6.1. Story 4 闇が遣わし者たち

5 悪夢の島

 

魔窟突入

 リンたちは岸壁を登って、ホテルを裏手から見下ろす場所に到着した。
「大吾、一つ頼みがある」
「リチャードさん、何でしょう」
「警察を呼んで、ここで待機してくれ。私たちが合図をするまではホテルに踏み込まないで欲しいんだ」
 少し冷静さを取り戻した蒲田が反論した。
「しかし一般人のあなた方に……いや、そうします。僕らの手には負えない気がする」

 リンとリチャードは蒲田を岸壁の上に残し、ホテルのプールの柵に近づいた。
「リン、これを持て」
 リチャードが両手をかざすと、大気中の鉄分が集まり、空間に二振りの剣が浮かび上がった。リチャードは左手に持った剣をリンに渡そうとしたが、リンは首を横に振った。
「僕は剣を使わない」
「お前の本来の得物は剣だろう?」
「そうだけど……」
「さっきのサメを見てわからなかったか。この先で会う改造された者たちも元には戻れない。命を断ってやるのが当人たちにとって一番幸せだ」
 リンはしぶしぶ剣を受け取った。
「わかった」

 
 ホテルの敷地内にはプールからホテルへの渡り廊下に至るまで、およそ二十体以上のイソギンチャクやウニに似た改造人間が蠢いていた。
 リチャードは《青の星》に来てから初めて剣を抜き、すれ違いざまに改造人間たちを何のためらいもなく切り捨てていった。
 後を付いていくリンの前にタツノオトシゴの上半身にウエイトレスの制服の下半身の怪物が立ちふさがった。
「……くっ、ごめん」
 一瞬ためらった後にリンが剣を振り下ろすと、怪物はこの世のものとは思えぬ悲鳴を上げて倒れた。

 
 二人は改造人間を倒しながらホテルの渡り廊下までたどり着いた。
「二手に分かれよう。一番広い部屋……メインダイニングで落ち合おう」
 何も答えずに駆け出そうとするリンにリチャードが声をかけた。
「リン、堪えろよ」

 
 右手に回ったリチャードはホテルの建物の裏側に着き、物資の搬入口から一気にホテルの中心部を目指した。
 途中で数体の改造人間を倒して、リネンルームで改造されていない男を捕えた。
「人質はいるか?」
 リチャードにきつく締め上げられて男は上の階を指差した。
「ス、スイートに」

 

クラウス博士

 左手に回ったリンもホテルの正面玄関に着いた。改造人間を倒すのを最小限に留めるため『自然』で気配を消しながらホテルの中心部を目指し、ほどなくメインダイニングに到着した。

 
 メインダイニングは手術室に様変わりしていた。大きなテーブルが手術台になっており、数人のマスク姿に白衣の人間が、今にも一人の人間に改造手術を施そうというところだった。

 
「止めろ!」
 リンの声に白衣の男女が顔を上げ、年長者らしき男がマスク越しにくぐもった声を出した。
「イキのいいのが入ってきたな、おい、静かにさせろ」
 白衣の男女がメスのようなものを手に襲い掛かったがリンの敵ではなく、たちどころに打ち倒された。

 
 年長の男はメスを置くとマスクをはずした。陰険そうな顔付きの小柄な銀髪の老人だった。
「私はクラウス。わざわざご足労願ったが、君は私には手を出せない。他のお仲間がどうなっても良い訳がないからね」
 リンの動きが止まったが、そこにリチャードの声が響き渡った。
「リン、心配するな。他の人たちは助け出した。思いっきりやれ――いや待て、その前にこいつに訊く事がある」

 リチャードが現れると、クラウスはほっとしたような表情を見せた。
「クラウス博士だな?」
「おお、帝国の英雄、リチャード・センテニアではないか。この老体を助けてはくれぬか」
「お前、ボンボネラ収容所で終身刑に処されたはずじゃなかったか?」
「マンスール司祭の恩赦で出られたんじゃよ」
「奴の命令でこの星に来たのか?」
「いや、そうではない。司祭よりも偉い方が、下等な星を発見したから行ってみろと勧めてくれたんじゃ」
「ではドノスか?」
「頭に羽飾りをつけた男じゃった」
「頭に羽飾り……知らんな。この場所はどうやって見つけた?」
「この星に住む知り合いの紹介だ。そのまた知り合いだというえらい別嬪がこの島まで案内してくれたのじゃ」
「何という知り合いだ?」

「そこまでは聞いておらん。好きにやれとしか言われていない――おお、そう言えば出所後、マンスールの教会に寄った時に珍客に会ったぞ。お主の従兄弟じゃろ、ロックというのは?」
「詳しく話してみろ」
「話せば助けてくれるか?」
「内容次第だ。話せ」

 
「うむ、帝国の正式な組織ではなく、マンスールが私兵を集めてあんたの部隊と同じような別働隊を作ったらしくてな。その隊長がロックという訳じゃ。わしも誘われたが、自由気ままに研究をする方が性に合っとるんで断った」
「外道が外道をスカウトか」
「酷い言い方じゃの。で、《巨大な星》でぶらぶらしとったら、羽根飾りの男がやってきて『ここに行くといい』と。そうなった訳じゃ――なあ、リチャード。全て包み隠さず話した。助けてくれるんじゃろ?」
 リチャードは軽蔑しきった表情を浮かべて言った。
「吐き気がするな……リン、好きにしろ」
 リンは渾身の力でクラウスの顔面に剣を振り下ろし、クラウスは朽木のように倒れた。

 
 メインダイニングから外を見ると、もう日が暮れようとしていた。
「リン、先に大吾の下に行け。すぐに追いつく」
 下を向いていたリンは顔を上げた。
「残ってる改造された人たちを楽にしてやるんでしょ。最後までやるよ」
 リチャードは何も言わずリンの肩を叩いた。

 
 岸壁にリンたちが戻った。リチャードは蒲田が県警の警官たちと共に待機しているのを見て、蒲田を少し離れた場所に呼びつけた。
「大吾、中に踏み込んでも大丈夫だ。無事だった人もいる」
「リチャードさん、一体何が……」
「現場処理が最優先だ。それが終わったら話してやる」
 蒲田は突入指示を出すために走っていった。
「さあ、リン。沙耶香とオンディヌが待っている」

 

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