6.1. Story 4 闇が遣わし者たち

2 リンの死

 

殺人者

 深夜近くになってリンは自衛隊手配のヘリで都内にある基地まで送ってもらった。まずはシゲに車の返却を待ってくれと言うつもりだった。この時間は店にいると思い、新宿を目指して最寄の私鉄の駅まで歩いた。
 駅で電車を待つ間に、深夜に新木場公園でリチャードと会う約束をしていたのを思い出した。時計を見ると既に10時を回っていた。
 アパートに寄るのは明日にしよう、そう考えて車内の路線図を確認した。
 池袋から地下鉄で飯田橋、乗り換えて門前仲町か、有楽町線の新富町から先の工事が早く終われば便利なのにな、リンはがらんとした車内で一人思った。

 
 日付が回る間際に門前仲町に着き、スクーターをピックアップするため永代通りに出ると沙耶香が待っていた。
「えっ、沙耶香さん、どうして?」
「もうすぐ戻られると思い、お待ちしておりました」
「大丈夫なの。その、外出しても?」
「平気です。皆様によくして頂いて、私も変わらなくては、と思い」
「そう。無理しちゃだめだよ。でも何で僕がこの時間に電車で戻ってくるのがわかったの?」
「それは……昨夜、リン様とあの方の会話が聞こえてしまったので、きっと帰ってこられるだろうと思ってお待ちしておりました」
「もうバスもないし、歩いて帰ろうか」
「えっ、ですが今から新木場公園まで行かれるのでしょう?」
「きっとリチャードは待ってくれるよ。事情が事情だけに」

 
 リンと沙耶香は少し距離を空けて並んで歩いた。商船大学の前を過ぎると車の数もめっきりと減って淋しい雰囲気になった。
 ぽつりぽつりと他愛のない会話をしていると、突然背後から声をかけられた。
 声をかけたのは、夏だというのにコートを着た陰気そうな男で薄ら笑いを浮かべていた。リンは男に危険なものを感じて身構えた。

 
「おれはナラドってもんだが身内が色々と世話んなったみてえだな」
 予想に反して男は攻撃してこなかった。リンは沙耶香の姿を隠すようにしながら、構えを解かないままで質問した。
「君もリチャードの仲間?」
「ああ、今朝がた、隊長はおれらの所に来て、てめえと行動を共にするとぬかしやがった。トーラとバフはてめえに倒され、行方不明、ガインもでかい口叩いてたのにあのざまだ」
「僕と戦うつもり?」
「おれはガインとは違う、もっとストレートだ。気に入らねえ奴には死んでもらうだけだ」
「……」
「そんなに警戒すんなよ。どうせ隊長もここに来んだろうから、そっからがお楽しみの始まりだ」

 
 その声に応えるかのようにリチャードが空から降りてきた。
「リン、ここにいたか。すまん。どうやらガインが大騒ぎを起こしたようだな――ん、ナラド。何故、お前がここにいる?」
「隊長、わかりませんかね。ここで二人、いや三人か、全員死んでもらおうと思ってんですよ」

 
 言い終わらない内にナラドの体から無数の鋭い槍のような突起が飛び出してリンたちを襲った。リチャードは『自動装甲』を発動し襲ってくる棘のような突起を鎧ではじいたが、不意をつかれたリンは後ろの沙耶香もろとも体を貫かれて地面に崩れ落ちた。
 リチャードはすぐにリンたちの下に駆け寄ろうとしたが思い直して構えを取った。
「隊長。これですっきりしたろ?」
 ナラドがにやにや笑いながら言った。
「何が?」
「こんなひ弱な奴に取り込まれるなんて隊長らしくもねえ。おれと組んだ方が正解って事だよ」

