上に立つ者までがこの星に暮らす何者かと通じて騒ぎを起こそうと乗り込んできた。一体この星に何がある?」
「極悪な部隊が来るのにそんな悠長な分析してらんないよ」
「そうだな。今はロックの部隊と戦う事だけを考えるべきだ。そうしているうちに登場人物たちの思惑が見えてくるかもしれない。一介の市民である沙耶香の父上が狙いなのか、帝国を裏切った私か、その原因となったリンか、あるいは全く別の理由か」
「でも……今日も別荘に行くだけでしたのに事件に巻き込まれました。やはり父に原因があるのではないでしょうか?」
「この星に住む何者かが、別荘がここにあるのを知っていて、君の父上により恐怖を与えようとしてクラウスに伝えたのだ。とんだ茶番劇さ――だが沙耶香、君が言い出さなかったら悲劇は広がっていたはずだ。この偶然に感謝しなくてはならない」
「そんな、感謝だなんて」
「改めて今から別荘に向かいますか?」
沙耶香の問いかけにリチャードは肩をすくめた。
「止めておこう。帰った方がよさそうだ。のんびりしてもいられない」
「じゃあ、東京まで一飛びで行きましょうよ」
オンディヌがいたずらっぽく笑って言った。
「だめだよ、オンディヌ。全員が空を飛べる訳じゃないんだよ」
リンが慌てて言い返した。
「あら、だったらリンが手をつないでエスコートしてあげればいいんじゃない?」
リチャードも笑っていた。
「オンディヌの言う通りだな。一気に東京まで飛んでいくぞ」
リチャードとオンディヌが飛び立ち、残されたリンは沙耶香を見た。
「あのさ、怖くはないから、安心して僕に身を任せてさ」
「リン様、大丈夫です。私の命を救って下さったリン様を信じていますわ」
リンはふぅっと一つ大きく息を吐いた。
「じゃあ、沙耶香……僕の手につかまって」
頷く沙耶香の右手を取り、リンはゆっくりと地面から浮き上がった。
「あのさ、左手も、そう、この方が安定するはず……あれ、おかしいな」
「リン様、私が落ちないように、ぎゅっと抱きしめてくださいませんか?」
「え……あはは、じゃあこうしよう。僕は沙耶香を後ろから支える。そうすれば君はこの足の下の夜景が見えるよ」
リンは沙耶香を後ろから抱きしめたまま夜空を進んだ。
「こんな素敵な景色が見えるなんて想像もしていませんでした」
「うん、もうすぐ東京の夜景が見えるよ」
「リン様、東京の夜景が見えるまででいいですからお顔が見ていたいです」
リンは何も言わずに沙耶香の前に回りこみ、きつく抱きしめた。
時が止まったような空の上で、二人は夜の海に溶け込んでいった。
別ウインドウが開きます |