6.1. Story 3 破壊

2 NFI?

 

現場検証

 蒲田は屋敷の庭に並べられた遺体を確認する捜査員たちを横目に庭を見回した。
「こりゃひどい。まるでゴジラの襲撃だ」
 眼前には荒れ果てた庭が広がっていた。手入れされた木々は無残に折れ、池の鯉の中には外に跳ねだしているものもあった。中でも二メートルはあろうかという石灯篭が真っ二つに割れているのが目を引いた。

 
「おい、蒲田」
 声の方に振り向くと、そこには以前一緒の現場で仕事をした顔見知りの一課の捜査員が立っていた。
「どうも」
「お前、誰に言われて来た?」
「西浦さんに決まってるじゃないですか」
「こんな事しでかすホシはとっととNFIって言ってもらった方がいいからな。なかなかの慧眼だ」
「でも四課はそういう訳にはいかない?」
「うん、そこだ。飛頭蛮の仕業だってハナから決めてかかってらあ。冷静に見れば――」
「どうやったらこの現場みたいな状況になるんだって話です」
「その通りだ。とりあえず、お前にも被害状況を教えといてやるか。死者は”ヘビ”の構成員二十三人、死因は高所から叩きつけられたと思われる圧迫骨折による死亡、又は地面の穴に引きずり込まれて窒息死、皆、恐怖に歪んだ表情だった。そしてこの庭の荒れ様だ」
「人間技ではこんな事できません。ところで何か言いかけませんでした?」

 

実在する妖怪

「ああ、お前ん所で管理してるリストな、あれ、ランク付けがあるだろ?」
「ええ」
「その中のAランクってのは触れちゃまずい人間で、例えば政治経済に多大な影響を与えるとか、国際関係を危うくする恐れがあるとかだが、もっと凄い種類の奴らも存在してるって話らしいじゃねえか?」
「知りませんよ。何ですか、もっと凄いって?」
「他所の星から来た奴ら、宇宙人だな、それに人間ではない狐狸妖怪の類だって話だ」
「嘘っぱちに決まってますよ。確かな例があるんですか?」

 
「警察学校同期で東北のA県警にいる奴から聞いたんだが、何年か前のA県での雪山遭難事故、覚えてるか?」
「ええ。東京からスキーに来ていた青年六名が死亡した」
「それだよ。あれな、現場は凄かったらしい。ガイシャは全員、氷の柱の中に閉じ込められた状態で発見されたんだってよ」
「えっ、氷ですか?」
「で、同行してる所を目撃された若い女性が行方不明でこいつが事件に関係してるんじゃないか、ってなったところで」
「NFI?」
「おお、しかもAランクの上のUランクだ。どうやらその女、普通の人間じゃなくてな。いわゆる伝説の雪女だったってオチだ」
「まさか」

「そうだよな。だがこの現場を見たら人間じゃないUランクのNFIで幕引きがいい場合もあるんじゃないかって思ってな」
「からくりがあるはずですよ」

 蒲田はそう言いながら、Aランクやその上のアンタッチャブルと呼ばれる人間ではないNFIの仕業であれば説明は付く、いや、それでは事件の解決にはならないぞ、と自問自答した。

 

焼け残った文字

 蒲田は捜査員と別れぶらぶらと屋敷の方に歩き、玄関の前で鶴のように立っている中原老人を発見して話しかけた。
「警視庁の蒲田と申します。ご主人やご家族の方は?」
「主人の糸瀬は昨日からTホテルに滞在中、お嬢様の沙耶香様はお友達の家に泊りに行っております」
 中原は幾度となくされているであろう質問に対して機械的に答えた。
「ご友人の名前はわかりますか?」
「さあ、そこまでは」
「外の人たちはどんな目に遭ったんでしょう。台風でも通り過ぎた後のような庭の荒れ様ですが」
「私にはちょっと」

 
 蒲田は屋敷の内部を見る事にした。中原老人の案内で二階に上がり、沙耶香の部屋で溶けかかった蝋燭と燭台を発見した。
「外の電線が切られて停電した時にお嬢様はご在宅だったのではありませんか?」
「いえ、私が使ったものです」
 それまで全く感情のこもっていなかった中原の声がかすかに震えた気がした。
 蒲田は燭台の下に挟まっていた、ほとんど灰になった紙の切れ端を手に取った。そこには微かに『文月』という文字だけが読み取れた。
「文月……?」
 その言葉に引っ掛かりを覚えたが、それが何だったかは思い出せなかった。

 所轄の警官が呼びにきて、蒲田は屋敷の外に停めた車の無線に応えた。
「ああ、西浦さん、現場はひどいもんです。確かにNFIにした方がいいかもしれませんね――実は気になった事があるんで、糸瀬の娘の沙耶香さんの足取りを追いたいんです。いいですよね」

 

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