 リチャードは息を一つ吐き、静かに口を開いた。
「ナラド、何もわかっていないな。お前の命のカウントダウンをする前に聞いておきたい事がある」
「穏やかじゃねえな。冗談は止めてくれよ」
「我々の来訪をこの星の人間に漏らしたのはお前か?」
「さあ、何の事だか」
「お前以外に考えられんのだがな。お前がお前の本当のボスに告げ、そいつがこの星の誰かに伝えた」
「――かなわねえな。確かにこの星を訪ねる計画は報告したさ。そしたら『連絡はつけた』って言ってきた。おれが知ってんのはそれだけだよ」

 リチャードの視界の端で横たわるリンの体が一瞬動いたような気がした。
 まだ生きている――
「ナラド、私は帝国を離れねばならない。今朝、話した理由に加えてもう一つ、部下殺しの罪による処罰を逃れるためだ」
 ナラドは青ざめた顔で何も答えなかった。

 

部下殺し

 二人は無言で向き合い、構えを取った。
「部下であったお前に敬意を表して装甲はまとわない。生身で勝負してやろう」
「そいつはありがたい」

 
 ナラドの体から次々に突起が飛び出すのをリチャードはぎりぎりで避けたが、絶え間なく引っ込んでは飛び出すナラドの棘を避けるのに手一杯で攻撃に移れなかった。
「隊長、やっぱ生身じゃあ、おれには勝てねえよ」
「果たしてそうかな」
 ナラドが「あっ」と声を上げた時には、リチャードはすでにナラドの懐に飛び込んでいた。
「突起の戻る時間を計算していた。お前の体に戻る前に懐に潜り込めれば私の勝ち、という訳だ」
 リチャードが強烈な右フックをナラドの顔面に叩き込むと、ナラドはよじれるように倒れた。

 
「……隊長」
 倒れたナラドが口から血を吐きながらあえいだ。
「何だ?」
「トーラもバフもガインもそしておれも、皆、あんたを好きだった」
「……」
「あんたはおれを嫌ってた。おれが誰かと通じてると疑ってたからだ」
「マンスールだろ。何故、あの男は帝国の情報を外部に漏らす?」
「……マンスールは《享楽の星》のドノスに言われて帝国に仕えてるだけだ。帝国や大帝への忠誠心なんか持ち合わせちゃいないさ」
「バカな」
「……そのバカな、さ。おれも元々はドノスの造った改造人間で、奴の命令であんたの部隊に入った。でもあんたに惚れ込んだんだ。マンスールなんぞ慕っちゃいねえ」
「マンスールの件は大帝に報告するぞ」
「……大帝も承知してるはずだ」
「何?」
「後もう一つ……おれがマンスールに流した情報をこの星で受け取ったのはドノスの古くからの友人らしいぜ」
「……」
「それだけさ……」

 

奇跡

 リチャードは静かになったナラドを残してリンと沙耶香の下に駆け寄った。リンの心臓の鼓動は聞こえたが沙耶香の心臓は停止していた。
 リチャードが頬を軽く叩くと、リンが目を開けた。
「……リチャード、沙耶香……は?」
 リチャードは無言で首を横に振った。

 リンは助け起こそうとするリチャードの腕を振り払い、隣で横たわる沙耶香の下ににじり寄った。体に覆いかぶさるようにして、そこで天を仰いだ。
「……沙耶香さん……守れなかった……僕の命を与えられるなら……ああ」
 リンは自分の頬を沙耶香の頬に寄せ、涙が沙耶香の顔にこぼれていった。

 
 リチャードはかける言葉を見つけられず、無言で立っていた。足元に視線を落としたその瞬間、周囲が白い光に包まれた。顔を上げたがまぶしくて目を開けていられなかった。
 ようやく目が慣れると、沙耶香に覆いかぶさるリンの様子が違って見えた。リチャードはゆっくりと近づいて、リンの腕を取り、脈を確かめた。

 鼓動が失せた?
 リチャードは沙耶香の腕も取った。
 こちらの娘が生き返った?
 まさか言葉通り、自分の命を与えたというのか?
 リチャードはひどく混乱した。
「何故だ、運命を変えるかもしれない男に会いながら……だがお前が本当にサラの予言の男ならばこんな所で死ぬはずがない」

 

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