6.1. Story 3 破壊

5 危険なレッスン

 

エア・グローブ・マッチ

 オープンカーの座席で眠っていたリンが周囲の喧騒で目が覚めると、一人の中年女性が声をかけた。
「あなた、こんな所にいたら殺されるわよ。早く逃げなさい」
 人々がエリアの建物の奥の歩道橋を渡って上り車線側に向かって走っていくのが見えた。そんな混乱の中を一人の男がゆっくりとこちらに近づいてきた。
「リン、勝負だ。付いて来い」
「ああ、朝の……『石の拳』の人。ここまで追っかけてきたの?」
「リングで待っているぞ。たっぷり水を浴びてから来いよ。燃える水で丸焦げになる」
「仕方ないな」
 リンは車から飛び降り、エリアのトイレの水道でびしょ濡れになるまで頭から水をかぶった。さらにスポーツタオルをびしょびしょに濡らしてから頭に巻いた。Tシャツに短パン、ビーサン姿だが五分かそこらは持つだろう、自分の姿を鏡でチェックしてから本線に向かって歩いていった。

 
「本当だ、ガソリン臭いや。ちょっとの刺激でどかーんだ」
 リンは破壊された車の壁に目を見張りながら中に入った。プラグがショートして火花でも散れば一面火の海、へたをすれば大爆発になる。空では事件の一報を聞きつけたのか、ヘリコプターの羽音がばらばらと聞こえた。
「来たな」
 車の壁の中に入ったリンにガインが声をかけた。
「ずいぶん大事にしたもんだね」
「しばらくは誰も近づけんよ。この星の住人は空を移動できないだろうし、道には穴を開けてある」
 それでヘリコプターが飛んでるのか――リンは妙に感心した。
「いずれにせよ、早く終わらせよう」

 
 二人は距離を取ってお互いに構えた。
「隊長はお前を『運命の男』かもしれないと言った。その時のトーラたちを倒した技をおれにも見せてくれ」
 リンは言われるままに自然の状態に入り、慎重にガインの背後に回ると、その首筋に手刀を叩き込んだ。
 ガインは一瞬前のめりに倒れそうになったが、元の体勢に戻ってにやりと笑った。
「なるほど。確かに前半の技は隊長が惚れ込むだけはある。だが攻撃がお粗末だな。手を汚さず、血反吐も吐かず、最小限の努力で相手を打ち負かしたい――図星だろ?」
「うん。戦うのは好きじゃない」
「考えてもみろ。隊長がお前を選んだとしたら、そのいい加減な気持ちのままで行動を共にできるか?」
「ちょっと待ってよ。まだ何も決まってないよ」
「隊長やおれはこの銀河で過酷な戦いの中に身を置いている。お前のような奴は足手まといでしかない」
「だから――」
 リンはこれ以上何を言っても無駄だと思い、再び気配を消してこの場を立ち去ろうとした。

「おっと、ここからは帰さない。言っただろ。勝負だと」
「君を倒すのは無理だよ」
「そうか。だったらおれのルールで勝負を付けようじゃないか」
 ガインはそう言うと、リンに向かって透明のゴム手袋のようなものを投げて寄越した。
「これは?」
「エア・グローブだ。それを両手にはめて殴り合う。顔や拳は傷つかないがダメージだけは蓄積されるという優れ物だ。もっともそれが理由で多くの星で使用禁止だ」

 
 改めて二人は車に囲まれたリングでエア・グローブを装備して向かい合った。
「さあ、打ってこいよ」
 リンのパンチが顔面に的確にヒットし、ガインはのけぞった。
「なかなかのもんだ。今度はおれの『石の拳』も受けてもらうぞ」

 通常の人間の倍の大きさくらいに膨れ上がって見えるガインの拳が唸りを上げ、リンは顔面すれすれでパンチを避け、後方に飛び退いた。
「目もいいな。だが本当の勝負はこれからだ。今のパンチを見たせいで腰が引けるか、同じように踏み込めるか」

 
 再びリンが攻撃に出たところにガインがカウンターを合わせた。
「来るっ」
 リンは退かずに顔面でパンチを受け止め、吹き飛ばされた勢いで背後の車の壁に突っ込みそうになり、突き出したバンパーの破片は腿の外側をかすめた。
「ああ、効いた」
 リンはさらに突進してきたガインの拳を両腕でブロックした。
「その調子だな。もう少し続けようか」

 
 一進一退の殴り合いの状況が続き、リンは心の中で思った。
 この人は僕を倒そうとしている訳じゃない。理由はわからないけど、むしろ攻撃の苦手な僕を鍛えてくれているんじゃないか。
 これを続けていけば師匠と同じように気配を殺したままで攻撃ができるようになるのかもしれない……

 気が付けば意識が混濁しつつあった。ガインの言った通り、流血も顔が腫れ上がる事もなかったが、確実にダメージは蓄積され、足元がふらつき出していた。
 リンのパンチを受けたガインが車の壁まで吹っ飛んだ。その衝撃で積んであった車の金属部品同士が擦れ合って火花が散り、周囲はたちまち火の海に変わった。
「そろそろ終わりだ。もう動けなくなる頃だ」
「そうだね。最後の一発だね」

 
 リンが大きく息を吸って渾身の一撃を放つと、それまでとは違う白い光のようなものが拳の周囲を包んだ。ガインも合わせるように拳を突き出したが、二人の拳と拳が交錯する瞬間に大きな爆発が起こり、周囲は火の海と化した。
 燃え盛る炎の中で、ガインが車の壁を突き破りその先の自らが破壊した道路の穴から谷底に消えていくのが見えた。

 今の僕のパンチで?
 あ、まずい、逃げなきゃ―― 

 リンは走り出そうとしたが、自分が何故、炎の海の中で平気でいられるのだろうと思い、立ち止まった。

 これがリチャードの言っていた『耐性』?

 色々な事が整理できなかった。
 リンは”自然”で気配を消したままサービスエリアまで戻り、停めていたS6の車内に潜り込んだ。
 間もなく大きな爆発音が連続して聞こえ、サービスエリアは大混乱となった。

 

別ウインドウが開きます

 Story 4 闇が遣わし者たち

 

先頭に戻る